招待
要
「完璧な策が破られたのは、なぜだと思う?」
修人
「『朝の HR で』というアドバイスによって、『じゃあ帰りの HR でもいいじゃん』と想起させてしまったためだろうな。ついでに言えば、その際に『帰りはオレが言うからダメだ』とかバラしたバカがいたせいでもある」
要
「なるほど。すべては運命による必然、というわけか」
いや、すべてはお前がバカだからだよ。
ともあれ、目論見通りにバカは失敗し、帰りの HR 後の教壇では、ゆかり先生が女子生徒に囲まれている。
お望み通り、明日はみんなで仲良く、ごはん少なめのお弁当を囲むのだろう。
幸せそうで何よりだが、放課後まで保つのかが心配だ。
そんな微笑ましい光景を、オレは教室の遥か後ろの方から、バカとともに眺めている。
修人
「帰ろう」
すごく、時間を無駄にしている気分になった。
要
「ダメだ」
即座に引き止めるバカ。
修人
「なんだよ」
わかってる。こいつから身のある話は出ない。そう知りつつも聞き返す。我ながら難儀な性格だ。
要
「転校初日という日はもう帰ってこないんだぞ。こんなに早く終わらせてどうする」
修人
「転校二日目という日が来るだけだろ。そうして日常に埋没していくんだ」
要
「馬鹿野郎、そんな無気力なことでどうする。今日がお前の特異点だろ」
修人
「特異点って言葉使いたいだけだろ。厨二にもなれてないわ」
要
「気づいてないなら、オレが気づかせてやる。この島のスポット、いや特異点を案内してやろう」
修人
「だから特異点を安売りするなってば。単なる観光案内だろうが」
納得する間も与えられず、無理やり教室を引きずり出される。
ゆかり先生と目が合った。優し気な微笑みが送られてくる。
違います。これは貴女の思う正しい友情ではありません。
玄関では工藤さんとすれ違った。見向きもされなかったけれど。
考えてみれば、今日の収穫は、この二人と会話する程度に知り合えたことくらいか。
そう思えば、もう少し転校初日を過ごしてみてもいい気がしてきた。
特異点、ってのはよくわかんないけど。
——下って、登って、30 分。
要
「どうだ! まさに島を一望って感じだろう!」
デジャヴではない。それはこの悲鳴をあげる両足が教えてくれる。
要
「ほぅら、来てよかっただろう。なぁ、修人」
要の思考、行動が読みやすい理由がよくわかった。
似てるのだ、うちのバカに。
要
「こう、山を登れば、海も拝めるというのが、島のいいところでな————」
修人
「わかった。わかったから、一回黙れ、この野郎」
バカを黙らせ、場所も構わず足を投げ出し、座り込む。
30 分の山歩きもさることながら、早いのだ、バカのペースは。どっちとも。
とりあえず息を整える間にも、島渡る海風が吹き抜けていく。
悔しいけれど、何度来ても、ここは気持ちがいい。
修人
「よく来るのか、ここは」
要
「よくは来ないだろ、こんなとこ」
吐き捨てるような言い草に軽く殺意も芽生えるが、せっかく連れてきてくれたのだと押しとどめる。
それに気づく風もなく、立ったままの要が眼下に見える一角を指さした。
要
「あれが港だ」
修人
「知ってる」
要
「フェリーが着くのが東側、灯台がある方。西の方が漁港になってる」
修人
「それも知ってる。要ん家もその辺なんだろ」
見える景色をいちいち指さしながら、要が島を説明していく。
要
「港は島の北東にあたる。そこから南へ、扇形に住宅地が広がってる」
修人
「半分以上、畑に見えるけどな」
要
「だいたいの家は自分で食う程度の畑はやってるからな」
修人
「家庭菜園のレベルじゃないぞ」
オレは茶々を入れつつ聞いている。
要
「あの辺から畑が田んぼに変わる。少しだけだけどな。そして山だ」
修人
「やっぱり学校は山の中なんだな」
要
「ここを除けば、一番高い辺りだよ。そこから南へ下ると、だいたいみかん畑になる」
修人
「日当たりがいいからかな。じゃあ、あの辺りにちらほらあるのは、みかん農家の家か」
漁業とみかんの島。
連れられたり、迷ったり、ついていったり。
よくわからず歩いていた島が、頭の中で徐々に形を成していく。
修人
「じゃあ、あの辺りはなんなんだ?」
オレが指したのは、ここから真っ直ぐ先。島全体で言えば、北西にあたるのだろうか。
漁港のさらに西。湾状になった海岸が海面から徐々に高くなり、断崖のように切り立っている。
海へ突き出した岬の突端に、何か建物のようなものも見える気がするが。
要
「あ〜、あっちは何もない」
修人
「何も?」
要
「何も。道はないし、船もつけられないし、行ったところで、岩ばっかで意味ないし」
修人
「なるほど」
狭い島だとはいえ、覆い尽くすほど人がいるわけもない。何もない区域があっても当然か。
一通り説明したところで、要がオレの方へ振り返り、両手を広げた。
要
「そんなとこで、これがオレたちの島だ」
オレたちの島。
オレも、この島で生きていく。
そういう思いが、ようやくはっきりとした気がした。
要
「ようこそ、近見 (ちかみ) 島へ」
差し出された手を、わざと乱暴に握る。
修人
「おう。参考になった。サンキュ」
要
「これで、ゆかり先生と間接握手だな」
修人
「バ〜カ」
握った手を強く引いて、立ち上がる。
あっちのバカも、このために連れてきたんだろうか。
そう思うと、なんだか余計にムカついた。