昼食
初日の半分は、あっという間に終了。
昨日まではいろいろ考えていたこともあったが、だいたいが杞憂に終わった。
クラスメイトが少ないということは授業中によく当たるんじゃないかと思って、しっかり予習なんかしてみたけど、授業の進み具合が違うから全然意味なかった。こっちの方がだいぶ遅れてるし。
そもそも授業中に当てられたりしないらしい。工藤さんなんて、完全に自習モードだったし。
あとは体育。
男女混合体育授業。
なんだろう、この、少しムズムズするような響き。
蓋を開けてみれば、女子と組んでストレッチとか柔軟とかオクラホマミキサーとかするはずもなく、単に男女交互に 50m 走っただけなんですけど。予想通りなんですけど。全部わかってたんですけど。
椎
「ひょっとして、何か期待してた?」
工藤さんに、冷たい視線を向けられた時には、本気で死にたくなった。
そんなこと言われたってことは、きっと傍目にもムズムズしてたんだろうなぁ。。。
やっぱり死にたいかも。
そんな無駄な疲労も抱えた昼休み。
昼食は予定通り、食堂持ち込みのお弁当。一人用のお重に入った、想像よりも立派なものだった。
来賓用玄関まで運ばれた弁当を一つ取って、受取用紙の名前にチェックし、なんとなく中庭へ。
昨日の景色を思い出した、というのもあるが、空の弁当箱を返しに来ることを考えると二階に上がる気がしなかったという方が大きい。省エネと銘打った怠惰である。
叱られるかなとも思いつつ、上履きのまま中庭へ降りて、真っ直ぐあの大きな樹の下へ。
修人
「すげぇな」
地表に浮き出した根を踏まない程度に近寄って、真上を見上げる。
なかなか学校の敷地内にあるサイズじゃないと思う。樹齢何年? とか気になるレベル。
青々と繁る枝葉は軽く校舎を超えて広がり、周りの林と一体化しているようだ。
さやさやと揺れる葉ずれの音と、そこから漏れる陽射し。
あまりの気持ちよさに、弁当片手に、ついぼーっと見上げていると、
ゆかり
「あれ? 笠原、くん?」
まだ数少ない、聞き覚えのある声がした。
ゆかり
「そんなところでどうしたの? お昼は?」
廊下から声をかけてくる本日デビューの教育実習生に、手に下げた弁当を見せる。
修人
「せっかくだから、中庭で食おうかと」
何気なく言ったつもりだったが、しかしゆかり先生は不満げに、
ゆかり
「え〜、転校初日からひとりごはん? よくないよ」
注意しながら、なぜか先生も中庭に出てきた。
反対の手には、オレのと同じ弁当が下がっている。
ゆかり
「お昼休みは友だちを作る絶好のチャンスなんだから。青春の浪費だよ」
修人
「浪費できるのも若者の特権でしょ。マイペース派なもので。そう言う先生は、クラスの女子とかに誘われてたりしないの?」
ゆかり
「え !?」
こぶしを握り、力説していたゆかり先生の顔がこわばった。
みるみるうちに肩が下がり、表情は暗くなっていく。
ゆかり
「だよね。そういうの想像するよね。あると思うよね。いやむしろそうあるべきだよね」
あれあれ? 教室で見せていた、ふんわり爽やかな雰囲気はどこへやら?
背は丸まり、腰は折れ、膝まで仔鹿のようにプルプルと。
ゆかり
「『一緒におべんとたべよー』とか誘われてね。『高校時代、彼氏は〜?』とかきゃいきゃい訊かれたりしてさ。そういうとこから溶け込めたりするんだよね。きっとね。そう、できるコはね」
修人
「あ、あ〜、なかったんだ。。。」
しまった、余計なこと言った、という後悔もとっくに遅く。
ゆかり
「なかったね。まだ声かけられたこともないよね。誰からもね。担任の先生だけだよね、話したの。私、いないのかな。嫌われてるのかな、ひょっとして」
修人
「いや、いるし。嫌われても、いないと思うけど」
少なくとも男子どもには。特に要には。バカだけど。
だからと言って、男子に昼飯誘われるのというのも、いやそれどんなもんだろ。
ゆかり
「あ〜、でも授業中も絡めなかったよね。もう少しグイグイいってもよかったのかな、むしろいくべきだったのかな。でも初日から? 初日だよ? いや、そこを押してでも、こうグイグイっと」
いや、初日からグイグイ来る実習生なんていないだろ。っつーかむしろ怒られるだろ。
気づけば壁に向かい、すっかり反省モードに全開突入してしまうゆかり先生。
見ている分にはおもしろいが、さすがに聞いているのが自分だけだと傍観者に徹するわけにもいかず。
修人
「じゃあ、今から教室行って、適当なグループにグイグイいってみれば?」
まさに適当なアドバイスを無責任にかましてみる。
しかしゆかり先生はそれすらもまともに受け止めて。
ゆかり
「今から? 今さら? ありかな? いや、なしでしょ、マズイでしょ。もう食べ始めちゃってるでしょ。呼んでもいないのになにこのおばんウザい、とかなっちゃう。そしたらもう総スカンだよ」
おばん、て。スカン、て。
ゆかり
「あ〜、失敗した。ロケットスタート切れなかった。彼女たちのハートに爪痕残せない」
だから、実習初日からロケットスタートかます教師って、どんな爪痕残すんだよ。残されたくないわ。
ついにうずくまり、ぶちぶちと雑草をむしり始めるゆかり先生。
うん、そろそろ、めんどくさい。
修人
「はいはい、ほら、そんなとこに座ってないで。じゃあ、あそこのベンチでお昼にしよ。それでオレもひとりごはんじゃなくなるし、先生も生徒とランチできるし。わっしょいわっしょいだね」
子どもに対するように話しかけ、背中をポンポン。我ながら、多少雑なのは否めないが。
それでもゆかり先生は、迷子のように振り返った。
ゆかり
「でも、笠原くんはクラスメイトと食べるべきだと思うよ?」
修人
「はい。それは明日からで」
ゆかり
「う〜。じゃあ、よろしくお願いします」
修人
「きゃいきゃいはできないけどな」
しぶしぶという体で立ち上がり、促されるままベンチに座る。
オレもいいかげん腹が減った。隣に座って、弁当を開ける。
修人
「いただきます、って、うわ、うまそ」
思わず、本気のヤツが出た。値段からも、食堂兼民宿という触れ込みからも、期待はしてなかったが。
ゆかり
「あ、ほんと。おいしそう。。。」
隣からも本音の感想。添付のおしぼりで指の雑草汁を拭きながらではあるが。
焼き魚をメインに、煮物とキンピラ、エンドウの胡麻和えで彩りも鮮やか。
高校生には渋めのラインナップながら、たっぷりご飯が二段ののり弁になってるのがポイント高。
早速、二人で箸を伸ばす。
修人
「うま。この焼き魚、なんだかわかります?」
ゆかり
「えっと、全国的にはメジナっていうかな。焼いてももちろん、煮ても揚げてもおいしいんだよ」
修人
「マジすか。うわ、ふわっふわ」
ゆかり
「けっこう磯臭くなっちゃうんだけどね。これは本当においしいな」
鮮度も処理も抜群なんだろう。さすが島だ。
丁寧に骨から身を外していくオレを、ゆかり先生は感心しながら見つめて、
ゆかり
「へ〜、笠原くん、お魚好きなんだ。男子高校生ってお肉専門なのかと思ってた」
修人
「どっちかって言えば、好きなのは肉かも。でも肉料理はだいたい作れるんで」
ゆかり
「えっ? 笠原くん、料理できるの !?」
箸を落とさんばかりの驚き。
そんなにか。
修人
「まぁ、必要にかられて自然と、ってヤツで」
父親が一切家事ができないんで仕方ない。アイロンかけたりまではほとんどしないけど。
理由を深堀りされないよう、なるべくさらっと答えたオレへ、向けられる視線。
これは、あれだ。尊敬と嫉妬と後ろめたさとが入り混じったヤツだ。ってことは、
修人
「先生、料理できないんだ」
ゆかり
「で、できますけどっ!?」
飛んでる、飛んでる、米。
ゆかり
「べ、別に明日から自作のお弁当だって持ってこれるし。今日は初日だったし、お弁当も買えるらしいし、ちょっと様子見っていうか、そんな感じだったけど、軽く本気出せば、余裕だし?」
泳いでる、泳いでる、キャラ。
修人
「オレも考えてたけど、これくらいうまい弁当出るなら、無理して作んなくてもいいよな」
仕方ないので、助け舟。
ゆかり
「そうよね! おいしいもんね、このお弁当。無理じゃないけど、これなら作らなくてもいいかな。授業案とかも練らなきゃだし、先生って大変!」
出した舟に全力でしがみついてくるゆかり先生。
余裕のなさが不安になるやら、おもしろいやら。
それからも、先生をちょいちょいいじりつつ、二人で弁当を堪能した。
こっそりと、おふくろの味、っていう言葉を思い出して、少しだけしんみりしてみたり。
うちの母親、洋食派かつ料理下手だったけど。。。
ゆかり
「ごちそうさまでした」
修人
「ごちした」
二人揃って箸を置く。
ゆかり
「おいしかったな。これならここに住めばよかったかも」
修人
「住む?」
ゆかり
「あ、実習中のおうち探した時にね、この民宿に連泊するって話もあったの」
ゆかり先生の大学は当然、島の外。
二週間だけ通うのに一軒家は借りられないし、この島にウィークリーマンションなんてない。
ゆかり
「結局、校長先生の家の離れが空いてるってことで、ただで住まわせてもらってるんだけど」
修人
「食事は作れないし、外食するところはないし」
ゆかり
「そうなのよね〜。毎日カップ麺ってわけにも。。。って、作れますし! 作ってますし!」
カップ麺かよ。思った以上にひどそうだな。
修人
「狭い町って、買ったものの内容まで噂になったりするから、気をつけてね」
ゆかり
「えぇっ? でも、そっか。じゃあ、いろいろと散らして、、、あぁっ、スーパー一つしかない」
八方塞がりで頭を抱えるゆかり先生。
さすがにフォローのしようもない。
修人
「カレーくらいなら作れるでしょ。大量に作ったら、二週間なんてあっという間だよ」
ゆかり
「そうね、そうする。。。あとは、お昼ごはんを頼りに生きよう」
ごまかすことすら忘れた先生は、反芻するかのように空の弁当箱を眺める。
来週あたり、カレー臭くなってそうだな。
それにしても。
修人
「けっこう量多いかと思ったけど、きれいにいったね、先生」
ゆかり
「え? そ、そお !? そんなことなくない? だってこれ、女子も食べてるお弁当だよね?」
確かに女子も食べているが、ニーズに応じて、白飯の量は『大盛り』から『なし』まで選択可能。
運動部でもないオレは『普通』で十分満足だったが、見たところゆかり先生も同量だったはず。
修人
「初日はなんだかんだで疲れるから、いつもより腹もへるよね」
ゆかり
「そ、そう! 初日だから! 私も食べられるかな〜、って思ったんだけどね、残しても悪いし」
助け舟へのつかまり方は一流だな、この先生。明日以降は人目を気にして『少なめ』にするのだろう。
乾いた笑顔で弁当箱を片付ける。洗わないで返すのが忍びないが、そういうルールらしいのでよし。
先生もまとめ終えたのを確認して、手を伸ばす。
ゆかり
「あ。」
修人
「返しておくよ。一個も二個も同じだし」
ゆかり
「でも、悪いよ?」
修人
「一緒に返しに行って、初日から特定の男子生徒と逢い引き紛いの行為に及んだという噂を立てられ、校長に怒られてもいいのなら」
ゆかり
「ごめんなさい。お願いします」
早い。
ゆかり
「でも、一緒にお昼ごはん食べたくらいじゃ、呼び出されたりしないと思うけどな」
修人
「校長は怒らなくても、うちのクラスの男子どもは怒るだろな。その場合、対象はオレだけど」
特に要に。
ゆかり
「大変、転校早々吊るし上げられちゃう」
ようやく、楽しそうに笑って。
ゆかり
「じゃあ、明日からはちゃんとクラスで友だちと一緒に食べるんだよ」
少しだけ先生らしい顔を見せる。
修人
「先生も、明日からは女子と一緒に食べられるといいな」
ゆかり
「うっ。」
またすぐにこわばる。
ほんと、いじりがいのある人だこと。
修人
「もしダメだったら、また一緒に食べてあげよう」
ゆかり
「いや、それは、、、ほんとに怒られるかも、、、」
両手に空の弁当箱を下げて、苦渋の先生に背を向けて。
言い忘れたことを思い出して、振り返る。
きょとんとする先生に、
修人
「そうだ、ゆかり先生、って呼んでいい?」
先生は少しだけ驚いたように両瞳を見開いて。
すぐに柔らかく微笑んでくれた。
ゆかり
「いいよ、修人くん」