登校
島生活一日目。今日から高校へ通学開始だ。
準備は万端。予習は完璧。寝癖も直した。目玉焼きは半熟トロトロ。なべて一切文句なし。
昨晩なぜか酔っ払って帰ってきたバカ父は、起きる気配もないのでそのまま放置し、家を出る。
天気は快晴。絵に描いたような転校日和だ。
唯一懸念していた通学路問題も、途中で港方面からきた高校生らしき一団を発見したことで解決。
『オッス! オレ、今日から来た転校生!』
なんてフランクに挨拶などできるはずもなく、安全距離を保って後ろに続く。
——わかってる、しないのが正解。
念のため、工藤さんがいないかと探してみたが、見つからず。
どうやら港付近に住む漁師の子グループらしかった。
通学中、気づいたことは二つ。
一つ目。うちの高校、制服がない。
そう、自分だって、学ランもブレザーも着ていない。
さすがに T シャツ、G パンはないだろうと、それらしいものを引っ張り出してはみたものの、周りを見る限り、ジャージは全然 OK らしい。体育のためにわざわざジャージ持ってきた自分、バカみたい。
もちろん女子も同様。セーラー服なんて見かけない。
でも、工藤さんはセーラー服だったんだよなぁ。。。
ま、似合ってたし、いっか。
二つ目。昨日の帰り道は、やっぱり間違っていたらしい。
おかげで予想していたよりもずいぶん早く、学校に到着した。
もちろん、あの坂道も、あの少女も、見かけることはなかった。
修人
「笠原 修人です。よろしくお願いします」
転校生として担任から紹介され、当たり障りのない挨拶をする。
好奇の視線が集中したのは、ほんのつかの間。挨拶以上に当たり障りのない容姿である自覚はある。
ざわつくこともなく、みんなの興味は早くも次に移っていく。
担任
「じゃあ、徳永先生、入って」
担任が廊下へ向けて声をかけた。みんなの期待が目に見えて膨らんでいく。
応えて入ってきたのは、やや緊張気味に背筋を伸ばした若い女性。
中央からずれたオレの隣に並んで、正面へ向かって柔らかく微笑んだ。
オレの時と同様、担任がごく簡単な紹介をする。
担任
「同じく今日から、教育実習でやってきた、徳永先生です。はい、挨拶」
ゆかり
「徳永ゆかりです。担当は国語です。高校は違いますけど、私もこの島の出身です。仲良くしてくださいね。よろしくお願いします」
大きく深々とおじぎ。男どもがどよめくのがここまで聞こえるようだ。
柔らかそうな髪、清潔感あふれるシャツに、ふんわりとしたロングスカート。そしてメガネ。
多感な男子高校生の心をくすぐるのに、必要かつ十分な武器を揃えていると言わざるをえまい。
それが、こちらへ向けられた。
ゆかり
「すごいタイミングになっちゃったね。新人同士、がんばりましょ」
親近感すら感じさせる挨拶、そして差し出される右手。
瞬間、島に来て一番の緊張が走る。
これは、握手をしろ、ということか? この壇上で? どよめきを呼ぶこの方と?
早くも名前も知らないクラスメイトたちの視線が刺さってくる、気がする。
今後がいろいろ気になるが、さすがにここで拒否はできないだろう。
公開処刑なのか、羞恥プレイなのかもわからぬまま、なるべくそっとにぎり返した。
ゆかり
「よろしくね」
修人
「よ、よろしくお願いします」
どうにもぎこちない挨拶を返し、手汗がバレる前に手を離す。
担任
「よ〜し、じゃあ HR するぞ〜。ああ、笠原の席は、窓際の二列目な」
促されるまま、顔が赤くなっていないことを祈りつつ、教壇を降りる。
女性と握手。それもちょい歳上のうら若き女性。さらにかわいい系の美人。
意識過剰な気もするが、恋愛スキルの低い思春期の男子高校生なら仕方ない、と思って欲しい。
そんなぐるぐるを抱えたまま、示された席へ向かう。と、
要
「ず〜り〜」
意識過剰じゃなかった。
要
「転校早々、ゆかり先生の手にぎるってどういうこと〜? 転校生だからって、ずるくな〜い?」
しかも、根が深め。
ぶちぶちと届く声の主は、隣の席の男子生徒。
机にあごをつけて、顔は正面を向けたまま。それでも明らかに言葉はこちらへ向けている。
要
「若い先生が来るって楽しみにしてたのにな〜。先生の初めてはオレのもんだって決めてたのにな〜。転校生はズルいよな〜。オレ、杉浦 要 (すぎうら かなめ) 〜。要って呼んで。よろしく〜」
とても爽やかとは言えない体勢で、隣にしか聞こえない程度の声で。
ちっとも友好的ではない雰囲気の中、さりげなく織り込まれた、挨拶。
修人
「あ、よろしく。っていうか、なんか、ごめん。」
いや、謝る筋合いはないんだけどな。
そこで要は突然がばりと身を乗り出してきて、
要
「で、どうだった? ゆかり先生の手。惚れた?」
瞬時に輝く瞳。小学生か。
修人
「握手だけで惚れるか」
要
「バッカだな、恋に時間はいらないんだぞ」
なに、その知ったかぶり。
修人
「それでももう少しかけるわ。一目惚れとかしない方だし」
要
「な〜んだ、つまらん。惚れろ!」
なぜか一方的に押し付けられて、要はそっぽを向いて机に伏せる。
なんというか、とりとめもないヤツだ。
立花
「あ、そいつバカだから気にしなくていーよ」
修人
「ああ、そういう感じなんだ。ありがとう」
名も知らぬ女子の振り向きもしない忠告のおかげで、クラス内の要の立ち位置が知れた。
次からの対応はもっと雑にしよう。
そんなバカに巻き込まれているうちに、HR も終了。
バカの二つ向こうに工藤さんが見えたが、視線が合うことはなかった。
後は男子が二人と女子が三人。まぁ、ゆくゆく知り合っていけばいいだろう。
そんな感じで、新たな高校生活が始まっていく。
要
「修人、童貞?」
……廊下側の席が良かったな。