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緋色の島  作者: 都月 敬
13日目
45/46

終宴

ゆっくり朝寝坊をするつもりだった土曜日の朝。オレは平日よりも早く目が覚めていた。

誰よりも早く居間に行き、見るでもないテレビをつける。


さすがに昨夜の嵐はニュースになっていた。ローカルの朝番組に島の被害が次々と流れていく。

農業被害は深刻で、畑は雨にやられ、田んぼは風でやられ、収穫前のみかんもほとんどが落ちてしまったのではないか、ということで。島全体での被害総額は計り知れない、とのことだった。

海も大荒れだったが、沖に出ていた船はすぐに他の島に避難したために無事。むしろ港に停泊していた船同士の衝突による破損被害が多く出ているとのことだった。ともかく死者が出なかったのが幸いだ。


中でも驚いたのは、学校がほぼ全壊していたことだ。中庭の樹に雷が直撃し、倒れて教室棟を損壊。そのまままとめて燃え上がったらしい。建物の破片が飛来したために、グラウンドもめちゃくちゃ。体育館も暴風で屋根が剥がれて使用不能。インタビューを受けた校長は『当分は授業もできないため、周りの高校への受入れ依頼を検討している』という話をしていた。


とにかく、昨夜から島中が大騒ぎだったのだ。

が、オレもオレで、それなりに大騒ぎだったわけで。


緋奈子

「あの、おはよう、ございます」


その原因が、部屋を出てきた。


修人

「あ、おはよう、ございます。どぞ、適当に」


ぎこちなく、ソファを勧めてみたりする。

緋奈子さんも、やっぱり慣れない様子で、ソファに浅く腰をかけた。


昨晩、まず困ったのは、緋奈子さんの扱いだった。

完全に封印が解けて普通の人になったのだから、姿を消して休むなんてことはできない。

かと言って、もちろん帰る家などない。跡地だからって、学校にも行けない。焼けてたわけだし。

社で寝るとか言い出したが、嵐が収まったとはいえ、そんなこともさせられない。

他に選択肢もなく、というか自然の流れで、オレの家へ行こう、ということになった。


そこで次に困ったのが、父親への説明だった、が。

父親は、何も言わずに、緋奈子さんを家へと上げてくれた。

普通、高校生の息子が、妙齢の女性を連れてきて家に泊めたいと言ったら、男親は理由も聞かずに許可するものなのだろうか?

残念ながら、他の父親に育てられたことがないのでよくわからないが、ともかく今回は助かった。


ヘトヘトではあったが、腹も減っており、父親も肴をせがむので、適当に二、三品を作って、晩御飯なんだか晩酌なんだかわからないものを三人で食べた。

紹介くらいはしないと話もできないので、父親には『緋奈子さん』とだけ伝えた。以降、オレも『緋奈子さん』で通している。っていうか、冷静になると、この美人お姉さんを『ひな』呼ばわりはできない。

緋奈子さんは、ひなの頃とは違って、たいそう綺麗に焼き魚を食べ。

父親は自分で買ってきた二本目の酒をちびちびと飲んでいた。


あまりに父親の反応が薄いので、試しに緋奈子さんが『緋色の姫』関連の人であることを匂わせてみたりもしたのだが、やっぱり薄い反応しか返ってこなかった。信じていないというわけではなく、興味自体がすっかり失せてしまっている。どうやら昨日見せた『文』でほとんどの謎が解けてしまったのがつまらないらしい。推理小説の結末を言われてしまったような気分なのだろう。


空き部屋はたくさんあったので問題はなかった。

ほとんど使ったことのない客用の寝具を貸し、オレの寝間着の中で一番綺麗なスウェットを着せた。

下着とかは、あんまり考えないようにした。


ひとつ屋根の下に異性がいる、というのはずいぶんと久しぶりの経験だったので、疲れていたくせになかなか寝付けず。それでも朝起きた後のことを考えると、どうしても早く目が覚めてしまった。


振り返ってみると、あまり問題は起きていないようだが、少なくともオレの内心は大騒動だった。

というより、今もその騒動は続いている。


修人

「え〜っと、緋奈子さん、お腹空いてない? パンって食べられる?」


何度も頭の中で組み立て、検証した言葉をかける。なぜこれだけで緊張せにゃならんのか。

しかし、緋奈子さんの意識はテレビに釘付けだった。

樹が倒れかかり、崩れて焼け焦げた学校の空撮映像を、今にも泣き出しそうな顔で見続けている。


修人

「緋奈子さんのせいじゃ、ないからね」

緋奈子

「————はい。」


沈鬱に頷く。責任を感じるな、と言っても無理だろう。

彼女のせいではないにしても、彼女の母のせいではあるのだから。

まぁ、ある意味、オレのせいでもあるけど。それは秘密だ。


修人

「ご飯にしよ。手伝ってくれる?」


こういうときは手を動かした方がいい。


緋奈子

「はい!」


緋奈子さんも笑顔を取り戻して、元気よく返事をしてくれた。

手伝ってもらうには、トースターの使い方から説明するしかないわけだけれども。


冷蔵庫の中身を確認し、卵とソーセージ、それに適当に野菜を取り出す。

野菜くらい洗ってもらおうかとも思ったけど、『おお。』とか言いながら真剣にトースターの中を眺めているので、トーストに専念してもらう。

ソーセージエッグとサラダを三人分作り、コーヒーを淹れ、トースターのチンに緋奈子さんが驚いたところで、父親が起きてきた。

こんな美人がいるというのに、寝癖ひとつ気にせずに尻を掻くというのは男としてどうなのだろう。

父親はなんのやる気も出ないという顔で、ぼーっとテレビを眺めた後で。


省吾

「もういっか。帰るかぁ」


とつぶやいた。


そんな投げやりな言葉が宣言として成立するのが、この家の怖さである。

かくして、笠原家の近見島生活はたった二週間で終了することとなった。もちろんオレに相談はない。

その上、こうなるとこの父親は早い。バカのくせに、手続き関係がマメで、抜かりがないのだ。


今の高校は校舎倒壊の影響で一人でも生徒が減るのは大歓迎だし、前の高校も成績関係で問題がなかったおかげで復学もスムーズ。クラスも前のままで、試験すら不要ということになった。こちらの災害の影響もあるのかもしれない。

さらに、前に住んでいた一軒家にもそのまま入れることになった。そもそも契約が今月いっぱいでまだ切れておらず、出て行ったときのままだとか。もちろん、そのまま契約延長も可能だそうで。


つまり、何もかもが二週間前の生活に戻る。

なんだったんだ、この二週間。危うく、そう叫び出すところだ。

しかしこの二週間、この島での生活のおかげで、オレの隣には緋奈子さんがいる。

ちなみに父親に緋奈子さんのことを訊くと、『部屋もあるし、大丈夫だろ』という返答だった。

連れて行くことにも、今後一緒に住むことに関しても、何の支障もないらしい。

もう、バカなんだか、大物なんだかわからない。大バカなのかもしれない。


トントン拍子で話は進み、明日の夕方のフェリーで、もう島を離れることになった。

オレは慌てて要と、一応工藤さんにも連絡を入れる。別れを惜しむ友だちはそれくらいだ。

工藤さんのことだから、ふぅん。で終わるかとも思ったけれど、けっこうびっくりしてくれて、最後に会いたい、とまで言ってくれた。

また連絡する、と言われて、電話が切れた。



そして昼。呼び出されたのは、毎日の昼飯でお世話になった食堂兼民宿だった。

島には喫茶店もファミレスもないので仕方がないのだが、そう言えば、食堂に入るのは初めてだ。

中に入ると、驚いたことに、ゆかり先生も来てくれていた。工藤さんが声をかけてくれたらしい。

というか、オレが連絡しなかったことに、少し拗ねていた。あんたも島、出るんでしょうに。


そうして急遽開かれた送別会ではあったが、最初の話題は主賓であるはずのオレではなく。


「ひなちゃん、ううん、緋奈子さん。改めて見ても、本当に、美人だよね。。。」

ゆかり

「うん。間違いない。でも、聞いてた話と、違うような、、、?」

「うん。すげ〜美人。……だけど、誰?」


一同の注目を集めたのは、当然のごとく、オレが紹介したばかりの緋奈子さんで。

その美貌の前には、着ているのはオレのシャツとかそういうことはあんまり関係ないらしい。

工藤さんとは一応の面識はあるし、家に残しておくのもなんだろうと、連れてきたのだ。

まぁ、以前は子どもだったり、見えなかったり、突然大きくなったりしたのだから、それなりにビビらせてしまうかも、とは思っていたが、どうやら想像とは違う方向でビビらせまくっている。


真っ先に気を取り直したのは、やっぱりゆかり先生で。


ゆかり

「まぁ、いいや。ともあれ、あの節はありがとうございました」


緋奈子さんに向かってぺこりと大きく頭を下げた。

しかし緋奈子さんはすぐさま、より勢いよく頭を下げ返して。


緋奈子

「いいえ! むしろ、連れ戻すことができず、誠に申し訳ありませんでした」


緋奈子さんの語尾はもう消え入るようで。

ゆかり先生も慌ててフォローを重ねる。


ゆかり

「いえいえ、帰ってこなかったのはアイツのバカだし、連れ戻せなかったのは私の説得が至らなかったからですし。今考えれば、これでよかったのかな、って思ってますし」


そして、なぜか照れたように頭を掻きながら。


ゆかり

「でも、あのことがなかったら、これからもずっと同じところで悩んでたのかな、て思うんですよね。だから、本当に感謝してるんです。本当に、ありがとうございました」


もう一度、ぺこり。

緋奈子さんは、その頭を見つめて。


「それじゃあ、私からも。あの時は、助けてくれて、ありがとうございました」


続けて、工藤さんも頭を下げる。

今度は、慌ててパタパタと両手を横に振る緋奈子さん。


緋奈子

「いいえ! あのときだって、本当なら私が椎の願いを叶えなければならなかったのに、結局、椎の力を奪うことしかできなくて————」


それに、柔らかな笑顔を返して。


「それは、笠原くんに怒られた通りですよ。あれは私の力じゃありませんから、奪ってもらってよかったんです。あのままだったら、私、きっともっともっととんでもないことをしてたから」


少し俯いた工藤さんは、でもすぐに笑顔を取り戻す。


「それに、あの経験のおかげで、私、少し強くなれた気がしてるんですよ。緋奈子さんのおかげで」


だから。


「私も、本当に、ありがとうございました」


もう一度、深々と頭を下げた。

緋奈子さんは、その頭もじーっと見つめていて。


ゆかり

「——え、あれ? なんで?」

「——あ! 私、なにか?」


お礼を言った二人が慌て出した。

お礼を言われたはずの緋奈子さんが、頰に涙を伝わらせていたから。


緋奈子

「い、いえ、すみません。私————」


そこで初めて気がついたかのように、緋奈子さんが自分の頬に触れた。

しかしそれは後から後から溢れ出て止まらず。


「緋奈、子さん」


工藤さんがハンカチを差し出した。

緋奈子さんは受け取ったそれを、ぎゅっと握りしめて。


緋奈子

「————私、今までのこと、なにも、うまくできなくて」


神隠しの彼は連れ戻せなかった。

いじめをなくすこともできなかった。


緋奈子

「自分から言いだしたことなのに、私は、なんのお役にも、立てなくて」


人を救いたい。

それが姫として母から受け継いだことなのか、ひなとしての心なのかは、もうわからないけれど。


緋奈子

「誰も、救うことができなくて。本当に、本当に————」


ひなは、あの小さな胸をこんなにも痛めていた。

緋奈子さんは、細い肩をこんなにも震わせている。

いたらない、自分の無力さに。


でも。


ゆかり

「うまくできなかったことなんてないよ! できてたよ! 私すっごく救われたんだから、もう十分 !!」


拳を握って力説する、ゆかり先生。


「私だって、本当に怖くて怖くて仕方なかったときに、ひなちゃんが夢に出てきてくれて、すっごく安心したんだから! 役に立ってないわけないし !!」


『ひなちゃん』に戻ってるよ、椎ちゃん。


ゆかり

「全部、完っ璧にうまくいったの! だから、本当にありがとうなの !!」

「みんな、ひなちゃんのおかげなんだから !!」


ゆかり先生は、気持ちが弾けて、なんだかよくわからなくなっていて。

工藤さんは、渡したハンカチごと緋奈子さんの手を握り締めていて。

そんな二人の瞳には、やっぱり光るものが浮かんでいて。


オレも、膝の上の左手に、そっと手を重ねた。

よくやった、と、ありがとう、の両方を込めて。


緋奈子さんは、ゆかり先生と、工藤さんと、最後にオレを、順に見回すと。


緋奈子

「……私の方こそ、本当に、ありがとうございました」


もう一度、静かに頭を下げた。

ゆかり先生と工藤さんも、やっぱりもう一度頭を下げていた。


要は、そんなやり取りをただニコニコと眺めていた。



いくつかのランチ料理が運ばれてきて、テーブルはようやく送別会の様相を呈してきた。

たが、それらは少し冷めていて。気を使わせてしまったのだろうか、などと思ってみたり。


ゆかり

「修人くんとは、来た日も帰る日も一緒になっちゃったね」


ゆかり先生は明日の朝の便で島を離れるらしい。

お互い、単なる二週間とは言えないいろいろがあったな。


ゆかり

「なんか、修人くんは、すっごく忘れられない思い出になりそう」


なんだか意味深とも捉えられかねない感想を漏らす、ゆかり先生。

それが不満な約一名。


「え〜、要くんは〜?」

ゆかり

「杉浦くんって、二クラスにひとりくらいはいそうなキャラだよね」


地味にひどい。


「あ、実は、笠原くんの話聞いてから、私も、前の学校に戻ろうかな、って考えてて」


工藤さんが一年早くやってきた転校の先輩だと知ったのは、つい最近のことだった。


「私、この島に逃げてきたようなものだから。本当にやり直すとしたら、そこからかな、って」


そう言った工藤さんは、本当に、少し強くなったように見えて。


修人

「そっか。がんばるんだね」

「うん。がんばってみる。島よりは近くなるから、また連絡するね」

修人

「おう。遊びに来てよ。県庁案内するから」

「……いい」


行ったことないけどな。


「オレも、島よりは近くなるから、また連絡するわ」

修人

「は?」


なんの冗談かと思ってみれば。


「いい機会だから、本土の水産高校、受け直してみようかな、って思ってな」

修人

「マジで? 今からで大丈夫なのか?」

「さぁ? まだ思いついたばっかりだし。ダメだったら、また一年からやり直せばいいし」


口調はいつものように軽い。でも。


修人

「本気なのな」

「けっこうな」


あまり見たことのない、男の顔。


「兄貴にはどうせ勘とか経験じゃ勝てねぇし、なら勉強するしかないだろ。親父、こういうことなら金出してくれると思うし。あとは、試験勉強しなきゃだな〜」


意外だが、要は学力的な面では問題ないので、勉強さえすれば受験は大丈夫だろう。本当に意外だが。

ただ、それ以上に、一生島から出ないようなことを言っていた要の変心に、とにかく驚いていて。


七葉

『島や村が一種の結界だった時代は、もうとっくに過ぎ去っちまったのかねぇ。。。』


七葉さんの言葉を、ふと思い出した。


「ということで、全員本土派になるから、また会ったりしようぜ〜!」


そんなお気楽な言葉を受けて。


「本土って、ひとくくりにできるサイズじゃないし」

ゆかり

「私の街って、工藤さんと修人くんの中間くらいだから、うちに集まる?」


乗ってる人と乗ってない人がいて。


「行く行く〜。ゆかりちゃんの卒業式で、袴で泣いてるゆかりちゃん撮る〜」

ゆかり

「え、撮るの? で、私、袴で泣くの?」

修人

「泣くな」

「袴だとは思う」


全員に決めつけられて。


ゆかり

「え? それって、運命?」


それは違う。



そんなバカな話をして。

こんなバカな話ができることがうれしくて。

そして、やっぱり、少しだけ淋しくて。


またいつでも会えるから。

そう言ってくれるヤツらが、本当にありがたかった。


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