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緋色の島  作者: 都月 敬
12日目
43/46

解封

修人

「七葉さん!」


駆け寄ると、七葉さんはゆらり、とこちらを向いた。


修人

「ひなは !?」

七葉

「……まったく、余計なことをしてくれたもんだよ」


言い捨てて、左手をひとつ振る。

それにつれて現れたものは。


修人

「ひな!」


白絹の繦褓を羽織った、大人の姿へと成長したひな。

しかし今、彼女は半透明の繭のようなものに包まれて、暴れていた。


髪を振り乱し、腕を振るって、繭を叩く。

かと思えば、歯を剥いて、自らに爪を立てる。

頭を掻きむしり、喉を震わせて、雄叫びをあげる。


そして、その精神状態に倣うように、繭の中は暴風が吹き荒れていた。

髪は激しく巻き上がり、羽織った衣はところどころが裂けていく。


音は外までは伝わらないけれど、それが逆に、中の凄まじい様子を物語るようで。


修人

「七葉さん、これは !?」

七葉

「見ての通りだよ。姫さまが、忘れたかった昔を思い出して、錯乱されておられるところさ」

修人

「でも、まだ最後の封印が」

七葉

「だから、まだ外には出てきてないだろう」


これが、この繭が、最後の封印なのか。


七葉

「こうなっちまうと、外からすべてを抑えつけるしかない。ったく、上がったりだよ」


上がったりの意味はよくわからないけれど。


修人

「違う! 七葉さん、オレたちは間違っていたんだ!」

七葉

「なにが」


イライラと、七葉さんの視線はこちらへ向けられもしない。

でも、オレはもう知っている。


修人

「ひなは、姫じゃなかったんだ !!」


あのふみの内容が正しければ。いや、きっと正しいから。

ようやく、七葉さんの視線がこちらへと向けられた。静かな怒りとともに。


七葉

「お前、なにを言ってるんだい? 他に誰だって言うのさ」


そう。封じた本人すら騙されていた。

封じられた、姫に。


修人

「ひなは、姫の娘だ。姫は封じられたとき、身籠っていたんだ」

七葉

「は? お前、なにを」

修人

「ふみが見つかったんだ。解読もした。姫は教わったやり方を変えて、御影じゃなく、自分が精を受けたんだ」


これだけで、すべてが伝わる。

七葉さんは数え歌も知っているし、何より姫の封印方法を熟知しているのだから。


七葉

「——なんだって?」


案の定、七葉さんの目の色が変わった。


修人

「姫自身が神事を続けたんだ。その結果、身籠った。その上で封印を望んだんだ」

七葉

「馬鹿な。じゃあ、あのときに上げた贄は————」


本来、贄にするのは御影で作る依代だった。しかし、姫は依代を作らず、子どもを宿した。ならば。


修人

「姫の子どもだ、と思う」


これは、オレの推測。ただ、他に考えられることはない。

七葉さんが苛立ちのままに髪をかき上げる。


七葉

「待て。贄が娘なら、生み変えたのはなんだった? 姫か、いや、娘だ。つまり、ひなは娘の方。だとすると、姫は?」


頭の中で封印の術式を組み立て直しているのだろう。その結果、出た結論は。


七葉

「——ひなの中か」


その瞳が、再び繭へと向けられた。


そのとき、繭の中でも異変が起きていた。

腕を振り回し、力を外へ放出しようとするひなと。

自らを掻き抱き、内へ留めようとするひなと。

その二つが分かれていくように。


自分の身体を抱きしめるひなの身体から、ぼんやりと黒い人影が浮き上がった。

髪を振り乱し、腕を叩きつけながら、狂気に任せて喉も張り裂けんばかりに叫ぶ影。

それは————


七葉

「姫は、ひなの中で、影式となっていたのか」


オレたちの目の前に、ついに緋色の姫が現れた。

影色に染まったその姿はなおも繭の中。だが、すでにひなの支配は脱けている。


『——なぜだ! なぜ、妾は記憶を取り戻した !!』


響くのは声ではない。音は変わらず届いてはいない。

これは、脳内に直接響く、強烈な思念。


『望んでいない! こんなことは! 妾は、永遠にいなくなるはずだろう !!』

七葉

「望んだのは、あんたの娘だよ」


脳が軋むような思念を受けて、状況を理解した七葉さんが冷静に正す。


そうだ。

姫が見捨てた島の民を。

いや、島以外の人までも。

救おうとしたのは、ひなだ。


ひな

『母さま! 落ち着いて、落ち着いてください。もう、母さまを苦しめる人はどこにもいません!』


ひなの思念が響く。諭すように、すがりつくように。

ひなは姫の、母の影に取り巻かれ、締め上げられながらも、それでも必死に説得を試みていた。


『うるさい! 黙れ! 妾はいなくなるんだ。そう願った。そう祈った。それなのに、お前が !!』

ひな

『私は、目の前の人を救いたかっただけです! 私の力は、そのために————』

『お前の力は、妾の力だ! もう二度と、島のためには使わないと決めた! 救ってなどやるものか !!』

ひな

『か、母さま !!』


繭の中の暴風はどこまでも強く吹き荒れ、ひなの思念は絶え絶えになりつつある。

影となった姫の存在は圧倒的で、その足元に小さくすくんだひなは今にも取り込まれてしまいそうだ。


修人

「七葉さん、なんとかしないと、ひなが!」

七葉

「なんとかって、どうするんだい?」


気づけば、七葉さんは冷めた瞳で繭の中を眺めていて。


七葉

「どれだけ暴れようと、この封印は中からは破れない。二人で好きなだけ言い争っていればいいさ」

修人

「それじゃあ、ひなが!」

七葉

「知ったこっちゃない。あたしは、何度もそう言ったよ」


七葉さんは口調までもが冷めきっていて。

それは確かにその通りだったから、オレは継ぐ言葉を失った。


七葉

「放っておけば、いずれ決着はつくさ。じゃなくても、こんな調子はいつまでも続くもんじゃない」

修人

「力尽きるまで、放っておくつもりですか」

七葉

「仕方ないだろう。娘でも鎮められない怨霊寸前の魂だ。他に手はないさ」


怒りに満ちた姫の怨念と、悲しみに包まれたひなの心。

この母娘の争いを、オレはただ黙って見ているしかないのか。


修人

「一体、どれくらいの間、ひなは苦しみ続けるんですか?」

七葉

「さてね。100 年も 200 年もってことはないだろうさ。封印を解きなんかしなけりゃ 6000 年でも保っただろうに。しかも、これじゃ、力を引き出すどころじゃない」


暴風を孕んだ繭を眺めながら、苛立たしげに七葉さんが答える。

じゃあ、あと何十年かは、このままなのか。そんなにも。

ただ、その、吐き捨てるようなつぶやきに、なにかが引っかかった。

『力を引き出す』?


修人

「————ひょっとして、七葉さん。ひなを、ひなの力を、喰い物にしてたんですか?」


苛立ちはそのままに、七葉さんは頰に気怠げな笑みを浮かべた。


七葉

「はっ、封じろったって、これだけの力は完全に留めておけるもんじゃないさ。なら、漏れ出す分くらいどう使おうがいいだろう。誰に迷惑をかけるもんじゃなし」


『ったく、上がったりだよ』

あれは、そういうことか。


いつもひなとともにいたのも。

ひなの解封に反対したのも。

姫の願いを叶えたのも。

みんな、そのためか。


修人

「……ひなの、封印を、今すぐ解け」


怒りが収まらなかった。

姫も、七葉も、勝手なことばかり。

ひなの意思など顧みもせず、自分の都合ばかりを押しつけて。

許せなかった。

母親も、封じ主も、この事態の一因を担った自分自身も、なにもかもが。


七葉

「お前、キレるのは勝手だが、筋を忘れてないかい?」


七葉さんの目が細まる。背筋が凍えるほどの威圧感。

しかし、今のオレはそんなことには怯まない。


修人

「黙れ。今すぐ封印を解け、七蛇 !!」

七葉

「————ほう。」


七葉さんが、その瞳を見開いた。

瞳は銀色に染まっていて。瞳孔は縦に細く、真紅に輝く。


七葉

「あたしは、人にその名で呼ばれるのが、大嫌いでねぇ。しかも、小僧の分際で」


唇からのぞく牙が、細く鋭く伸びていた。

今にも、オレを喰い殺せそうなほどに。


——いいさ。

今のオレは、それさえもどうでもよかった。

喰い殺したいなら、喰い殺せばいい。

この場をどうにもできないオレなら、それこそどうなろうと知ったこっちゃない。


修人

「ひなを返せ。ひなは母親のものでも、お前のものでもない」

七葉

「は。ガキがよく吠える。母親は離しゃしないし、封印が効いている間はあたしの自由だ」

修人

「だから、その封印を解け、と言っている。母親は、オレが引っぺがす」


一瞬の間ののち、七葉が、いや、七蛇が哄笑した。


七葉

「お前が? どうやって? 相手は悪霊だよ。憑り殺されるのがオチだろうさ」

修人

「方法なんて知らない。オレは、そうしたいだけだ」


やり方などわからない。後先なんて考えてはいない。


七葉

「どっちが勝手なのかねぇ。今、封印を解けば、あの嵐は島全体を巻き込むだろう。お前の身勝手に、島中全てを巻き添えにする気かい?」

修人

「それでもかまわない。それでもオレは、ひなを救う」


七蛇の笑いが止まった。


七葉

「……なるほどねぇ」


目の前の、馬鹿な人間を。小僧を。ガキを。

舌舐めずりでもするかのようにねめつけて。


七葉

「あたしも、久しくこの島の神と呼ばれたものだ。なら、島の民の願いは叶えなくちゃねぇ」


心にもないことを。オレは島の者じゃない。

にも、かかわらず。


七葉

「島のすべての命の危機と引き換えに、ひなひとりを救えるかどうか。やってみるがいいさ」


パン、と。

繭が弾けた。


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