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緋色の島  作者: 都月 敬
12日目
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消息

オレは家を飛び出した。

厚い雲に覆われて、月影すらも届かない。

外灯などほとんどない町の中を、記憶だけを頼りに走り抜ける。


——妾は神の子として育てられた。


父親が解読したふみはそんな言葉から始まっていた。

急いで意訳したが、文意からは外れていないはずだ。父親はそう言っていた。


——七年に一度しか歳を取らず、七つまでは神のうち。七七、四十九年、神と島の民とを繋ぐお役目だ、と云われた。身体は他の子たちと同様に成長したのだけれど。


すっかり陽が落ちると、町から人影が消える。

農家も漁師も朝が早く、その分夜も早い。もちろんそれに合わせる客商売も同様だ。


——座れるようになった頃には、求められるまま、命じられるままに御影を操っていた。雨を晴らし、乾きを止め、罪を暴き、外敵を討ち払った。島の民は、妾を生き神と呼び、供物はうず高く積まれた。本当の姫だと奉った。妾は姫なのだから、神の子なのだから、当たり前のはずなのに。


町を抜けると、闇が深くなる。

ほとんど明かりのない中を、夢中で走った。

掻きむしりたくなるほどの胸騒ぎがして、走らずにはいられなかった。


——十三度目の正月、初めての神事が執り行われた。妾は二歳だった。身体はもう十分に大きくなっていた。姫の最も重要なお役目だと云われ、御社へと連れて行かれた。そこには先に斎が来ていて、妾を犯した。いつも優しく、民からも敬意を払われていて、私がなく、神事を過つことなどあるはずがない。驚いたし、辛く、苦しかったけれど、これがお役目なのだと思った。


すっかり慣れたはずの祠への道。

それが闇の中だと全く違って見える。

両脇の木は覆いかぶさるよう。茂みからは今にも何かが飛び出してきそうで。

それでも、怖いなどと感じている余裕はなかった。


——神事は夏と冬の二度行われた。そういう仕来りなのだ。幾度目かから、父や兄たちが代わりに行うこともあった。斎の家系は島長の分家。こういうこともあるのだ、と言われれば、そうなのかと思った。ただ、余計に辛く、悲しかった。


姿を見せてくれるかどうかはわからない。

そもそも夕方以外で姿を見たのは、工藤さんの解式の時だけ。あれは昼間のことだった。

それでも。


——それから十年が経ち、二十年が経っても、妾の姿は変わらなかった。周りばかりが老いていった。病もなく、怪我もしない。幾度か、腹が膨れたことがあったけれど、薬を飲めば、また萎んだ。腹がひどく痛んで、股からなにかが流れ出て。いつしか、それが自分の子と成るべきものだったのだと知った。


祠についた。

やっぱり誰もいない。周りを見回し、二人の名を呼びかけてみても、反応はなかった。

それでも、諦めることはできない。


——本来は、神事で本当に交わることなどあるはずがなく、まして島長の家のものが行うことなどありえないのだ、と。父も兄たちも、妾の身体が目当てだったのだ、とどこかで耳にした。その頃には、それほど辛くもなくなっていたから、もうどうでもよかったのだけれど。ただ、少し悲しかっただけで。


逡巡は一瞬。

オレは西へ向けて走り出していた。

学校の前まで戻り、正門の前を駆け抜ける。


——それでも、自分の子どもがこうなるのはひどく嫌だった。父が妾に子どもを産ませようとしている、とどこかで耳にした。妾に子どもを産ませれば、同じ姿で、同じ力を持ち、同じように産まれてくるはずだ、と。そうすれば、同じようにできる、と。


もうどれほど走っているのか。

息は切れ、足は棒のようで、もう感覚すらもあまりなくなっていた。

それでも、自分が走り続けているのはわかる。

朦朧としかける頭を振り、分かれ道を北へと折れた。


——妾は神に祈った。生まれて初めて、妾の願いを神に祈った。そして初めて、神の声を聞いた。神は、妾を閉ざす方法を教えてくれた。御影に神事を代わらせて、七度集めた精を贄に、妾を閉ざす。そうすれば、妾はいなくなることができる、と云った。


足場がゴツゴツとした岩場に変わり、目的地が近いことを知る。

あと、少し。ひたすらに走って。


——妾は不安だった。妾はいなくなることができる。でも、妾の子どもは。妾は、勝手に少しだけやり方を変えた。御影には代わらず、妾自身が神事を続けた。妾自身に七度精を集めた。そうして、妾は子どもを宿した。腹はまだ膨れていないけれど、妾にはわかる。妾は、妾の子どもとともに、いなくなる。そうすれば、この島には、もう力は残らない。


ようやく、辿り着く。

古の神事が行われた、岬の御社。


——こんな島なんて、どうとでもなってしまえばいい。神は願いを叶えてくれるはず。


そこに、小さな少女の影があった。


——あとは、神に祈るだけ。


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