修了
金曜日は、それだけでいいものだ。
誰かが言ったらしい。全面的に賛同だ。
何よりも、ここのところヘビーな問題が続いていたから、そろそろゆっくり休みたい。
そんな明日を楽しみに、今日も一日がんばろう。
修人
「……あと一日もあるのか」
晴れた気持ちを自ら打ち消して、どんよりと教室の扉を開ける。
昨日よりは薄れた、それでも少しピリッとした空気。
まぁ、あまり気にせずに足を踏み入れる。
あの二人組の席は今日も空。いつもはオレよりも早いから、今日も休みだろうか。
修人
「おはよ。」
椎
「お、おはよう」
返ってくるぎこちない挨拶。
なぜ緊張している、椎ちゃん?
昨日、しつこく仲良し仲良し言ったからだろうか。
詳しくツッコんでみたい気持ちはあるが、残念ながらもうすぐ予鈴だ。
要
「はよ〜っす。今日は最初から最後までいるんですかね〜」
席に着くなり、隣から嫌味ったらしい言葉が飛んだ。
考えてみれば、一昨日は社へ行くために午前中をまるまるサボり、昨日は五時限目をサボっている。
昨日も六限目前に教室に戻るなり、要に散々いじられたのだ。
要
『四人はないわ〜。八人しかいないのに、半分はない。学級閉鎖するわ。ゆかりちゃん泣いてたぞ〜』
そう。昨日の五時限目は現国だった。
二人が休んで、二人がサボったから、授業を受けたのは四人。
しかも、仲良く弁当をつついてるオレたちの姿は、窓際の席の立花さんからは丸見えだったらしく。
立花
「今日は二人で抜け出したりしないでよね。最終日なんだから」
と、前からもいじられる始末。
今日はゆかり先生の実習最終日だった。
ちなみに。
本日、立花さんが登校してくる早々、工藤さんから全力の謝罪が入ったらしく。
立花
「工藤さんって、意外とかわいいよね」
という、なかなかの好評価を得ていた。あとで本人にも教えてやろう。
しかし、一昨日の今日で、もうビビってないあたり、立花さんも大物である。
ゆかり先生が二人欠けた出欠を取り終え、教壇を降りる。
今日の国語は六時限目。そして、HR で実習修了だ。
普段は教育実習生に特別な感情は持てない方だが、今回は特別。
同じ日にこの学校へ来たという同期的な心情とともに、私的にもずいぶんと関わってしまったから。
まぁ、美人でいじりがいがある性格、っていうのも、影響していないとは言わないが。
ゆかり
「じゃあ、笠原くん。今日は、六時限目に会いましょうね」
教室を出て行く際、わざわざ大きな声でご指名が入った。
ラス前の二つをサボったことは、けっこう大きな傷痕を残したのかもしれない。。。
ということで、午前中は流して終了。
教室内に漂う、工藤さんに対する空気も、徐々に平常に戻りつつあるようだ。
まぁ、そもそもそれほど友好的な雰囲気でもなかった気はするが。
そんなことを考えながら、いつものように弁当を受け取ったところで。
椎
「あ、あの。笠原くん?」
呼び止められた。
修人
「ああ、工藤さん。どした?」
工藤さんは、やっぱり少し緊張気味に口ごもりながら。
椎
「あの、昨日の話」
修人
「ああ、そっか。昼飯食べながらにする?」
見れば、工藤さんもしっかりと自分の弁当を下げていて。
修人
「じゃあ、また中庭にしよっか」
頷いた工藤さんを連れて、中庭へと向かう。
何気ない風を装ってはいるが、昨日、二人分の弁当でも作ってみようか、とか考えていたのは秘密だ。
昨日のよりも奥の、見えにくい方のベンチまで移動して着席。
早速、工藤さんに昨日の話を促そうとした、その矢先。
ゆかり
「あ、修人く、ん?」
廊下から顔を出したのは、ゆかり先生だった。
修人
「あれ? ゆかり先生。って、ちょっ、どこ行くの?」
気まずさげに引っ込もうとするところを呼び止める。
ゆかり
「いや、さすがにそれはお邪魔だよね。失礼しました」
と言う、その手にはやっぱりお弁当が下がっていて。
修人
「そっか、今日は教室に立花さんしかいないんだ」
工藤さんはここにいるし。いや、教室にいても一緒には食べないだろうけども。
ゆかり
「それは、まぁ、昨日も同じだったんだけど。あんまり話題が続かなかったっていうかね」
そだね。積極的に話を繋ぐタイプじゃないよね、あのコ。
なんだか、最終日にかわいそうになってきたぞ、この先生。
修人
「——いいかな?」
オレは、工藤さんに小声で確認をとって。工藤さんも小さく頷いて。
修人
「はいはい、じゃあ早くこっちに来て。先食べちゃうよ?」
片手でこいこいと呼び寄せる。
ゆかり
「えっと、いいの? お邪魔じゃない?」
修人
「お邪魔じゃないない」
そこで工藤さんを軽く肘でつく。
椎
「あ。先生、どうぞ、こちらへ」
気づいて、ギクシャクと隣を示す工藤さん。
そこまでして、ようやくゆかり先生は中庭へ降りてきてくれた。
ゆかり
「ごめんね〜。せっかく二人きりだったのに」
椎
「え? あ、いえ、これは、そういうのではなくて、ですね」
修人
「工藤さん、テンパりすぎ」
余計ギクシャクしてしまう工藤さんを尻目に、ゆかり先生へざっくりと事情を説明する。
修人
「昨日と一昨日の話、知ってますよね。蛇の」
ゆかり
「う、うん。そりゃ、まぁ」
ちらりと横目で工藤さんを見る。まぁ、そうなるわな。
修人
「あれって、どうやら蛇の呪いだったみたいなんですよ」
ゆかり
「は?」
意表をつかれて、ぽかんとするゆかり先生。
修人
「なんなんでしょうかね。原因はわからないんですけど、教室に蛇が出たのも、工藤さんに蛇が取り憑いたのも、なんか、呪いみたいなんですよ、蛇の」
なんだ、この雑な説明。しかし、ゆかり先生はふむふむと。
ゆかり
「そっか、だから教室に蛇がいたんだ。いないよね、普通。え? 取り憑かれたって、平気なの?」
椎
「あ、もう大丈夫、です。昨日、お祓い、してもらったんで」
とっさに話を合わせる工藤さん。
椎
「そのため、午後急に休むことになってしまって。すみませんでした」
ついでにうまいことサボりの言い訳もする。なかなか抜け目がない。
ゆかり
「じゃあ、仕方ないよね。お祓いに行くから学校休むってのも難しいし。あんなの放っておけないし」
こんな雑な話をがっつり信じてくれる、さすがのゆかり先生。ついでに職員室に広めてくれ。
椎
「すみません。ご心配までおかけして」
ゆかり
「いえいえ、こちらこそ。ご無事でなにより」
気づけば、なぜか深々と頭を下げ合っている二人。
修人
「だから、今後はもうなんともないんだってさ」
軽い口調でまとめて、弁当の包みに手をかける。
ゆかり先生はそんなオレをしげしげと眺めて。
ゆかり
「やっぱり、修人くんって、そういうの得意なの?」
修人
「なんすか、そういうのって」
今度は工藤さんがきょとんとする。
そこにゆかり先生が。
ゆかり
「実は私ね、修人くんに神隠しを解決してもらったの」
……それ、気軽に言っていいヤツなんすか。
修人
「あの、人を霊界探偵みたいに言うの、やめてもらっていいですか」
そんなオレをよそに、ゆかり先生は工藤さんに例の神隠しの件を一通り話して聞かせ。
ゆかり
「で、結局、また向こうに行っちゃったの、あのバカ」
とんでもないまとめ方をしていた。事実だけど。
まぁ、これもゆかり先生がすっぱり割り切れたということなのだろうが、聞かされた工藤さんとしてはリアクションの仕方に困るわけで。
しかし、ゆかり先生はそれすら意に介さず。
ゆかり
「あ〜、すっきりした。この島にいるうちに、誰かに話しておきたかったのよね」
せいせいしたとばかりに、改めて箸を動かし始める。
修人
「誰かに、って、彼の両親とかには?」
ゆかり
「言える? あなた方の息子さんは別の世界で勇者になったので帰れません、とか」
無理だな。
胸の内でご両親に手を合わせる。
椎
「——笠原くん。その、お姫さまとか、巫女さんとかいうのって」
何に気を使っているのか、工藤さんが小声でオレに確認を取ってきて。
修人
「そう。ひな」
椎
「やっぱり」
そりゃ、消えたり、見えなかったりする女の子なんて、他にはそうそういない。
ゆかり先生はそれを耳聡く聞きつけると。
ゆかり
「ひょっとして、工藤さん、ひなちゃん知ってるの?」
椎
「え、あ、ああ。はい。一回呑ん、じゃなくて、遊んだことがあって」
ゆかり
「そうなんだ。そっか、工藤さん島の人じゃないから、見えるんだね。いいな」
けっこう本気でうらやましがってるゆかり先生。
椎
「私の、蛇のお祓いをしてくれたのも、実は」
ゆかり
「それもひなちゃんなんだ。ひなちゃんすごい。万能」
もう、ちゃん付けで呼べる身長じゃなくなってますけど。
椎
「そういや、昨日は?」
修人
「ああ、行ってみたけど、いなかった。七葉さんも」
椎
「そっか。お礼したいな、と思ってたんだけど」
修人
「術使った後は疲れるらしいからね。今日も行ってみようとは思ってるけど」
本当は解封の方が負担のようだけど、そこまで説明することもないだろう。
椎
「じゃあ、私も行っていい?」
修人
「もちろん」
と、意見がまとまった隣で。
ゆかり
「いいな。私もお礼したいのに、見えないし」
仲間外れになったゆかり先生が淋しげにお箸をくわえる。
修人
「お気持ちだけ、伝えておきます」
そう言えば、七葉さんには謝ったけど、まだひなにはどの件でもお礼してないな。
今度まとめて宴会か、などと考えていると、気を取り直したゆかり先生は工藤さんに向かって。
ゆかり
「じゃあ、私と工藤さんは、ひなちゃんに助けられた仲間だね」
椎
「え?」
修人
「なに、その、センスない仲間」
ゆかり
「ひどっ。こういうのはセンスじゃないんです。これまで工藤さんとはなかなか話せなかったから、その記念とか、そういうのなんです」
どういうのだよ。
椎
「すみません。私、あんまり人付き合いとかうまくなくて」
ゆかり
「いいのいいの。わかる。私もそうだったから」
修人
「え、マジ?」
素で訊き返すと、ゆかり先生も目を丸くして。
ゆかり
「え、なに? 意外?」
修人
「あ〜、考えてみれば、そうでもないわ」
工藤さんとは質が違う、失敗しそうなポイントがいくつも思い浮かぶ。
ゆかり
「なんだか、バカにされてる感じがする。。。」
修人
「そんなことないよ。先生、あんた良い教師になるよ」
ゆかり
「だから誰よ。今の話と関係ないし」
あ、バレた。ここはすかさず話題を変えよう。
修人
「でも、工藤さんは今、友だち 100 人キャンペーン中なんだよね」
椎
「え?」
ゆかり
「そうなんだ。じゃあ、私、友だち何人目?」
あんた、友だちなんかい。
椎
「三人目、かな?」
指折り数える工藤さん。それ、要入ってないよね。
ゆかり
「やった! シングルナンバー!」
喜んでるところ悪いが、しばらくダブルになる見込みはない。
修人
「会員証とか出ないぞ」
ゆかり
「いいよ。心の会員証で」
だから、なんだよ。それ。
ゆかり先生が絡むとなんだか疲れるので、そろそろ本題に入ろう。
修人
「で、あの二人には会えたの?」
椎
「あ、一応、会えたっていうか」
工藤さんの話を要約すると。
曰く、ピンポン連打して、開いた扉に靴を突っ込み、閉めようと必死の相手に、一方的に頭を下げたんだとか。
……謝罪の押し売り、って初めて聞いたわ。
椎
「伝わってるかどうかはわからないけど」
たぶん、無理だろね。
椎
「でも、私がすっきりしたからいいかな」
そう言って微笑む。
修人
「いいんじゃない。それで十分でしょ」
どうせ、涙ながらに手に手を取って、なんてエンディングは迎えられそうもないんだし。
そんな必要もないんだし。
修人
「よくやった。」
褒めながら、工藤さんの頭をなでなでしてやる。
髪とか触ったら嫌がるかな、とも思ったけど。
工藤さんは、気持ちよさそうになでられるままになっていた。あの日のひなのように。
ゆかり
「あ、いいな。修人くん、私も」
なぜか、頭を突き出してくるゆかり先生。
修人
「先生、なによくやったの?」
ゆかり
「授業をサボる生徒にもめげずに実習をやり遂げました」
修人
「……ぐ。うむ。よくやった」
ゆかり先生もなでなで。
ゆかり
「やった!」
うれしそうにガッツポーズ。この人、こういうキャラだったろうか。
修人
「先生って、実習中、キャラ作ってたでしょ」
ゆかり
「当たり前じゃない。素で先生は無理だよ」
きっぱり言い切りやがった。
修人
「やっぱ、いい教師にはなれないかもしれない」
ゆかり
「……うん、私もそう思ってる」
椎
「え? そうかな?」
異論を挟んだのは工藤さんで。
椎
「天然で先生やってる人より、ずっと安心できる気がするけど」
ゆかり
「椎ちゃんよく言った!」
感激のあまり、工藤さんに抱きつくゆかり先生。
ゆかり
「椎ちゃん、私、がんばるね!」
椎
「……工藤、で」
工藤さんの友だちリストから、ゆかり先生の名前が消える日も遠くなさそうな。
そんな、最終日らしい昼休みを、三人で過ごした。
最後にゆかり先生がケータイを出して駄々をこねたので、ついでにオレも工藤さんの連絡先をゲットできた。ありがとう、ゆかり先生。
その後、最終授業を終えて、HR を行った。
花束のひとつもあるわけではなかったが、クラスを代表してオレがお礼の言葉を述べて。
ゆかり先生は涙ながらに教育実習を修了した。
放課後、オレは工藤さんと二人で例の祠へ向かった。
だけど、ひなも七葉さんも姿を現してはくれなかった。




