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緋色の島  作者: 都月 敬
12日目
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修了

金曜日は、それだけでいいものだ。

誰かが言ったらしい。全面的に賛同だ。

何よりも、ここのところヘビーな問題が続いていたから、そろそろゆっくり休みたい。

そんな明日を楽しみに、今日も一日がんばろう。


修人

「……あと一日もあるのか」


晴れた気持ちを自ら打ち消して、どんよりと教室の扉を開ける。

昨日よりは薄れた、それでも少しピリッとした空気。

まぁ、あまり気にせずに足を踏み入れる。

あの二人組の席は今日も空。いつもはオレよりも早いから、今日も休みだろうか。


修人

「おはよ。」

「お、おはよう」


返ってくるぎこちない挨拶。

なぜ緊張している、椎ちゃん?

昨日、しつこく仲良し仲良し言ったからだろうか。

詳しくツッコんでみたい気持ちはあるが、残念ながらもうすぐ予鈴だ。


「はよ〜っす。今日は最初から最後までいるんですかね〜」


席に着くなり、隣から嫌味ったらしい言葉が飛んだ。

考えてみれば、一昨日は社へ行くために午前中をまるまるサボり、昨日は五時限目をサボっている。

昨日も六限目前に教室に戻るなり、要に散々いじられたのだ。


『四人はないわ〜。八人しかいないのに、半分はない。学級閉鎖するわ。ゆかりちゃん泣いてたぞ〜』


そう。昨日の五時限目は現国だった。

二人が休んで、二人がサボったから、授業を受けたのは四人。

しかも、仲良く弁当をつついてるオレたちの姿は、窓際の席の立花さんからは丸見えだったらしく。


立花

「今日は二人で抜け出したりしないでよね。最終日なんだから」


と、前からもいじられる始末。

今日はゆかり先生の実習最終日だった。


ちなみに。

本日、立花さんが登校してくる早々、工藤さんから全力の謝罪が入ったらしく。


立花

「工藤さんって、意外とかわいいよね」


という、なかなかの好評価を得ていた。あとで本人にも教えてやろう。

しかし、一昨日の今日で、もうビビってないあたり、立花さんも大物である。



ゆかり先生が二人欠けた出欠を取り終え、教壇を降りる。

今日の国語は六時限目。そして、HR で実習修了だ。

普段は教育実習生に特別な感情は持てない方だが、今回は特別。

同じ日にこの学校へ来たという同期的な心情とともに、私的にもずいぶんと関わってしまったから。

まぁ、美人でいじりがいがある性格、っていうのも、影響していないとは言わないが。


ゆかり

「じゃあ、笠原くん。今日は、六時限目に会いましょうね」


教室を出て行く際、わざわざ大きな声でご指名が入った。

ラス前の二つをサボったことは、けっこう大きな傷痕を残したのかもしれない。。。



ということで、午前中は流して終了。

教室内に漂う、工藤さんに対する空気も、徐々に平常に戻りつつあるようだ。

まぁ、そもそもそれほど友好的な雰囲気でもなかった気はするが。

そんなことを考えながら、いつものように弁当を受け取ったところで。


「あ、あの。笠原くん?」


呼び止められた。


修人

「ああ、工藤さん。どした?」


工藤さんは、やっぱり少し緊張気味に口ごもりながら。


「あの、昨日の話」

修人

「ああ、そっか。昼飯食べながらにする?」


見れば、工藤さんもしっかりと自分の弁当を下げていて。


修人

「じゃあ、また中庭にしよっか」


頷いた工藤さんを連れて、中庭へと向かう。

何気ない風を装ってはいるが、昨日、二人分の弁当でも作ってみようか、とか考えていたのは秘密だ。


昨日のよりも奥の、見えにくい方のベンチまで移動して着席。

早速、工藤さんに昨日の話を促そうとした、その矢先。


ゆかり

「あ、修人く、ん?」


廊下から顔を出したのは、ゆかり先生だった。


修人

「あれ? ゆかり先生。って、ちょっ、どこ行くの?」


気まずさげに引っ込もうとするところを呼び止める。


ゆかり

「いや、さすがにそれはお邪魔だよね。失礼しました」


と言う、その手にはやっぱりお弁当が下がっていて。


修人

「そっか、今日は教室に立花さんしかいないんだ」


工藤さんはここにいるし。いや、教室にいても一緒には食べないだろうけども。


ゆかり

「それは、まぁ、昨日も同じだったんだけど。あんまり話題が続かなかったっていうかね」


そだね。積極的に話を繋ぐタイプじゃないよね、あのコ。

なんだか、最終日にかわいそうになってきたぞ、この先生。


修人

「——いいかな?」


オレは、工藤さんに小声で確認をとって。工藤さんも小さく頷いて。


修人

「はいはい、じゃあ早くこっちに来て。先食べちゃうよ?」


片手でこいこいと呼び寄せる。


ゆかり

「えっと、いいの? お邪魔じゃない?」

修人

「お邪魔じゃないない」


そこで工藤さんを軽く肘でつく。


「あ。先生、どうぞ、こちらへ」


気づいて、ギクシャクと隣を示す工藤さん。

そこまでして、ようやくゆかり先生は中庭へ降りてきてくれた。


ゆかり

「ごめんね〜。せっかく二人きりだったのに」

「え? あ、いえ、これは、そういうのではなくて、ですね」

修人

「工藤さん、テンパりすぎ」


余計ギクシャクしてしまう工藤さんを尻目に、ゆかり先生へざっくりと事情を説明する。


修人

「昨日と一昨日の話、知ってますよね。蛇の」

ゆかり

「う、うん。そりゃ、まぁ」


ちらりと横目で工藤さんを見る。まぁ、そうなるわな。


修人

「あれって、どうやら蛇の呪いだったみたいなんですよ」

ゆかり

「は?」


意表をつかれて、ぽかんとするゆかり先生。


修人

「なんなんでしょうかね。原因はわからないんですけど、教室に蛇が出たのも、工藤さんに蛇が取り憑いたのも、なんか、呪いみたいなんですよ、蛇の」


なんだ、この雑な説明。しかし、ゆかり先生はふむふむと。


ゆかり

「そっか、だから教室に蛇がいたんだ。いないよね、普通。え? 取り憑かれたって、平気なの?」

「あ、もう大丈夫、です。昨日、お祓い、してもらったんで」


とっさに話を合わせる工藤さん。


「そのため、午後急に休むことになってしまって。すみませんでした」


ついでにうまいことサボりの言い訳もする。なかなか抜け目がない。


ゆかり

「じゃあ、仕方ないよね。お祓いに行くから学校休むってのも難しいし。あんなの放っておけないし」


こんな雑な話をがっつり信じてくれる、さすがのゆかり先生。ついでに職員室に広めてくれ。


「すみません。ご心配までおかけして」

ゆかり

「いえいえ、こちらこそ。ご無事でなにより」


気づけば、なぜか深々と頭を下げ合っている二人。


修人

「だから、今後はもうなんともないんだってさ」


軽い口調でまとめて、弁当の包みに手をかける。

ゆかり先生はそんなオレをしげしげと眺めて。


ゆかり

「やっぱり、修人くんって、そういうの得意なの?」

修人

「なんすか、そういうのって」


今度は工藤さんがきょとんとする。

そこにゆかり先生が。


ゆかり

「実は私ね、修人くんに神隠しを解決してもらったの」


……それ、気軽に言っていいヤツなんすか。


修人

「あの、人を霊界探偵みたいに言うの、やめてもらっていいですか」


そんなオレをよそに、ゆかり先生は工藤さんに例の神隠しの件を一通り話して聞かせ。


ゆかり

「で、結局、また向こうに行っちゃったの、あのバカ」


とんでもないまとめ方をしていた。事実だけど。

まぁ、これもゆかり先生がすっぱり割り切れたということなのだろうが、聞かされた工藤さんとしてはリアクションの仕方に困るわけで。

しかし、ゆかり先生はそれすら意に介さず。


ゆかり

「あ〜、すっきりした。この島にいるうちに、誰かに話しておきたかったのよね」


せいせいしたとばかりに、改めて箸を動かし始める。


修人

「誰かに、って、彼の両親とかには?」

ゆかり

「言える? あなた方の息子さんは別の世界で勇者になったので帰れません、とか」


無理だな。

胸の内でご両親に手を合わせる。


「——笠原くん。その、お姫さまとか、巫女さんとかいうのって」


何に気を使っているのか、工藤さんが小声でオレに確認を取ってきて。


修人

「そう。ひな」

「やっぱり」


そりゃ、消えたり、見えなかったりする女の子なんて、他にはそうそういない。

ゆかり先生はそれを耳聡く聞きつけると。


ゆかり

「ひょっとして、工藤さん、ひなちゃん知ってるの?」

「え、あ、ああ。はい。一回呑ん、じゃなくて、遊んだことがあって」

ゆかり

「そうなんだ。そっか、工藤さん島の人じゃないから、見えるんだね。いいな」


けっこう本気でうらやましがってるゆかり先生。


「私の、蛇のお祓いをしてくれたのも、実は」

ゆかり

「それもひなちゃんなんだ。ひなちゃんすごい。万能」


もう、ちゃん付けで呼べる身長じゃなくなってますけど。


「そういや、昨日は?」

修人

「ああ、行ってみたけど、いなかった。七葉さんも」

「そっか。お礼したいな、と思ってたんだけど」

修人

「術使った後は疲れるらしいからね。今日も行ってみようとは思ってるけど」


本当は解封の方が負担のようだけど、そこまで説明することもないだろう。


「じゃあ、私も行っていい?」

修人

「もちろん」


と、意見がまとまった隣で。


ゆかり

「いいな。私もお礼したいのに、見えないし」


仲間外れになったゆかり先生が淋しげにお箸をくわえる。


修人

「お気持ちだけ、伝えておきます」


そう言えば、七葉さんには謝ったけど、まだひなにはどの件でもお礼してないな。

今度まとめて宴会か、などと考えていると、気を取り直したゆかり先生は工藤さんに向かって。


ゆかり

「じゃあ、私と工藤さんは、ひなちゃんに助けられた仲間だね」

「え?」

修人

「なに、その、センスない仲間」

ゆかり

「ひどっ。こういうのはセンスじゃないんです。これまで工藤さんとはなかなか話せなかったから、その記念とか、そういうのなんです」


どういうのだよ。


「すみません。私、あんまり人付き合いとかうまくなくて」

ゆかり

「いいのいいの。わかる。私もそうだったから」

修人

「え、マジ?」


素で訊き返すと、ゆかり先生も目を丸くして。


ゆかり

「え、なに? 意外?」

修人

「あ〜、考えてみれば、そうでもないわ」


工藤さんとは質が違う、失敗しそうなポイントがいくつも思い浮かぶ。


ゆかり

「なんだか、バカにされてる感じがする。。。」

修人

「そんなことないよ。先生、あんた良い教師になるよ」

ゆかり

「だから誰よ。今の話と関係ないし」


あ、バレた。ここはすかさず話題を変えよう。


修人

「でも、工藤さんは今、友だち 100 人キャンペーン中なんだよね」

「え?」

ゆかり

「そうなんだ。じゃあ、私、友だち何人目?」


あんた、友だちなんかい。


「三人目、かな?」


指折り数える工藤さん。それ、要入ってないよね。


ゆかり

「やった! シングルナンバー!」


喜んでるところ悪いが、しばらくダブルになる見込みはない。


修人

「会員証とか出ないぞ」

ゆかり

「いいよ。心の会員証で」


だから、なんだよ。それ。

ゆかり先生が絡むとなんだか疲れるので、そろそろ本題に入ろう。


修人

「で、あの二人には会えたの?」

「あ、一応、会えたっていうか」


工藤さんの話を要約すると。

曰く、ピンポン連打して、開いた扉に靴を突っ込み、閉めようと必死の相手に、一方的に頭を下げたんだとか。

……謝罪の押し売り、って初めて聞いたわ。


「伝わってるかどうかはわからないけど」


たぶん、無理だろね。


「でも、私がすっきりしたからいいかな」


そう言って微笑む。


修人

「いいんじゃない。それで十分でしょ」


どうせ、涙ながらに手に手を取って、なんてエンディングは迎えられそうもないんだし。

そんな必要もないんだし。


修人

「よくやった。」


褒めながら、工藤さんの頭をなでなでしてやる。

髪とか触ったら嫌がるかな、とも思ったけど。

工藤さんは、気持ちよさそうになでられるままになっていた。あの日のひなのように。


ゆかり

「あ、いいな。修人くん、私も」


なぜか、頭を突き出してくるゆかり先生。


修人

「先生、なによくやったの?」

ゆかり

「授業をサボる生徒にもめげずに実習をやり遂げました」

修人

「……ぐ。うむ。よくやった」


ゆかり先生もなでなで。


ゆかり

「やった!」


うれしそうにガッツポーズ。この人、こういうキャラだったろうか。


修人

「先生って、実習中、キャラ作ってたでしょ」

ゆかり

「当たり前じゃない。素で先生は無理だよ」


きっぱり言い切りやがった。


修人

「やっぱ、いい教師にはなれないかもしれない」

ゆかり

「……うん、私もそう思ってる」

「え? そうかな?」


異論を挟んだのは工藤さんで。


「天然で先生やってる人より、ずっと安心できる気がするけど」

ゆかり

「椎ちゃんよく言った!」


感激のあまり、工藤さんに抱きつくゆかり先生。


ゆかり

「椎ちゃん、私、がんばるね!」

「……工藤、で」


工藤さんの友だちリストから、ゆかり先生の名前が消える日も遠くなさそうな。


そんな、最終日らしい昼休みを、三人で過ごした。

最後にゆかり先生がケータイを出して駄々をこねたので、ついでにオレも工藤さんの連絡先をゲットできた。ありがとう、ゆかり先生。



その後、最終授業を終えて、HR を行った。

花束のひとつもあるわけではなかったが、クラスを代表してオレがお礼の言葉を述べて。

ゆかり先生は涙ながらに教育実習を修了した。


放課後、オレは工藤さんと二人で例の祠へ向かった。

だけど、ひなも七葉さんも姿を現してはくれなかった。

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