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緋色の島  作者: 都月 敬
11日目
39/46

憑落

ちょうど工藤さんが落ち着いた頃に、昼休みの終了を告げるチャイムがなった。


修人

「ちょっと、待ってて」


中庭に工藤さんを一人残し、オレは職員玄関へと急ぐ。

まだ残っていたオレの分の弁当をゲットし、返却箱の中から未使用の割り箸を拾う。My 箸派に感謝。

工藤さんの弁当は教室だろうし、さすがに今から取りには行けない。

五時限目は二人でサボることとして、中庭へと戻る。


修人

「ほい。お腹減ったでしょ。とりあえず、半分こしよ」


まだ芝の上に座っていた工藤さんを立たせ、手近なベンチに。

二人の間に弁当を広げ、工藤さんにも無理やり箸を持たせる。


修人

「いただきます」

「————」


オレは二つ入っている唐揚げからつまむ。今日は中華風だ。

工藤さんは、弁当を見つめているのか、ただ俯いているのか。


修人

「遠慮しないでね」

「——首、大丈夫?」


工藤さんの視線が、オレの首まで上がっていた。

オレも自分の首をなでて。


修人

「大丈夫だってば。まさか、本当に殺す気だった?」


冗談めかして笑う。まぁ、意識が飛んだときにはちょっとヤバいかな、とは思ったけど。

工藤さんは小さくふるふると首を振って。


「私は、そんなつもりはなかったけど、でも————」

修人

「ひなも言ってたでしょ。使いすぎで暴走しちゃったって。オレのときはコントロールできてたよ」


根拠はないけど、そう思う。暴走してたら、緩めたりできなかっただろうし。


「でも、昨日のも、実はあんまり覚えていないの。記憶がぼんやりしてる、っていうか」

修人

「やっぱり、蛇に操られてたか、少なくとも影響は受けてたんだろうね」


ちょっと考えてから、餡のかかった卵焼きを半分にする。嫌がられたら、残りも食おう。


「すごく優しくて、力になる、って言ってくれたの」


唐突に、工藤さんが述懐を始めた。


修人

「蛇が?」

「そう。靴を隠されて、なんだかすごく力が抜けちゃって、こっちでもそうなのか、って思ったとき」


俺はなるべく深刻になりすぎないように、食べながら聞いている。


「なにかで、おまじないの話を読んで、バカバカしいとは思ったんだけど、他に、なにもなくて」


頼れるものがなにもない。

そんなことない、って言ってあげたいけど、なにもできなかったオレには、そんな資格はない。


「そしたら、あのコが、力になる、って。私、うれしくなっちゃって。バカみたいに」

修人

「そんなことはないよ」


オレにできるのは否定することだけ。自分がそう言えなかったことを悔やむだけ。


「あとはところどころ記憶が曖昧で。でも、あの二人に復讐したとき、少しだけ、すっとした」

修人

「そっか」


苦痛を与えられた相手にやり返したら、気が晴れる。それは、当たり前のことかもしれないけれど。


修人

「でも、すっとした、だけ?」


その質問に、工藤さんは俯いたまま。少し戸惑って、やっぱり首を横に振った。


「あの後、うちに帰って、ずっと震えてた。毛布に包まって。怖くて」

修人

「だよね。あの力は、自分のものでも怖いよ」


自分が怒りを覚えたら。自分が嫌いになったら。自分が気に食わなかったら。

人を殺せる。

これは、怖い。オレみたいな小市民には、特に。


修人

「二人とも無事だったって。入院もしてないし。今日は、休んでるけど」

「そう。よかった」


そこで初めて、工藤さんは安堵の笑みを浮かべた。


修人

「お腹、空いてない?」

「あ、じゃあ、いただきます」


おずおずと、ようやく弁当へ箸を向けてくれて。


修人

「どうぞ召し上がれ。オレが作ったわけじゃないけど」


工藤さんは、小アジの南蛮漬けをつつきながら。


「————また、転校かなぁ」


小さくつぶやきながら、ひとかじり。


修人

「なんで?」


返すオレはあくまで軽く。


「だって、あんな問題起こしちゃったんだよ? 昨日も、今も、授業サボってるし」

修人

「サボりは関係ないでしょう。だったら、オレも転校しなきゃ」


いや、オレも元々サボる子じゃないんですよ? 前の学校では皆勤だったし。

と、誰かに言い訳しておく。


「それに、あの二人だって、私がいたら学校来にくいと思うし」

修人

「それは、元々アイツらのせいなんだから、仕方ないと思おう」

「他のみんなだって、あんなことした人は、怖いだろうし」

修人

「ふむ。なるほど」


今朝の雰囲気を思い出す。確かに、ピリッピリしてたな。


修人

「で? 工藤さんは、どうしたいの? 転校したいの?」


あえて直球を返す。

工藤さんの箸が止まった。


修人

「あの二人とは仲良くできないし、クラスメイトには怖がられて距離置かれるし、先生の印象も良くないだろうし、授業は役に立たないし。こんな島、居心地悪いから、早く転校したい?」

「ちょ、ちょっと。そんなこと、思ってないから」


慌てて否定する工藤さん。


修人

「ってことは?」

「転校したく、ない」

修人

「よろしい」


偉そうに言って、肉団子に食らいつく。


修人

「いいじゃん。蛇の呪いでした、で」

「……え?」

修人

「実際、だいたい操られてたみたいなもんだしさ。取り憑かれてました、でももう解けました、で」

「軽。」


呆れたように、少しだけ微笑う。


修人

「いや、そんなもんですって。ま、それでも気味悪がるヤツはいるだろうけどさ、合わないヤツなんてどこに行ってもいるでしょうに。あと、あの二人とは別に仲良くする必要ないし」

「必要ない、って」

修人

「ないでしょう。たった八人しかいないからって、全員と仲良くする必要なんてないよ。オレなんて、要と工藤さんくらいとしか仲良くないよ?」

「————え?」


思いがけない、間。


修人

「あれ? 私、笠原くんとなんて仲良くないですけど、的なアレ?」

「え、いや、そんなことない、と思う、けど」


遠いな。


「笠原くん、気安いから、みんなと仲良いのかと思ってた」


そっちか。そっち側の勘違いか。


修人

「それはクラスの動向に疎すぎるな。オレなんて、放課後いっつも独りで窓の外眺めてるぜ」


事実だから、淋しい。


「そう、なんだ」

修人

「なんだ? 淋しいヤツとか思ったか? でも、工藤さんには言われたくないぞ」


冗談っぽく。

しかし、工藤さんは俯いて。


「私、そういうの苦手だから。みんなと仲良くできないなら、誰とも仲良くしない方がいいって思って」

修人

「極端だな。極端から極端だな」


工藤さんは、恐る恐る覗き込むようにして。


「だって、誰かと仲良くしたら、してない子に嫌われたり、しない?」

修人

「う〜ん。その子が工藤さんと仲良くしたいのに、工藤さんが無視した、とかなら、嫌われる、かも?  じゃなきゃ、普通に疎遠な子、で終わると思うけど」


お箸をくわえたまま、む〜、と考え込む工藤さん。


修人

「仲良くしたくもないヤツに嫌われたって、別にどうでもよくない?」

「え〜? 嫌われるのは、嫌だよ」

修人

「博愛主義者なんだな。彼氏できないぞ」

「えっ? そうなのっ !?」


過剰反応した。コミュニケーション能力が低い工藤さんには、まだレベルが高すぎたか。


修人

「ま、そういうことで。とっくに嫌い合ってるヤツのことは放っておいて。仲の良いヤツらと仲良くしつつ、その他の人たちとは、機会があったら打ち解ける、くらいでどうでしょうね」


そんな感じでまとめてみるが。


「……私、仲良い人、いないし」

修人

「おいおい」


ツッコミつつ、オレは箸で自分を指す。


修人

「なんだよ、一緒に昼飯食べてるのに、仲良くないと? 手料理まで振舞ったのに」

「あ、違う。違うの。じゃなくて、私なんかで、いいのかなって」


プロポーズの返事か。


修人

「だから、オレはとっくに仲良しだと思ってるって。今朝だって、挨拶スルーされて、凹んだし」

「あ、ごめん、あのときは」

修人

「冗談。あと、要も仲良しだと思ってるだろな。アイツの仲良しの範囲は広いけど」

「あ、そうなんだ」


少し嫌そうにしないであげて。


修人

「あと、立花さん辺りも目がありそうな気はするんだよな〜。あの二人とベタベタじゃないし」

「あ、立花さん。さっき謝ってくれたのに、私、ひどい反応しちゃった」

修人

「よし、じゃあ、最初の目標はそれだな。立花さんに謝って、ついでに仲良くなる」

「う。なれるかな」


早くも緊張して固くなる工藤さん。

でも、少なくとも、前向きになってくれているのがうれしい。


「あ、この半分の、食べていいのかな?」

修人

「どうぞ、どうぞ。アジ、好きならもう一個食べていいし」

「あ、うん。ありがとう」



なにが解決したのか。なにか解決したのか。

本音を言えば、よくはわからなかったけど。

少なくともおかしな術で誰かの命や魂が失われることはなくなった。

今日のところは、それでよしとしよう、と思った。


そのご褒美に、オレの目標の一つであった、工藤さんとのお昼が達成されたわけだし。


「今度、笠原くんの作ったお弁当も食べてみたいな」

修人

「お。」


ご褒美は、まだまだありそうだった。



二人で弁当を食べ終わる頃には、そろそろ五時限目も終了しようかという頃だった。

気分的にはいつも以上に億劫だが、仕方なく教室へ向かおうとした、そのとき。


「あ、私」

修人

「ん? 次もサボる?」


なら、付き合うよ、と言いかける前に。


「うん、ちょっと。杉崎さんと高良さんに、謝ってくる」

修人

「……マジで?」


さすがに意表つかれた。


修人

「会って、くれないかもよ?」

「うん。そのときはそのときで。私が、言いたいだけだから」


そんな、すっきり爽やかな笑顔で言われると、こちらも止めようがなく。


修人

「ひとりで大丈夫?」

「うん」


玄関へ向かう工藤さんを、階段下で見送る。


「あ、その代わり」


その代わり?

振り向いた工藤さんは、少しだけ恥ずかしそうに。


「明日、今日の結果を聞いてもらっても、いいかな?」


がんばった成果を、友だちに聞いてもらいたい。

それは、よくわかる、普通の感情だから。


修人

「もちろん!」


オレは勢いよく親指を突き立てた。

工藤さんは校舎を出て行った。憑き物が落ちたような、軽やかな足取りで。


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