御社
工藤さんを探しに出た足で、オレはそのまま岬の社へ向かっていた。
これ以上、工藤さんをあのままにはしておけない。一刻も早く、式から解放しなくては。
当然、学校はサボった。戻れたら、午後の授業くらいは出るつもりだった。
正直、式蛇の力は予想以上だった。
まさか人を持ち上げるほどの力があろうとは思わなかった。
杉崎さんのは、たぶん蛇の毒なんだろう。
影を喰らう以外にも、あんなことができるとは。
二人の様子はきちんと確認せずに出てきてしまったけど、大丈夫だろうか。
高良さんは息をしていたけど、杉崎さんの毒は何の毒なのか。
毒蛇といえばハブやマムシくらいしか思いつかないが、血清は効くのだろうか。
でも、影を喰われるよりはマシな気もする。
そんなことになったら、現代医学ではどうすることもできないだろうから。
しかし、二人の身を案じながら、同情はしていないことに気づく。
別に彼女たちの身体を本気で心配しているわけではなくて。
これ以上大事になったら、工藤さんが大変だろうな、というのが大きい。
いじめるヤツは死ねばいい、とまでは言わないけども。
同情していないってことは、同じことだろうか。
今日は少し雲が多い。
日射しが弱いのは助かるけど、その分いつもより少し蒸している気がする。
いつかの酒蔵を目指して進み、途中から北へ折れた。
自分の方向感覚だけを頼りに、勘で歩みを進めていく。
足元が、踏みならされた土から、ゴツゴツとした岩場へと変わっていた。
波が来る高さではないから濡れてはいないけど、歩きにくいことに変わりはない。
靴底を通して足の裏に刺さってくるようで、明日まで変な痛みに悩まされそうだ。
要になら、これにも慣れないと島っ子とは言えないぞ、とか言われるんだろうか。
やがて。
修人
「————あれか」
海に突き出す岬の根元に、古ぼけた社がひとつ建っていた。
近づいてみると、遠くで見たよりもさらに古ぼけていた。
木材も白茶けていて、歪んで隙間だらけだ。入るのにも勇気がいる。
修人
「お邪魔しま〜す」
声をかけてから、返事があったら怖いな、と思う。当然あるはずもない。
中は四畳半よりはやや小さいか。がらんとした、ただの空間だった。
修人
「……えっ、と。」
これは予想外だぞ。
社の中には、なにもなかった。
本当にない。
だから、探しようもない。
あるとしたら、目線の高さにつけられた作り棚くらい。
しかしそれも中に入ってくるりと回れば、なにも載っていないことが見て取れた。
修人
「ないよ、ひな」
思わず、いないひなへ泣き言が漏れる。
まぁ『きっとそこ』って言ってたくらいだから、文句も言えないんだけどさ。
とはいえ。
わざわざ島を横断してこんな小汚いところまで来て、くるりと回ってありませんでした。ではあまりにガキの使いに過ぎるというものだ。
気を取り直して、わずかな痕跡、かすかな手がかりでもないかと、目を皿にして探し始める。
壁。落書きひとつない。板の間から、ちょくちょく外が見える。
天井。跳べば届きそうな高さ。天井板はなし。壁よりはしっかりしているが、雨は漏りそう。
床。こちらも板を敷いているが、壁ほど歪んではいない、かな。あ、隙間発見。
懐中電灯すらないので、ケータイを取り出して、発見した隙間をライトで照らしてみる、と。
修人
「あ、あれ」
床下に、ほとんど地面に埋まった形の石造りのなにかがあった。
修人
「石櫃、か?」
数え歌の符が入っていたのと同じような造りに見える。
しかし、床下に人が入れるほどのスペースはない。
ってことは。
修人
「床板を剥がす、しかないですよね、これは」
当然、そんな道具など用意していない。ベキベキと板をへし折っていくしかないだろう。
不法侵入に、器物損壊が重なってしまう。
修人
「姫がいい、って言ったんです、じゃ通用しないよなぁ。。。」
とりあえず、扉から顔を出して、辺りをきょろきょろ。
誰もいないことを確認して、音も立てずに扉を閉める。
格子戸じゃなかったのは、幸か不幸か。
人目を遮るのにはいいが、なにせ蒸し暑い上に埃っぽい。
ハンカチをマスク代わりに口に当て、ついに作業を開始する。
修人
「ここから、こっちだよな」
石櫃が見える隙間に指をかけ、石櫃のある側を引っぺがしていく。
軍手すらないのは痛いが、今さらどうにもならない。床下になにもいないことを信じて指を入れる。
ただ、乾ききった木の板は厚みの割に簡単にへし折れていった。
そもそもそんなにしっかりとした造りではないのかもしれない。
指で引っ張り、腕でへし折り、たまには足で踏み割りながら、格闘することややしばし。
修人
「——こんなもんか」
ざっくり長方形に床板が剥がされて、土の地面と、そこに埋められた石櫃が姿を現した。
石櫃自体は過去の二つよりも大きかった。ちょうど畳んだ服が入るサイズにも見える。
あとは蓋を開けるだけ。
うんしょと持ち上げて、脇の地面の上に置いた。
修人
「おお、綺麗だ」
出てきたのは、純白の白絹で織られたと思しき衣。
確かに赤ん坊の繦褓というよりも、白襦袢といった方が近い。
こんな埃っぽい手で触るのも憚られるようなものだが、さすがに手を洗いに行く余裕はないし。
修人
「失礼します。」
一言詫びてから持ち上げる。すると。
カサリ、と。一通の封書が落ちた。
数え歌の符が包まれていたよりは少し簡易なような、こちらも真っ白な封書だった。
修人
「こんなものが付いてくるとは聞いてないけどな」
とはいえ、一緒にあったものを、片方だけ置いていくというのも不安なわけで。
修人
「念のため、な」
オレは封書を拾って懐へとしまった。
そして繦褓を、わざわざ大きめのを持ってきた鞄にしまう。
修人
「よし。ミッションクリアー、、、」
ではあるのだが。
眼下に広がるのは、あまりにも無残な光景。
やむなく、石蓋を元に戻し、石櫃を隠すように、大き目の木片から並べていく。
結果。
修人
「相撲取りがダイナミックにすっ転んで床が砕けた、みたいにはなったな」
つまり、なんのごまかしにもなってはおらず。
オレはコソコソとその場を後にするのだった。




