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緋色の島  作者: 都月 敬
10日目
36/46

御社

工藤さんを探しに出た足で、オレはそのまま岬の社へ向かっていた。

これ以上、工藤さんをあのままにはしておけない。一刻も早く、式から解放しなくては。

当然、学校はサボった。戻れたら、午後の授業くらいは出るつもりだった。


正直、式蛇の力は予想以上だった。

まさか人を持ち上げるほどの力があろうとは思わなかった。

杉崎さんのは、たぶん蛇の毒なんだろう。

影を喰らう以外にも、あんなことができるとは。


二人の様子はきちんと確認せずに出てきてしまったけど、大丈夫だろうか。

高良さんは息をしていたけど、杉崎さんの毒は何の毒なのか。

毒蛇といえばハブやマムシくらいしか思いつかないが、血清は効くのだろうか。

でも、影を喰われるよりはマシな気もする。

そんなことになったら、現代医学ではどうすることもできないだろうから。


しかし、二人の身を案じながら、同情はしていないことに気づく。

別に彼女たちの身体を本気で心配しているわけではなくて。

これ以上大事になったら、工藤さんが大変だろうな、というのが大きい。

いじめるヤツは死ねばいい、とまでは言わないけども。

同情していないってことは、同じことだろうか。


今日は少し雲が多い。

日射しが弱いのは助かるけど、その分いつもより少し蒸している気がする。

いつかの酒蔵を目指して進み、途中から北へ折れた。

自分の方向感覚だけを頼りに、勘で歩みを進めていく。


足元が、踏みならされた土から、ゴツゴツとした岩場へと変わっていた。

波が来る高さではないから濡れてはいないけど、歩きにくいことに変わりはない。

靴底を通して足の裏に刺さってくるようで、明日まで変な痛みに悩まされそうだ。

要になら、これにも慣れないと島っ子とは言えないぞ、とか言われるんだろうか。


やがて。


修人

「————あれか」


海に突き出す岬の根元に、古ぼけた社がひとつ建っていた。


近づいてみると、遠くで見たよりもさらに古ぼけていた。

木材も白茶けていて、歪んで隙間だらけだ。入るのにも勇気がいる。


修人

「お邪魔しま〜す」


声をかけてから、返事があったら怖いな、と思う。当然あるはずもない。

中は四畳半よりはやや小さいか。がらんとした、ただの空間だった。


修人

「……えっ、と。」


これは予想外だぞ。


社の中には、なにもなかった。

本当にない。

だから、探しようもない。

あるとしたら、目線の高さにつけられた作り棚くらい。

しかしそれも中に入ってくるりと回れば、なにも載っていないことが見て取れた。


修人

「ないよ、ひな」


思わず、いないひなへ泣き言が漏れる。

まぁ『きっとそこ』って言ってたくらいだから、文句も言えないんだけどさ。


とはいえ。

わざわざ島を横断してこんな小汚いところまで来て、くるりと回ってありませんでした。ではあまりにガキの使いに過ぎるというものだ。

気を取り直して、わずかな痕跡、かすかな手がかりでもないかと、目を皿にして探し始める。


壁。落書きひとつない。板の間から、ちょくちょく外が見える。

天井。跳べば届きそうな高さ。天井板はなし。壁よりはしっかりしているが、雨は漏りそう。

床。こちらも板を敷いているが、壁ほど歪んではいない、かな。あ、隙間発見。

懐中電灯すらないので、ケータイを取り出して、発見した隙間をライトで照らしてみる、と。


修人

「あ、あれ」


床下に、ほとんど地面に埋まった形の石造りのなにかがあった。


修人

「石櫃、か?」


数え歌の符が入っていたのと同じような造りに見える。

しかし、床下に人が入れるほどのスペースはない。

ってことは。


修人

「床板を剥がす、しかないですよね、これは」


当然、そんな道具など用意していない。ベキベキと板をへし折っていくしかないだろう。

不法侵入に、器物損壊が重なってしまう。


修人

「姫がいい、って言ったんです、じゃ通用しないよなぁ。。。」


とりあえず、扉から顔を出して、辺りをきょろきょろ。

誰もいないことを確認して、音も立てずに扉を閉める。

格子戸じゃなかったのは、幸か不幸か。

人目を遮るのにはいいが、なにせ蒸し暑い上に埃っぽい。

ハンカチをマスク代わりに口に当て、ついに作業を開始する。


修人

「ここから、こっちだよな」


石櫃が見える隙間に指をかけ、石櫃のある側を引っぺがしていく。

軍手すらないのは痛いが、今さらどうにもならない。床下になにもいないことを信じて指を入れる。

ただ、乾ききった木の板は厚みの割に簡単にへし折れていった。

そもそもそんなにしっかりとした造りではないのかもしれない。

指で引っ張り、腕でへし折り、たまには足で踏み割りながら、格闘することややしばし。


修人

「——こんなもんか」


ざっくり長方形に床板が剥がされて、土の地面と、そこに埋められた石櫃が姿を現した。

石櫃自体は過去の二つよりも大きかった。ちょうど畳んだ服が入るサイズにも見える。

あとは蓋を開けるだけ。

うんしょと持ち上げて、脇の地面の上に置いた。


修人

「おお、綺麗だ」


出てきたのは、純白の白絹で織られたと思しき衣。

確かに赤ん坊の繦褓というよりも、白襦袢といった方が近い。

こんな埃っぽい手で触るのも憚られるようなものだが、さすがに手を洗いに行く余裕はないし。


修人

「失礼します。」


一言詫びてから持ち上げる。すると。

カサリ、と。一通の封書が落ちた。

数え歌の符が包まれていたよりは少し簡易なような、こちらも真っ白な封書だった。


修人

「こんなものが付いてくるとは聞いてないけどな」


とはいえ、一緒にあったものを、片方だけ置いていくというのも不安なわけで。


修人

「念のため、な」


オレは封書を拾って懐へとしまった。

そして繦褓を、わざわざ大きめのを持ってきた鞄にしまう。


修人

「よし。ミッションクリアー、、、」


ではあるのだが。

眼下に広がるのは、あまりにも無残な光景。

やむなく、石蓋を元に戻し、石櫃を隠すように、大き目の木片から並べていく。

結果。


修人

「相撲取りがダイナミックにすっ転んで床が砕けた、みたいにはなったな」


つまり、なんのごまかしにもなってはおらず。

オレはコソコソとその場を後にするのだった。


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