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緋色の島  作者: 都月 敬
8日目
32/46

御影

結局、校舎中を歩き回ってはみたが、工藤さんの姿は発見できなかった。

まぁ、鞄も持って出ているし、校内にいる可能性は少なかったのだが。


残る心当たりはただひとつ。

今日、工藤さんにひなの話はできなかった。

まさか土日にフェリーに乗って探しに来たということはないだろうが、今日ひとりで探し回っている可能性はないとは言えない。たぶんオレに声はかけると思うが、行き違いになった可能性はある。


一縷の望みをかけて、オレはすっかり道慣れた祠へ向かっていた。

工藤さんが見つからなければ、ひなと七葉さんに会って帰ればいい。

今日は一応、昨日のお礼を言う、という目的もある。

気づけば二人ともいなくなっていたので、声をかけることもできなかったのだ。


そうして、丈の長い藪に挟まれた道を進んで行くと。

わずかにだけ、開けた道の中央で。

夕陽を背にした背中が見えた。


黒い艶やかな長い髪。制服でもないセーラー服。後ろからなので俯いた顔は見えないが。


————工藤、さん。


声は、かけられなかった。

赤い空の下で静かに佇むその姿に、なんとなく、儀式を行うひなの姿が重なって見えて。

オレは、遠くから、その背中を見つめているだけで。


どれほど、そうしていたのか。

いや、本当はわずかな間だったのかもしれない。

工藤さんが、その場に膝をついた。


修人

「工藤さん!」


なにか、あったのか。

慌てて駆け寄るオレを、工藤さんは驚いて見上げる。


修人

「大丈夫?」

「え? 笠原くん? あ、ああ、大丈夫」


何事もなさそうに答えるが、左腕を抱え込むようにして、右手で抑えているのが気になった。


修人

「胸が、苦しい、とか?」

「本当に大丈夫。少し、めまいがしただけ」


そう答えると、工藤さんはふらつくこともなく立ち上がった。


修人

「どうしたの、こんなところで?」

「うん。ちょっとね」


口ごもるけど、工藤さんがこんな場所に来る理由と言えば。


修人

「やっぱり、ひなのこと?」

「あ。うん、そう。やっぱり、気になって」


失敗した。朝イチで伝えられていたら。


修人

「ごめん。ひなとは、土曜日に会えたんだ。朝に言えればよかったんだけど」

「え、会えたの?」


工藤さんの眉が少しだけ開いた。本当に心配させていたのに、と後悔が深まる。


修人

「うん。話もできた。別にもう会えないとかじゃないみたい。よかったら、これから一緒に行く?」

「あ、————」


だけど、工藤さんは少し考えるようにして。


「今日は、やめとく。フェリーの時間もあるし」

修人

「そっか」

「でも、よかった。また遊ぼうね、って伝えておいて」

修人

「わかった」


それでも、少しだけ微笑ってくれたのがうれしかった。

ひなのことを怖がらないでいてくれることも。


「じゃあ、私」

修人

「うん、また明日」


もう、今朝の話ができるような雰囲気ではなく。

短い挨拶を交わして、工藤さんはオレとすれ違う。

やっぱり、左腕は抱えたままだった。



七葉

「そりゃ、御影の法じゃないか。また、ずいぶんと懐かしいものを出してきたもんだ」

修人

「みかげのほう? あの数え歌の、御影?」


祠に行くと、普通に七葉さんが出てきてくれた。

ひなは解封の負担もあって、休んでいるらしい。

ひなのことは心配だったが、それよりも、と。

七葉さんは、オレにさっさと訊きたいことを訊くように促した。

目の前でうじうじされてるのはかなわない、と文句を言われて。

それで、さっきの工藤さんの様子を話し、返ってきたのが。


七葉

「夕陽を背負い、長く伸びた自分の影に向かって願いを唱える。それが御影の法だ。元々はこの島の術師に伝わる法術でね、使いこなせば、己の影を操り、人の影に干渉することもできるようになる」

修人

「懐かしい、って、古いものなんですか?」

七葉

「古いねぇ。ひなが現役だった頃の得意技さ」


そんな、ひなを往年のプロレスラーみたいに。


修人

「そういえば、影がなくなると人は人でいられなくなる、とか」


バカな父親が言っていた、ような。


七葉

「おや、知ってるね。影に影を喰われると、その部位の支配を失う。つまり、死んだようになるのさ。全身の影を喰われれば、生きてるか死んでるかもわからない木偶の坊のできあがり」


おおう、怖い。って。


修人

「そんなヤバい術を、工藤さんが?」


しかし、七葉さんは呆れ顔で。


七葉

「馬鹿だね。使いこなせば、と言ったろう?」

修人

「工藤さんには、使いこなせないんですか?」

七葉

「念のために聞いてやるけど、あの娘は真言や呪言を使えるかい?」

修人

「無理です」


訊いたことはないけど、一介の女子高生が使いこなせるものじゃないだろう。


七葉

「歌にもあるだろう。御影には御言を満たさなきゃ願いは叶わない。大きな力を使うには資質と知識と技術がいるんだ。資質の方は知らないが、知識と技術がなけりゃ、力は引き出せないさ」


確かに。聞けば聞くほど当たり前の話だ。

影に願うだけで、人を動けなくさせられるような力が、そうホイホイ使えるわけもない。


修人

「じゃあ、どうして工藤さんはそんな術を」

七葉

「ま、それは術っていうより、おまじないの方かね」

修人

「おまじない?」


七葉さんの口から、少しかわいらしい言葉が出てきた。


七葉

「姫に願いを届けてもらえない者たちの間で流行ったんだけどね。自分じゃ願いを叶えられないから、自分の影に願い、力のある者へと伝えてもらうんだ。その場合は、強く願うだけでいい」

修人

「それで、願いが叶う?」


真面目な顔で訊き返すオレを、七葉さんは横目で見下して。


七葉

「修、お前、おまじないとか信じる方かい?」

修人

「いや、あんまり」

七葉

「まぁ、そうだろうね。叶うも叶わないも、信心一つさ」


つまり、数あるおまじないの中の一つだと。多少、ローカルなだけで。

なら、叶うも叶わないもないだろう。そんな都合のいい話はない。


七葉

「ついでに、届けようにも、肝心の姫様は眠ってるんだからね。どうにもなりゃしないさ」


そう言って、七葉さんは話を締めた。

物騒な話じゃなくて安心した。願いの内容を考えると、逆に心が痛むけれども。

工藤さんの願い事が『ひなが見つかりますように』だったら、もう叶ってるんだけどな。

そこで、話題をひなの方へシフトさせる。


修人

「ひなは、悪いんですか?」

七葉

「悪いって、別に病気じゃあるまいし」


七葉さんの口調からは深刻さは伝わってこない。でも、七葉さんだしな。


修人

「昨日、無理させちゃったのかと」

七葉

「儀式で疲れた、ってことじゃないね。どちらかといえば、解封の影響さ」

修人

「また、いろいろと思い出してるんですね」

七葉

「今回は、巫女の力を狙って解封したからね。力や儀式に関する知識が一気にきてるのさ」


なるほど。蘇った知識に対して、処理が追いついていない感じか。

でも。


修人

「どちらにしろ、無理させたことに変わりはないですね」

七葉

「それはアレも納得の上だろう。馬鹿を引き戻すとなったら別だが、案の定それもなかったわけだし」


案の定て。最初から失敗するのがわかってたみたいに。

いや、七葉さんは最初からそう言ってたか。

オレはそこで改めて七葉さんに向き直る。


修人

「七葉さん、今回はすみませんでした」


勢いよく頭を下げる。


七葉

「なんだい、藪から棒に」

修人

「七葉さんの言葉を無視して、ひなに無理させて、その上、喚び戻すのにも失敗して」

七葉

「後ろの二つは知らないね。あたしには関係ない」


やっぱりそっけなくいい捨てられて。


七葉

「でも、そうだね。あたしの言葉を無視した罪は大きいか」


う。てことは、やっぱり————


七葉

「次は、あんな小さな刺身じゃ許さないよ」

修人

「ははーっ」


改めて、オレは深々と頭を下げるのだった。

一生、ついていきます、姐さん。


いやいや、んなバカな。


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