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緋色の島  作者: 都月 敬
0日目
3/46

案内

「ここが生徒用玄関、うちのクラスの下駄箱はあそこ」


事務的な口調と、バスガイドのような手つき。


「登校時刻は聞いてるでしょ。遅刻にはうるさくないから」


こちらを振り向くでもなく、どんどん進んで行く。

目に入るのは、黒くて長い髪とキューティクル。あとはたまに、白くて細い指。


「一階は職員室と特別教室。あんまり使わないけど。二年のクラスは二階」


オレはただ無言でついていく。

気の利いたことどころか、相づちすら満足に打てやしない。

ペタペタというスリッパの音すら情けなく聞こえる。


「手前から一年、二年、三年。一番奥は空き教室」


流れるような説明とともに、先を行く足が止まる。

からりと開く扉。彼女がくるりと振り向いた。


「ようこそ、ここが私たちの教室」

修人

「あ。ど、ども」


にこりともしない彼女に謎の会釈を返して、促されるまま彼女の横を抜けて教室の中へ。

黒板に教壇、机と椅子と後ろに並んだロッカー。見慣れたもののはずだけど、違和感はその数。


修人

「えっと、クラスメイトって、全部で何人?」

「あなたを入れて 8 人になったところ」


扉の閉まる音がして、工藤さんも教室へ入ってきた。

並ぶ机と椅子は 4 × 3 列で 12 席。最後列は未使用なのだろうか。


修人

「……はち、にんかぁ」


前の学校では 32 人だったから、ちょうど 1/4。

男女混合にしたってバスケもできやしない。部活とか体育祭はどうしてるんだろう。


「田舎だ、って思った?」


こちらの困惑を見透かすように。

工藤さんは廊下側の前から二列目の机に手をつく。自分の席なのだろうか。


修人

「思ってないよ。こんなに少ないのは初めてだけど」


バカ父が興味を示すくらいだから、来る前から想像はついていた。

田舎を馬鹿にするつもりはないけど、正直なところ珍しいし、おもしろそうとも思う。

でも素直に珍しがるのも、おもしろがるのは失礼な気がする。

その辺りをうまく伝えられずに言い淀んだオレを、ごまかしてるのかと感じたのか、


「生徒が少ないのは、田舎ってことよね」


工藤さんが繰り返すようにつぶやいた。

口調からは、冗談なのか、怒ってるのかわからない。自嘲か、諦観の可能性もある。

とりあえず、刺激しないよう、話題を変えてみよう。


修人

「工藤さんは、本土から通ってるんだよね?」

「そう」


返答はそっけない。

まぁ雑談だし、と割り切って、もう少し続けてみる。


修人

「島へ通うって大変じゃない? 船でしょ?」

「慣れれば普通。定期もあるし。都会の電車通学よりはマシでしょ」

修人

「そうなのかな。オレは歩きだったからわかんないけど」

「歩いていけたの? 都会なのに?」


思いがけない食いつき。机、ガタンって言ったぞ。


修人

「行けるよ。って、どんな都会想像してるのさ。そんなに変わんないよ」

「地下鉄あるでしょ?」

修人

「ないよ。それは買いかぶり」


笑みを浮かべつつ、やんわり否定。買いかぶりなのかどうかよくわかんないけど。

しかしなぜか食い下がる工藤さん。


「嘘。だって、そっち、県庁所在地でしょ?」

修人

「それは、そうだけど。っつーか、いつの間にオレの前住所を?」

「今日、先生が言ってた」

修人

「個人情報を!——いや、それはいいか。でも、さすがに島とは変わるけど、工藤さんの住んでるとことは変わんないと思うよ」


本土から通えるということは、たぶん昨晩、島へ渡る前に泊まった街だろう。

夜に着いたから店とかは閉まってたけど、なんとなく街の規模はわかった。

全体のサイズはこじんまりしてたけど、中心部の賑わいは同じくらいのはず。

それでも彼女は怪訝とした表情のまま。


「——県庁所在地なのに?」


どんだけリスペクトだ、県庁。


修人

「県庁所在地なのに。県庁があって、県知事がいるだけだよ」


行ったことも、会ったこともないけどな。

あえて軽く言ってみるも、工藤さんはなおもしばらく横目でジトーっと。

やがて小さくため息をつき。


「——馬鹿にしてるでしょ」

修人

「してません。」


なんだろう。この対抗意識。

ほんとに大したことないんだけどな。単なる一地方都市だし。

いつまでも不満げな彼女から、再度話題を変えるため、窓に寄って外を見る。

多少わざとらしく、窓の外を指さした。


修人

「あ、ここ中庭? でっかい樹だなぁ。あの辺で昼飯食べたりしていいの?」

「たぶんね。でもそんな漫画みたいなことしてる人は、この島にはいないけど」


どうにもまだトゲが残っているようで。

それでも一応は案内モードに戻ってくれる。


「学食も売店もなし。お昼は持ってくる人が多いけどお弁当は買える。ただし前日までに要予約」

修人

「予約制? おもしろそうだな」


つい興味を示したオレに、工藤さんはまた小さくため息をついて、


「コンビニなんてないから、仕方ないだけ。近くの食堂兼民宿から持ってきてもらうの」

修人

「へぇ。じゃあオレはそれにお世話になる派だな。あ、でも明日の分はどうしよう」

「校長先生に相談してみれば? 一通り回ったら、戻るんでしょ?」

修人

「おぅ、そっか。そうしてみよう」


小さなトゲは残しつつも、それも含めて、少しずつ打ち解けてきているような。

会話の端々にそんなことを感じて、少し楽しくなってきた。


「じゃ、あとは体育館くらいね。あれ」


いや、そんな空気は独りよがりだったようで。

やっぱりそっけなく、窓の外を指さす工藤さん。

指の先には中庭の大樹の向こうに鎮座まします体育館。それは、見ればわかるけど。


修人

「あれ、て。案内はしてくれないの?」

「いる?」


めんどくさそうに聞き返しながらも、彼女は先に立って教室を出た。

まぁ、正直、案内されなくても、なんとなく行き方くらいはわかるけど。

せっかくなので、後ろについて階段を降りる。もう少しくらい、いいだろう。


「——なんで、この島に来たの?」


振り向きもせず、質問は唐突。


修人

「え?」


油断していたせいで、思わず聞き返してしまった。


「こんな島、外から来る人なんてほとんどいないのに。お父さんの仕事の都合? だとしたら何?」


さっきから考えていたことなんだろうか。質問がいくつもまとまって飛んできた。


修人

「理由は父親の、仕事、じゃないな。どっちかっていうと、趣味?」

「は?」


大学で社会心理学を教えていたはずの先生さまが、何を思ったか突然の休職宣言。

その上で選んだ道が、趣味の民俗学のフィールドワークだというのだから笑わせる。

社会心理学者の趣味が民俗学ってどういうことだ。趣味まで学問ってどんだけだ。

実際、方々から存分に笑われたらしいが、その息子ともなれば笑ってもいられない。

高校は転校、自宅は引っ越し。その上、縁もゆかりもないこの島へ引っ張って来られたってわけ。

いや、マジで。


「——は?」


工藤さんの反応は、すべてを説明しても変わらなかった。

いやまぁ、何を感じろというのか、というレベルの話ではあるのだが。

当事者の一人たる息子からして巻き込まれるしか道がないのだから、無関係の傍観者としては受け流すしか他はあるまい。と、思いきや。


「なにそれ。カッコいい」

修人

「——へ?」


そうきたか。


「カッコいい、っていうか、自分の道みたいなのがしっかりしてる人って、なんかいいな。自由とは少し違ってて、無軌道じゃないんだけど、思い切って別の道に突き進める、っていうか」


うんうん、美化すればそう言うこともできるよね。すごく美化すれば。


「日々の仕事をただこなすだけじゃない生き方、っていうか、現状に執着しない、っていうか。なんかいいよね」


わかるよ、そういう風に感じちゃう気持ち、考え方。

工藤さんの言ってることは間違ってないし、そこだけ拾えば、カッコいいのかもしれない。

でも、そうだね。無関係だったらね。


「だから、笠原くんもついて来たんだ?」

修人

「いや、ついて来ざるをえなかっただけですが。というより、強制連行?」


もちろん、父親が『行きたい』と言うなら『好きにすればいい』と答えるくらいの分別は持っている。

実際、仕事を休もうが、どこで何をしようが、いっそ野たれ死のうが、正直、どうでもいい。

しかし思春期真っ盛りの高校二年生を光回線も繋がらない島へ連れて行くと言い出すなら話は別だ。

普通、我が子がもう高校生ともなれば、今の生活のことも、今後の学業のことも考えて、ここはいっちょ一人暮らしでやっほう! という選択肢を与えてしかるべしだろう。当然オレもそう主張した。

そもそも中学からこっち、家事を一手に引き受けてきたオレだ。生活力なら何の不安もない。むしろひとりにしてくれ。その方が真っ当に生きられる気さえする。立派な大学にだって入ってみせるぞ。

にもかかわらず、そんなオレの切なる願いは、養い主の一声で霧消した。


省吾

『世の中、学校で学べることが全てじゃないんだぞ』


それ、仮にも教鞭をとっている人間が言っていい台詞じゃないと思います。。。


結局、将来目指すべき道が決まっているわけでなく (志望校未定)、全国を目指す部活をしているわけでなく (帰宅部)、別れがたい彼女がいるわけでもない (過去 0 人) 単なる養われ人に、それ以上強い発言ができるはずもなく。さすがに高校二年生、明日から経済的に自立する! も不可能だったわけで。


「じゃあ、本当は来たくなかったんだ」


工藤さんの声はなんとなく不満げに響いた。


修人

「友だちもいたしね。大体の高校生はいきなり転校なんてしたくないんじゃないかな。でもさ、いざ来てみると、ちょっとおもしろそう、って思うことも多かったりしてね」


『工藤さんにも会えたしね』

——いや。これは気の利いたことじゃない、ただ恥ずかしいだけのヤツだ。

あっぶね〜、勢いで口にしなくてよかった。。。


「ふぅん」


オレの一瞬の暴妄想に気付くはずもなく、相変わらずそっけない返答の工藤さん。

そのせいか、オレも余計な口を滑らせて。


修人

「だからって、父親に付き合いきれるわけでもないけどね。現に母親は無理だったわけだし」

「え、じゃあ、お母さんって————?」


あ、やぺ。

言わなくてもいいヤツだった、これ。

しかし、今さらなかったことにできるわけもなく。


修人

「あ〜、オレの小学校卒業と同時に離婚してさよなら」


案の定、舞い降りる気まずい感じ。別に知り合った初日から話すことでもなかろうに。

こうなると、次の反応も当然。


「——ごめん」


意味もなく、謝らせてしまった。

それも自分で蒔いた種、あえて明るい雰囲気でさっぱりと。


修人

「いいよ。音信不通すぎて、もう特に会いたいとも思わないし。慣れれば不便もないし。どちらかといえば、今は出て行った母親の気持ちの方がよくわかるくらいだし」


それが今の本音。

でも、大人になったら、一緒に酒でも飲みながら愚痴り合いたい、と思うことならある。

同じ敵を持った戦友みたいに。バカ旦那兼バカ父という。


修人

「だからオレ、家事は一通りできるんだぜ。流行りの料理男子?」


爽やかにサムアップ。当然、反応はなし。

会話選択を誤ったせいか、それともこれがデフォなのか。

理由はわからないがとにかくお寒い空気のまま、体育館を見て、玄関を通って、職員室へと戻る。

ついでに隣の自習室も見せてもらって、これで校内見学終了。

一応、二人揃って職員室の扉を開けてみると、


修人

「あれ? うちの父は————?」

校長

「ああ、ごめんなさいね。手続きが終わったところで、お帰りになられると仰るので。もう少しだからお待ちになれば、とお勧めしたんだけど、一人で帰る練習になるからいいだろう、だとか」


つまり。ハナから待つつもりなんてなかったな、あの野郎。


校長

「あぁ、工藤さん、ありがとうね。仲良くできた?」


子どもをあやすような校長の口調に二人で曖昧な返事で返しつつ、初日挨拶は終了となった。

ちなみに明日の昼飯は校長が追加で手配してくれることに。これで明日も一安心だ。

校長へ別れを告げ、工藤さんはまた自習室へ、オレは来た時同様、来賓用玄関へ。


『明日からよろしく。また明日』


たったそれだけのことがうまく言えなかったのが、少しだけ心残りだったり。

明日から、毎日会うんだろうに。


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