準備
いつかいつきの いつきのえだで
むいにむかれる むつきのうちで
なさずをなせる ななつのしたで
やがてややこに やどりてやすむ
昨夜、帰宅後に父親に下の句を渡し、解読と樹の枝に関する情報を求めた。
父親は『回答は明日の朝』と約束し、珍しく難しい顔をして、酒も持たずに部屋に籠った。
まぁ、夕方までの間に、すでに一升瓶の中身は半分に減っていたわけだけれども。
で、今朝、下の句を書き出した紙とともに渡されたのが『屋敷の大樹の若枝』という情報だった。
『樹の枝』とは、神道における御幣のように、姫が行う神事で手に持ち、祓いに使うものだと云う。
紙を挟んだりはせず、大樹から直接なるべく若い枝を切り取って使う、らしい。
ただ父親はどうにもすっきりしない顔をしており、隠喩がどうこうとしきりに首をひねっていた。
ちなみに五節目は『斎の 樹の枝』らしく、『斎』とは神事に関わる神職の男性のことらしい。
以上。要に説明するか検討中の情報である。理由は、めんどくさいから。
ということで、昼のうちに学校へとやってきた。
ゆかり先生には昨夜のうちに話は伝えており、学校で待ち合わせることになっている。
日曜日だが、基本的に学校は開いている。
ただ、もちろん自習と部活の真似事を行う生徒のためなので、それ以外の場所をうろうろしていると咎められる可能性はある。ましてや、今のオレは右手に我が家でも一番大きなハサミを持っている。
修人
「……切れるか、コイツで?」
見慣れた大樹も、視点を変えれば、恐ろしくも見えてくるもので。
彼から若枝を一本頂こうというオレからすれば、もはやラスボス以外のなにものでもない。
修人
「いや、ラスボスは七葉さんか」
戦わなくてすむことを祈ろう。勝てる気がしない。隠しダンジョンになんて入らないぞ。
大樹の周りをぐるりと回って、手の届く範囲にそれらしい枝がないか確認する。
————なし。
となると、がんばって登るしかないが。
修人
「木登りとか、できるのか、オレ?」
やったことがないので、わからない。
せめて情けない姿を人様に晒さないよう、裏手に回って、樹に手をかける。
修人
「————お、案外行けそう」
なんとか手の届く高さにしっかりとした枝があったので、それをとっかかりに身体を持ち上げる。
あまり手入れなどされていないのか、それなりに枝があるのが助かった。
下を見るとちょっと怖いくらいまで登ったところで、まだ緑がかっている枝を見つけた。
修人
「これか。いや、これでいいのか? もっと若いのか?」
考えてみれば、若枝と言われても、どれだけ若ければいいのかはわからない。
厳密でないことを祈って、狙いを一本に定める。
修人
「これ、くらいか。いや、もっとか? うわ、ここからは切れないわ」
今度は長さに迷う。長く持っていけば、現場で調整も可能だが、そうすると切る箇所が太くなる。
目を閉じて、ひなの全身を思い浮かべる。目の前の枝と比較して、最適な長さは————
修人
「ここだ!」
——ガッ。
意外と、硬かった。
やむなく、ハサミの刃で挟んだり、こすったり。ややしばらく苦戦したのち。
——ボキ。
修人
「ゲットだぜ」
切り取っても、折り取っても、同じだよね、父さん。
もちろんだと親指をあげるバカ父を思い浮かべつつ、裂けた断面をハサミで綺麗にする。
お、切り取ったように見えてきた。ごまかしだけど。
これで、見事、オレの役目は終了である。
これだけ? とか言うな。けっこう苦労したわ。
セルフツッコミを入れつつ、樹を下りた。
正門へ戻ると、すでにゆかり先生が待っていた。
余裕を持って動いていたはずだが、慣れない伐採に思わぬ時間がかかっていたらしい。
修人
「ゆかり先生〜、待った〜?」
慌てて駆け寄っていったら、バカっぽくなった。少し恥ずかしい。
ゆかり
「ううん、今来たとこ」
にっこり微笑いながら、バカに正しい対応で返してくれる優しいゆかり先生。素かもしれないが。
その手には飾り気のないトートバックが下げられている。
あれに『いなくなった馬鹿を思い出せるなにか』が入っているのか。
オレの視線に気がついて、ゆかり先生がトートバックの中身を取り出した。
ゆかり
「いろいろ探してみたんだけど、こっちに持ってきてるものにはなくって。実家にはあるんだけどね、小学校の頃の写真とか。だから、タイムカプセル開けちゃった」
タイム、カプセル?
ゆかり
「小学校の卒業のときに、クラスのみんなで埋めたんだ。その場所を憶えていたから」
修人
「待って、先生。それは当然————」
ゆかり
「うん。許可を取ってる時間はなかったからね。こっそりと」
うわぁ。みんなの想い出台無しや。
ゆかり
「大丈夫だよ。またちゃんと埋め直してきたし。開ける本番は三年も後だし。バレないバレない」
修人
「軽っ!」
ともかく。
カプセルで時を渡ってきたのは、一冊の古びたノートだった。
ゆかり
「これは、小学校で使ってたヤツだけどね。中学校でも同じノート使ってたし。やっぱり、中学校時代はノートに向かってるところしか思い出さないから」
彼の世界を書き綴っていたノート。それはゆかり先生が捨ててしまったけれど。
ゆかり
「やっぱり、このノート見たら、アイツのこと、思い出したしね」
自責や後悔と、少しの悲しさ、淋しさ。幾つもの感情が入り混じった顔でノートを見つめる。
オレは、そんなゆかり先生の横顔を見つめて。
修人
「じゃあ、行こうか」
それぞれの手に、樹の枝と、想い出を持って。オレたちは高台への道を辿る。
大丈夫だ。きっと、彼を連れ戻せる。




