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緋色の島  作者: 都月 敬
7日目
27/46

準備

いつかいつきの いつきのえだで

むいにむかれる むつきのうちで

なさずをなせる ななつのしたで

やがてややこに やどりてやすむ


昨夜、帰宅後に父親に下の句を渡し、解読と樹の枝に関する情報を求めた。

父親は『回答は明日の朝』と約束し、珍しく難しい顔をして、酒も持たずに部屋に籠った。

まぁ、夕方までの間に、すでに一升瓶の中身は半分に減っていたわけだけれども。


で、今朝、下の句を書き出した紙とともに渡されたのが『屋敷の大樹の若枝』という情報だった。

『樹の枝』とは、神道における御幣のように、姫が行う神事で手に持ち、祓いに使うものだと云う。

紙を挟んだりはせず、大樹から直接なるべく若い枝を切り取って使う、らしい。

ただ父親はどうにもすっきりしない顔をしており、隠喩がどうこうとしきりに首をひねっていた。

ちなみに五節目は『斎の 樹の枝』らしく、『斎』とは神事に関わる神職の男性のことらしい。

以上。要に説明するか検討中の情報である。理由は、めんどくさいから。


ということで、昼のうちに学校へとやってきた。

ゆかり先生には昨夜のうちに話は伝えており、学校で待ち合わせることになっている。

日曜日だが、基本的に学校は開いている。

ただ、もちろん自習と部活の真似事を行う生徒のためなので、それ以外の場所をうろうろしていると咎められる可能性はある。ましてや、今のオレは右手に我が家でも一番大きなハサミを持っている。


修人

「……切れるか、コイツで?」


見慣れた大樹も、視点を変えれば、恐ろしくも見えてくるもので。

彼から若枝を一本頂こうというオレからすれば、もはやラスボス以外のなにものでもない。


修人

「いや、ラスボスは七葉さんか」


戦わなくてすむことを祈ろう。勝てる気がしない。隠しダンジョンになんて入らないぞ。


大樹の周りをぐるりと回って、手の届く範囲にそれらしい枝がないか確認する。

————なし。

となると、がんばって登るしかないが。


修人

「木登りとか、できるのか、オレ?」


やったことがないので、わからない。

せめて情けない姿を人様に晒さないよう、裏手に回って、樹に手をかける。


修人

「————お、案外行けそう」


なんとか手の届く高さにしっかりとした枝があったので、それをとっかかりに身体を持ち上げる。

あまり手入れなどされていないのか、それなりに枝があるのが助かった。

下を見るとちょっと怖いくらいまで登ったところで、まだ緑がかっている枝を見つけた。


修人

「これか。いや、これでいいのか? もっと若いのか?」


考えてみれば、若枝と言われても、どれだけ若ければいいのかはわからない。

厳密でないことを祈って、狙いを一本に定める。


修人

「これ、くらいか。いや、もっとか? うわ、ここからは切れないわ」


今度は長さに迷う。長く持っていけば、現場で調整も可能だが、そうすると切る箇所が太くなる。

目を閉じて、ひなの全身を思い浮かべる。目の前の枝と比較して、最適な長さは————


修人

「ここだ!」


——ガッ。


意外と、硬かった。

やむなく、ハサミの刃で挟んだり、こすったり。ややしばらく苦戦したのち。


——ボキ。


修人

「ゲットだぜ」


切り取っても、折り取っても、同じだよね、父さん。

もちろんだと親指をあげるバカ父を思い浮かべつつ、裂けた断面をハサミで綺麗にする。

お、切り取ったように見えてきた。ごまかしだけど。


これで、見事、オレの役目は終了である。

これだけ? とか言うな。けっこう苦労したわ。

セルフツッコミを入れつつ、樹を下りた。



正門へ戻ると、すでにゆかり先生が待っていた。

余裕を持って動いていたはずだが、慣れない伐採に思わぬ時間がかかっていたらしい。


修人

「ゆかり先生〜、待った〜?」


慌てて駆け寄っていったら、バカっぽくなった。少し恥ずかしい。


ゆかり

「ううん、今来たとこ」


にっこり微笑いながら、バカに正しい対応で返してくれる優しいゆかり先生。素かもしれないが。

その手には飾り気のないトートバックが下げられている。

あれに『いなくなった馬鹿を思い出せるなにか』が入っているのか。

オレの視線に気がついて、ゆかり先生がトートバックの中身を取り出した。


ゆかり

「いろいろ探してみたんだけど、こっちに持ってきてるものにはなくって。実家にはあるんだけどね、小学校の頃の写真とか。だから、タイムカプセル開けちゃった」


タイム、カプセル?


ゆかり

「小学校の卒業のときに、クラスのみんなで埋めたんだ。その場所を憶えていたから」

修人

「待って、先生。それは当然————」

ゆかり

「うん。許可を取ってる時間はなかったからね。こっそりと」


うわぁ。みんなの想い出台無しや。


ゆかり

「大丈夫だよ。またちゃんと埋め直してきたし。開ける本番は三年も後だし。バレないバレない」

修人

「軽っ!」


ともかく。

カプセルで時を渡ってきたのは、一冊の古びたノートだった。


ゆかり

「これは、小学校で使ってたヤツだけどね。中学校でも同じノート使ってたし。やっぱり、中学校時代はノートに向かってるところしか思い出さないから」


彼の世界を書き綴っていたノート。それはゆかり先生が捨ててしまったけれど。


ゆかり

「やっぱり、このノート見たら、アイツのこと、思い出したしね」


自責や後悔と、少しの悲しさ、淋しさ。幾つもの感情が入り混じった顔でノートを見つめる。

オレは、そんなゆかり先生の横顔を見つめて。


修人

「じゃあ、行こうか」


それぞれの手に、樹の枝と、想い出を持って。オレたちは高台への道を辿る。

大丈夫だ。きっと、彼を連れ戻せる。


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