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緋色の島  作者: 都月 敬
5日目
21/46

感謝

午後の授業も、やっぱり頭に入ってくることはなく。もちろん、こちらが悪いんだけれども。

気づけば HR も終わっていて、すでに教室にはほとんど人がいなかった。

オレはぼんやりと窓の外を眺めている。何を見るでもなく、ぼーっと。


「あの、笠原くん?」

修人

「ん?」


机の横に立っていたのは、工藤さん。俯いた顔が、少し赤いようにも見えるけど。


「昨日は、その、ごめんね。私、なんか、間違っちゃったみたいで、、、」


ああ。その話か。


修人

「いやぁ、きっと、仕方がなかったんじゃないかな、あの状況じゃ」


あれから考えた結果、ひなと工藤さんに酒を呑ませたのは七葉さんであると、オレは確信していた。

ひなはともかく、工藤さんが麦茶と酒を間違えるはずがないし。方法は、わかんないけど。

おかげで工藤さんはしばらくぐっすりとお休みになられ、こちらが起こした後も、頭は痛いやら、時間はギリやらで、大騒ぎで帰って行ったのだった。普段の工藤さんからすれば、そりゃ赤くもなるか。


修人

「それより、フェリーには間に合った?」

「うん、なんとか。片付けくらい、手伝って帰ろうと思ってたんだけど」

修人

「そんなんいいってば。うちの人には、バレたりしなかった?」

「それも大丈夫。頭痛いって言って、すぐに部屋に上がったから。お腹いっぱいだったし」

修人

「たくさん食べてもらえて何よりです」


それでこそ、作りがいもあるというもの。

酒のつまみしか喜ばない、バカ父にも見習わせたいもんだ。


「笠原くんこそ、怒られなかった? 全部、飲んじゃって」


一応、学校であることを意識してか、なにを、の部分を伏せる工藤さん。


修人

「今日、同じものを買って帰ることで手を打った」


本当は、そこまでの間に一悶着も二悶着もあったのだが、そこはあえて伏せておく。

どうやらオレは、高校生が酒を呑んだ、ではなく、父親の酒を勝手に呑んだ、で怒られたらしい。


「でも、笠原くん、料理上手いんだね。感心した」

修人

「食材が良かったんだよ。取れたての、さばきたての、揚げたてなんだから、そりゃうまいって」


謙遜でもなんでもなく。

『たて』の料理に勝るものなし。


「でも私なら、一人暮らししても、揚げ物なんてしないと思う。タルタルソースとかも」

修人

「今なら、どこでも買えるからね。買った方が安くて、うまかったりするし」


島では買えませんけど。


「ううん。値段はわかんないけど、味は絶対笠原くんの方が上」

修人

「アジだけに?」


うん。ごめん、調子に乗った。


「じゃあ、私、そろそろ」

修人

「あ、自習室? オレも行く」


思いついて、ぺらっぺらの鞄を持って立ち上がる。


「笠原くんも自習室?」

修人

「んにゃ、図書室へ。ちょっと調べ物」


と言っても、図書室と自習室は繋がっている。というより、一つの部屋を分けているだけだ。


「うちの図書室、なんにもないよ?」

修人

「そこがいいんだよ」


意味不明の返しで、さらに困惑させてみた。

案の定、工藤さんは眉をひそめたまま、自分の鞄を手に取った。



階段を下り、玄関を抜けて————


修人

「待った。」

「え?」


驚いて足を止める工藤さん。

オレは生徒用玄関の外、正門のあたりを指さした。


「あれ? ひなちゃん?」


良かった。工藤さんにも見えていた。

いや、島民じゃない工藤さんに見えるのは昨日も確認済なんだけど、オレの妄想じゃないってことが確認したかったわけで。なんのかんので、今日は一日中考えていたようなもんだから。


ともかく、靴を履き替えて、正門へ向かう。すぐに工藤さんもついてきてくれた。

不思議と、ひなが人じゃないと知る前よりも、恐怖感が薄れている気がした。


修人

「ひな、どうした?」


声をかける前から、ひなの視線はオレを捉えていた。


ひな

「修に、お礼が言いたくて」

修人

「おお。そっか」


なにもわざわざ、というか、そんな律儀に、というか。

しかし、七葉さんにああ言われた以上、今日ひなに会いに行きにくかったのは事実だ。


「ここじゃなんだよね。中に入る?」


オレたちが付いていれば、先生たちもうるさいことは言わないだろう。

しかし、ひなはふるふると首を振って。


ひな

「ちょっと、いい?」


誘われた。


修「お? おう、いいぞ」


なんだろう、この、言葉の端々に感じる違和感。

ひなって、こんなしゃべり方をする子だったろうか?


「じゃあ、私は————」

ひな

「椎も」


そう言って、ひなは椎に手を伸ばす。

この押しの強さは、いつものひなだ。

戸惑いながらも、工藤さんが差し出された手を握る。


ひな

「————。」


……えっと、オレもですか。

結局、ひなを中心に、三人で手をつないで歩く。

なんだ、これ。思ったより恥ずかしいぞ。


修人

「ひな、別にお礼なんてわざわざいいんだぞ」


沈黙に耐えられずに、どうでもいいことを口に出す。


ひな

「でも、修のおかげだから」

修人

「ん、オレ、なにかしたっけ?」


少なくとも、わざわざお礼を言いに来てもらうほどのことをした覚えはない。

なのに、ひなはわざわざオレの方へ顔を向けて。


ひな

「昨日、楽しかった」

修人

「あ〜、そんなことか。それならまた、いつでもど〜ぞ」


わざと軽い口調で応える。

ひなが来たのは驚きだったが、あれくらいの宴会ならまたいつやったっていい。オレも楽しかったし。

そうだ、今度はちゃんと誘ってやろう。子ども向けの料理もバッチリ用意して。


ひな

「みかんも、見つけてくれた」


ああ、みかんな。

あれは、さすがにいつでもとは言えない。みかんの季節なら、またどうぞ。


ひな

「お札も、見つけてくれた」


————え?


ひな

「私も、見つけてくれた」


————えっと、何を言っている?


ひな

「ありがとう、修」


ちょっと待て。待ってくれ。

ひなを見つけた、はまだわかる。

ひなの姿が島民に見えないというのなら、見える人と出会えたのは久しぶりなのかもしれない。

でも、お札ってのは? オレが見つけた札っぽいものといったら、あれしかないわけだけど。

思わずシャツの上から胸を押さえる。でも、あの日と違って、もう現物はそこにはない。家だ。


困惑するオレをよそに、ひなは工藤さんへ向き直る。


ひな

「椎も、ありがとう。昨日、楽しかった」

「え? ううん、私は、なにも」


工藤さんも、ぎこちなく言葉を返す。

どこか異様な空気を感じているのだろうか。それとも俺の異状を察しているのだろうか。


「私も、楽しかったし」


それでも、あの笑顔で微笑みかける。

応えるように、ひなもにっこり微笑んで。


ひな

「二人とも、ありがとう」


ひなのお礼が終わった。


すぅ、と。

二人の間にあった小さな身体が、消えた。

繋いでいたはずの手が、すとん、と落ちた。


ひなが、消えた。


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