挨拶
校長
「笠原 修人 (かさはら しゅうと) くんね。よろしくお願いします」
こちらへ向かって、穏やかそうな女性が丁寧に頭を下げる。
修人
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」
同じように頭を下げるが、どの程度下げるべきかがよくわからない。
上げるタイミングもわからなくて、そのまま横目で隣をチラ見する。
省吾
「不躾ですが、このような島に高校っていうのは、珍しいんじゃないですか?」
人前に出すとまともに見える父親が、出されたお茶を片手に問いかける。
校長
「そうですね。このあたりではここだけです。みんな、本土の高校に行ってしまいますから」
雑談が始まったのを確認して頭を上げた。
さりげなくお茶に手を伸ばしたりして。
省吾
「そうでしょうね。では、生徒は集まらないでしょう? 経営も大変そうだ」
校長
「いえ、元々が島の子たちを通わせるためにできた学校ですから。海にせよ、山にせよ、今どきは高校くらいは卒業させよう、と。島も子どもは減っていますけど、寄付金のおかげでなんとか」
漁師も農家も、島の産業は学歴の関係のない仕事だから、継ぐ子どもは中卒で十分ということか。
オレには継ぐ仕事なんてないけど、たとえそうでも、やっぱり高校くらいは行きたい気がするな。
省吾
「寄付金も島の中から?」
校長
「ええ。なんといっても子どもは宝ですからね。保護者の方々と、主に漁協の方から。外に出すとなると、色々お金もかかりますし」
島の外で変なことを覚えてそのまま島を離れられるよりはマシ、というのは考えすぎだろうか。
省吾
「先生を揃えるのも大変でしょう」
校長
「そうですね。そちらの方が大変です。お金で来てくれるような場所でもないですし、そんなに出せるわけでありませんし。ただ、大学へ行きたいという子もほとんどいませんから」
私立だからこそ、なのだろう。
いや、ちょっと待て。
修人
「あの、もし大学に行きたい場合は————?」
校長
「あ〜、けっこう自分でがんばらないと難しいかもしれませんね。通信とかで。でも、がんばってる子もいますよ。ちょうど修人くんと同じ学年にも」
と言って、ポンと手を打ち、
校長
「そうですね。お父さんにはまだ手続きをいくつかしてもらわなきゃいけないので、修人くん、その間に学校を見て回ったりしてみませんか?」
修人
「は、はぁ」
校長
「ちょうど、そのがんばってる子が今自習室で勉強してるはずなんですよ。彼女も本土から通っていてね、きっといい友だちになれると思うんです。せっかくだから案内してもらいましょうね」
こちらの返答すら待たず。そそくさと席を立った校長が、がらりと扉を開けて出て行った。
ここにきて、予想外の展開だ。
まぁ、職員室で居心地悪くお茶を飲んでいるというものなんではあるが、いきなり見知らぬ、しかも女子に、二人っきりで案内されるというのも、、、
などと、くどくど考えているうちに。
校長
「ごめんなさいね、お勉強の邪魔して。でも明日からはクラスメイトだし、せっかくだから」
おそらく口を閉じることなく戻ってきた校長が、再びがらりと扉を開ける。
校長の隣には、すらりとした少女が立っていた。
色白の顔、伏せがちの瞳。黒髪をまっすぐ伸ばして、紺のセーラー服を着ている。
どん、と横から肘をくらって、その弾みで立ち上がる。
視線が合った。一瞬だけ。
校長
「こちら、明日から転校してくる笠原 修人くん。こちらが同じ二年生の工藤 椎 (くどう しい) さんね。それじゃ工藤さん、笠原くんに学校を案内してくれるかしら?」
椎
「————はい」
工藤さんは小さな声で答え、小さく頷いた。
そして先導するように、職員室から出て行く。
修人
「あ、それじゃ、失礼しま〜す」
残る校長と父親に適当に声をかけつつ、続いて退室、後手に扉を閉じる。
校長
「——これで少しでも友だちを作ってくれるといいんだけれど」
扉の向こうのつぶやきは、聞こえなかったことにしよう、と思った。