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緋色の島  作者: 都月 敬
4日目
18/46

前祭

修人

「じゃあ、適当に座ってて〜」

「あいよ〜、おかまいなく〜」

修人

「お前はこっち。クーラーボックスをソファに置くな」


ざざっと新聞紙を広げて、その上にクーラーボックスを置かせる。


「じゃ、オレ、キスやるな〜。包丁借りる〜」

修人

「あれ、できんの?」

「釣った魚さばくくらいできるわ。漁師の息子なめんな」

修人

「助かる。じゃあ、オレはアジ担当で」


まだ活きているアジの首に包丁を入れていく。

う〜ん。いつも普通に下ろしてるけど、活きてるのは初めてだ。

殺す、死ぬ、命を奪う、殺アジ、などの言葉が頭を過るが、意図的に気にしない。

命をいただかないと、人は生きていけないのだ。誰がやるかの違いだけ。


「あの、私もなにか、手伝う?」


男子二人が並んだ台所を覗き込みつつ、恐る恐る訊ねる女子。


「大丈夫、大丈夫。お客様はのんびりテレビでも見てて。ほら、修人、飲み物でもお出しして」

修人

「お前も客の範疇だろうが」


ツッコミながら、麦茶とジュースを冷蔵庫から出して、居間へ。

工藤さんをソファへ座らせて、適当にテレビをつける。そこへ。


ピンポーン。


「まだ、誰か来るの?」

修人

「んにゃ? 親父、のはずはないな。ごめん、グラス、そこから勝手に出して」


グラスの棚を指してから、ばたばたと玄関へ向かう。

がちゃりと扉を開けると。


修人

「はい。————って、あれ?」


想定していた高さにはなにもなく。

そのまま視線を下げた位置に、黒いおかっぱ頭があった。


修人

「ひな?」

ひな

「きた。」


いや、来た、はいいけど、家の場所とか教えたっけ? って、それよりも。


七葉

「準備はまだのようだね。まあいい。邪魔するよ」


勝手にずかずかと上がり込んでくる七葉姐さん。

もはや、あなたにはなにも言うまい。


修人

「いらっしゃい。ひなもどうぞ」

ひな

「おじゃま、します」


律儀にぺこりと頭を下げてから敷居をまたぐひな。

この差はなんなのだろうか。しつけか。教育か。


「あれ? え?」


続々と入ってきた子どもたちに目を丸くする工藤さんに、ざっくりとウソを紹介する。


修人

「あ、近所の子どもの、ひなと七葉ちゃん。なんか仲良くなったんだ」


どこに住んでるか知らないから、ひょっとしたらウソでもないのかもしれない、とも思ったが。

しかしオレを見る七葉さんの目がニヤニヤと笑っている。まぁ、今作ったウソだから仕方ない。


「よろしくね、ひなちゃん、七葉ちゃん」


膝をついて、にこやかに挨拶する工藤さん。

オレには向けてくれたことのない微笑みだ。


ひな

「よろしく」


ひなもぺこりと頭を下げる。


修人

「もうちょっとかかるから、テレビでも見て待ってて。工藤さん、飲み物お願いしていい?」

「任せて。ひなちゃん、お茶とジュース、どっちがいい?」


意外と言っては失礼だが、子どもの扱いに慣れている感じの工藤さんにその場を任せ、オレは再び戦場へ戻る。まだまだ獲物は大量に残っているのだ。


「笠原くん、洗面所借りるね」

修人

「あいよ〜」


きちんと手を洗わせるのか。本当に意外だ。そして、それに従ってる七葉さん、ちょっと見たい。


こちら台所では、なおも要がキスと格闘中。衣をつけて揚げるだけにしてくれているのが助かる。

オレも負けじと小さめのアジをフライ用にさばいていく。大きめのは後で刺身にしよう。

みるみる溜まっていく魚の頭や骨、皮。燃やせるゴミの日はまだ先だ。

頃合いで油を熱し始め、アジに衣をつけていく。付け合わせに、キャベツとトマトでも切ろうか。


居間からはテレビの音と、たまに工藤さんの笑い声が届く。

無理やり連れてきたけど、楽しそうで何よりだ。そこは、ひなと七葉さんにも感謝だな。

と、そこで。


「終わった! 疲れた! もう無理!」


キスをさばき終えた要が諸手を挙げた。


修人

「おつかれ〜。今、第一弾が揚がるから、先に食べてて。キスは天ぷらでいいんだよな?」

「あ〜、いいよ、キス天は親父さんに食わせてやれよ。今はアジだけで十分だろ」


要の釣ったキスも出さなきゃ失礼かと思っていたが、そう言ってくれると正直助かる。


修人

「じゃあ、アジは全部揚げちまおう。ほい、一発目あがり!」

「うまそ〜、いただきます!」

修人

「居間で食え!」


止める前に、一匹目のアジは早くも要の口の中へ。


「うぉ、熱っちっ!」

修人

「当たり前だ」


口の中で苦戦しながら、大皿をテーブルに運ぶ要。


「うわ、すごい」


本日二度目、工藤さんの初めて見る表情。目を丸くして驚いてる。

ソースにレモン、取り皿なんかを並べていくオレに、


「これ、本当に、笠原くんが作ったの?」

修人

「実は要が作った、って言ったらもっと驚くでしょ」

「それは、そうだけど」

「……ど〜ゆ〜ことかな?」

修人

「そういうことだよ。急いだから、キャベツ百切りだけど、気にしないで」

「ううん、私、歯ごたえある方が好き」


なんだか、すごく新鮮な会話をしている気がする。

今度、工藤さんともお昼をしてみたいなぁ、なんて。


「修人〜、箸〜」

修人

「はいはい、こっちから持ってって」


要に割り箸の場所を教えて、オレは盛り終えた刺身を運ぶ。

こちらは当然、この方の御前に。


修人

「こんなもので、よろしいでしょうか?」

七葉

「ふん、まずまず、かね」


相変わらず上からだが、表情を見るにご機嫌は上々のようだ。

心の中で小さくガッツポーズ。


修人

「まだまだ揚げてくるから、ひなもいっぱい食べろよ」


さらさらの髪の上にぽんと片手を乗せる。


ひな

「うん」


ひながにっこりと微笑んでくれた。


要が加わって賑やかさが増した居間を後に、再度オレは戦場へと戻る。さ〜て、次は。


「ごめん、お箸、ある?」


と、工藤さんが台所に顔を覗かせた。


修人

「あれ? さっき要が持って行かなかった?」

「うん。でも一膳足りなくて」

修人

「あのバカ。どうせ自分を数え忘れたんだろ」


わざわざ取りに来てくれた工藤さんに、新しい割り箸を手渡して。


修人

「ごめんね。子どもたちの世話までお願いしちゃって」

「ううん。子ども、好きだから。それにアジフライ、美味しいし」


お、いいの、いただきましたよ。


修人

「そっか。なら、第二弾はさらに腕によりをかけますか」

「楽しみにしてます」


子どもたちのおかげか、工藤さんの表情がいつもよりも柔らかい。

楽しそうな居間を台所から眺める。どうやら、オレはこのポジションに充実感を覚えるらしい。

と、ちょうどオレから見て正面に座った七葉さんと目があった。

ニヤリ、と。意味ありげな笑みを見せられたようで、背筋が寒くなる。

さ〜て、第二弾を揚げますよ〜。と、さりげなく振り向いた。

やっぱり、あの子、苦手。


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