前祭
修人
「じゃあ、適当に座ってて〜」
要
「あいよ〜、おかまいなく〜」
修人
「お前はこっち。クーラーボックスをソファに置くな」
ざざっと新聞紙を広げて、その上にクーラーボックスを置かせる。
要
「じゃ、オレ、キスやるな〜。包丁借りる〜」
修人
「あれ、できんの?」
要
「釣った魚さばくくらいできるわ。漁師の息子なめんな」
修人
「助かる。じゃあ、オレはアジ担当で」
まだ活きているアジの首に包丁を入れていく。
う〜ん。いつも普通に下ろしてるけど、活きてるのは初めてだ。
殺す、死ぬ、命を奪う、殺アジ、などの言葉が頭を過るが、意図的に気にしない。
命をいただかないと、人は生きていけないのだ。誰がやるかの違いだけ。
椎
「あの、私もなにか、手伝う?」
男子二人が並んだ台所を覗き込みつつ、恐る恐る訊ねる女子。
要
「大丈夫、大丈夫。お客様はのんびりテレビでも見てて。ほら、修人、飲み物でもお出しして」
修人
「お前も客の範疇だろうが」
ツッコミながら、麦茶とジュースを冷蔵庫から出して、居間へ。
工藤さんをソファへ座らせて、適当にテレビをつける。そこへ。
ピンポーン。
椎
「まだ、誰か来るの?」
修人
「んにゃ? 親父、のはずはないな。ごめん、グラス、そこから勝手に出して」
グラスの棚を指してから、ばたばたと玄関へ向かう。
がちゃりと扉を開けると。
修人
「はい。————って、あれ?」
想定していた高さにはなにもなく。
そのまま視線を下げた位置に、黒いおかっぱ頭があった。
修人
「ひな?」
ひな
「きた。」
いや、来た、はいいけど、家の場所とか教えたっけ? って、それよりも。
七葉
「準備はまだのようだね。まあいい。邪魔するよ」
勝手にずかずかと上がり込んでくる七葉姐さん。
もはや、あなたにはなにも言うまい。
修人
「いらっしゃい。ひなもどうぞ」
ひな
「おじゃま、します」
律儀にぺこりと頭を下げてから敷居をまたぐひな。
この差はなんなのだろうか。しつけか。教育か。
椎
「あれ? え?」
続々と入ってきた子どもたちに目を丸くする工藤さんに、ざっくりとウソを紹介する。
修人
「あ、近所の子どもの、ひなと七葉ちゃん。なんか仲良くなったんだ」
どこに住んでるか知らないから、ひょっとしたらウソでもないのかもしれない、とも思ったが。
しかしオレを見る七葉さんの目がニヤニヤと笑っている。まぁ、今作ったウソだから仕方ない。
椎
「よろしくね、ひなちゃん、七葉ちゃん」
膝をついて、にこやかに挨拶する工藤さん。
オレには向けてくれたことのない微笑みだ。
ひな
「よろしく」
ひなもぺこりと頭を下げる。
修人
「もうちょっとかかるから、テレビでも見て待ってて。工藤さん、飲み物お願いしていい?」
椎
「任せて。ひなちゃん、お茶とジュース、どっちがいい?」
意外と言っては失礼だが、子どもの扱いに慣れている感じの工藤さんにその場を任せ、オレは再び戦場へ戻る。まだまだ獲物は大量に残っているのだ。
椎
「笠原くん、洗面所借りるね」
修人
「あいよ〜」
きちんと手を洗わせるのか。本当に意外だ。そして、それに従ってる七葉さん、ちょっと見たい。
こちら台所では、なおも要がキスと格闘中。衣をつけて揚げるだけにしてくれているのが助かる。
オレも負けじと小さめのアジをフライ用にさばいていく。大きめのは後で刺身にしよう。
みるみる溜まっていく魚の頭や骨、皮。燃やせるゴミの日はまだ先だ。
頃合いで油を熱し始め、アジに衣をつけていく。付け合わせに、キャベツとトマトでも切ろうか。
居間からはテレビの音と、たまに工藤さんの笑い声が届く。
無理やり連れてきたけど、楽しそうで何よりだ。そこは、ひなと七葉さんにも感謝だな。
と、そこで。
要
「終わった! 疲れた! もう無理!」
キスをさばき終えた要が諸手を挙げた。
修人
「おつかれ〜。今、第一弾が揚がるから、先に食べてて。キスは天ぷらでいいんだよな?」
要
「あ〜、いいよ、キス天は親父さんに食わせてやれよ。今はアジだけで十分だろ」
要の釣ったキスも出さなきゃ失礼かと思っていたが、そう言ってくれると正直助かる。
修人
「じゃあ、アジは全部揚げちまおう。ほい、一発目あがり!」
要
「うまそ〜、いただきます!」
修人
「居間で食え!」
止める前に、一匹目のアジは早くも要の口の中へ。
要
「うぉ、熱っちっ!」
修人
「当たり前だ」
口の中で苦戦しながら、大皿をテーブルに運ぶ要。
椎
「うわ、すごい」
本日二度目、工藤さんの初めて見る表情。目を丸くして驚いてる。
ソースにレモン、取り皿なんかを並べていくオレに、
椎
「これ、本当に、笠原くんが作ったの?」
修人
「実は要が作った、って言ったらもっと驚くでしょ」
椎
「それは、そうだけど」
要
「……ど〜ゆ〜ことかな?」
修人
「そういうことだよ。急いだから、キャベツ百切りだけど、気にしないで」
椎
「ううん、私、歯ごたえある方が好き」
なんだか、すごく新鮮な会話をしている気がする。
今度、工藤さんともお昼をしてみたいなぁ、なんて。
要
「修人〜、箸〜」
修人
「はいはい、こっちから持ってって」
要に割り箸の場所を教えて、オレは盛り終えた刺身を運ぶ。
こちらは当然、この方の御前に。
修人
「こんなもので、よろしいでしょうか?」
七葉
「ふん、まずまず、かね」
相変わらず上からだが、表情を見るにご機嫌は上々のようだ。
心の中で小さくガッツポーズ。
修人
「まだまだ揚げてくるから、ひなもいっぱい食べろよ」
さらさらの髪の上にぽんと片手を乗せる。
ひな
「うん」
ひながにっこりと微笑んでくれた。
要が加わって賑やかさが増した居間を後に、再度オレは戦場へと戻る。さ〜て、次は。
椎
「ごめん、お箸、ある?」
と、工藤さんが台所に顔を覗かせた。
修人
「あれ? さっき要が持って行かなかった?」
椎
「うん。でも一膳足りなくて」
修人
「あのバカ。どうせ自分を数え忘れたんだろ」
わざわざ取りに来てくれた工藤さんに、新しい割り箸を手渡して。
修人
「ごめんね。子どもたちの世話までお願いしちゃって」
椎
「ううん。子ども、好きだから。それにアジフライ、美味しいし」
お、いいの、いただきましたよ。
修人
「そっか。なら、第二弾はさらに腕によりをかけますか」
椎
「楽しみにしてます」
子どもたちのおかげか、工藤さんの表情がいつもよりも柔らかい。
楽しそうな居間を台所から眺める。どうやら、オレはこのポジションに充実感を覚えるらしい。
と、ちょうどオレから見て正面に座った七葉さんと目があった。
ニヤリ、と。意味ありげな笑みを見せられたようで、背筋が寒くなる。
さ〜て、第二弾を揚げますよ〜。と、さりげなく振り向いた。
やっぱり、あの子、苦手。




