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緋色の島  作者: 都月 敬
4日目
17/46

友釣

昨夜一晩、ひとしきり考えに考えて。


ゆかり

「笠原く〜ん、居眠り禁止〜!」


案の定、ゆかり先生に叱られて。


「なしたん? 半ドン楽しみにしすぎた?」


隣のバカにまで心配されて。

それでようやく、オレは計画を行動に移すことができた。


修人

「要。釣り、教えてくれ」


計画は単純だった。

要求は、酒と魚。ここはあえて『肴』ではなく、『魚』とする。聞いただけじゃわからないんだし。

その上で、魚をメインとする。酒を忘れるくらい、魚をメインとする。いや、もう、酒は忘れよう。

それには魚屋じゃダメだ。自分で釣った魚を、ど〜ん、と見せつけて、誠意を見せつけてやるのだ。

それでも酒と言われたら、素直に謝ろう。ごめんなさい、未成年ですから、と。よし、そうしよう。


この単純な計画を、行動に移すのに躊躇していたのは、他でもない。

まるまるバックレようかどうしようかと悩んでいたのだ。

だって、小学生くらいの子どもに酒と肴を要求される、なんてありえないだろう。

オレだって、話で聞いたら信じない。だったらバックレる方が、いっそ普通なんじゃないだろうか。

そうも思ったのだが。

その度にのしかかってくるのだ。あの、七葉姐さんの圧力が。プレッシャーが。

もしなにも用意しなかった場合の悪い方のパターンを考えると、なんだか怖い。

正直、なにが怖いのかはよくわかんないんだけど、それが一番怖い。ああ、怖い。

もう二度とあの祠近辺へは立ち寄らない。そう決めたとしても、なんだか怖い。


結局は、そんなまぶたの裏からの視線に敗けて。

貴重な半ドンの午後を、こうして友人と浜釣りに勤しむこととなったわけである。


「今日はお前に、本場の漁師の腕っつーやつを、遺憾なく見せつけてやるからな〜」


こういう時、理由も聞かずに張り切ってくれるバカがいると、本当に助かる。

この間のみかんに比べると、ウソも言い訳も作りやすいのではあるが。


「食えるヤツがいいんだよな?」

修人

「おう。食えなきゃ意味がない」


フグなんか出そうもんなら、どうなることかわかったもんじゃないしな。

意外とぺろりかもしれませんが。


「じゃあ、お前、アジな。はい、竿」

修人

「え、アジ釣れんの? うお、針いっぱいついてる」


素人まる出しのリアクションに、要は苦笑を浮かべながら、


「釣れるよ。逆に、なに釣る気だったんだよ?」

修人

「いや、そんな魚屋に普通に売ってる魚がオレなんかに釣れるとは思ってなかったんで」


ぶっちゃけ、要の釣る魚に期待してました。いや、まだしてますが。


「浜だから、そんなにでかいのは釣れないけどな。チヌとか釣れればいいんだけど」

修人

「ちぬ?」

「クロダイのこと。夏のは小さいけど、十分食える」

修人

「鯛釣れるのか !?」

「言うと思ったよ。やっぱりインパクトあるよな、鯛は」


ヤバい。釣りのこととなると、なんだかこっちの方がバカみたいだ。

それでもわからないことはわからないわけで。


修人

「やっぱり、エビで釣るのか?」

「でもいいけど、別にゴカイで釣れるし。でも昼だからな〜、いけるかな〜」

修人

「うっ。いや、それはそっちに任せた」


オレ担当のアジの方は、オキアミと疑似餌でいけるらしい。よかった。

要に指示された場所に立ち、教わるままに餌を撒き、教わった辺りに仕掛けを降ろす。

頼むぜ。なんとか、姐さんを満足させられるアジがかかってくれ。


じりじりと肌を焦がす陽射し。海の反射で両面焼きにされながら。

ただひたすらに、アジを釣った。



「————ま、こんなもんか」


別の場所で竿を振っていた要が戻ってくる。


修人

「おぅ。って、もうこんな時間か」


無心で釣ること約二時間。

最初は当たりもわからず、釣れたら釣れたで針を外すのも一苦労だったが、最終的には。


「お〜、けっこう入ってんじゃ〜ん。あ、これデカい」


今日イチの手応えだったヤツだ。それにしたって、魚屋で見かけるヤツと比べたら子どもみたいなもんだけど、なにより自分で釣ったっていう達成感が違う。池でも作って飼ってやろうか。


「ガキの頃は釣った魚がかわいくてな〜。水槽に入れて飼ってみたら、すぐ死んだけど」


……このバカと同じことを考えてしまった。


修人

「要の方はどうだったんだ?」


ただ落としていたオレと比べて、ずいぶんとダイナミックな動きをしていたが。

要の下げたバケツを除く。こちらもけっこうな数の魚が入っていて。


修人

「これ、キスか?」

「シロギス。天ぷらにするとうまいぞ〜」


鯛は早々に諦めたらしいが、これだけキスがあるなら上等だ。

要は用意していたクーラーボックスに、アジとキスとをまとめつつ、


「さて、これだけあれば十分かね?」

修人

「十分、十分、お釣りがくるくらいだ。全部もらっていいのか?」

「もちろん、こんなの持って帰ってもバカにされるだけだしな」


さすが、本職の漁師一家は違う。


「オレへのお礼は身体で払ってくれれば OK だ」

修人

「は?」

「食わせてくれるんだろ、修人の手料理? さ、行こうぜ〜」


クーラーボックスを肩に下げ、さっさと歩き出す要。

あれ? そんな話しましたっけ???



毒喰らわば皿まで。

やむなく要を連れて、家路を歩く。

新居に友人を招待するのは初めてだ。前の家でも、ほとんどしなかったのにな。


修人

「早くも首の裏がぴりぴりする」

「修人、白っちいもんな」

修人

「うるせ。それにこれは潮のせいだろ」

「それに慣れないと島っ子とは言えないぞ」


島っ子か。オレもそうなれるのだろうか。

そんなことを考えた時、向かいから歩いてくる、もう一人の島外っ子の姿が見えた。


「お、また白っちいのがやってきた。お〜い、椎ちゃ〜ん」


遠距離から手を振られ、露骨に嫌そうな顔をする椎ちゃん。

そのまま歩いてきて、最初の一言は案の定、


「工藤」

「椎ちゃん、ヒマ? 修人の手料理食わね?」


文句すら聞いてもらえず、非難めいた視線をオレに寄こす椎ちゃん。

言っておくけど、あなたの方がこれとの付き合い長いのよ?


「ほらほら、釣りたてのぴっちぴちがこ〜んなに」


反応も気にせず、バカっとクーラーボックスを開けてみせるバカ。


「釣ったの?」

修人

「そ。オレがアジで、要がキス」


隣で気持ち悪い顔をしているバカは無視。


修人

「刺身とか、フライとかだけど、よかったら」

「……アジフライ」


想像したのか、小声でつぶやく工藤さん。

それに続くさらに小さな音を、オレたちは聞き逃さなかった。


「はい、一名様ごあんな〜い」

修人

「言っとくけど、腕は鮮度でカバーだからね」


まぁ、昼抜きで今まで勉強してたんなら、そりゃお腹も空くでしょう。

ということで、巻き込まれ型の女子とともに、宴会へと流れ込んでいくのでした。


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