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緋色の島  作者: 都月 敬
3日目
14/46

確認

登校三日目。水曜日。早くも午前の授業は残すところあと一つ。

まだ残る緊張のせいか、時間の経過が早い。それでも昼食を終えれば、まったりともしてくるもので。

うららかに晴れた空。雲ものんびり流れ行く窓の外を、ぼんやりと眺めつつ。


修人

「なぁ、要。この島に、小学生くらいの子どもって、いるか?」


体育館へと向かう道すがら。ふと思い出して、隣をだらだら歩くバカに聞いてみる。

そんな唐突な質問にも、バカは慌てず、騒いで。


「いるわ。バカにすんな。小学生くらいわっさわさいるわ」

修人

「バカにはしてないって。わっさわさはともかく、いるのな。わかった」


もちろん、確認したかったのは、昨日の少女のこと。

まぁ、一人の子どももいないと思ってたわけではないし。

子どもがいるからって、安心できるわけでもないが。

……安心ってなんだ。

ともかく、回答に満足したオレを、しかし要は強引に引き戻す。


「いや、わかってない。お前は根本的なことをわかってない。一次産業の繁殖力をなめんな」


お前こそ、全世界の一次産業従事者の方々に謝れ。平謝りして詫びろ。

されど要は謝るどころか、ますます調子に乗って。


「いいか、漁師や農家にとって、時間なんて、ないようであるもんなんだ。基本的に旅行とか行けないし。気分転換とか、暇つぶしとか、雨の日とかハレの日とか、することは一つなんだよ。な、立花」


たまたま通りすがった立花さんは、急なフリにも目線すらくれず、そのまま早足で去っていった。

彼女は漁師の娘だが、かわいそうにこのバカのお隣さんらしい。当然幼馴染で、親同士は結婚するもんだと思ってるとか、なんとか。いやはや、不幸な生い立ちというのはあるものだ。神様って残酷。


「——で、なんの話だっけ?」

修人

「今日の体育はバドミントンだったよな」

「おう! オレのスマッシュにハートを射抜かれても知らないぜ、椎ちゃん!」


次の被害者は工藤さんだった。

なにせだらだら歩いてるもんだから、だいたいの人がオレたちに追いつき、追い抜いていく。

てっきり工藤さんも無視して通り過ぎるものかと思っていたら。


「工藤」


鋭く一言訂正が入った。名前で呼ばれたのが、よほど気に障ったのだろうか。

だが、当然のごとく、かまってもらったと勘違いしたバカはさらにテンションを上げて。


「え〜、いいじゃん、椎ちゃんで。かわいいよ、椎って名前。なあ、修人」

「二度と呼ばないで」


振られたオレが答える間もなく。

きっと何度も繰り返されたやりとりなのだろう。要はちっとも懲りる様子を見せない。


「じゃあ、オレのことも『要ちゃん』って呼んでいいから。まるで幼馴染のごとく」


お前の幼馴染ならとっくに先に行ったぞ。すごい勢いで。

そして、なぜそんな目でオレを見るんだ、椎ちゃん。オレはバカの飼い主じゃないぞ。


ゆかり

「ほらほら〜、そろそろチャイムが鳴りますよ〜。急ぎなさ〜い」


三すくみになりかけた状況を打破してくれたのは、我らが教育実習生。

でも、口調と言動が一致していない。自然とこちらにものんびりムードが漂ってくる。


「あ〜、今日の体育は、ゆかりちゃんも参加〜?」

ゆかり

「ゆかりちゃん言わない。杉浦くん、『先生』をつけなさい」


ジャージに着替えた先生が、いつものように先生ぶる。

今さらだけど、やっぱり似合ってない。


「つれないなぁ、ゆかりちゃんも。ほら、オレのことも『要くん』って呼んでいいから」


本日二度目の自爆ネタ。しかしバカはそこで自ら首を傾げて。


「お姉さん兼ちょいエロ的な先生からは、くん付けとちゃん付け、どっちがうれしいですかね?」

ゆかり

「いや、それは、私に聞かれても。。。って、私、そういう立場なの?」


いや、それをオレに聞かれても。。。

仕方ないので、オレも持論を返す。


修人

「そこは優しめの呼び捨てがいいと思うぞ」

「おう、それがあったか!」


オレの助け舟に飛び乗るバカ。

そして、あれ? 思った以上に冷たい視線が二筋。


「……ふ〜ん」

ゆかり

「修人くんも、そういう目で見てたのね」

修人

「いや、これは一般論で! ……一般論? いや、まぁ、そんな感じのヤツなので!」


これがあれか。普段バカの陰に隠れていたヤツがちょいとおバカなことをやると、本家のバカ以上にバカ扱いされてしまうという、例の罠か。あなどれん。


ゆかり

「もういいから。早く体育館へ行くよ」


運動前から、疲労感が溢れ出していた。

ただ一人を除いて。


「『行くよ、かなめ』で、お願いします!」

ゆかり

「されません!」

「椎ちゃんは『もう、先に行っちゃうよ、要ちゃん』な」


あ、とうとう無視された。無言でスタスタと歩き去る工藤さん。

オレもこれ以上の巻き添えは耐えられないので、工藤さんと並んで先を急ぐ。

ついでに。


修人

「オレもかわいいと思うよ、椎って名前」


一応、素直な感想を付け加えてみる。

対する工藤さんは、予想通りの反応で。


「馬鹿にしてる」

修人

「してませんて」

「椎茸の椎だよ」

修人

「そうですけど」

「おじいちゃんがいちばん好きな食べ物が椎茸だったから、椎だよ」

修人

「そ、そうなのか。いや、由来はともかく、字面がいいと思う」

「音だけだと、アルファベットみたいだし」

修人

「ひょっとして、子どもの頃にそれでいじられたりした? 男の子たちに、ABC の C とか」


工藤さんの顔が瞬時に真っ赤に染まる。

あ〜、いちばんそういうのに敏感なお年頃に、やられちゃったか。


修人

「あ、ごめん。でも、きっとそれって、気になる子をからかいたいってヤツだよ」


気持ちがわかるだけに、顔も知らない当時のいじめっ子をフォローしてしまう。

しかし工藤さんは取りつく島もなく。


「嫌なものは嫌なの」


きっぱりと拒絶し、さらに足を早めた。

これ以上は本当に嫌われる。オレは逆に足を緩めつつ、それでも。


修人

「オレはいいと思うけどな〜」


工藤さんはもう何も言わず、駆けるような勢いで体育館へと行ってしまった。見送るばかりのオレ。

廊下というものは、去るものがあれば、来るものもいて。


「一回だけでいいから、試しに! ほら、減るもんじゃなし!」

ゆかり

「もう、杉浦くん、いいかげんにしなさい! 修人く〜ん、助けて〜!」


バカに懐かれた先生が、救いを求めて駆け寄ってきた。

っつ〜か、そろそろマジでセクハラだぞ。


「な、修人も言ってやってくれ。『要くん』って、、、あれ? 今なんか、違和感が、、、」


あ、バカが気づきそうだ。


修人

「ほら、先生、今のうちに急いで」


バカが珍しく思考の小道に迷い込んだ隙に、ゆかり先生を先へ促す。


ゆかり

「あ、うん、でも、二人も遅れないでね!」


一応の先生らしさを残しつつ、パタパタと駆けていく先生を見送って。

帰ってこないバカの肩を叩く。


「杉浦くん。笠原、くん? 修人————?」

修人

「ほぅら、要〜。今日はバドミントンだぞ〜。要はバドミントン上手かな〜?」

「おぅ、得意さ! こう見えても中学ではスギウラペアと呼ばれ、ラケットを握るだけで————」


うむ。ごまかし完了。

そして、なんとなく気づいてはいたが、ゆかり先生がオレだけ名前で呼んでくれていることも再確認。

ま、同日にこの学校に来たという仲間意識のなせるワザではあろうが、なんかうれしい。


「スギウラくん。カサハラ、くん? ……シュート、くん???」


このバカが気づくまでの間だけかもしれないが。


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