確認
登校三日目。水曜日。早くも午前の授業は残すところあと一つ。
まだ残る緊張のせいか、時間の経過が早い。それでも昼食を終えれば、まったりともしてくるもので。
うららかに晴れた空。雲ものんびり流れ行く窓の外を、ぼんやりと眺めつつ。
修人
「なぁ、要。この島に、小学生くらいの子どもって、いるか?」
体育館へと向かう道すがら。ふと思い出して、隣をだらだら歩くバカに聞いてみる。
そんな唐突な質問にも、バカは慌てず、騒いで。
要
「いるわ。バカにすんな。小学生くらいわっさわさいるわ」
修人
「バカにはしてないって。わっさわさはともかく、いるのな。わかった」
もちろん、確認したかったのは、昨日の少女のこと。
まぁ、一人の子どももいないと思ってたわけではないし。
子どもがいるからって、安心できるわけでもないが。
……安心ってなんだ。
ともかく、回答に満足したオレを、しかし要は強引に引き戻す。
要
「いや、わかってない。お前は根本的なことをわかってない。一次産業の繁殖力をなめんな」
お前こそ、全世界の一次産業従事者の方々に謝れ。平謝りして詫びろ。
されど要は謝るどころか、ますます調子に乗って。
要
「いいか、漁師や農家にとって、時間なんて、ないようであるもんなんだ。基本的に旅行とか行けないし。気分転換とか、暇つぶしとか、雨の日とかハレの日とか、することは一つなんだよ。な、立花」
たまたま通りすがった立花さんは、急なフリにも目線すらくれず、そのまま早足で去っていった。
彼女は漁師の娘だが、かわいそうにこのバカのお隣さんらしい。当然幼馴染で、親同士は結婚するもんだと思ってるとか、なんとか。いやはや、不幸な生い立ちというのはあるものだ。神様って残酷。
要
「——で、なんの話だっけ?」
修人
「今日の体育はバドミントンだったよな」
要
「おう! オレのスマッシュにハートを射抜かれても知らないぜ、椎ちゃん!」
次の被害者は工藤さんだった。
なにせだらだら歩いてるもんだから、だいたいの人がオレたちに追いつき、追い抜いていく。
てっきり工藤さんも無視して通り過ぎるものかと思っていたら。
椎
「工藤」
鋭く一言訂正が入った。名前で呼ばれたのが、よほど気に障ったのだろうか。
だが、当然のごとく、かまってもらったと勘違いしたバカはさらにテンションを上げて。
要
「え〜、いいじゃん、椎ちゃんで。かわいいよ、椎って名前。なあ、修人」
椎
「二度と呼ばないで」
振られたオレが答える間もなく。
きっと何度も繰り返されたやりとりなのだろう。要はちっとも懲りる様子を見せない。
要
「じゃあ、オレのことも『要ちゃん』って呼んでいいから。まるで幼馴染のごとく」
お前の幼馴染ならとっくに先に行ったぞ。すごい勢いで。
そして、なぜそんな目でオレを見るんだ、椎ちゃん。オレはバカの飼い主じゃないぞ。
ゆかり
「ほらほら〜、そろそろチャイムが鳴りますよ〜。急ぎなさ〜い」
三すくみになりかけた状況を打破してくれたのは、我らが教育実習生。
でも、口調と言動が一致していない。自然とこちらにものんびりムードが漂ってくる。
要
「あ〜、今日の体育は、ゆかりちゃんも参加〜?」
ゆかり
「ゆかりちゃん言わない。杉浦くん、『先生』をつけなさい」
ジャージに着替えた先生が、いつものように先生ぶる。
今さらだけど、やっぱり似合ってない。
要
「つれないなぁ、ゆかりちゃんも。ほら、オレのことも『要くん』って呼んでいいから」
本日二度目の自爆ネタ。しかしバカはそこで自ら首を傾げて。
要
「お姉さん兼ちょいエロ的な先生からは、くん付けとちゃん付け、どっちがうれしいですかね?」
ゆかり
「いや、それは、私に聞かれても。。。って、私、そういう立場なの?」
いや、それをオレに聞かれても。。。
仕方ないので、オレも持論を返す。
修人
「そこは優しめの呼び捨てがいいと思うぞ」
要
「おう、それがあったか!」
オレの助け舟に飛び乗るバカ。
そして、あれ? 思った以上に冷たい視線が二筋。
椎
「……ふ〜ん」
ゆかり
「修人くんも、そういう目で見てたのね」
修人
「いや、これは一般論で! ……一般論? いや、まぁ、そんな感じのヤツなので!」
これがあれか。普段バカの陰に隠れていたヤツがちょいとおバカなことをやると、本家のバカ以上にバカ扱いされてしまうという、例の罠か。あなどれん。
ゆかり
「もういいから。早く体育館へ行くよ」
運動前から、疲労感が溢れ出していた。
ただ一人を除いて。
要
「『行くよ、かなめ』で、お願いします!」
ゆかり
「されません!」
要
「椎ちゃんは『もう、先に行っちゃうよ、要ちゃん』な」
あ、とうとう無視された。無言でスタスタと歩き去る工藤さん。
オレもこれ以上の巻き添えは耐えられないので、工藤さんと並んで先を急ぐ。
ついでに。
修人
「オレもかわいいと思うよ、椎って名前」
一応、素直な感想を付け加えてみる。
対する工藤さんは、予想通りの反応で。
椎
「馬鹿にしてる」
修人
「してませんて」
椎
「椎茸の椎だよ」
修人
「そうですけど」
椎
「おじいちゃんがいちばん好きな食べ物が椎茸だったから、椎だよ」
修人
「そ、そうなのか。いや、由来はともかく、字面がいいと思う」
椎
「音だけだと、アルファベットみたいだし」
修人
「ひょっとして、子どもの頃にそれでいじられたりした? 男の子たちに、ABC の C とか」
工藤さんの顔が瞬時に真っ赤に染まる。
あ〜、いちばんそういうのに敏感なお年頃に、やられちゃったか。
修人
「あ、ごめん。でも、きっとそれって、気になる子をからかいたいってヤツだよ」
気持ちがわかるだけに、顔も知らない当時のいじめっ子をフォローしてしまう。
しかし工藤さんは取りつく島もなく。
椎
「嫌なものは嫌なの」
きっぱりと拒絶し、さらに足を早めた。
これ以上は本当に嫌われる。オレは逆に足を緩めつつ、それでも。
修人
「オレはいいと思うけどな〜」
工藤さんはもう何も言わず、駆けるような勢いで体育館へと行ってしまった。見送るばかりのオレ。
廊下というものは、去るものがあれば、来るものもいて。
要
「一回だけでいいから、試しに! ほら、減るもんじゃなし!」
ゆかり
「もう、杉浦くん、いいかげんにしなさい! 修人く〜ん、助けて〜!」
バカに懐かれた先生が、救いを求めて駆け寄ってきた。
っつ〜か、そろそろマジでセクハラだぞ。
要
「な、修人も言ってやってくれ。『要くん』って、、、あれ? 今なんか、違和感が、、、」
あ、バカが気づきそうだ。
修人
「ほら、先生、今のうちに急いで」
バカが珍しく思考の小道に迷い込んだ隙に、ゆかり先生を先へ促す。
ゆかり
「あ、うん、でも、二人も遅れないでね!」
一応の先生らしさを残しつつ、パタパタと駆けていく先生を見送って。
帰ってこないバカの肩を叩く。
要
「杉浦くん。笠原、くん? 修人————?」
修人
「ほぅら、要〜。今日はバドミントンだぞ〜。要はバドミントン上手かな〜?」
要
「おぅ、得意さ! こう見えても中学ではスギウラペアと呼ばれ、ラケットを握るだけで————」
うむ。ごまかし完了。
そして、なんとなく気づいてはいたが、ゆかり先生がオレだけ名前で呼んでくれていることも再確認。
ま、同日にこの学校に来たという仲間意識のなせるワザではあろうが、なんかうれしい。
要
「スギウラくん。カサハラ、くん? ……シュート、くん???」
このバカが気づくまでの間だけかもしれないが。




