表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋色の島  作者: 都月 敬
2日目
12/46

収穫

見つからないぞ。どうしよう、みかん。


とりあえず学校まで戻り、中には入らずに大きく回って中庭へ。

大樹を確認してから、学校に背を向けて、裏の林へ向けて歩き出す。

まぁ、ここまできっちりやる必要もないのだろうが、せっかくなので言われた通りに。


ざくざくと下生えを踏み分けながら、分け入ることしばし。

目指すみかんは見つからず。

生えている木の種類はわからないものの、似たような木が等間隔に生えているようには見える。

しかしこの雑草の茂りっぷりを見るに、とてもみかん畑だとは思えない。


修人

「実は、ものすっごくずぼらなみかん農家の畑だとか」


どうしようもないことをつぶやくのは、独りだから。そう、人っ子ひとりいやしない。

まぁ、誰かがいたら、不法侵入とかで叱られるから、みかんを取るどころじゃないけど。


修人

「ここ、学校の敷地内じゃ、絶対にないよな」


募る不安を口に出してしまうのも、独りだから。しかし、


???

「あれ? 誰かいる?」


誰かいた。

しかもこちらに気づいて、ざくざくと近づいてくる。

逃げるか。隠れるか。いや、そんな間もなく。


ゆかり

「あれ? 修人くんだ」

修人

「あ、ゆかり先生」


なんだか、叱らなそうな人が登場した。


ゆかり

「なんで、こんなとこに?」


先生は目を丸くして、なかなかに答えにくいことをストレートに訊ねてくる。

そう訊かれたところで、自分でもうまく咀嚼できていない理由なわけで。


修人

「えっと、実はとある筋から学校の裏でみかんを取ってこいというミッションを受けまして」


結局、わけのわからないことをそのまま伝えてみた。


ゆかり

「校舎裏で、みかん???」


当然、腑に落ちない顔のゆかり先生。

それでも数少ない情報からいろいろと考えたようで、出てきた答えは。


ゆかり

「転校生への、いじめ?」

修人

「違います。」


いじめである可能性は拭えないけれど。

さておき、ここはこれ以上詳細を突っ込まれる前に、こちらから畳み掛けるのが吉か。


修人

「ここって、一応、学校の裏に含まれますよね?」

ゆかり

「た、確かに。学校から見て正門の反対側だから、校舎裏と言えなくはない、と思う」

修人

「じゃあ、これって、みかんの木だったりしますか?」


手近な木をポンポン叩く。

先生はそれを確認するまでもなく。


ゆかり

「そうね、ここのは全部みかんの木」

修人

「で、先生がいるってことは、ひょっとして、ここって学校の敷地内だったりします?」


だったら、みかん取り放題?

なんて、甘い予想は通るはずもなく。


ゆかり

「しませんね。ここは私のうちの敷地です」

修人

「ちっ、違ったか。って、は?」


想定外の回答が返ってきた。


ゆかり

「自己紹介の時にも言ったでしょ? 私はこの島の出身だって」

修人

「あ〜、そう言えば」

ゆかり

「あ、ちゃんと聞いてなかったな。実は私はこの島の、みかん農家の娘だったのです!」


なぜか胸を張るゆかり先生。みかん農家は初耳だけどな。

しかしそうなると、別の疑問が湧いてくるわけで。


修人

「あれ? でも先生、この間、校長先生の家の離れを借りてるって言ってなかった?」

ゆかり

「うん。家はもうないの。私が中学生の時に家族揃って本土に引っ越して、唯一残っていたお婆ちゃんも亡くなっちゃったから」

修人

「家はなくとも、畑はある?」

ゆかり

「そ。両親はもちろんお婆ちゃんも連れてって、家も畑も売るつもりだったんだけど、お婆ちゃんが『先祖代々の畑を売るとはなにごとだ〜』ってすごい剣幕で反対してね。結局、お婆ちゃんだけ残ることになって」


うわぁお。すげぇ婆ちゃんだな。

オレは爺ちゃん婆ちゃんとの縁が薄いからよくわかんないけど、普通そんなもんなんだろうか。


ゆかり

「で、お婆ちゃんが亡くなった後に家を潰して、改めて売りに出したんだけど。ここ、あんまり日当たり良くないでしょ? 島のみかんも下り坂だし、未だに買い手つかずで宙ぶらりんってわけ」


なるほど。最初の予想は当たらずとも遠からず、というところか。

その上、図らずも、島のみかん農業の行く末まで聞けてしまった。

しかし、それよりも今、重要なことは。


修人

「ここは、ゆかり先生のうちの畑。ってことは、みかんもらっていい?」

ゆかり

「あのね、ちゃんと聞いてた? 誰も世話してないから、まともなみかんはなってないと思うよ」


そんなことは知らない。オレは学校の裏のみかんが必要なのだ。


ゆかり

「まだシーズンにも早いし、ちゃんと間引いてもいないし。それでもよければ、いいけど」

修人

「よっしゃあ、ありがとう! ゆかり先生!」


半ばやけくそ気味なテンションで、親指を立てるオレ。

そしてそれを心配げに見守るゆかり先生。

大丈夫。オレはまともだよ。たぶん。


早速、みかんを探し始めるオレたち。さすがに放ってもおけないのか、ゆかり先生も手伝ってくれる。

腐っても農家の娘。頼りになることおびただしい。


ゆかり

「腐ってません。」

修人

「ごめんなさい。」


そうは言っても、時間帯もそろそろ夕刻。

枝葉も下生えも鬱蒼としており、みかんはなかなか見つからない。たまにあっても未熟な緑。

そろそろ首も肩もバッキバキになりかけた頃。


ゆかり

「あ、これなんかどうかな?」


先生が手に取ったのは、紛れもなく、みかん。

夕陽に染められて紛らわしいが、しっかりと赤く熟している。

やや小ぶりではあるものの、ご丁寧にヘタに葉っぱの一枚もついていて。


修人

「十分っすよ〜。ありがとう、先生! 一生恩に切る!」

ゆかり

「もう、簡単に一生とか言っちゃダメです」


そう叱って見せながらも、一緒に喜んでくれるゆかり先生。

理由も聞かずに、シャツを葉っぱだらけにしてまで手伝ってくれた。


修人

「先生、あんた良い教師になるよ」

ゆかり

「……えっと、誰?」


そんなバカなやりとりも交わしつつ。

すっかり夕闇に包まれた林の中を、先生は学校まで送ってくれた。

一人だったら、絶対に帰ってこられなかっただろう。あぶね。


改めて先生にお礼を言って、別れる。


ゆかり

「なんだかわからないけど、けっこう楽しかったよ。じゃあもう遅いし、まっすぐ帰りなさいね」


そうして。やっぱり先生は最後まで先生ぶっていた。

まぁ、まっすぐは帰らないわけですけども。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ