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星と約束

作者: 未無知

田舎


                



 ――あなたの事を、ずっと、ずっと待っていますから。きっと……――

 ――ああ。約束だ。絶対に帰ってくる。帰ってきたら、そうしたら、いや、なんでもない。さ、約束の証を――

 

 〝ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます〟

 ゆびきった!

 

「ここが田舎かあ。空気がうまい、星がきれい!」

みずみずしい空気を肺にため、そして吐き出すこの快感。決して俺の住んでいるところじゃ味わえない。加えて、肌に心地よい潮風が吹き、つま先からかかとにかけて、足を踏み出すたびに伝わるやわらかい土の感触。なんと田舎っぽい。

「まだお昼だし、星は見えないと思うけど、トオルは目がいいんだね」

「ん? ああ、うん」

 星は、今は見えない。正直イメージで言った。空気がうまいのは本当だ。透き通っている感じで、呼吸が気持ちいい。潮風は微妙だ。海が近いのは確かだけど、ここは木々が茂った山の中に建つ家、潮がここまで届くかどうか……。土を踏む感触は、ここまで来る時に味わった。

「それと、ここが田舎かあ、ってさ、地名じゃないんだからなんか違うと思う」

「そーだな」

 さっきから細かいところに突っ込んでいるのは、俺の幼馴染のノゾミ。いつもはこんな細かいことは気にしないと思うのだが、今日はピリピリしてるのかな。でもそんな雰囲気でもない。微妙な違和感。

 彼女は縁側に座って、スカートから素足をすらりとのばしてぷらぷらさせている。

 来る時にも思ったんだけどさ、スカートで山登りって、大丈夫なのか? 動きにくかったり、虫に刺されたりしないのか? でも、俺よりスムーズに登ってたし、慣れてるんだな。まあ、慣れているのも当然か。この木造建築の家は、彼女の祖母の家なのだから、来る機会は何度かあったのだろう。ちなみに、曾祖母の代からこの家に住んでいたらしい。

 この家は、なんとなく不気味だ。山の中にあって明かりがあまり届かなくって暗い。それだけでなく、夏だというのに、ひんやりと涼しい。おまけに、古めかしい木造建築。ぎぃぃぃとか鳴りそう。

 つまり、なんか、でそう。俺は別に幽霊とかお化けとか、宇宙人とかいうのを信じているってわけではないが、そういう雰囲気のあるものは、怖い。

「トオルは、ここに来るの初めてだったよね」

「うん。そうだな」

 いつも夏になったら、ノゾミは帰省していた。その帰省先が、ここだったんだろうな。今年の夏休みが始まる前、誘われたんだ、一緒に行かないかって。俺がお邪魔してもいいのかなとは思ったけど、ノゾミの家族は快く受け入れいれてくれたし、こんな機会もう二度とないかもと、ついていくことにした。もう会えるのは最後かもって、勘づいていたのかな。

「気に入ってくれた?」

「まだわかんないけどさ、来たばっかりだし。でも、空気はうまいな。あと、星がきれいに見えそうだ」

「さっきから星のこと気にしてるけど、トオルって星とか好きだったっけ?」

「いや、ただのイメージ」

「そんなことだろうと思ったけどさ」

 ノゾミは口元を押さえてくっくっと笑う。俺もつられて顔が綻ぶ。

「じゃあ、一緒に星を見よう。イメージって言ってるけど、実際きれいに見えるよ。きっと好きになるよ! だから、今回だけじゃなくってさ、また一緒に来ようね。来年とか、再来年とか」

「ああ、うん。そうだな」

 無邪気に笑うその姿を見ると、やっぱり気づいてないんじゃないかと思えた。

「じゃ、約束」

 と、小指を差し出してくる。俺も小指を差し出して絡ませる。……ちょっぴり照れくさい。

「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った」

 指切りをして、約束をして、ノゾミは満足げだ。俺の方は、笑顔でいるよう、自然体でいるようにしているけど。やっぱり胸が痛い。約束は、守れないのだから。

 俺は来年から両親の仕事の都合で、共に海外で暮らすことになる。大学も、海外の大学に通うことになる。しばらくは日本に帰れないだろう。もしかしたら、一生日本に戻らない可能性だってある。だから、さっきの約束は嘘だ。でも、この時間を、壊したくなかったんだ。偽物でも、その場しのぎでも。

「よし、またここに来るんだったら、この家に慣れておいた方がいいよね。というか、しばらく泊まるんだから慣れておかないとまずいね」

 ノゾミはほこりを払って立ち上がると、俺についてくるように促した。

 トイレとか風呂とか、あと、必要だったのか怪しいけど離れにある倉庫とか。そういったところを案内されて、やっと居間に帰るのかと思ったのだが。

「んじゃ、最後にこの部屋」

 違ったみたいだ。

「ちょおっといわくつきの部屋なんだけどね」

 いわくつき? な、なにそれ? なにか出るの?

 不安だし、寒気はするけど、ノゾミが引き戸を開け、中に入ってしまっているので俺も入ることにする。入ってしまったら閉める。戸締りはしっかりしないとね。

「ちょっとためらってたみたいだけど、怖かったり?」

「まあ、正直怖い」

 おどけた口調でノゾミは言うけど、表情はどこか硬かったような。やっぱり、ノゾミに微妙な違和感。


 ――指切りの由来は、指を切って渡したことだと言いますが、これは、あんまりじゃありませんか……。命ごと、魂すべてを天にお渡しなさるなんて……そんなのあんまりじゃありませんか――


 部屋の中は、書棚と、その中に古い本がたくさんあった。書庫か何かかな。

「この部屋はね、ひいおばあちゃんの――」

 ふむ、なるほど。ノゾミの曾祖母は読書が好きだったわけだな。

「好きだった人のお部屋です」

「うん?」

 違った。曾祖母の好きだった人、か。それってつまりノゾミの曽祖父ってことだよな。なんでこんな回りくどい言い方するんだ。

「ひいおばあちゃんは、好きな人とは結ばれなかったみたいなんだけどね。お見合い結婚だったらしいよ」

 ああ、そうか。今は恋愛とか当たり前になってるけど、曾祖母、百年くらいは昔のことだ。お見合いして結婚するのが普通なのか。それなら納得……いや待ておかしい。納得できないぞ。なんで結婚していない、ただ好きなだけだった人の部屋が用意されてるんだ?

「この家は元々、その、好きだった人の家だったんだって」

 そうだったのか。それじゃあその人の部屋があってもおかしくないな。……。あれ?

「ちょ、ちょっと待って。ここは、ノゾミのおばあちゃんの家だよな」

 ノゾミはうなずく。元々って言っていたし、それは事実なんだろう。でも、じゃあなんでノゾミの曾祖母の家になったのだろうという疑問が湧いて出てくる。曾祖母がここに家を新しく建てたのだと思っていたけど、なにやら違うみたいだ。

「混乱してるって感じだね」

 そりゃもちろん。

「ひいおばあちゃんの好きだった人はね、戦争に行って、帰ってこなかったんだって」

 それってつまり……。そういうことなのだろう。

「それで色々あって、この家が売りに出されて、それをひいおばあちゃんが買ったんだよ。お金持ちだったんだね。ふふふ。知っていたかな? わたしってけっこうお嬢様な生まれだったんだよ」

 それは知らなかったな。意外ではある。昔からそこそこおてんばだったし、イメージと違うな。

 でも、何故今その話をするんだろう。案内だとしても、ここに書庫みたいな部屋があるよ、とでもいえばそれでいいんじゃないかな。

「それで、いわくつきって言った理由なんだけど……」

 それは気になるような、知りたくないような……。でも、しばらくノゾミは黙ったまま、口を開こうとはしなかった。俺はノゾミを見つめたまま、つばを飲み込む。

「うん。やっぱりいいや。トオルも怖がってるみたいだし。さ、戻ろう」

 その声は、焦っているのか、怖がっているのか、震えていた。そんなに怖いことなのか?

俺は、もうこの部屋の用も終わっただろうし、いわくつきだのなんだの言われて怖かったので早めに部屋を出ることにした。引き戸に手をかけて、扉を開ける。

「……ん?」

 開かない。そんなに固かったかな。入る時は簡単に開いたと思うけど。さらに力強く引いてみるが、なんの手応えもない。音すらもしない。これは困ったな。

「なあ、ノゾミ。この扉開けてみてくれないか」

「えっ? 開かない、の?」

 うん? なんで動揺してるんだ?

 ノゾミは、部屋の出入り口に歩み寄り、扉を開けようとする。しかし、結果は同じだった。扉はびくともせず、開く気配はないままだ。

「もしかして、壊れたのか」

 返事はない。ただ、怯えながらつぶやいた。

「本当、だったんだ。そんな……。もう、後には引けないんだね……」

 何故怯えているんだろう。何に怯えているんだろう。

「この部屋にはね、都市伝説と言うか、噂があるの」

 結局、話すのか。いわくつきってやつを。

「さっき、ひいおばあちゃんのお話、したでしょ。それにまつわることでね」

 そこで一息吸って、また話し出す。

「豪さん、だったかな。ひいおばあちゃんの好きだった人。戦争に行く前にね、何か、約束していたらしいんだ」

「約束?」

「そう、約束。でも、戦争に行って、多分死んじゃったんだと思う。だから、それは果されなくってね」

「そうか」

 戦争に行くのに、果せるかどうかも分からない約束をしてしまったのか。それは、あまりにも……。

「そんな悲劇が、時がたっていくうちに尾ひれがついて話されるようになって、変な噂になったんだと思う」

 それが、今の状況と、どう関係するのだろう。

「で、その、都市伝説とか噂って、どういうものなんだ」

「それはね」

 また、しばらく沈黙が続いた。

「約束を果たせなかった豪さんの後悔の念か、それとも、裏切られたひいおばあちゃんの呪いなのか、この部屋に、豪さんの部屋に入った人は閉じ込められちゃうっていう話」

 聞いていて、恐ろしいと思う反面、理不尽だとも感じていた。関係ないのに、この部屋に入っただけなのに。いや、信じているわけではない。ない、けど、もしも……。

 都市伝説って言ったっけ? 怪談話やその類には、その状況を抜けだす方法があったはずだ。

「抜け出す方法はあるの? ないと、アレなんだけど」

「ここから出るにはね、嘘をついているなら、それを正す。言いたくても言っていないことがあったりするなら、それを言うこと。そもそも閉じ込められるのは、ウソツキや、言いたいことを隠している人、らしいよ」

ドクン、ドクン。心臓の音が、やたら大きく聞こえる。それはきっと、心当たりがあったからだ。都市伝説は都市伝説。本当かどうかわからない。それでも怖ものは怖いけど、そのせいで心臓が早鐘を打っているわけではないと思う。

 じゃあなぜかって言うと、俺が海外に行くのを、ノゾミは知っていて、安易な約束をしたのを怒っていて、それで、わざわざ閉じ込めてまで追究しようとしているんじゃないかって思っているせいだ。

 いや、違う。ノゾミはそんなことはしない。頭では分かっている。でも、じゃあ、そう思おうとしているのは何故?

「トオルは、嘘なんてついてないよね」

 ドクン、ドクン。鼓動が早くなる。やはり、見透かされている? 違う。動悸が止まらないのは、きっと罪悪感のせいだ。じゃあ、楽になろう。話してしまおう。

「俺さ、ノゾミに嘘ついてたんだ」

「え?」

 怖がっているような、何を言われているのかわからないような反応に、俺を糾弾するような目。そんな目で、見ないでくれ。


――約束なんてしなければよかった。指切りなんてウソだった。もう針千本飲ますこともできない。指さえもらえない。あなたとの証は、全てまやかしだった――


「俺、来年度から、大学生になったらさ、海外に住むことになってるんだ。両親の仕事とかの都合でさ。大学も、海外の大学に通う。だから、あの約束は嘘なんだ」

 ドクン、ドクン。まだ、鼓動の音はやけに大きく聞こえる。話したのに、どうしてだ? いや、

話してしまったから、なのか。

「なにそれ、聞いてないよそんなの。あ、そうだ。こっちでバイトしながら大学に行けばいいんじゃないかな」

 責められるのも当然だ。上っ面だけの約束なんかしたんだから。

「それだと色々面倒くさいことになるんだよ。それにさ、俺自身が海外に行ってみたいって、思ってるんだよ」

 これは、本当の気持ちだ。

 とにかく、嘘ついていたことを、きちんと話した。呪いとやらも、これで解けているはずだ。

「ひどいよ。できもしないことを約束するなんて、ひどいよ」

 自分でもそう思う。でも、あの時はああ言った方がいいと思った。ノゾミのためだって。でも結局はそれは偽善でしかなくて、自己満足でしかなくて。

 などと思いながらも、手は引き戸を開けようとしていた。ゴトゴト。かすかな手応え。でも、結果は同じだ。ほんの少しも開く気配がない。

「あれ? どうして開かないんだ? 嘘は正したのに」

「そ、それは……」

 ノゾミはうつむく。表情が見えないくらいに。

「何か、開かない原因、知ってるのか? ノゾミ」

「それは……」

 俺の中で、何かが切れようとしている。言うな。これ以上言葉を口に出してはいけない。

「知ってるんだな。やっぱり、これは都市伝説でも何でもなくて」

 やめろ、それ以上言ってはいけない。自分自身が一番分かっているじゃないか。ノゾミは、そんなことする奴じゃない。今までの反応からしても、知らなかったことは明らかだろ!

「俺を責めるために、わざわざもっともらしい話を持ち出してそれっぽい雰囲気を出して、閉じ込めて追究しようとしたんだろ」

「そんなこと!」

 もう、止まらなかった。結局怖かったのは、全部だった。都市伝説も、嘘がばれるのも。責められるのも。

「開け方、知ってるんだろ、ノゾミ」

「知らない、知らないよ! わざと閉じ込めたりなんか絶対にしてない! して、ない……」

 そうだ、ノゾミがそんなことするはずないのは俺がよく知ってるじゃないか。でも……。

「じゃあなんで開かないんだよ。そう言えば、扉が開かないってことが分かった時、なんか言ってたよな。後に引けないとかなんとか。あれは、なんなんだよ」

「それは」

 ノゾミはぎゅっと胸を抑える。下げていた顔をふいにあげて言う。でもそれは、質問の答えではなかった。

「トオルは、約束を破った自分が悪いのに、私に責任を押し付けるんだ」

「……」

 今度は、俺が黙ってしまう。その通りだったからだ。ぐうの音も出ない。

「なんで嘘ついたんだよ。なんで約束なんかしたんだよ。守ることもできないのに」

ノゾミは目に涙をためながらも必死に叫んだ。なんとなくだが、辛そうだ。そうか、さっきの俺と一緒だ。言いたくないことなんだ。

 なんで俺たち、言いたくないことはこんなにはっきり言えるんだろう。言いたいことを言わなくちゃいけないのに。

「約束しないと、ノゾミが悲しむと思って」

「……。また、責任はわたしにあるって言うんだ。全部全部」

 そんな意味で言ったわけじゃないのに。どうしてわかってくれないんだ。でも悲しませたくないからって、そんなの傲慢とも思える。じゃあ、なんなんだ。どうして約束した。関係を壊したくないって先延ばしにした? ――傷つきたくないから――

「楽しみだったのに。本当に、嬉しかったのに」

 そうだ。楽しみだって、嬉しいんだって、その笑顔が見たかったんだ。それが壊れるのが嫌だったんだ。でも、違う。それだけじゃない、嘘をついた訳は。言いたいこと。言いたくないこと。壊したくないこと。でも、先延ばしにしただけ。

 同じ問いかけがグルグルと頭の中を駆け巡る。でも、そのうちに、気づいた。いや、とっくに気づいていた。ただ、その答えにありつくのも先送りにしたかっただけ。――怖かっただけ――

 息が詰まる。呼吸が止まったような気さえするくらいだ。声を出そうと思っても、直前で飲み込んでしまう。壊れるのが怖いとか言っている場合じゃない。いや、既にもうほとんど壊れているようなものか。そう考えると、楽になった、言える気がした。さあ、言ってしまおう。ぶち壊そう。

「好き、なんだ」

 ドクン、ドクン。さっきまでのとは違う種類の胸の高鳴り。こんなの、全然ロマンチックじゃない。まったく空気が読めていない。ぶち壊し。それでも、言わない訳にはいかなかった。

 時間が、止まった気がした。そんなはずはあるわけないのに。

 時間を再び動かしたのは、ノゾミの涙と震えた声だった。

「なんだよそれなんだよそれ。どういうことなんだよ!」

 心臓が正しいリズムを鳴らし始める。言ってしまうだけで、こんなにも楽になるとは、吹っ切れるとは。こんな状況にならなきゃ言えないっていうのは情けなくて悔しいけど。

「だから、俺はノゾミの事を好きなんだよ。それだけだよ」

 だからって、なんなんだろうな。質問の答えになってないな。。

「ぶっ。あはは。なにそれ」

 今度は、急に笑い出す。忙しいな、ノゾミは。

「はあ。疲れちゃったな、色々あって」

 ノゾミは深くため息をついた。俺も、落ち着くために深呼吸することにした。

「なんか、あべこべになっちゃったよ」

「なにが?」

「まずは、謝っとく。ごめんね」

 ノゾミだけが悪いってわけはないな。俺も謝るべきだろう。

ミは、涙を拭いて顔をほころばせた。

「じゃあ、次はお返事を」

 ドクン、ドクン。また鼓動が響くくらいに聞こえ始める。早波を打ち始める。これまでで一番強く「俺も、すまなかった」

 お互い、感情的になりすぎた、激昂しすぎたんだ。

 ノゾ速い。

「わたしも、トオルの事好きだよ。友達としてとかじゃなくね」

 また、ふう、と長い溜息をつく。

「やっと、言えたよ。告白って、思ってたよりずっと重いね」

 俺も、そう思う。……うん? やっと言えたってどういうことだ。

「やっとって、どういう意味」

「そのままの意味だよ」

 そのまま?

「告白するの、怖かったからさ、言わざるを得ない状況にしてしまおうと思ったわけね」

 うん。……雲行きがあやしくなってきたようだが。

「それで、この部屋の噂を思い出してね。半信半疑だったけど、これはって、思ったんですよ」

 そうか、なるほど。それで色々思いつめていたのか。ああ、でもそんなことって……

「結局それって、ノゾミが閉じ込めたのと一緒で、原因知らないって言っていたけど、実は心当たりありましたってことになってしまうような気がするが」

「細かいことは気にしないことにします」

 しますって、自己完結されても困るのだが。

「それに、約束破られたのは、本当にショックだったんだよ」

「それは、申し訳ない」

「お互い様。チャラってことで」

 閉じ込められるかもしれないと言うのに、なんという精神力、行動力だろう。変な方向に、だけど。

 嘘は嘘だと言った。言いたいことも言った。ならもう、例の呪いとやらは解かれているはずだ。そう思って、手を戸にかけようとしたら、扉が開いた。

 何もしてないのに、開いた。

 と、びっくりしていたら声が聞こえてきた。

「おまえさんたち、ここにおったんか。ここは建付けが悪くて、戸が開きにくくなってるんだ」

 ノゾミのおばあちゃんだった。……結局、そんな落ちですか? でも、ノゾミもこの引き戸開けられなかったし。入る時はすぐ開いたし。真相はわからない。遠い遠い過去の中だ。

 

時間は少しだけ流れて、同日の夜。俺とノゾミは星を見ていた。ここで見る星はきれいだと聞いたから。

 季節は夏だ。星座でわかるのは、夏の大三角ぐらい。

「あの三角形が、デネブ、アルタイル、ベガ」

「どれがどれ?」

「わからん」

「それはそれは」

 他の星も、正直よくわからない。一つ一つの名前はわからない、でも確かに透き通って見える。

「確かに、きれいだな」

「何が?」

「もちろん星が」

「こういう時はさあ……」

 と、ノゾミがふてくされる。いや、ふざけている。

「そんな月並みな。というか高校生がさ」

「月と並ぶほどわたしはきれいだと言いたいわけか」

 比較すらままならないと思います……。

 この星は、ここじゃなくても、見られるだろうか。ここでしか見られないのだろうか。だったら、また見たいな。何度でも見たい。なら、帰ってくるしかない。

 そうだなあ、ここはノゾミを見習うことにしよう。ここに、戻って来ないといけない状況を作るんだ。

 俺は、小指を立てて、ノゾミの方へ差し出した。ノゾミは訳が分からないのかきょとんとしている。

「約束をしよう。一緒にここで星を見るって約束を。今度は、本当の約束」

 沈黙。そりゃそうか、一度、裏切ってしまったんだから、信じられないよな。

 しかし、数秒後、俺の小指とノゾミの小指が絡み合った。……ちょっぴりじゃない、大分照れくさい。

「次約束破ったら、ホントに針千本飲ませるから」

 もう裏切ることはできない。絶対に。

「トオル、外国に行くんだったね」

「ああ」

 それが、どうかしたのだろうか。いや、どうもこうもするだろうけど、恋人同士になったわけだし。

「外国には、そりゃあ美人さんがいっぱい、わんさといるんだろうねえ」

 そうなのだろうか。知らないけど。つまり、何の話がしたいのだろう。読めない。

「浮気とかしないよね」

「ああ、そんなこと。大丈夫だろう」

 そういう話か。今から気にするべき事なのだろうか。

「それは世界を見てないからそう言えるわけで。実際ここの星を見て、いつもの星よりきれいだという感想を持ったわけでして」

「それとこれとは、全然違うだろ」

「でも、無駄ですよ。浮気してもすぐにわかりますからね」

「どうしてだ」

「あの部屋に入れば、解決だよ」

 ……そりゃ勘弁。絶対に御免被る。

 そしてまた、約束をした。約束と言うか、半分くらいは脅迫じゃないだろうか。約束の半分は脅迫で出来ております。でも、もう半分はきっと、もっと純粋で、強い何かで出来ているのだろう。

 ただ一つ、言わせてほしい。

「さっきのはさすがに不謹慎だろう」

ノゾミはごめんなさいと謝った。寒いからそろそろ中へ入れと促したら、素直に言うことを聞いてくれた。珍しいこともあるものだ。

 俺はもう少しここに居よう。

 もう当分ここには来られない。星がきれいで、空気がうまくて、微妙な潮風が気持ちいいここへは。

 俺は、噛みしめるように、みずみずしい空気を腹いっぱいに吸い込んだ。そして、小指を天に差し出した。ノゾミと交わした約束を、今度は決して破らないと、自分勝手に約束した。

 出会ったこともない、ノゾミの曾祖母と、曾祖母の好きだった人と、契った。


ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった!



は土地名じゃない

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