始まります。
チカ子さんと話をした数日後、雇い主にも話が通り代理として許可を貰うことができた。このあたりもセキュリティやらプライバシーの問題やらで心配だったのだが、随分と緩いように思える。
けど、給料もそこそこお高めの仕事にありつけた僕は嬉々として準備をし、高校に上がった弟2人に後は任せて家を出発した。
初日はその広さに驚きつつも、チカ子さんが書き溜めておいてくれたメモを頼りになんとかこなせつつある。食事なども買いだめしてあったのを食べたり、調理器具は全部私のだから怖がらなくて平気よとチカ子さんが言ってくれたので満喫できている。
気になる給料は、チカ子さんの口座にいったん振り込んでもらって、一ヶ月分を後で降ろしてもらうことになった。
それから一週間が経ち仕事にもだいぶ慣れ、掃除も早くに終わることが多くなった。
夏真っ盛りとは言っても、ここは森の中に建てられた洋館なので日差しは通らず、ほどよく湿った涼しい空気だけがあたりを占めている。
「(僕の体質的にも、優しい環境です。)」
休憩がてら、図書館よりもはるかに貯蔵されているであるだろう書庫に足を踏み入れる。カーテンから透けてくるほんのわずかな光で照らされているここは不気味だが、明かりをつければ僕にとっては素晴らしい場所になる。
勉強は弟たちに教わってはいるものの、兄の意地であまりしてほしくない、とは思っている。やはり、いつまでもかっこいい兄でありたいというのが、僕の願望であり、わがままだ。
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「……ぁ、れ。僕、いつの間に寝て…というか、電気…。」
腕のすぐそばにリモコンが置いてあり、寝ている間に押してしまったのだと察する。
休憩がてら本を読んでいたのに、寝てしまい外が暗くなってしまっている。
しまった、と思い明かりをつけ本を戻しまた明かりを消し、洗濯物を取り込みに行く。
この洋館で日当たりの良い二階に行くには、ここからだと厨房の脇を通って階段を登らなければならない。
ガチャッ
「!」
厨房を通り過ぎようとした時、金属音が聞こえ驚き身を固める。
「(鍵はちゃんとかけましたし、不審な人がいたら支給された携帯のアラームがなるようになってますし…、ネズミか何かでしょうか。)」
Gのつくヤツじゃなければ対処のしようはあると思い、恐る恐る厨房を覗く。
厨房にいたのは某作家のQちゃんの親戚か何かなのかもしれない。
外は暗くなり厨房に差し込むのは家を点々と囲む電灯の光。それが淡くそれを照らし、ゆらゆらと不気味に揺れている。
「(もっと、対処のしようがないもの出てきてしまいました。ピンチです。)」
Qちゃん(仮)をどうしようと思いを巡らせても、払おうにも塩は厨房にある。そもそも、Qちゃんが出でくるにはまだ早い時間帯だろう。
「(いっそのことGの方が、いやQちゃんのがいいですね。まだ冷静でいられます。)」
その頃Qちゃんは移動して、何やら厨房の中を物色中の様子。
「(あ。)」
「うわ、お化け。」
「お、ぉおおぉお、お化けはそっちです。」
ふいに顔をこちらに向けた時Qちゃんと視線が合ってしまった。どうやら、自分を生きていると思っているようで、僕のことをお化けと言ってきた。
「いや。俺人間だから。それより、落ち着けよ。」
おって何回言うんだよ、とQちゃん。まだ、信じることのできない僕は問いた。
「あなたは、Qちゃん、あ、いや人間、なんですか?」
「Qちゃんて…俺は人間様だ。そっちこそお化けだろ、そんななりしてんだから。」
人間だ、という言葉より会話ができたのである程度安心し、彼の言葉に訂正を加えておく。
「…僕の見た目は生まれつきです。母親もビックリして、悩んだ末決めた名前を捨てて”真白”にするくらいですから。」
「はっは。そりゃ、災難だったな。」
「いや、いいんです。覚えてもらい易かったですから。”まっしろ” だけど ”くろい”です。ってな感じで。」
「それ自己紹介か?なるほど、覚えやすいな。ってくろい?(新しいやつか…。)」
「はい。僕の苗字です。黒井。」
「んじゃ、今日から俺の世話しろよ。」
「へ、なにごと?」
「ここに住むから。」
誰ですか、いい1日になりそうとか思った人。
とても世話のしがいがある人じゃあないですかっ!!
今日もと言わず明日から、もっと働きますよ!
一人で過ごしていた少しの寂しさが紛れるような気がしただけで、僕はこの時大して考えていなかった。