上と下の中間で。
俺は死んで、ベリアルの所へ戻った。
「低級モンスターにしては、結構頑張ったな」
ベリアルがそう言った。
「それで、どんな感じなんだ?」
俺が聞いたのは、もちろんポイントについてだった。
「ああ、かなりの稼ぎだったぞ。モンスターらしく、それなりに悪事も行ったからな」
ベリアルはそう言うと、ニヤリと笑った。
「言ってろ」
相変わらずの皮肉に、俺は少しムカついて言った。
「それじゃ、発表だ」
俺の言葉を気にもせず、そう言ってベリアルはまた黒板を出した。
「お前が、次になれるのはこれだ」
黒板には、新しいモンスターの名前が追加されていた。
ゴブリン
「おい、ちょっと待て」
驚いて俺は言った。
ゴブリンは、これまで俺がなってたコボルドのボス的な存在だった奴だ。
「今回のお前は良くやったけど、この上のランクにあともうちょっと足りなくてな」
ベリアルは、後頭部へ向かって流れる感じの、炎の様に赤くて少し逆立った自分の髪の毛を撫でながら言った。
「アタシは最初に、自分のボスには逆らうなって言っただろ?だから少しマイナスなんだよ」
ベリアルの言う事は解っていたが、あの状況では他に方法が見つからなかったからだ。
「ゴブリンが嫌なら、またコボルドをやるか?」
そう言うと、相変わらず空中に腰掛けながら足を組み、どこからか取り出したヤスリで爪を磨くと、金色の瞳でその具合を確かめた。そして、少し高くて整った形をした鼻の下にある、バラの花びらの様な妖艶な唇をすぼめると、フッと息を吹きかけた。
確かにこいつは美人かも知れないが、その仕草はまるで高級娼婦みたいだぞ。っと、俺は言いそうになった(ただし、それ系統の店に行った事は無いが……)。
「解った、ゴブリンにする」
俺はベリアルに言った。
「そうか。それじゃご案内だ」
ベリアルはそう言うと、俺をゴブリンの姿にした。
「確かにゴブリンだ。この姿は嫌になるな」
俺の姿は、コボルドの所へ食べ物をせびりに来た奴と、そっくり同じになっていた。しかし、コボルドに比べるとその体は人間に近い為、前より少し動きやすい感じがした。
「んじゃま、しっかりやんな」
俺をどこかの森の中へ放り出すと、そう言ってベリアルは姿を消した。
(おいおい、また放置かよ)
俺はそう思いながら、周囲を見回した。どうやら夜の様で周りは暗かったが、コボルドと同じくゴブリンも夜目が利く為、不自由は無かった。
「おい、お前。戻ったのか」
不意に声を掛けられてそっちを見ると、俺と同じゴブリンが居た。
「早くこっちに来い」
そいつは俺を手招きした。
「何をやってた?あまり待たせるな」
そう言うと、俺を顎でしゃくって「あっちへ行け」と示した。俺が指示された方へ行くと、森の中の少し開けた場所に焚き火があった。
(ゴブリンが焚き火だと!?)
俺は驚いた。ゴブリンはコボルドよりちょっとマシな程度のモンスターだが、そいつらが自分で火を起こして使うなんて事はあまり聞いた事が無い。例外的に、ゴブリンの中にも知能が高い個体が存在するが、ここにそういう奴が居るのだろうか?
しかし、俺の疑問はすぐに解けた。
「こ、こいつは……」
焚き火の真正面に置かれた石の上に座っていたのは、人間より少し小さいくらいで、豚の様な鼻をして顔も豚そっくりの醜いモンスター、オークだった。しかも、手には木で出来た槍を持っているし、粗末な作りではあるが、所々に金属の板をくくりつけた鎧と兜まで身に付けている。
「おい、今日の分はどうした?」
そいつは、俺に向かって言った。
「忘れたのか!?コボルドの所へ取りに行かせただろうが!」
オークはそう言って怒鳴った。この瞬間、俺の頭の中で1本の線がつながった。
(なるほど、そういう事か……)
何の事は無い。コボルドの所へ食べ物をたかりに来たゴブリンも、このオークに使われてたって事だ。要求する量が増えたのは、こいつらの事情って訳だな。簡単に言うと、オーク→ゴブリン→コボルド、という順に並んでいるのだ。
しかし、困ったぞ。使いっ走りのゴブリンは全部始末してしまったし、俺は手ぶらだ。それにしても、今度は俺が徴収役にされるとは思わなかった。
「それと、他の奴はどうした?まさか、お前らが自分で食っちまって逃げたんじゃないだろうな!?」
オークはそう言って怒った。
「いや、何の事だか。俺は知らない」
俺は口から出まかせを言った。
「何だと!?」
オークは立ち上がると、俺の前まで歩いて来て俺を上から睨み付けた。ゴブリンよりもでかい、150cmくらいはありそうだ。
「全く……。お前らゴブリン共は見分けが付かん!どうなってるか解る奴はおらんのか!」
そう言うと、オークはまた元の位置へ座った。
(それにしても、今度のボスはオークかよ……)
俺は、ほっとすると同時にがっかりした。オークというのは、コボルドやゴブリンよりもずっと力が強い。また、人間には及ばないものの頭も良い。ちょっと面倒な相手なのだ。それに、こいつなら火を自分で使っても不思議は無かった。
(しかし、下はコボルド、上はオークって。まるで、平の兵士と隊長に挟まれた、軍隊の班長みたいだな)
俺は、自分の置かれた立場をそう思った。
その場は上手く誤魔化したものの、結局コボルドから食糧を集める奴らは戻らなかったので、ゴブリン達は新しい徴収役として、そのまま俺を指名した。
(それにしても、弱ったぞ……)
何せ、これまで自分がリーダーとして面倒を見て来たコボルド達から、今度は俺自らが食糧を召し上げる事になったからだ。
「それじゃあ、お前」
オークが俺を指差して言った。
「好きな奴を連れて、明日になったらこれまで通りコボルド達から食料を集めて来い」
そう言うと、オークはそばにあった木の棒で焚き火を散らすと火を消した。
「お前らに火を残すと、ロクな事にならんからな」
オークは焚き火が消えたのを確認すると、背後の大きな岩へと向かった。その岩にはくり抜いた様な横穴があったので、おそらくそこがオークの寝床だろう。そいつの姿が完全に見えなくなったところで、俺は周囲のゴブリンに話しかけた。
「なあ、あいつはいつからここに居るんだ?」
すると仲間のゴブリンが、
「ほんのちょっと前からだ。あいつは俺達よりも、うんと山奥から来た。俺達を捕まえると、食べ物を寄越す様に言った。でも、俺達は食べ物を探すのが上手くない。だからコボルドに命令した」
(……なるほどな。こいつらも奴隷にされているのか)
「オークは他にも居るのか?」
「いや、あいつだけだ。あいつは村から追われて来たと言っていた。俺達ゴブリンを殺す事など、へでもないと言ってる……。さっきから変な事を聞くな、お前も知ってるだろ」
ゴブリンは首を傾げて俺を見た。
「ああ、そうだったな」
(危ない、危ない)
いくらゴブリンの頭が悪いと言っても、あまり迂闊な事を聞くもんじゃないな。
「お前、物覚え悪いな。もしかして馬鹿か?」
ゴブリンにそう言われて、俺はムカっと来たがここは堪えた。
「しかし、困った」
「どうしたんだ?」
ゴブリンがそう言うので、俺は聞いた。
「仲間が半分くらい居なくなった。俺達、元々数が少ない。明日から困る」
う~む、そういう事か。俺が倒したゴブリン達は、リーダーが1匹と後は荷物持ちだったのだろう。全体で10匹とオークまで来ては、確かに食べ物が足りなくなるはずだ。それで急に要求が増えたのだな。
事情が解ると、俺はゴブリン達が少し気の毒になった。しかし、オークは強いし武装までしている。10匹ならともかく、今の数では勝てない。
とりあえず、探りを入れながら考えるとするか。俺は寝ようと思ったが、寝床がどこにも無い。
「なあ、どこで寝るんだっけ?」
俺がゴブリンに聞くと、
「お前の寝床は知らない。自分で探せ」
そう言うと、そいつは茣蓙の様な物の上でごろりと横になった。
(やれやれ……)
ゴブリンというのは、コボルドに比べると個人主義で社会性が低いらしい。俺はそこらの落ち葉やら枯れ草をかき集めると、山に盛ってその上で横になった。
次の日になると、俺は残り4匹の中から1匹を選んでお供にした。道が解らないので、俺はそいつを先に行かせてその後ろを歩いた。
しばらく歩くと、周囲が見慣れた光景に変化した。そして、コボルドの臭いもする。ゴブリンは、コボルド程では無いが鼻も効くのだ。
妙な話だが、俺は少し懐かしい感じを覚えた。しかし、今の俺はゴブリンだ。コボルドに対してどう向き合えば良いか、答えは初めから出ている。
コボルドの洞窟は、身長が1m程度のコボルドに比べると、ゴブリンの俺には少し狭く感じた。洞窟の白くてでこぼこしている岩肌に手を付きながら進むと、すぐに広間の様な空間に出た。
そこには、コボルドだった俺の死体も、ゴブリンの死体も無かった。さすがにまずいと思ったのか、それとも居心地が悪かったのか、どこかに処分したみたいだ。
俺は大声を出して、コボルドを集めた。そして、
「仲間が戻って来ない!一体どういう事だ!」
と、わめいた。
すると、コボルド達はお互い無言で顔を見合わせていた。俺は手近な1匹の肩を掴むと、そいつを引っ張り出した。
「何があった!?答えろ!」
しかし、そいつは答えない。いや、答えられなかった。当然だ。理由は俺が一番良く知っている。
「もういい!」
俺はそう言うと、押し出す様に少し乱暴にそいつを離してから、コボルド達を見回した。
「とにかく、今日は今ある分からもらって行く。明日からまた食べ物を集めて来い!さも無くば皆殺しだ!」
大声でそう言い放つと、再びコボルド達を見回した。
(悪いな……)
俺は心の中でそう思った。コボルドと言うのは、元来はひどく臆病なのだ。俺というリーダーを失ったので、なおの事だろう。
俺は、わざと大声で威嚇したり高圧的に出る事で、コボルド達を再び恐怖で縛ったのだ。
「おい」
俺は一緒に来たゴブリンに、洞窟の中を家捜しする様に言った。ほんのさっきまでコボルドのリーダーだった俺は、これまでの事でコボルドの蓄えがどうなっているか知っている。
俺の前に集められた食料は、思いの他少なかった。っと言うか、ある意味では予想通りだった。俺が居なくなった事で抑えが効かなくなったコボルド達は、食糧をやたら消費していたからだ。俺は、あまりの無計画ぶりにあきれた。
(あればあれだけ食べてしまう奴があるかよ……)
俺の考えでは、まだ5日分くらいの蓄えはあったはずなのに、どう見ても3日分くらいしかない。
(こりゃあ、駄目だな……)
俺は早急に対策を考える事にした。この分ではすぐに食べ物は無くなってしまうだろう。しかし、元の行き当たりばったりな生活に戻ってしまったコボルド達には、これ以上どうする事も出来無いだろう。それに、今の俺はゴブリンだから、またコボルド達を指揮し直す事も不可能だった。
(一体どうしたものか……)
新しく判明したオークの事と言い、俺の悩みは尽きなかった。