反逆と反乱
俺は悩んだが、やむを得ず人間の集落へと行く事にした。ただし、狙うのはあくまでも畑の野菜や鶏などの家畜に留める。人間には危害を加えない事を大前提とした作戦だ。
まず、暗くなるのを待って、俺だけが単独で人間の集落へ潜入すると、頭で建物の配置などを覚えた。地図を残すと後々面倒になるからだ(紙やインクが無くても、地図は何かに書いて残せる為だ)。
仲間に聞くと、今まで人間の集落へは誰も行った事が無いらしい。初回だけなら油断もあるだろうし、成功の確率はかなり高いだろう。
しかし、そう何度も行く訳には行かない。人間というのは、コボルドよりもはるかに頭が良いからだ。俺は出来るだけゴブリンが好みそうな物を探すと、そこへの侵入ルートと撤退ルートを考えた。
次に、なるべく腹を満たして出発する様にした。コボルドは臆病な種族だが、ゴブリン同様にあまり知性や理性があるとは言えない。折角の戦利品を持ち帰るのをけろっと忘れて、その場で食事を始めてしまうとも限らないからだ。
人間の集落は川沿いにある。川の片方は山になっていて、反対側の川から一段高くなった所へ石を積み上げて堤防を作り、その内側に、同じ様にあちこちに石で作った土台の上に家を建てていた。主な収入は林業で得ている様で、個々の家には野菜畑や家畜小屋がある。この村も決して裕福には見えず、俺は盗みに入る事を少し申し訳無く思った。しかし、そうは言っていられない。
俺は出来るだけ短い時間で盗みを終わらせる為に、コボルドを2つの班に分けた。1つは畑から野菜を盗むだけの簡単な作業をする班。もう1つは、家畜を狙う班だ。こちらの方がずっと難易度が高いので、俺が直接指揮をする事にした。
幸いな事に、コボルドは夜目が効くし嗅覚も鋭い。明かりが必要無いのは隠密行動に有利だ。それに、狙う家畜小屋の場所もすぐに解る。
野菜泥棒班は、手当たり次第に野菜をちぎると、用意していた篭に突っ込み、さらに両手に抱えられるだけ抱えてさっさと退散を始めた。中には、逃げながら持っている野菜をかじっている奴も居たが、役得として多少の事は目こぼしする。なお、篭と言っても急ごしらえだしコボルドの体格に合わせると、あまり大きい物は作れない。
「俺達も行くぞ」
そう言うと、俺は目的の鶏小屋を指差した。確保が難しい鶏は俺に任せて、他の奴には持っている篭へ卵を入れる様に言った。篭の中には落ち葉や枯れ草が入れてあり、卵が割れない様にクッションにしてある。
俺は外から鶏小屋の閂を外すと、先に連中を中に入れた。小屋の中には3段になった棚があり、そこに20羽程の鶏がうずくまっていた。鳥目というだけあって鶏は夜に弱い、近付く事は簡単だった。コボルド達は、鶏の下に手を突っ込むと、片っ端から卵を盗み始めた。しかし、弱い奴が大抵する事と言えば、大声で騒ぐ事だろう。
案の定、鶏達は大騒ぎを始めたので、俺は撤退を指揮するとコボルド達を鶏小屋から追い立てた。そして、自分が最後になったのを確認すると、両手に1羽づつ鶏をぶら下げて鶏小屋を飛び出した。
人間の集落が騒ぎになっている頃、俺達は洞窟へと戻った。
「うまく行ったな」
「お前、すごいな」
洞窟へ帰ると、先に帰って待っていたコボルド達がそう言った。
「持ち帰った物を見せるんだ」
俺がそう言うと、コボルド達は持っていた篭を出して来た。俺は中身を確認しながら言った。
「……あのなあ。勝手に手を出すなって言っただろう?数が足りないぞ」
やっぱりだが、こいつらはいくつかをくすねていた。
「しかし、腹が減っちまって、我慢出来ねえよ」
そう言われると、これまでの事を考えたら俺もあまり強い事は言えない。人間から盗みを働いた事には罪悪感もあったが、元々こうなったのは人間にも責任がある。
「持ち帰った物で、卵はみんなで分けるんだ。野菜は半分、鶏は全部ゴブリンだ」
「何だ、俺達は食えないのか」
コボルド達は残念そうに言った。
「仕方が無いだろう。みんなで分けるには足りなさすぎだ」
たかだが俺が持って来た2羽の鶏じゃ、20匹以上も居るコボルド全員ではとても足りない。大体、人間達が森を荒らさなければ、100匹以上のコボルドだって余裕で養う事が出来るのだ。ゴブリン達だって、追い出される事は無かっただろう。そもそも、こんなコボルドが居る様な人里近くにまで、ゴブリンが降りて来る事自体が珍しいし、何より危険なのだ。
ゴブリンの数はせいぜい数匹だが、奴らは欲深い。例え今盗んで来た全ての物を差し出しても、決して満足しないだろう。どうせなら、出来るだけ渡す数をケチって、コボルドで分ける量を増やした方がいい。
「それよりも、みんな聞いてくれ。俺に考えがある」
俺は、ゴブリンが機嫌を損ねない程度に、奴らへ渡す物をケチりつつコボルド達で分けて、自分達が力を蓄える様に言った。
同時に、コボルド達が賢くなり過ぎない様に様子を見ながら、適度に色々な事を教えてやった。川の中に障害物や物陰を作って魚を集める方法も教えてやったが、干物にして保存する方法や火を使う事だけは教えなかった。何せ、コボルドには知性や理性なんてものがほとんど無いので、一度覚えれば歯止めが効かなくなる。食べ物と見れば魚でも何でも、あればあるだけ集めようとしてしまうだろう。洞窟の中で火を使えば、すぐに息が詰まって全滅してしまうだろうし、山火事だってそこら中で起こすかも知れない。
そうこうするうちに、コボルド達の生活は少しづつ安定して行った。相変わらずゴブリンが毎日来ては食糧をせびって行ったが、大事な物は小出しにする様にして上手くごまかし続けた。
しかし、そのうちに困った問題も起き始めていた。ゴブリン達の要求が厳しくなったのだ。これまでの量では済まなくなり、気に入らないとコボルド達を殴ったりする様になった。
その結果、さすがにコボルド達にもそれまでに溜まっていたゴブリンに対する、不満や怒りが表面化する様になって来ており、俺もそろそろ頃合いが来たと思い始めていた。
ある日、俺はコボルド達に相談を持ちかけた。
「こうなった理由は解らないが、これ以上奴らの言いなりになる事は出来無い」
「どうするんだ?」
仲間のコボルドが俺に聞いた。
「奴らには出て行ってもらう。最悪やっつける事になるだろうけどな」
「どうやって?」
「まあ、任せておけ」
俺はそれから数日、わざとこれまでよりも少ない食料をゴブリンに渡し続けた。当然ゴブリンは怒って、その度に暴力を振るい続けたが、俺達は耐えた。
それと同時に、俺はコボルドを連れて人間の集落へ時々盗みに出かけた。そして、決まったルートを使って畑や家畜小屋を荒らした。
そうすると、人間達はそのルートへ罠を仕掛ける様になった。俺はそれを確認すると、人間の集落へ行くのをやめた。ただし、罠の確認だけは毎日行った。そして、罠があきらめられると、また盗みに行く事を繰り返した。なぜなら、罠の効果が無いと解ると、人間は自分達の安全の為に罠を撤去する。人間の中にも間抜けが居て、他人が仕掛けた罠に引っかかる事があるからだ。俺はその人間の裏をかいて盗みを繰り返した。
自分達の集落の中に仕掛ける罠だから、あまり危険な物は置かれていない。それだけに察知は簡単だった。ただし、もちろんこれは人間である俺の頭だから出来る事だった。
人間達から盗んだ物を食べて、コボルド達は徐々に体力を付けて行った。もちろん、それでゴブリンに1対1で勝てるはずがない。俺が考えたのは集団戦だ。ただし、3対1でもコボルドには分が悪い。こいつらは、元来臆病でひ弱な生物だからだ。
「では、そろそろ俺の考えを説明する」
ある日、俺はコボルドを集めると作戦を説明した。ただし、コボルドの頭でも解る様に、極めて単純な内容だ。あまり複雑だと覚えられないだけでなく、こいつらはすぐに忘れてしまうからだ。
俺は、コボルドの中でも比較的頭が良い奴を選んで、責任者にした。俺がいない間にやってもらう事があるからだ。
いつもの様にゴブリン達がやって来ると、俺はこう言った。
「お前達に渡す食べ物は、今ここには無い。これから取りに行く。案内するから付いて来い。」
そう言うと、強そうな奴を3匹選んで人間の村まで連れて行った。これで残りは2匹だ。そして俺は洞窟を出る時に、俺が選んだ責任者に言った。
「出来るだけ、残った奴らを引き止めろ。食べ物を少しづつ出して、それを食べたら次を出すと言え」
それだけ言った。そいつは頷いたが、ちゃんとやってくれるか心配だった。しかし、今はそいつに任せるしかない。
俺はゴブリンを引き連れて、人間の村へと来た。罠が無いルートを遠回りで案内して、鶏小屋へと向かう。実は、この鶏小屋にも罠があるのだが、もちろんそれは伏せてある。
「この中だ」
俺はそう言うと、入り口の閂を持ち上げて外した。ただし、扉が開く程度に留めた。完全に閂を持ち上げると、罠が作動する仕組みなのだ。ゴブリンが1匹を残して全て小屋へ入るのを確認すると、奴らの背中を蹴っ飛ばして鶏小屋へと押し込み、閂を一度持ち上げてからかけた。
「おい!どういうつもりだ!」
ゴブリンはわめいたが、後の祭りだ。罠が反応してもうすぐ人間がやって来るだろう。最後に残っていた1匹を挑発して、追いかけて来る様に仕向けた。案の定、簡単に頭に血が昇ったゴブリンは、仲間を助ける事を忘れて俺を追いかけて来た。
俺は罠のある方へ真っ直ぐ走ると、罠を直前で飛び越えた。
「@#&$%!!」
あっさり罠に引っかかったゴブリンが、悲鳴を上げて転んだ。足には輪になったロープが食い込んでいる。これでもう動けないだろう。ゴブリンを全て始末した俺は、洞窟へと急いだ。
俺が洞窟へ戻ると、ゴブリン達がわめいていた。もっと寄越せと言っている。
「お前らに渡す食べ物は無い。今日で終わりだ」
俺はそう言うと合図をした。すると、今まで隠れていたコボルドが現れてゴブリンを囲んだ。この洞窟は広間を中心にして小部屋がいくつかあり、俺の指示で今までコボルド達が隠れていたのだ。
「20対2だ。出て行け」
俺がそう言うと、ゴブリン達は一瞬ひるんだがすぐに襲いかかって来た。
「こいつは俺が抑える!お前達は全員でそっちをやれ!」
俺はそう言うと、片方のゴブリンに飛びかかった。いくら臆病なコボルドでも、19対1なら大丈夫だろう。
俺はゴブリンを押し倒すと、そいつに向かって滅茶苦茶に拳を打ち下ろした。しかし、コボルドの力は弱い。そいつはすぐに下から殴り返して来た。
俺はそいつの首筋に噛み付き、コボルドの鋭い犬歯を突き立てた。そいつは俺を引き剥がそうとして、俺を殴った。頭に鈍い衝撃を受けたが、俺は噛む力を弱めなかった。ゴブリンの臭くて嫌な味の血が口の中に溢れる。
やがて、そいつは動かなくなった。俺は仰向けに倒れると、そいつに殴られた頭に手をやった。明らかに、ゴブリンのものとは違う血がべったりと手に付いていた。
そのうちに、もう1匹のゴブリンを倒したコボルド達が、俺の周りに集まって来た。
「おいお前、しっかりしろ」
「お前、死ぬのか」
「お前が居なくなると困る」
コボルド達は口々にそう言ったが、もう俺は立つ事が出来なかった。でも、これでいい。ゴブリン共は始末出来た。それに、コボルドを指揮する者が居なくなれば、これ以上知恵を付ける事も無いし、もう人間の村へ行く事も無いだろう……。