知恵と機転
とりあえず、ゴブリンの言う事を聞いて、食べ物を探して来るしかなかった。しかし、俺は森のどこを探せば何があるのかを全く知らない。
勇者をやってた時は、金を出せば店で何でも買う事が出来たし、宿に泊まれば食事付きだったからだ。
「なあ、どこに行けば食べ物が手に入るんだ?」
俺は森の中をへとへとになって歩き回り、たまたま出会った仲間のコボルドに聞いた。
「自分で探せ。他の奴に教えるくらいなら、自分で持って来る」
そいつはそれだけ言うと、どこかへ行ってしまった。
(まあ、しょうがないか)
俺はそう思った。何せ相手はゴブリンだ。理性なんて欠片も持ち合わせてはいないからな。食べ物を持って行かないと、自分の身が危ない事はそいつも解っているのだろう。
しかし、もう1つ困った事がある。
(腹が減った……)
アンデッドの時とは違い、コボルドは生きている。だから疲れるし腹も減るのだ。どこかで自分が食べる物も探さないと行けない。そもそも、水だってどこで飲めばいいか俺は知らない。
(参ったな、このままでは空腹と喉の渇きで、何もしないうちに死んでしまうぞ)
俺は焦って周囲を見回した。食べられそうな物は何も無い。仲間と冒険している時は、こんな心配は無かったのに……。
俺は必死に考えた。しかし、何も思い付かない。勇者だった時には仲間が居た。そいつはとても頭が良くて、色々な知識があった(ただし、今から思うと、俺達には『知識』では無くて『常識』が欠けていた様だったが……)。俺は仲間と冒険中に野宿する時は、そいつから教えられて食べ物を調達していた。
しかし、ここは全く知らない場所だ。木の実のある場所一つも解らなくてはどうしようもない。まるで本当の犬の様に、舌を出してハァハァと息をしながら、俺は必死で食べ物を探した。
「と、とりあえず水でもいいから口にしないと……」
俺は地面に積もった落ち葉の上に、うつ伏せ状態で倒れ込んでしまった。っと、その時に俺の鼻がある匂いを感じ取った。
「この匂いは……水か!」
俺は飛び起きると、体に付いた落ち葉を払う事も無く走った。斜面を駆け下りると、そこには小川が流れていた。
そのまま水際まで降りて行くと、俺は水面に口を突っ込んで水をがぶ飲みした。頬を濡らした水の感触が、ひんやりとして心地よかった。
(ただの川の水が、こんなにうまいとは思わなかった……)
ようやく人心地付いた俺は、やっと周囲を見回した。いくら何でも、無用心すぎた。今の俺はモンスターなのだ。
それにしても、この出っ張った口と鼻では水が飲みにくい。あやうく俺は、鼻から水を吸い込むところだった。
ここは小さな谷間を流れる、幅50cm深さ30cm程の小川で、周囲にはこぶし大の石が転がっているのと、木がまばらに生えているだけで、他には何も無かった。幸い、人間や敵になる様なものの姿も無い。周りの安全を確認した後、目を凝らして水の中を見ても積もった落ち葉があるだけで、小魚や小動物の姿は何も無かった。
水を飲んで喉の渇きを癒す事は出来たが、水腹ではすぐにまた腹が減ってしまう。食べ物を探す必要があった。
俺は人間の仲間から教わった知識で、ある程度は食べ物かどうかが見れば解る。しかし、この辺りで食べられる物は、すでに採り尽くされてしまった様だ。少し遠出する必要があったが、俺はまだあまりこの辺の地形には慣れていない。戻って来られなくなると困る。
が、俺はふと思い付いた事がある。
「今の俺はコボルドだ」
こいつの特徴は鼻が効くという事だ。匂いを辿れば何とかなるのでは無いだろうか。さっきも、それで水を飲む事が出来た。俺は自分の腕の臭いを嗅いでみた。次に、地面へ顔を近づけてその臭いを嗅いでみる。
「自分の臭いが解る!」
これなら、迷う事は無いだろう。俺は安心して森の中を歩き回った。すると、木に巻き付いた何かの蔓を見つけた。
「お、これは!」
俺はその蔓を辿って、その蔓が地面に潜っている場所を探した。
「ここか!」
俺は地面を必死に掘った。幸い、コボルドの手は人間に比べると地面を掘る事に適している。俺は両手を泥だらけにしながら地面を掘り続け、蔓の先まで掘り進めた。
「やった、あったぞ!」
俺は、蔓の先に円盤みたいな丸い物がなっているのを見つけた。天然の山芋だ。俺はそれを抱えると、さっきの小川に行って山芋を洗った。澄んだ川の水が泥で黒く濁って行く。水は少し冷たいが気にはならない。泥が流れ落ちると、黄土色をした山芋の丸い本体が現れた。
「いっただっきま~す!!」
俺は、早速山芋にかぶりついた。が……。
「な、何じゃこりゃあ~!?」
俺は口の周りを掻き毟って悶えた。
「痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い~!!」
あまりの痒さに、俺はそこら中をころげ回った。
「水、水~!!」
俺は小川に顔を突っ込んで、ばしゃばしゃと洗った。うっかりしすぎだった。コボルドの顔の構造は人間とは違う。丸い本体のド真ん中にかぶりついた事で、突き出た鼻と口に山芋の汁が、たっぷりと付いてしまったのだ。そもそも、いきなり山芋にかぶり付くなんて、人間でもやってはいけない。
「はぁはぁ、ひ、ひどい目に遭った」
いくら空腹だったとは言え、俺は自分のうかつさと間抜けさを呪った。俺は、汁が出ても良い様に水の中で山芋を割ると、この口でも食べやすい様に細かくしてから食べた。
「う、うまい!」
シャキシャキとした歯応えがして、採りたての新鮮な山芋はとてもうまかった。しかし、これはゴブリンには持って行けないだろう。馬鹿なあいつらがこれにかぶり付いたらどうなるか、結果は見なくても解る。俺は自分で山芋を全て食べると、残った痒みを取る為に口の周りを水で洗った。
おそらくだが、コボルドにはこういった知恵が無い為に、山芋は手付かずだったのだろう。人間としての記憶があって良かったと、俺はしみじみ思った。
腹がふくれた事で、俺は少し落ち着いた気持ちになった。今みたいに、俺は人間としての知恵を使って、コボルドやゴブリンが出来無い方法で食べ物を集めようと考えた。
俺は、地面では無くて上を見て歩いた。コボルドの目線は低い。それに、この手の作りでは木に登れない。ゴブリンはものぐさだから、自分でわざわざ木登りはしないだろう。だから、俺は頭上に食べ物を求めたのだ。
しばらく歩くと、樫の木にどんぐりがなっているのを見つけた。しかし、今の俺もコボルドであるから木には登れない。どうにかして、地面へ落さなければならない。しかも、どんぐりのなっている枝は2m程の高さにあって結構高い。どこかに手頃な棒があったとしても、とてもコボルドの手が届くものではなかった。とりあえず俺は木を蹴ってみたが、落ちて来る気配は無い。まだ時期が少し早いせいか、割と頑丈にくっついている。
次に、俺は木の幹を揺すってみた。しかし、コボルドの力ではせいぜい知れているし、堅い樫の木はびくともしなかった。
「お、そうだ!」
俺は、さっきの小川へ戻ると手頃な石を拾って来た。そして、その石を持つと樫の木を叩き始めた。すると、狙い通りに震動でどんぐりの実がポロポロと落ちて来たのだ。
「やった!!」
俺は落ちて来たどんぐりを拾い集めたが、良く考えたら入れ物が何も無い。このままでは、折角集めたどんぐりを持って行く事が出来無い。
とりあえず、落ちて来た分だけを両手に持って、俺は何か入れ物になる物が無いか探した。すると、自分の背丈程の笹の茂みを見つけた。
「これは、使えるかも知れない」
俺は、さっき掘った山芋の所へ行くと、山芋の蔓を持って笹の所へ戻った。そして、蔓を使って簡単な篭を編んだ。コボルドの不器用な手では難しくて、かなり不恰好で歪んだ作りとなったが、とりあえず入れ物として機能すればそれで良かった。篭と言うよりは持ち手の無い目の粗いザルの様な感じになったが、その篭の底に笹を敷いてどんぐりがこぼれない様にすると、篭の完成だ。
俺はその篭にどんぐりを盛って入れると、洞窟へ戻った。
「何だこれは!?」
洞窟へ戻ると、ゴブリン達がわめいていた。
「お前ら、こんな物で俺達が満足すると思っているのか!?」
ゴブリン達の足元には、見てくれの悪い茸や良く解らない草、トカゲやイモリなどが置かれていた。
「お前は何を持って来たんだ?」
俺を見つけたゴブリンが近寄って来た。そして、持っている篭の中を見ると、
「お前、俺達を馬鹿にしているのか!?」
そう言うと、俺が持っているどんぐりを叩き落して、足で蹴散らした。
「何をするんだ!」
折角集めて来たどんぐりを粗末に扱われて、俺は思わず怒りの声を上げた。
「コボルド風情がナメた口を聞くな!」
そう言うと、俺はゴブリンに殴り倒された。そして、倒れた所をさらに足蹴にされて俺はうめいた。
「お前ら、今度は人間の所へ行って何か取って来い!さも無ければ皆殺しだ!」
ゴブリンはそう言うと、食べ物を洗いざらい持ち去って行った。
「おい、ゴブリンに逆らうなんて、馬鹿な奴だな」
倒れたままの俺に、仲間の1匹がそう言った。
「しかし、どうする?このままでは俺達は皆殺しにされちまう」
「人間の所へ行くしか無いのか」
コボルド達は集まって相談していた。
「山で採れた物で、適当に誤魔化したらどうだろう」
「しかし、すぐにバレてしまうぞ」
そう言っている仲間に、俺は痛む体を起こすと言った。
「俺に考えがある」
「何だ?」
「まあ、まずは俺達が元気にならないとな」
俺はそう言うと、仲間に向かって付いて来る様に言った。
「どこへ行くんだ?」
「まあ、そのうちに解る」
俺は、仲間を連れて森の中を歩き回り、どんぐりがなっている樫の木を探した。
「あれだ」
俺は上を指差した。
「手が届かないぞ」
仲間の1匹がそう言うと、俺は手近な石を拾って樫の木を叩いた。すると、どんぐりがばらばらと落ちて来た。
「おおっ!?」
仲間達が驚いた歓声を上げた。
「さあ、みんなで拾うんだ」
俺がそう言うと、仲間達は次々にどんぐりを拾って口へ入れた。
「お前、頭いいな」
どんぐりを頬張りながら、仲間が俺に言った。
「なあに、まだまだこれからさ」
次に、俺は山芋の蔓を捜した。
「これだ」
そう言うと、俺は山芋を掘った。
「お前、やっぱり馬鹿だな。それは痒くてとても食べられないぞ」
仲間があきれた様に言った。
「確かに、このままでは駄目だ」
俺はそう言うと、皆を連れて小川まで行った。
「こうやって食べるんだよ」
採れたばかりの山芋を小川で洗って泥を落すと、さらに水の中で細かく割った。
「さあ、食ってみろ」
俺はそう言うと、自分でも山芋の欠片を口へと放り込んだ。
「少しは痒いが、かなりマシだぞ」
ムシャムシャと口を動かしながら俺が言うと、仲間も山芋の欠片を食べ始めた。
「おお!食べられる!」
「全然痒くないぞ!」
仲間達は喜んで山芋を食べ始めた。
「何だか元気が出て来た。お前のお陰だな」
「助かったぞ。お前、やっぱり頭いいな」
仲間にそう言われて、俺は嬉しかった。山芋はともかく、実はどんぐりも結構栄養がある。これで仲間が力を付けてくれればいいと思う。
しかし、ゴブリンの要求をどうするか、今度はその問題が俺を悩ませた。






