モンスター選択の不自由
「これが、お前に選択可能な最初のモンスター候補だ」
そう言うとベリアルは、黒板にモンスターの名前を書いた。
①ゾンビ
②スケルトン
③ウィルウォーウィスプ(火の玉)
「はあ……?何じゃこりゃ!?」
俺は脱力した。まさに、ザコ中のザコばかりだ。
「アタシのオススメは、ゾンビだ」
「オススメったって、三択だろ。しかも全部アンデッドって、どういうチョイスだよ?」
俺は少しムカついて言った。
「簡単だよ。お前が復活初心者だからだ」
「おいおい、復活に初心者もへったくれもあるのか?」
「ある」
ベリアルは、あっさりと言い切った。
「簡単に言うと、まずアンデッドは痛みを感じない。多少のダメージは気にせず動けるって事だ。それに、寝る事も食う事も必要が無い」
確かに、モンスターとしての生活が不慣れなうちは、常に動き回れる方が良いかも知れない。食事も睡眠も必要が無いのは結構な事だ。それに、何も苦痛を感じないのはありがたい事だろう。
「次に、同じアンデッドでも、まずウィルウォーウィスプというのは退屈だ。主な仕事は明かりとして、ずっと同じ場所に居なけりゃならん。また、それ以外の事があっても、うっかり何かに触れるとあっさり消えちまうからな」
「なるほど」
「次にスケルトンだが、こいつはゾンビに比べると余計な肉が無いだけ動きやすい。ちょっといい奴になると、ボロいけど簡単な装備もしてたりする。ただ、耐久性が低くてもろい。体のパーツなんかも簡単に外れたりするからな」
ベリアルの説明は、いちいちもっともだった。
「そこで、ゾンビだ。こいつは3つの中では一番タフだし、走ったり素早い動きは出来ないけど、普通の人間並みの動作は出来る」
そこまで言うと、ベリアルは俺に聞いた。
「っと、言う訳でどれにする?あくまでもお前の好きにすればいいけどな」
「そうだな……」
俺は考えた。ベリアルの言う事は正しいと思うが、初っ端がゾンビってどうも抵抗がある。
「う~ん、スケルトンにしよう」
俺が言うと、
「そうか。まあ、お前が決めた事だ」
ベリアルは少し残念そうに言うと、黒板を消して今度はどこかの地図を出した。
「それじゃ、お前が復活する場所を決めてやる」
「どこなんだ?」
「まずは、お前のボスになる奴を探す必要があるからな」
そう言いながら、ベリアルは地図を見ていた。
「そのままでいいから聞け」
「うん?」
地図を見ながらベリアルが言った。
「お前はこれからモンスターになる。人間はどうやっても敵だ」
「うん」
「つまり、人間と出会えば絶対いざこざが起きる。だけど、もしそうなっても絶対に手加減するな。お前の攻撃で相手が傷付いたり死んだりしても、それはお前のせいじゃない。相手が弱かったり愚かだっただけだ。お前が気に病む必要は無い。それだけは覚えておけ」
「解った」
俺はそう言ったものの、ベリアルが言った様に、いざ人間と戦う事になったら本気になれるか自信が無かった。
「よし、お前の主人が決まった。紹介してやる」
ベリアルがそう言うと、周囲の景色が一瞬で変化した。そこは、荒れ果てたどこかの墓地だった。
「自分の姿を見てみろ」
ベリアルに言われて、俺は自分の手を見た。すると、真っ白い枯れ木の様な細い骨だけの腕になっていた。
「本当に骨だけになってる……」
「腕だけじゃないぞ、ほれ」
そう言うと、ベリアルは大きな鏡を出した。丁度俺の全身が映るサイズだ。俺はその鏡の前に立った。
「これが、俺の体なのか?」
鏡に映った俺の体は、まさに骨格標本だった。皮膚も肉も髪の毛でさえ本当に何も無い。目のあった部分は真っ黒で、わずかに光るものがあるだけだった。
頭には錆びた兜をかぶっていて、両手にはそれぞれ朽ちた剣と盾が握られている。
「お前のその体は、昔の戦争で死んだ戦士の骨だよ」
「そうなのか」
なるほどな、と俺は思った。しかし、手に得物があるのは少し助かった。
「じゃあ、お前の主人に挨拶しな」
ベリアルがそう言うと、すぐそばに真っ黒い影が現れた。ボロボロになったローブをまとって、手には木で出来た杖を持っている。俺と同じ様に骸骨の体をしている。
「これが、新しい下僕ですか?ベリアル様」
影がそう言った。
「ああ、そうだ。かつての勇者の成れの果てだ。面倒見てやれ」
「解りましてございます。せいぜいこき使ってやる事とします」
そういうと、その影はベリアルに向かって頭を垂れた。
「おい、お前。こいつがお前のご主人様だ。この墓場のボスで、生きていた頃は死霊術師でな、今もそっちの術が少し使える」
「何、大した事はございません。ほんのお遊び程度の力でございますよ」
そう言うと、影が俺の方を向いた。
「では、早速働いてもらうよ」
「何をすればいいんだ?」
っと、俺は言ったつもりなのだが、骨だけの口が、カタカタと音を立てるだけだった。
「お前の言葉は、アタシにしか解んねえよ」
ベリアルが言った。
「言葉なんかどうでもよろしいですよ。命令通りに動いてもらえればね」
影がそう言った。
「じゃあ、アタシは戻るからな。ちゃんとやれよな」
そう言うと、ベリアルは姿を消した。
「それじゃ、新入りは私の命令を聞いて、その通りに動きなさい」
影がそう言うと、俺は黙って頷くしか無かった。
「では、お前の仕事は見回りだ。私の墓を荒らす不届き者が居ないか、きちんと働きなさい」
そう言うと、影は一段と大きくて立派な墓へと姿を消した。
(やれやれ……)
俺はそう思いながら、命令された通りのルートを巡回し続けた。
(そう言えば、ポイントが貯まるのって、どうすれば確かめられるんだ?)
俺は同じ場所をぐるぐると周りながら思った。こんな打ち捨てられた墓場に、誰が来るのだろうかと思ったのだが、さっき俺のボスが言った「私の墓を荒らす不届き者」のフレーズが、どうも引っかかる。
良く見れば、俺と同じ様な動く骨が、あちこちで同じ様に巡回をしている。俺のボスという奴は、結構偉いのかも知れない。
やがて、何日も同じ事を繰り返していると、俺は退屈になって来た。何せ、疲れないし食う事も寝る事も必要が無いのだ。おまけに、この墓場は結構な広さがある。最初は散歩の様な感覚だったが、毎日同じルートというのが飽きる。たまには違う所を回らせてもらえないものだろうか。
しかし、ある日になってそれは突然終わりを迎えた。何者かが俺の働いている墓場へ侵入して来たのだ。そいつらは、きちんと武装した冒険者の様だった。俺はボスに命じられた通り、そいつらに錆びた剣を振り上げて向かって行った。どうやら、アンデッドにとって上からの命令というのは、かなりの強制力があるらしい。躊躇している暇も無かった。
「何だ?このスケルトン、武装しているぞ」
俺の剣を盾で受け止めた戦士が言った。
「どうやら、生前はそれなりに腕が立ったみたいですね」
別の仲間が言った。
「今では、ただの骨だけどな」
戦士はそう言うと、持っていた剣を横に薙いだ。俺は持っていた盾で受け止めようとしたのだけど、あっさりと肘から先の左腕ごと盾が飛ばされた。
(な、何じゃこれは……)
俺は唖然としながらも、残った右腕の剣でなおも挑みかかったのだが、今度は「ゴン」という音がして頭に衝撃を受けた。
すると、俺の頭は簡単に外れて地面を転がった。横になったままで見上げると、僧侶らしき人物が投石杖を持って立っていた。俺の頭を吹っ飛ばしたのは、こいつが飛ばした石の様だった。
「何だ、援護なんか要らなかったのにな」
戦士はそう言いながら、剣を持っている腕を振った。
痛みは感じなかったが、左腕と頭が外れた俺の体は、無残なものだった。
「それじゃ、さっさとやっつけておくぜ」
戦士はそう言うと、俺の肋骨を剣で断ち切った。
「よお、戻ったな」
気が付くと、俺はベリアルの前に居た。
「あれ?どうなったんだ?」
俺はベリアルに聞いた。
「お前は、戦士にやられたんだよ」
ベリアルに言われてみて思い出した。
「まあ、初仕事としちゃあ、可も無く不可も無くってところだな」
ベリアルはそう言って頷いた。
「それで、ポイントの方はどうなってる?」
俺はベリアルに聞いた。
「そうだな。見回りが数日と戦闘1回分じゃ微々たるもんだ」
「そうか……」
俺はがっかりした。
「それで、どうする?またスケルトンをやるか?」
「いや、今度はお前の言う通りゾンビにするよ」
「最初からそうすりゃ、少しはマシだったかもな」
ベリアルはそう言ったが、まさかスケルトンがあそこまでもろいものだとは、俺も思わなかった。
「いくらザコでも、ちょっと弱すぎないか?」
俺が言うと、
「ありゃあ、体が古いからな。もうちょっと新しい骨なら良かったかもな」
と、ベリアルが言った。
「何で、そういうのにしてくれなかったんだよ」
俺が文句を言うと、
「お前が少しでも扱いやすい様に、装備が付いた体を探してやったんだ。有り難く思えっての」
と、ベリアルが怒った。
「そうだったのか、すまん」
それを聞いて、俺は謝った。やっぱり、実はベリアルって良い奴じゃないのだろうか。
「まあ、いいって事さ。それじゃ、今度はゾンビだな」
ベリアルはそう言うと、俺に指を向けた。
「ほいのほいっと」
その声と同時に、俺に向けられた指から光が飛び出して俺を包み込んだ。
「ゾンビ一丁あがり。見るか?」
そう言って、ベリアルは鏡を出したが、
「絶対に見たくない!」
俺は断固拒否した。誰が腐った自分の体を見たいなどと思うか。
「そうか?良く出来たゾンビだと思うんだがな」
そう言って、ベリアルは再び俺をさっきのボスの所へと連れて行った。
「おや、ベリアル様」
さっきの墓場に戻ると、またあの影が現れた。
「悪いが、またこいつの面倒を見てやってくれ。今度はゾンビにしてやった」
「かしこまりましてございます」
そういうと影は、またベリアルに頭を下げた。
「さっきの冒険者共はどうした?」
ベリアルが影に言うと、
「様子見だった様で、引き揚げました」
影が答えた。
「そうか。まあよろしくしてやってくれ」
ベリアルはそう言うと、姿を消した。
「それじゃ、お前には墓掃除でもしてもらおうか」
影が俺に言った。
(墓掃除かよ)
俺はげんなりした。
それから毎日、ゾンビになった俺は、散々に草むしりやら土いじりをやらされた……。