逃亡劇
今回は、お約束パターンも含まれますが、あまり期待しないで下さい。
そのうちに、身軽な弓兵が馬から降りると、弓矢を剣に持ち替えて襲って来た。やがてあちこちで剣戟の音が聞こえる様になり、戦場となった野営地では一層と騒がしさが増した。
敵の奇襲攻撃は完全に成功した。こちらの野営地は総崩れになり、あちこちに馬上槍で胸をえぐられたり、矢を受けて針ねずみの様になった死体が転がっている。
俺と同じノールは散発的に戦っているが、考えも無しで個人で適当にやっているだけなので、組織された集団には勝ち目が無い。
「だから言わんこっちゃない」
俺はそうこぼすと、1人でゲリラ的反抗を繰り返していた。しかし、俺1人が奮戦して5人や10人を倒したところでこの戦況が覆るはずも無く、こちらの陣営はそう長く持ちそうも無かった。
(さすがに全滅はみっともないし、この状況を知らせるのに誰か数人くらいは逃がすべきだろう)
俺はそう考えると生きている者を探した。そのうち、例の女指揮官を見つけた。しかし、すでに敵に囲まれている。
女指揮官は武装しているものの、あっさりと持っていた剣を跳ね飛ばされて丸腰になってしまった。
「おい、良く見るとこいつ女だぜ」
敵の1人がそう言った。すると、女指揮官を囲んでいた者達が、一斉に飛び掛かった。
男達は、数人で女指揮官の四肢を押さえつけると、一人が馬乗りになった。女の兜が外れ、肩くらいの長さの金髪が乱れて地面に広がっている。
「くっ、殺すなら殺せ」
女は気丈にそう言ったが、男達にその気は無い様だ。
「もちろん殺してやるさ。ただし、俺達がたっぷりと楽しんだその後でな」
男達は、篭手や脛当てなど、両手足の金属部分を外すと、胴体部分の解体にかかった。胸の部分が外されると、黒い布に包まれた2つの膨らみが現れた。
男達は、外した鎧の金属部分をそこらに投げ出した。そして、刃物を取り出すと女が鎧の下に着ていた黒い下ばきを切り裂き始めた(金属の鎧を着ける時には、肌が痛まない様に全身を覆う下ばきを着けるのが常識である)。
あちこちで、女のまだ若くて白い肌が露になる。
「へっへっへ、それではぼちぼちお楽しみの部分と行こうか」
馬乗りになっている男が、下卑た笑いを浮かべながら、女の胸元に刃物を入れかけた。
(仕方無い)
俺は、女を抑え付けている男の1人に、持っていた槍を投げ付けた。
「ぐふおっ」
槍は狙い通り、女を脱がすのに夢中になって、こちらに背中を向けている男に突き刺さった。血飛沫を撒き散らしながら、男はうめき声を上げて横向きに倒れた。
男達が驚いて、一斉に俺の方を見た。俺はそいつらに突進すると、まず馬乗りになっている男を蹴飛ばしてから、体当たりしたり盾で殴りつけたりして、文字通り蹴散らした。そして、死んだ男を踏み付けると、刺さっている槍を引き抜いて回収した。
「何してる、早く立て!」
俺は、女を助け起こすとその手を引いて走った。俺のでかい図体では、どうせ馬があっても乗れる訳が無い。周囲を見回すと物資輸送に使う補給隊の荷馬車があったので、俺は女を乱暴に荷台に放り込むと、御者台に乗った。
「しっかり掴まってろ。振り落とされても拾ってやらんぞ!」
俺は一瞬だけ後ろを向いて怒鳴ると、馬に鞭を入れた。
しかし、そう遠くない場所で追いつかれてしまうだろう。どこか手頃な所ーー出来れば遮蔽物のある場所ーーで馬車を捨てて逃げなければならない。
何せ、相手には馬があるし弓矢も持っている。何も無い所をただ逃げるだけではいずれ捕まってしまう。俺はこの通りでかくて重いから馬車も速度は出せないし、弓の良い的になるだけだ。
後ろを気にしながらしばらく馬車を走らせると森があったので、俺はそこで馬車を降りて女も一緒に降ろすと、馬の尻を叩いて空になった馬車を走らせた。しばらくは、あれが囮になってくれるだろう。
「行くぞ。すぐに追い付かれる」
俺はそう言うと、再び女の手を取って走り出した。どこをどう走ったのか解らないが、少しでも目立たずに発見を遅らせる様、少しでも障害物のある場所を選んで走り続けた、
かなり走ると木に囲まれた小さな泉があった。俺と女はその畔に倒れ込むと、泉の水を無我夢中で飲んだ。
「……なぜ、助けた?」
水を飲んで、何とか息を整えた女が俺に言った。
「仕事だからな、ただそれだけだ」
俺は短く答えた。女の陣営に居た以上、これも仕事の内だと俺は思っていた。別に女が気の毒だとか、可哀相などと思った訳では無い。
「お前、話せるんだな」
女が言うので、
「何だ、今頃気が付いたのか」
俺はそう答えた。
「私はシャーロッテだ。今年で18になる。シャルと呼んでくれて構わない。礼が遅れてすまなかったが、助けてもらって感謝している」
女はそう言うと頭を下げた。
「さっきも言ったが、これも仕事だ。気にする事は無い」
俺は手を軽く左右に振って答えた。
シャルを休ませているうちに、俺は火を起こす事を考えた。敵に発見される可能性は低いだろうし、夜の森の寒さを耐えるのには、どうしても必要だからだ。
俺は腰の剣を抜くと、周囲の木の枝を払って薪にしたり、枝を削って先端を尖らせた。そして、平たい木片の中央を少し削って窪みを作った。
「それでどうするんだ?」
シャルが聞いて来たので、俺は蔓を切って削った枝に巻きつけると、尖った方を下にして木の窪みに付けた。
「手伝ってくれ」
俺はそう言うと、尖ってない方の枝の尻を別の木片で固定して、彼女に持たせた。
「こうやるのさ」
俺は枝に巻きつけた蔓の両端を持つと、左右に交互に引っ張り始めた。こうやって木の枝を高速で回転させる事で、摩擦熱によって火を付けるのである。
火種が起きると、俺は素早く乾いた落ち葉や枯れ草を近付けて、ふぅふぅと口で吹いた。やがて、火種はぱちぱちと音を立てて煙と火を上げた。
「よし、これで大丈夫だ」
俺は焚き火を十分な大きさまで起こすと、額の汗をぬぐった。
「お前、物知りなんだな」
感心した様な表情のシャルに言われて、
「まあな」
と、少し得意気に答えた。これも、勇者だった時に冒険の旅の中で身に付けた技術だ。
「どうやら、敵はこの周辺には居ないらしい。しばらくは安全だろう」
俺がそう言うと、
「なぜ解る?」
シャルが聞くので、
「俺は暗闇でも目が見えるし、音だって人間よりはずっと良く聞こえる。何せ犬だからな」
俺が答えると、
「そうか。……いや、先の発言はすまない」
シャルが謝るので、
「気にするな、冗談だ」
と言って流した。
「ところで……」
彼女が、何やらもじもじしながら言うので、
「どうした?」
と俺が聞くと、
「いや、その……、水浴びがしたいのだ。血が付いてしまって、何だか気持ちが悪い」
シャルはそう言うと、血の付いた金髪と顔をなでた。彼女を助けた時に、俺が槍を投げて殺した男の血だった。
「解った」
俺はそう答えると、席を外そうとした。すると、
「その……、そこに居て欲しい。一人は心細い」
シャルが少し赤くなって言った。
彼女が泉で血と汗にまみれた身体を綺麗にしているうち、俺はその泉に背を向けて焚き火を見ていた。何せ、ノールとなった今の俺は人間の女性に対して欲情する事が無い。
シャルは貴族の娘らしい金髪碧眼の美女ではあるが、そういう訳で俺にはどうでも良かった。
しばらくすると、水浴を済ませたシャルが泉から上って来た。それなりに発達した胸の谷間や、綺麗に形の整ったへそ周りの白い肌に、水の雫を滴らせている。
18という年齢からすると、まだ完全には成長し切っていない未成熟といった感じだが、俺が人間だったら、思わず押し倒したくなっただろう。その肉体は、男の欲望を満足させるには十分に魅力的だったからだ。
「何か身体を拭く物は無いか?」
シャルが聞いて来たが、生憎と俺は装備以外は身一つだ。盾と槍ではどうにもならない。
「そうか、ならば仕方が無いな」
彼女はそう言うと、俺の剣で自分が着ていた、すでにぼろぼろになっている下ばきの両腕と太もも部分から下、そして胴体部分を切り取ってから開き、タオルを作った。そして、髪の毛から顔、首周りやうなじ、脇の下から胸、そして腹から尻、太もも部分へと水滴を拭き取って行く。
「お前は、いわゆる雄ーーつまり男ーーか?」
タオルを頭に被ったまま、別のタオルで全身を拭きながらシャルが俺に尋ねたので、
「ああ、そうだが。それがどうかしたのか?」
変に思いながら俺が答えると、
「そ、そうか……。私はこの年齢になるまで、そ、その……男に手を握られたのも、裸を見られたのも初めてだ」
シャルはそう言うと、少し赤くなって俺に握られた方の手を自分の手で握り、少し俯いて言った。
「あの……だな。お前から見て、私はどう見える?」
「どう……とは?」
俺は訝しんで尋ねた。
「魅力的には……、見えないか?」
そう言われて、
(ああ、そういう事か)
と俺は思い、
「綺麗だと思うぞ。十分に良い女だ」
そう答えると、
「ほ、本当か?」
シャルが少し嬉しそうに言ったので、
「ああ、本当だ」
とだけ答えた。
「そうか、良かった……」
言いながらシャルは俺の方を向き、
「お前……、本当にノールなのか?まるで人間みたいに見えるぞ」
そう不思議そうな顔をしたので、
「残念ながら、そうだ。この通り、目の前の美女を見ても何も感じないのでね」
俺が冗談交じりで返すと、
「ば、馬鹿!もういい!!」
シャルは顔を真っ赤にすると、怒ったそぶりをしてぷいと横を向いて立ち、すっかり涼しくなってしまった下ばきに袖を通し始めた。今や、彼女の下ばきは、ノースリーブのタンクトップとホットパンツにその姿を変えてしまっている。
俺は、落ち葉や枯れ草などを集めて、シャルに急ごしらえの寝床を作ってやった。俺は天然の毛皮を身に付けているが、夜の森の寒さは彼女には少し堪えるだろう。
「ふかふかのベッドには程遠いが、これで我慢してくれお嬢様」
俺がそう言うと、
「すまない、世話をかけるな」
シャルは俺に礼を言うと寝床の上に横向きに寝そべり、暖かくて柔らかい焚き火の光に照らされながらすぐに寝入ってしまった。
(今夜は、大丈夫かな)
俺はそう思いながら、何かあっても良い様にと、槍を抱えて焚き火の前に座り込んだ。
早朝、急に森が騒がしくなった。どうやら、先日の敵が人海戦術で残党狩りをしているらしい。ここへも追っ手がやって来るだろう。
俺達は急いで起きると野営の始末をして、再び逃亡を始めた。そのうちに、野営の跡を見つけたらしい敵が、
「まだ近くに居るぞ、探せ!」
と騒ぎ出した。
なるべく遠くへ離れる必要があったが、今のシャルはしっかりした靴では無くて慣れない裸足になっている。とても速くは走れそうにない。
俺達は、なるべく見つかりにくい様に障害物を縫う様に走った。そして、藪の1つを抜けると唐突に視界が開けた。
しかし、そこは崖の上だった。ぎりぎりまで近寄って下を見下ろすと、あまり大きくは無いが、眼下に川が流れていた。水面までの距離は10mくらいだろうか。特に岩などの目立った障害物も無く、人間では足が付かないくらいの深さはありそうだった。
俺達は今来た方を振り向いたが、すでに追っ手に囲まれていた。やはり、シャルの足に合わせていてはそんなに距離が稼げなかった様だ。
「借りるぞ」
シャルはそう言うと、俺の腰にあった剣を抜いて構えた。
「出来るのか?まだ実際に人を斬った事は無いだろう」
俺が前を見ながら言うと、
「騎士の誇り、忘れた訳では無い。むざむざ追っ手の手にかかる訳には行かんからな」
彼女は、そう返した。
俺が槍を振り回し、懐に入って来そうな敵はシャルが牽制する。中々に上手いコンビネーションだ。
しかし、敵は石弓を持ち出して来た。俺は盾を構えるとその内側にシャルをかくまって小さくなったが、とても全身を隠せるものでは無い。しかも、石弓の矢は鉄で出来ている。下手をすれば盾まで貫通しかねない。
(仕方が無い、か……)
俺は盾をシャルに預けると、両手で槍を構えて石弓を持っている者達に突進すると薙ぎ払った。これで厄介な敵は居なくなったが、俺も無傷という訳では無い。
「お前、血が……」
剣を構えながらシャルが言った。俺の身体の盾からはみ出た部分に、石弓の矢が何本か刺さっていて、そこから血が流れ出していたからだ。
「大丈夫だ、これくらい」
俺が痛みに耐えながら言うと、
「すぐ抜いてやる」
とシャルが言うので、
「いや、無理に抜かなくていい」
俺はそう言って彼女を制した。鏃というのは返しになっている。無理に引き抜こうとすれば、かえって傷が大きくなるのだ。
「……追い詰められたな」
俺がつぶやくと、
「騎士になった以上、戦って死ぬのが定めだ。私に悔いは無い」
シャルがそう言うので、
「戦いで死ぬのだけが戦働きでは無いと思うぞ。お前は生きて状況を報告するのも、立派な務めのはずだ」
と、俺は彼女を諌めた。
「しかし……」
シャルがとまどって言うので、
「下の川に飛び込めば逃げられるはずだ」
俺はそう言って、彼女に逃げる様に促した。
「だったらお前も一緒に……」
「俺のでかい図体じゃ、良い的にしかならん。ここは俺が食い止めるから、お前は逃げろ。そして務めを果たせ」
そう言うと、俺はなるべく時間を稼ぐ為に敵と対峙した。傷付いた今の身体では、あまり大した事は出来無いが、シャルが川に飛び込んで逃げるくらいの時間は稼ぐ事が出来るだろう。
俺は必死で槍を振り回すと、敵を寄せ付けない様にした。しかし、相手は短めの投擲槍を投げて来た。
ヒュンッ ドスッ バスッ ズグッ
敵の投げた投擲槍が、何本も俺の身体に刺さった。傷口から噴出したおびただしい出血が、俺の足元に真っ赤な血溜まりを作る。
「くっ……」
俺は痛みと苦しみにうめきながら、シャルの方を振り向かずに言った。
「どうやらお別れだ、行け!!」
俺はそう言うと、最後の力で彼女を後ろ向きに蹴飛ばすと川へ突き落とした。そして、倒れない様に持っている槍の尻を地面に突き刺すと全体重を預けた。
この川ならば、崖の上から弓矢で狙われる事も無いだろう。しかし、そこから先は俺の責任の知るところでは無い。
生きるも死ぬも、彼女の持って生まれた運次第だ。俺はそう思いながら膝から崩れ落ちると、ゆっくりと前のめりに倒れた。
展開を期待していた方には申し訳無いのですが、そういう描写は(あえて)控えめにさせていただきました。何かありましたら、遠慮無くご意見の程を。




