罰としての復活
「その前に、だ。さっき、今の所は無いとは言ったが、確かに、地獄の判決ならお前は確実に地獄行きだ」
ベリアルが言った。
「今の所って、何だ?」
「お前がアタシの言う罰を受ければ、すぐには地獄に落ちないって事だ」
そういう事か。
「それで、その罰とは何だ?」
俺の問いに、ベリアルが口を開く。
「お前の罰ってのはな……」
俺は固唾を飲んで待った。
「復活だ」
「は?」
俺は少し呆気に取られた。
「復活って、生き返る事だろ?それが罰なのか?」
意外に思って俺は聞いた。するとベリアルは人差し指を立てながら言った。
「その前に、一応教えておく。最近どこかの世界じゃ、『転生』なんて言葉が使われているらしいけど、ありゃあ厳密には間違いだ。お前は転生じゃなくて復活する」
「どう違うんだ?」
俺がそう言うと、ベリアルが説明を始めた。
「復活ってのは、生き返りの一種だ。ただし、お前は普通に生き返るんじゃない。人間じゃなくてモンスターになるんだよ」
「何だと……!?」
「転生だと生まれ変わりだから、今までの記憶は全部忘れてしまうし、成長するのにも時間がかかる。お前は復活だから、記憶は持ったまま即その場で違う存在として生き返る事になるのさ」
「一体どういう事だ?」
俺は、ベリアルが新しく言った事で、またしても混乱した。
「つまり、全部忘れてしまったらそれは罰にならない。記憶を持ったままだから罰になるって事だ」
「それで?」
「簡単に言うと、お前はこれから、記憶を持ったままでモンスターとして復活する。今度はお前が倒される側になるんだよ」
「何ーーーーーーーーっ!?」
俺は驚いて叫んだ。
「そんな無茶苦茶な話があるか!」
「だから罰なんだろうが」
ベリアルが冷淡に言った。
「ふざけんな!それならいっそ、意識も自我も無くて楽に死ねるアリんこかミジンコにでもなった方がマシだ!」
「楽じゃないから罰なんだろうが、アホ」
悪魔のくせに、ベリアルの言葉はいちいちもっともだった。
「それなら、いっそもう地獄でもどこでも落としてくれ!」
俺は思った。冗談じゃない。仮にも勇者だった俺が、今度はモンスターになって倒されるなんて!
「ダ~メ。お前は罰を受けるの。もうとっくにそう決まってる」
ベリアルが、いたずらっぽくうれしそうに言った。それを見て俺は思わず叫んでしまった。
「ちくしょ~!この、鬼!悪魔!」
「悪魔だけど、それが何か?」
「うっ、そうだった……」
叫んでから気が付いて、俺はうなった。
「……それで、モンスターに復活って俺は何になるのさ?」
俺はあきらめてベリアルに聞いた。
「まあ、待て。その前にもうちょっと説明がある」
「説明?」
「そうだ」
ベリアルが話し始めた。
「まず、お前は最初に自分がなるモンスターを、ある程度自分で選ぶ事が出来る」
「そうなのか!」
「ああ。だけど、その前にまず、お前が受ける罰のシステムも併せて説明する」
そう言うと、ベリアルがどこからともなく黒板を出した。
「お前が受ける罰は、ポイント制だ。定められたポイントに達すると、罰は完了。お前はそれこそ地獄でも天国でも転生で生まれ変わりでも、何でも自由だ」
「ふむふむ」
まあ、罰が終わった後なら、わざわざ地獄へなんぞ行きたくは無い。
「最初に選べるモンスターは超低級、いわゆるザコからスタートする」
「何だ、最初からドラゴンとかグリフォンが良かったのに」
「それじゃ罰にならん」
「がくっ」
ベリアルが、黒板に書き込みを始めた。
「で、ポイントが貯まると、段々と上のランクのモンスターになる事が出来る」
「ほうほう」
「で、そのポイントの貯め方だが……」
「どうするんだ?」
「まあ、簡単に言うと悪い事をすればいい」
「は!?」
俺は思わず、間抜けな声を出してしまった。
「人にとって害になる事をするんだよ。例えば、農作物を荒らす、家畜を襲う、家屋や施設などを壊す、物を盗んだり無理矢理奪う。そして、人を傷付けたり殺すなどだな。悪い事をすればする程、ポイントが貯まるぞ」
ベリアルの説明を聞いて、俺は驚愕した。
「冗談じゃない!出来るはずが無いだろう!?」
「だけど、やらないとずっとお前の罰は終わらんぞ?」
ベリアルはそう言うと、指で黒板をコンコンと叩いた。
「それと、言い忘れたが……。特別なターゲットはポイントが高い。例えば、お前の大事な仲間を殺したりな」
「仲間を殺す……だって!?」
俺は思わず聞き返した。
「そうだ。もっとも例え話だけどな。そういう風に人や自分にとって大切なものを壊すのも、お前に与えられた罰だ。赤の他人を1000人殺すより、仲間を1人殺した方がポイントが稼げるって訳だ」
ベリアルの言う事は、とんでもなく冷酷だった。
「さすがに悪魔だな。恐ろしくひどい事を、さらっと言いやがる」
俺は歯軋りしながら言った。
「だから、例え話だ。全ては状況と被害の度合いによる。同じ畑荒らしでも、飢饉の時にやれば被害は桁違いだ。反対に、捨てるくらいの豊作時ならさしたる被害も無いだろう?そういう事だよ。」
全く、どうしてこいつの言う事は、いちいちもっともなのだ?
「それとだ、他人にとっては石ころでも、本人にしてみたら宝物みたいなものってあるだろ?そういうものも高ポイントだ。要するに、『いかに他人に対してひどい事をするか』って事だよ」
「俺にとって今一番ひどいのは、お前の説明だな」
辛うじて、俺はそれだけ言う事が出来た。
「そうか?お前達が今までして来た事を考えたら、また同じ事をするだけだぞ?」
「何!?」
「お前達が箪笥の引き出しから抜き取った金がどういう金か、考えた事があるか?壷の中から手に入れた薬草が何の為にあったと思う?お前達に取られる為に用意されていた訳じゃないだろう?」
ベリアルにそう言われると、俺は何も言う事が出来なかった。全てが大魔王を倒す為に、俺達に協力してくれていたものとばかり思っていたからだ。
「だけど、俺達は人殺しはしていない」
「同じ様なもんだ。家財を根こそぎ奪われたり、治療に必要な薬草を取り上げられて、まともに暮らして行けると思うのか?間接的に、お前達は人殺しをしたんだよ」
さすがに悪魔だ。俺がこれ以上無いと言うくらい、的確に心をえぐる言い方をする。
「……どうしても、やらなければ駄目なのか?」
俺がそう言うと、ベリアルが答えた。
「だから、例え話だと言っただろう?ポイントを稼ぐ方法は他にもある」
「本当か!?何でそれを早く言わないんだよ!」
「お前達が言うところの、悪いモンスターが悪事を働くのは当然だからだ」
そういう皮肉を言うところも、いちいち悪魔だ。全く、悪魔の顔の良さと性格の悪さは比例するんじゃないだろうか。しかし、俺はわずかだが希望の光が差すのを感じた。
「それで、どうやったら他の方法でポイントを稼げるんだ?」
「モンスターとして働けば、そのうちポイントが貯まる」
「働く、だって?」
「簡単に言うと、ザコのうちは偉い奴の言う事を聞けばいい。ただし、アタシはずっと監視してるからな。それと、上の奴の命令は絶対だからな。もし、悪い事をやれと言われたら、絶対に実行しなくちゃいけない」
「そんな……」
「もしお前がその命令が嫌で、働く手を抜く様な事があれば、ポイントはマイナスだ!」
さすがに悪魔だ、手厳しい。
「ポイントがマイナスになったら、どうなるんだ?」
「一定の範囲ならまだ許容出来る。ただし、それ以下になったらお前は『煉獄』行きだ。この世の終わりが来るまで、燃え盛る業火に魂を焼かれ続ける事になる」
「だったら、最初からその煉獄とやらに、さっさと放り込んでくれよ」
俺がそう言うと、ベリアルが怒った。
「アホウ!アタシの言う事を聞かなかったのか?この世の終わり、最終戦争が始まるまで、ずっと苦しみ続ける事になるんだぞ?」
「いいよ。俺はそれだけの悪い事をしたみたいだし」
俺はもう、半分以上ヤケになって言った。すると、ベリアルがまくし立てた。
「最初からそうするくらいなら、わざわざアタシがこんな所まで来るか!大体、最初から煉獄確定なのは、ものすごく悪い事をした奴だけだ!国民を食い物にした独裁者とか、わざと戦争を煽って金儲けをする武器商人なんてのが、最初から落とされるんだよ!お前は、まだそのちょっとだけ手前だ!」
ベリアルの怒り方を見ていると、何か良く解らないけど、もしかしてこいつは俺を助けてくれようとしているのではないか?と、妙な考えが浮かんでしまった。
「ともかく、お前の面倒を見るのがアタシの仕事だ」
「ありがたくって、涙が出るよ……」
俺は皮肉を込めて言った。
「そもそも、お前達のやった事は盛大なお節介だ。だけど、お前達が煉獄確定じゃなかったのは、そこに悪意が無かったからだよ。ぶっちゃけると、お前達は天然だ。まあ、こういう感じだな」
そう言って、ベリアルは黒板にテロップを示した。
①大魔王は悪い奴だ(思い込み)
②だから倒さないといけない(思い込み・その2)
③それなら俺達がやろう(誰も頼んでいない)
④大魔王を倒す為に、協力してもらおう(住民から略奪)
⑤強くなる為にモンスターを倒そう(モンスターを虐殺)
⑥お金を稼ぐ為にモンスターを倒そう(モンスターを虐殺・その2)
⑦大魔王を倒したぞ(無害な大魔王を倒して財宝を略奪)
「つまり、こんな感じで、お前達は自覚が無いままに悪事を働いていたと言う訳だ」
ベリアルが黒板に書いて示しながら言った。
「何て事だ!」
そこまで説明された事で、ようやく自分達のやった事と置かれた立場を理解して俺は頭を抱えた。俺達は、勘違いでとんでもない事をしていたのだ。
「やれやれ、やっと解ったか」
ベリアルは、そう言って両手を広げると首を振った。
「それじゃ、次はお前が復活する予定のモンスターについて、説明するぞ」
「宜しく頼む」
俺がそう言うと、ベリアルは黒板を新しくした。