送り狼
俺は、狼の動きを目だけでなく耳でも追っていた。この狼達も森の動物であるし、出来る事なら殺したくは無い。
とりあえず、弓矢をわざと狙いを外して狼達の足元へと放った。「ひゅん」という音がして、狼達の足元の地面へと矢が突き刺さる。
それで多少はひるんだが、あきらめてはくれない様だ。この数の群れだと、少なくとも少女を食べないと満足してはもらえないだろう。
(仕方が無い、か……)
俺は、自分が包帯代わりに巻いている布を、少しちぎって鏃に巻きつけると焚き火の火を点けた。そして、狼達へと放った。
俺が放った火矢は、狼達の足元の地面に刺さるとしばらく燃えて、狼達をその場から遠ざけたがあまり長い時間は稼げなかった。
(これでは駄目だな)
俺は次に、焚き火の中から火の点いた薪を取ると、それを狼達へと投げつけた。
「ギャンッ」
狼は、一瞬叫び声を上げて飛び退いたが、投げた薪の火が消えると、また近寄って来た。このまま睨み合いを続ければ、朝になったら狼は引き揚げるだろうけど、それまで待つのも気の長い話だ。
もっとも、俺はそれでも良かったのだけど、あっちはそう考えて無かったらしい。
「ガウウウッ」
狼がうなり声を上げて飛び掛かって来たので、俺はまだ燃やしていない薪を1本拾って、狼を打ち据えた。それにしても、バグベアの動きは少し鈍い。人間だった頃に比べると、反応が悪くて困る。
「ギャインッ」
俺に叩かれた狼は、悲鳴を上げて飛び退った。バグベアの動きは鈍いが、力がある分だけ1発が重い。狼を打った薪は、衝撃に耐えられずにそのまま折れてしまった。
(出来れば、これで懲りて諦めてくれ)
俺はそう思った。少女の前で、あまり殺生はしたくないからだ。しかし、狼は今の糧を得る事に必死で、どうあっても諦めてくれそうにない。
「何があっても、絶対にテントから出るな」
俺は少女に大声で叫ぶと、弓を構えた。
(一体どいつだ……?)
俺は狼のボスでは無くて、No.2を探した。ボスを倒してしまうと、群れの統率が乱れてしまう。そうなると逆にどうなるか解らない。ここは俺の力を見せ付けて追い払うべきだろう。しかし、犠牲は最小限に留めたい。
だけど、そうはならなかった。しびれを切らした狼達は、とうとう俺に飛び掛かって来た。
「仕方が無い……」
俺は諦めて腰の剣を抜くと、狼達を迎え撃った。下手に手負いにすると、後で面倒が起きる。俺は情け容赦無く狼に対して剣を振るった。せめて楽に死なせてやる事も、また情けだ。
残念な事に、サーベルなどと違って両刃の剣では峰打ちが出来無い。また、テントの中に居る少女の事も考えれば、襲って来る奴は倒すしか無い。
俺は、あまり派手な殺し方はせず、狼の傷が最小限になる様に留めた。突きや断ち割りを多用して、斬り付ける事を極力減らした。
元々、バグベアにはあまり器用な戦い方が出来無い。力任せで相手を叩き伏せるのが主な戦法だ。こういう時は、剣などよりもむしろ振り回せる鈍器が欲しいのだが、動きが素早い狼には当てるのが難しいだろう。
まず左手に噛み付いて来た奴を、噛み付かせたまま右手で絞め殺した。どちらかと言うと、噛み付かせたままの方が、避けられる心配が無い。俺はバグベアの強靭な肉体も武器にして戦った。背後から飛び掛かって来てぶら下がった奴は、そのまま背中を焚き火に向けて炎で炙った。離れても離れなくても、そいつは死ぬしかない。背中から離れれば焚き火の中、そのままなら火あぶりとなるからだ。
狼は熱さに耐え切れずに背中から離れたが、焚き火の中に背中から落ちる格好になった。悲鳴を上げて転げ回る狼を、俺は剣で串刺しにした。
その隙にテントに向かった奴は、俺が放った弓矢の餌食となった。正面から向かって来た奴は、脳天を剣でかち割った。
そうやって何とか数匹を倒すと、元々少なかった狼の群れは、ついに諦めて俺達のキャンプを立ち去って行った。
「終わったの?」
テントから出て来た少女が、俺にそう言った。
「ああ、もう大丈夫だよ」
俺は少女にそう答えると、狼に噛まれた左手をさすった。
「おじさん、怪我してない?」
少女が心配そうに言うので、
「平気だよ」
と答えた。噛まれた左手も狼にぶら下がられた背中も、全部体に巻いた布の上からなので何の問題も無い。
「さあ、まだ夜は長い。ゆっくりお休み」
俺はそう言って、少女をテントに戻した。そして、焚き火に薪をくべて火を大きくすると、今倒したばかりの狼を捌いて解体にかかった。
狼の毛皮だけを剥ぎ取り、肉と骨は残りの臓物と一緒に地面に穴を掘って埋めた。さすがに狼の肉は食べられないからだ。
もっとも、今の俺はモンスターだから、気持ちに無理をすれば食べる事は出来るだろうけど、少女と一緒に居るので可能ならばそれはしたくなかったのもある。そもそも狼の肉なんて食った事は無いし、味にも期待は出来ないだろうからだ。
俺は丸太に腰掛けて焚き火の番をしながら、適当に睡眠を取った。いくらタフなモンスターでも、眠らない訳に行かない。明日はまた、荷物と少女を背負って歩かなければならないからだ。
(本当に、荷物を背負い込むとはこの事だな)
俺は、我ながらうまい例えだなと、心の中でそう思いながら笑った。
それからは、特に何も起きる事は無いまま時は流れ、やがて空が少し白んで来た。俺は、周囲に危険が無い事を確認してから、森の中へ入ってある物を探した。そして、それをいくつか手に入れると、俺はテントへ戻って少女が起きて来るのを待ちながら、昨日捌いた残りの肉の1つを火で炙った。どうせあんな事になるのなら、最初から肉はくれてやるんじゃなかったと、空きっ腹を抱えて少し思った。
「おはよう、おじさん」
日が昇ってしばらくしてから、少女がテントから這い出して来た。
「おはよう、お嬢ちゃん。良く眠れたかい?」
俺は少女に挨拶を返した。
「おじさんは、ちゃんと眠れた?」
「ああ、もちろん。ちゃんと寝たよ」
少女の問いかけに、俺はそう答えた。
「さあ、これで顔を洗うといい」
俺は、水袋の口から細く水を垂らした。少女はその水を両手で受けると、手を洗ってから顔を洗い、最後に口をすすいだ。何せ元々は大人5人分もある水だ、多少こんな事に使ったところでどうと言う事は無い。それに、使って量が減ればそれだけ軽くなるし、俺と少女なら少しばかり派手に使うくらいで丁度良い。
「昨日、あれから狼はどうなったの?」
少女が聞いて来たので、
「襲って来た奴は、どうしようもないからやっつけたよ。だけど、その後でちゃんと土に埋めてあげたよ」
地面に掘った穴の跡を指差しながら、俺はそう答えた。もちろんウソでは無いが、毛皮は残してあるので全て本当でも無い。
「そうなのね。狼さん達もお腹が空いていたのに、何だか気の毒だわ。」
「お嬢ちゃんは優しいね。だけど、そうしないとお嬢ちゃんが狼の晩ご飯になってしまっていたよ」
俺はそう言うと、少女に向かってつかみかかる様に両手を広げて、少しおどかす様に言った。
「それはちょっと嫌」
少女は、ふざけて逃げる様な格好をすると、笑いながらそう言った。
「さあ、お腹が空いていたら、朝ご飯にしようか」
俺はそう言うと、少女にいつもの食べ物が入った袋を渡してから、さっき森で採って来た物を渡した。
「良かったら、これも食べなさい」
それは、果物だった。柿に似て居るが少し細長い。一見すると渋柿に見えるが、ちゃんと食べられる。
「問題無いよ」
俺はそう言うと、自分でも食べて見せた。ちゃんと甘くて果物の味がする。それに皮を剝かなくても、このまま食べられるのだ。
「うん、ありがとう」
俺に礼を言うと、少女も果物を齧った。
「少し甘くておいしい」
少女はそう言って、笑顔を見せた。あまり贅沢を言える状況では無いが、パンと干し肉だけの食事でもどうかと思ったので、俺はアクセントを付ける為に果物を探して来たのだ。もちろん、俺自身が食べたかったせいもあるが、こういう状況での気分転換というのは意外と大事なものだ。
肉を齧りながら果物を食べつつ、俺は考えていた事がある。狼というのは、案外そう滅多に人を襲ったりしないものだ。しかし、昨日の狼の痩せ方を見るとそうせざるを得ないくらいに、かなり追い詰められていたのだろう。捌いた狼の死体を見ても、それは見て取れる。
もちろん、だからと言って「はい、そうですか」と餌食になるつもりは無いが、現在の森はそんなにひどい状況にあるのだろうか……?
しかし、だとすると狼以外でも他に追い詰められた動物が居るのかも知れない。実際に、これまでのコボルドやゴブリンなどの、モンスターを見て来てもそう思える。
「それじゃ、そろそろ出発しようか」
俺は、キャンプの後始末をして荷物をまとめると、少女にそう言った。背負子を背負って少女を乗せようとすると、少女は自分も歩くと言ったが子供の足に合わせていては遅くなってしまう。
申し訳なさそうにしている少女も一緒に背負うと、俺は歩みを進めた。雨が降らないお陰で、辿る匂いはまだ辛うじて残っていたが、ふとした事ですぐに見失いそうになってしまう。
しばらく進んで行くと、これまでとは違う臭いを感じていた。人間やモンスターとも違う、何か別の獣臭がする。
俺1人ならともかく、少女が一緒では立ち回りに不利が生じてしまう。出来ればここはやり過ごしたい。俺は出来る限り平静を装って、背後の少女に話しかけた。
「ねえ、お嬢ちゃん。少し歌ってくれないかな。何でもいい、お嬢ちゃんの知っている歌でいいよ」
俺がそう言うと、
「うん、いいよ。私あまり上手じゃないけど」
そう言うと、少女は歌い出した。ありふれた民謡の様なものだけど、子供でありながらなかなか上手いものだ。
歌う少女を背負いながら、俺は周囲に気を配りつつ出来る限り急いで歩いた。獣の臭いと気配が、段々遠ざかって行くのが解る。
おそらくだが、獣の正体は熊みたいなものだろう。動物だって出来れば人間は避けたいと思っているはずだ。俺は少女に歌わせる事により、こちらの存在を相手に知らしめる事で無駄な遭遇を避けたのだ。さらに、少女にも何の心配をかける事が無い。我ながら良いやり方だと思う。
歌い終わった少女に、俺は声をかけた。
「どうもありがとう。お嬢ちゃんはなかなか上手いね」
そう言うと、表情は解らないけど、うれしそうに少女が答えた。
「ううん、そんな事無いよ。私の村にはもっと上手な人が居るよ」
「そうか、それはいつか聞いてみたいものだね」
俺はそう言うと、また別の獣に出会わない様に、気を付けながら先を急いだ。




