罪と罰と悪魔
困難な冒険の末に、大魔王を倒した勇者「ソリタリオン」。しかし、風邪をこじらせてあっさりと他界してしまう。魂だけとなった彼の前に、美人だけど口と性格が悪い「悪魔ベリアル」が現れて、彼の担当になった事と、地獄の判決で地獄行きになった事が宣告される。ただし、自らの犯した罪を償う為に罰を受ければ、地獄へ落ちる事を赦されるという。その罰とは、「これまでに散々自分達が倒して来たモンスターになって復活して、倒される側になる事」だった。
俺の名前は「ソリタリオン」通称「リオン」。若干16歳で勇者と呼ばれた男だ。モンスターの頂点に君臨する大魔王を倒して、莫大な富と名声を手に入れた。そのまま行けば一生遊んでハーレム生活を送れる……はずだった。
だが、俺はよりにもよって、たかが風邪をこじらせて寝込んでしまい、そのまま死んでしまったのだ。普通だったら、仲間の僧侶が使う治癒呪文で風邪なんぞ一瞬で治してもらえる。
しかし、その日は居なかったのだ。大魔王を倒した勇者の仲間として、それぞれ偉くなった仲間の中でも、勤める宗教の教会から分不相応な階級を授かった僧侶は、何かにつけて呼ばれる事--それも、大抵は式典へ出席して何か一言述べるなど、ひどくつまらない用事だった--が増えたので、数日は帰らなかったのだ。
その間に、勇者だった俺は急速に体調を悪化させて、あっけなく逝ってしまったのだ。
(こんな事なら、回復呪文の1つでも覚えておくんだったな……)
薄れ行く意識の中で、俺はそんな事を後悔していた。派手な攻撃魔法ばっかり覚えたのが悔やまれる。せめて、仲間が帰って来るまで持たせられれば、たかが風邪くらい簡単に治してもらえたのに……。
「……おい」
どれくらい時が経ったのだろうか。俺は誰かが呼ぶ声を聞いた気がした。
「……おい」
間違い無い、誰かが呼んでいる。
「……おい!」
前の2回よりは、はっきりと、そして少しいらだった様な声で呼ばれた。
「いい加減に起きろ!」
その声で、俺は目を開けた。俺の体は空中に浮かんだ光の玉の中にあった。その周囲は、どこまでも暗闇が支配していた。
「やっと起きたな」
俺は首を巡らせてその声の主を探した。そいつは腕組みをしながら足も組んで座ったままで、空中に浮かんでいた。
良く見ると、人間の女性の姿をしているが、頭に2本のねじれた角があり、背中にはコウモリの様な真っ黒い翼と、槍の様に尖った先端を持つ垂れ下がった尻尾が見えた。そして、バニーガールの様な黒いハイレグの衣装を着ていた。体型もそれなりにグラマーだし、顔も結構美人だ。
「何だ、悪魔か」
奴の顔を見て俺はそう言った。別に悪魔なんか珍しくもない。大魔王を討伐するまでに、出会った事があるからだ。
「何だとは失礼だな。アタシはお前の担当になった悪魔だ。名前はベリアル」
悪魔はそう言った。
「何だ?担当って。そもそも、ベリアルって男じゃないのか?」
俺がそう言うと、悪魔が少しふんぞり返って答えた。
「ふん。元々、天使や悪魔に性別なんてねえよ。お前ら人間が勝手に想像しただけだ」
一見するといい女だが、悪魔だけあって口が悪いな、と俺は思った。
「まあ、とりあえず起きろ。少し行儀が悪いぞ」
口の悪い悪魔にそう言われて少しムカついたが、言われた通りに俺は体を起こした。体がふわふわと宙に浮いている。
「好きな格好をしろ」
ベリアルに言われると、俺は宙に浮かんだままで胡坐をかいた。何だか尻の座りが悪い。
「とにかく、お前は死んだ。それは自覚しろ。そもそも、大悪魔のアタシが直々に面倒見てやろうってんだ。感謝くらいして欲しいもんだな」
「それで、担当って何の話だよ?」
俺がそう聞くと、ベリアルが答えた。
「まあ、簡単に言うとお前は地獄行きって事だ」
奴の言葉に、俺は耳を疑った。
「は?何だって?俺が地獄行き?勇者の俺が?大魔王を倒したこの俺が?」
……どういう事だ?そんな訳無いだろ?俺が思いっ切り混乱していると、ベリアルが言った。
「じゃあ聞くけどさあ。何でアタシがここに居ると思ってる訳?」
そう言われると、俺も疑問に思った。
「た、確かに。普通は天使だとか、ちょっと偉い神様くらいは出て来そうなものなのに、何で悪魔なんだ?」
「お前がそれだけの悪事をしたからだ」
ベリアルは、少し目尻を上げて言った。
「おい、ちょっと待て。悪事って何だよ?俺は勇者だぞ?そんな事する訳が無いだろ!?」
俺はベリアルに抗議した。すると、ベリアルは額に手を当てると、首を振ってこう言った。
「お前、やっぱり自分が何したか、解ってねえんだな」
奴はそう言うと、足を組み直してから再び口を開いた。
「しょうがねえ。解る様に説明してやる。いいか、良く聞け」
ベリアルはそう言うと、話し始めた……。
「まず最初だ。お前、自分が勇者だからって、『アイテム探し』とか何とか抜かして、他人の家へ土足で上り込んで金品を強奪しただろ」
「それは、大魔王討伐の冒険の為だ」
「あのさ、お前アホだろ。どこの世の中に、庶民から金品を巻き上げる勇者が居るんだよ」
「いや、でもみんな協力してくれたし。持ってっても何も言わなかったから……」
俺はそう答えた。
「それは、お前達が怖かっただけだ。モンスター退治をしている連中に逆らったらどうなるか。武器は持ってるし、魔法だって使えるんだぜ。勝てる訳が無いだろ」
ベリアルはそう言った。
「そして、次!」
「何だよ」
「お前達は、修行だとか稼ぎなどと称して、モンスターを虐殺した!」
「当たり前だろ。強くなる為には修行が必要だし、アイテムを買ったり宿に泊まるのには金がかかるんだよ」
「あのなあ。何もモンスターを倒さなくても修行は出来るし、金が無ければ働けばいいだろ。それを、『○○だからおいしい』などと言って、大量虐殺した」
「普通に修行してたら成長が遅いし、一般の仕事じゃまとまったお金だって手に入らないからだ。間に合わないんだよ」
「それじゃあ聞くけど、そういうーーお前達が稼げると言ってたーーモンスターが、お前達より先に手を出して来た事があるか?むしろ、お前達が攻撃を仕掛けると、逃げようとしただろうが?」
「それは、俺達に勝てないから」
「お前達だって、勝てないと解ると逃げた事があるだろう?」
「当たり前だ。俺達が死ぬ訳には行かないからな」
俺がそう言うと、ベリアルが、
「モンスターだって同じ事だろうが」
と言った。
「そして、最後だ!」
「まだ何かあるのかよ?」
「これが一番肝心なんだよ」
ベリアルはそう言った。
「お前達が倒した大魔王だけど、そもそも何で倒したんだ?」
「それは、大魔王だから」
(何を当たり前の事を言うんだ?こいつは……。)
俺がそう考えていると、ベリアルが怒った様に言った。
「あのなあ、それはお前達の勝手な呼び方だろ。モンスター達からは『大王様』と呼ばれて慕われてたんだぞ」
「へ?」
「そもそも、お前達の言う大魔王が、お前達に何かしたのか?そこを考えてみろ!」
ベリアルにそう言われて、俺は考えた。事のあらましは、こうだ。
昔から、人も近寄らない様な山奥のある場所に、大魔王と呼ばれる存在が居た。幾多のモンスターを従えていてその力は凄まじいものがあり、「真夏の山に猛吹雪を起こす」だとか、「一瞬で岩山を砕く」などと言われて来た。
それを討伐する為に俺達は旅立って、長くて困難な冒険の末に討伐する事に成功し、大魔王の城に蓄えられていた財宝を持ち帰ったのだった。
「つまり!」
ベリアルは俺に人差し指を向けて言った。
「結局、お前達が言う大魔王は、ただずっとそこに居ただけで、何もやっちゃいね~んだよ!誰も居ないクソ田舎の真夏の山に吹雪を起こして、誰か困ったのか?人里離れた無人の岩山を砕いたところで、誰か被害を受けたのか?お前達は、沢山のモンスターを一方的に虐殺してその金品を奪い、さらには大魔王までも倒してその財産を根こそぎ奪った。これが罪じゃなくて何なのか?お前達こそ、天下の大罪人だ!」
ベリアルにそこまで言われると、何だか俺が悪い様な気がしてきた。さらに、ベリアルは俺への追求を続けた。
「ついでに言うとな、吹雪を起こしたのも岩山を砕いたのも、全部子分のモンスターの生活環境の為なんだよ!大魔王はな、熱さが苦手なモンスターの為に、吹雪を起こして過ごしやすくしてやったり、土や岩を食べるモンスターの為に、岩山を砕いて食べ物にしてやったんだ!そういう奴だからこそ、大王様と慕われてたんだよ。モンスターがお前達と戦ったのだって、その大王様を守る為だったのさ。解ったか!」
ベリアルにそう言われて、俺は衝撃を受けた。
「全部まとめると、こうだ!お前達は、単に大魔王と人間から一方的に呼ばれているだけで特に何か害がある訳でもないのに、勝手にその存在を悪と決め付けて、頼まれもしないのに討伐に出かけた『自称勇者』で、道中では住民の家に無理矢理押し入って金品を強奪し、無抵抗なモンスタ-にわざわざ戦闘を仕掛けて虐殺し、その金品を奪った。そして、大魔王を倒すとその財産も根こそぎ略奪した。何か間違いがあるか?」
確かに、理屈ではベリアルの言う通りだった。
「しかし、大魔王なら普通は危険な存在だし、野放しには出来無いだろ。モンスターだって一杯居るし。その証拠に、俺達は称えられて名声を得た」
俺がそう言うと、
「それこそ、人間側の勝手な言い分だ。実際、本当に危険だったら軍隊だって出動するし、国家が放置するはずが無いだろ」
それは、その通りだった。本当に危険な存在なら、まず大魔王が居る地域がある国が、何らかの対策をするはずだ。
「名声だって、お前達の機嫌を損ねて何かやられない様にする為の、おべっかだよ。大魔王を倒した自称勇者は、大魔王以上の脅威だって事が解らねえのか?」
確かに俺達は強くなったが、別にそれで何かやろうなんて考えた事も無かった。
「そういう訳で、お前は有罪。お前よりもっと後からここへ来るお前達の仲間も、死後は絶対に有罪」
ベリアルはそう言った。しかし、ここで疑問が湧いた。
「なあ、お前って悪魔だろ?そこまでの権限って、お前にあるのか?それに、さっきから言ってるけど、担当って何?」
俺の問いにベリアルが答えた。
「馬鹿にすんなよ。最初にも言ったが、アタシはそんじょそこらの悪魔じゃない。そもそも、今アタシが言った事だって、地獄の査定によるものだし。アタシは地獄の命令で、お前に罰を与えに来たんだよ。つまりお前の担当ってそういう意味」
それを聞いて、俺はガーンとなった。
「全く。地獄もアタシを何だと思ってるのか。大悪魔ベリアル様だぞ、アタシは」
ベリアルはそう言うと、「やれやれ」と言った感じで両手を腰に当てて、少しほっぺたをふくらませた。やっぱり、外見だけは妙に可愛い。外見だけは、だが……。
「それで、結局俺は地獄に落ちるのか?」
とりあえず、俺はそれだけを聞いた。今は頭の中がぐっちゃぐちゃで、まともな考えなど出来るはずも無い。
「いんや、その事だが。実はとりあえず、今すぐにそれは無い」
ベリアルは俺の問いにそう答えた。
「じゃあ、罰って何だ?地獄に落ちる事じゃ無いのか?」
俺は気になって聞いた。
とりあえず第1話です。おかしい部分があれば随時修正していきますので、長い目でお付き合い下さい。