鏡のあなた(椎名と恭子・旧)
――鏡中、何を探す?
*
「ドッペルさん、見ちゃった」
「は?」
空も夕闇に染まろうかと言う教会。
「ド・ッ・ペ・ル・さ・ん・見・ちゃ・っ・た」
「遅く言わなくても聞こえてるから」
「ならいいじゃなぃ」
「よくない」
相変わらずの不思議レベル。
「“こっくりさん”?」
「“ドッペルさん”」
「……ドッペルゲンガー?」
「そぅそぅ」
そんな可愛らしい呼称は、いつ出来たのか。
「見ると死ぬって言うじゃなぃ?」
「でも死んでないと?」
「ううん、そうじゃなくて。郷ちゃんのドッペルさん見ちゃった」
「……私?」
本人だったのでは、と一瞬思ってしまう。
「教会に来るまでに、見ちゃったの。郷ちゃん教会にいたでしょ?」
「うん、私じゃないね」
まあ世の中に3人は自分にそっくりな人間が居ると言うし。
「郷ちゃんが居なくて良かったなぁって思って」
「……死なれちゃ困る?」
「困る……ううん、悲しい。寂しい」
ちょっと感動。
「私も、椎名が死んだりしたらやだな」
「…………そっか」
沈黙。当然のように訪れた。
「時間だ」
「そっか」
そしてお別れ。
家に帰って、鏡を見た。
「……ドッペルゲンガー、ねぇ」
絶対に会いたくないと思った。
別に噂を真に受けてる訳じゃない。
初対面の相手に殴りかかるようなことはしたくなかった。
*
今日も今日とて教会内。
「郷ちゃん、分からないトコとかあるぅ?」
「……古典。椎名は物理?」
「いつも通りだねぇ」
お互いに教え合う。進度は違うけど、大した差はなかった。
「……椎名、ホントに私が死んだら悲しい?」
「うん」
「そっか」
椎名には珍しく、どきっぱりとした口調。
無理に不安を払拭するような、物言いだった。
「郷ちゃん、鏡って好き?」
「――え?」
「鏡、好き?」
唐突な質問。一瞬戸惑う。
……見透かされているのではないかと。
「好きじゃ、ない」
「なんで?」
「………………」
黙るしかなかった。答えなんて、どうせ一つしかない。
――そこに映る自分が、好きじゃないからだ。
「私は、郷ちゃん好きだよぉ」
「……うん」
救われて、いるのだろうか。
気持ちが軽くなったのは、間違いなかった。
「椎名」
「なぁに? 郷ちゃん」
「私、粗探しは得意なんだ」
「そうなんだぁ」
「うん」
だから、今度は苦手なことに挑戦してみようと思う。
そんな言葉を言外にこめて。
――さぁ、鏡中、何を探す?
……好きになれる、自分を。
「鏡(椎名と恭子)」の修正前、旧作です。
大きく違う点は二つ、恭子の名前と、話の結末です。
前者については、郷里の郷から恭順の恭へ。より、彼女の人柄に相応しい字を選んだつもりです。
後者については、恭子の内面をより深く掘り下げた結果です。
旧作では、郷子(恭子)は椎名にそれっぽいことを言われた結果、鏡に向き合おうというところまで考えが至っています。
しかし新作では、椎名に感謝してはいますが、特に鏡に向き合おうとまでの考えには至っていません。
これは恭子が椎名に対してコンプレックスを抱いていることに起因します。
恭子は椎名に褒められると、やっぱり好きな自分探しをしてしまいます。具体的には、椎名に褒められたところを鏡で見てしまうのです。
その度に、「椎名には及ばない」とか「大したことない」とかいう結論に至ります。
女性的な部分で圧倒的に努力している椎名と比較して恭子が劣っているのは当然です。恭子はそういった努力を早々に放棄してしまいましたから。
しかしそれを資質や似合う似合わないで放り出して、放り出した自分を毛嫌いしているため、恭子はその根源である椎名に褒められても素直に認めることができません。
恭子が「椎名には劣るけど、自分だってそう悪くないじゃないか」と考えられるようになるには、まだ少し時間がかかることでしょう。
椎名の他に彼女のことを大好きだと言ってくれる、他の誰かが現れるまで。
それまでは、アイスクリームを食べて、苦味を甘味で中和して、まぁいいかと、なんとなくごまかしていくしかないのです。