うつけ殿、向かい飛礫をする
石合戦について教えてもらったので、ネタとして書いてみました。
子供時代の信長は石合戦を好んでいたそうです。信玄も投石衆を抱えていたり、印地という投擲術があったりして、投石法はメジャーな戦術として知られていたんですね。
それは親父殿が一度倒れ、床に臥せっていた頃のこと。
天気もいいのでフラフラしていたら、領民らしき男に呼び止められた。たまには那古野村以外も見に行こうと思ったら、これである。
何やら困っていそうなので、話を聞くことにした。
「はあ? 石合戦?」
「も、申し訳ありません。若様はお忙しいのに、そんなことをしている暇ないですよねっ」
「いやいや、待て待て」
「ひいっ」
首根っこを捕まえれば、裏返った悲鳴が上がる。
「水の権利争いって、そんなに水に困っているのか?」
「え、ええ。うちの村は川から遠いので……天気のいい日が続くと、どうしても」
「あー」
この時代の水管理は、天候に左右されやすい。
溜め池は川から引いてくるものでなく、文字通りに雨水を溜めるだけだ。夏は干上がりやすく、遠い田ほど水が行き渡らなくなる。そのため、水をめぐる喧嘩も多いという。
「石を投げ合って、怪我でもしたらどうするんだよ」
「私たちが困っているのはまさに、そこなんです」
しょんぼりと項垂れる村の青年。
やけに敬語が上手いなと思っていたら、那古野村に出入りしている連中の一人だったようだ。それで俺の噂を聞いて、藁にもすがる思いで頼みに行く途中だったという。たまたま俺の方からやってきたので、天の助けと呼び止めたらしい。
頼まれると弱い俺、ノブナガ。
ノーと言えない日本人。
結局、その村へ向かう道すがら詳しく話を聞くことになった。
「要するに何か? 度重なる(石)合戦のせいで、参加できる男が減ったと。怪我して農作業に従事できなくなったとか、本末転倒だろ! 馬鹿か、お前ら」
「すいませんっ」
「水路関連の技術は舎弟どもに任せるとして、喧嘩で負けるのは気に食わんな……」
「ええっ、若様も加わるんですか!? それなら負けるはずないですよっ」
「痛いのも嫌だ」
「そ、そりゃあそうですけど」
「思いついたことがある。隣村の代表と話がしたい」
顎をさすりつつ、ニヤリと笑う。
そんな俺を、村の青年は不安そうに見つめていた。
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今日も今日とて、水も干上がるいい天気だ。
水を求める男たちが広場に集まっている。何度となく争いを繰り返して、同じ尾張国の民だというのにすっかり険悪な仲だ。昨日は俺の登場ですっかり委縮していたくせに、今日は元気にはりきっている。
「せいぜい泣かしてやっからな、馬鹿犬!」
「ああん? 泣きを見てもしらねえぞ、松ぼっくり」
まるでチンピラの睨み合いだが、犬松コンビはいつも変わらない。
そして静かに闘志を燃やす長秀に対して、藤吉郎はどうにも気が乗らない。
「な、なんでわしがこんなことに……」
「若様のご命令だ。手加減無用!」
「わしだって、痛いのは御免じゃ。はあ、なんとかするしかないのう」
「だ、大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫だ」
俺は俺で、にやにやが止まらない。
隣にはあの青年と村長を控えさせ、審判役として戦況を見守ることになった。
本当は俺も参加する予定だったのだが、呼び寄せた舎弟どもに大反対されたのだ。恒興は俺の味方しかしないので役に立たず、一益は「インジ」がどうとかで固辞された。
後で聞いたら、特殊な投擲法があるらしい。
血のにじむような鍛錬を必要とするだけあって、とんでもない威力を発揮する。実際に見せてもらったが、腕が消える勢いで投げられた石は樹木を貫通していた。人間だったら、と考えるだけで恐ろしい。
ふと異母兄が、柱に将棋の駒をめり込ませていたことを思い出す。
投擲具は布と紐を組み合わせただけだ。これらを量産し、鍛錬を積ませて投石部隊を創設するのもいいかもしれない。大岩を使う戦術もあるのだ。石の大きさが違うだけである。
「若様……あの、そろそろ」
「開始!!」
ワアアアアアッ
こっそり用意していた手作り采配を振るえば、先鋒同士がぶつかり合う。
石合戦なので、分かりやすく突撃しない。すごい勢いで石が飛び交うのだ。たまにスピードの違う石があって、盾として構えていた鉄鍋ごと吹っ飛んだ奴がいる。
運が悪かった、としか言いようがない。
「うむ、予定通りだ」
「そ、そうですか」
石合戦は見慣れているはずの村長が、何故か顔を引きつらせていた。
近代戦争を知っている俺には、石合戦が原始的な戦いに見える。素手で石を掴み、ひたすら相手に投げるだけだ。それなら怪我もするし、骨折も免れないだろう。農作業に従事する男たちの筋力は、平時にぐうたらしている武家のそれよりも格段に鍛えられている。
そして弛まぬ鍛錬を続ける男たちは――。
「な、なんだ、あいつらは!? ちゃんと石が当たっているのに、全然下がらないどころか近づいてくるぞっ」
「回り込め! あれだけ固めていれば、横からの不意打ちには対応できんっ」
「ダメです。横も板で防がれます!」
「ぬっふっふ、これぞ亀の陣。ゆっくり、じっくり確実に前進じゃ」
痛いのが嫌な藤吉郎は、ありったけの防具で固める方法に出た。
板と鉄鍋の集合体が移動している。練習もしていないのに、みっちりくっついているので隙間がほとんどない。長秀の歯噛みする顔が浮かぶようだ。
ちなみに村の人間は水の権利を得るが、舎弟たちには別の褒章がある。
豆まきの時と同じで、最も良い功績を出した者に与えると約束した。
「おい、誰でもいい! 竹持って来いっ」
「あ、木の棒なら……」
「ちょうどいい。それ寄越せ!」
家のつっかえ棒を奪い取り、利家が突貫する。
「うおらああああっ」
「ぎゃああっ」
「し、正面突破だと!?」
「あの馬鹿、体ごと突っ込んでいきやがった。棒を構えた意味ねえだろ」
「…………馬鹿犬が」
俺は額を抑えてうめく。
石合戦だから、石を投げ合うのがルールである。藤吉郎は防御に徹しているだけで、ルール違反にはあたらない。そのまま前進して相手を押しつぶすつもりだったのだろうが、利家の攻撃で大穴が空いてしまった。
密集形態は穴が空くと、そこから崩れるものだ。
「あーあ、ドミノ倒しになったな」
どちゃっと崩れた小山を眺め、勝鬨を上げる利家にため息が出た。
そういえば、石合戦の勝利条件を用意しておくのを忘れている。村長によれば、通常は負けを認めた時点で終了するらしい。激高した成政が利家に殴りかかっていったが、藤吉郎以下村の男たちはすっかり戦意喪失した。
「合戦終了! 長秀、崩れた奴らを助けてやれ」
「はっ」
「あ、あのお二人は放っておくので……?」
「止められる奴がいない」
巻き添えを食った馬鹿が吹っ飛んだ。
さすがに空を飛ぶようなことにならなかったが、ちぎれた木っ端でお察しである。怪我人を減らすための作戦は、予想外に重軽傷者多数で終わった。
「今回の功労者は猿、お前だ。亀の陣を改良するのが条件な」
「ははあっ、ありがたき幸せ!」
「五郎左、俺は先に戻っとくぞ。馬鹿二人は労役追加。内容は任せる」
「御意」
「あ、ありがとうございました。若様、なんとお礼を申し上げればよいか」
「礼はいらん。来年の収穫を楽しみにしている」
「もちろんでございます」
この時、村長は分からぬまま返事をしたと思う。
だが言葉の通り、翌年の収穫高は例年を上回った。これは「労役」を言い付けられた奴らの奮闘もある。そうして少しずつ、尾張国から水争いの喧嘩が減っていったのだった。
裏話
主人公が投擲(投石含む)という戦術を習得し、本編で少しずつ影の薄くなっていく(笑)藤吉郎の猿知恵を出したかったのが一つ。
尾張全土へ農耕技術を広めていくには那古野村の人々だけでなく、主人公自身も関わることで積極的な宣伝を補助。石高アップは今後の戦況に大きく影響するので、本編に組み込みたかったというのがもう一つの本音。
そして庶民層の語学(読み書き含む)の普及も、那古野村発です。
きちんとした発音を聞いているうちに発音が修正されていくという説なんですが、そもそも江戸期に入っても各地の方言がひどくて通訳がいないと会話すらろくにできなかったという話もあるので、こまけーことはいいんだよ精神でお願いします。