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うつけ殿、豆まきをする

拍手お礼画面から再掲

 その日、朝餉に鰯の塩焼きが出た。

 門には柊の枝に魚のお頭が刺さっていた。

「え、なんだこれ? 何かの記念日か」

 この時代の食事は基本的に質素だ。

 宴の時にはこれでもかという大量の料理が振る舞われるので、ある意味メリハリがついているともいう。毎日朝晩に一汁一菜、山盛りの白飯。

 肉が食いたい、肉汁たっぷりの柔らかい肉が。

「そういや、大豆は畑のお肉だとかいって肉モドキが発明されていたなあ」

 はちきれそうな腹をさすりつつ、見慣れた田園風景を歩く。

 今は膨満感でも、太陽が一番高くなる頃には腹が鳴ってしまう。いつも菓子をつまんでいるわけにもいかず、必然的に食べられるものはないかと周囲を見回してしまう。

 だが今は二月、如月である。

 雪が降らない日には霜がおりていて、布団から出たくなくなる。

 温かい食べ物は涙が出るほど嬉しいものの、火傷するような温度もたちまち冷めてしまう。部屋に鎮座する巨大火鉢も、隅々まで温める機能はない。

「あー、すげえ贅沢な生活していたんだなあ」

 もう何度呟いたかしれない感想を、しみじみ思う。

 郷愁を抱くほどじゃないし、便利すぎたのではないかと考えることもある。

「大豆……、豆」

 確か豆類は育てるだけで、土を肥やす働きがあったはず。

 しかも栄養価が高い。大豆にいたっては、青いうちに収穫する枝豆の塩茹でが最高に美味い。酒がめちゃめちゃ進んで、翌日の二日酔いも余裕だった。

 もちろん色々うるさい城内じゃなく、いつもの古寺だ。

「豆か」

 どれくらい保存が効くのかを確かめるため、村の貯蔵庫に入れてある。

 大事な備蓄食料でもある。

 脳内で動き出している計画を実行に移すには、大量の豆が必要だ。小豆も使うことを考えたが、後で回収する手間を思えば除外しておきたい。うっかり拾い忘れたら、春になって芽が出てくるかもしれない。それはそれで面白い風景になりそうだが、俺は怒られたくない。

 信長なのに、一番怒られている気がする。

 顔に威厳がないからか? 髭伸ばすか?

 うっすらと髭の生え始めた舎弟たちを思い出す。くそう、舎弟のくせして俺よりも成長が早いっておかしいだろ。もりもり成長して、むきむきの筋肉つけやがって、くそっくそっ。

 俺はしばらく、土に八つ当たりをした。


**********


 いつもの古寺にて、ずらりと並ぶ鬼(?)の面。

「わははははは!!」

「若様、これは一体……」

「鬼だ。貴様らは本日限定で鬼となる」

「三郎様をさしおいて、オレが鬼っすか!?」

「鬼犬か。サマにならんな」

「なんだと、松ぼっくり。お前だって鬼松…………ずりぃぞ、なんか格好良いじゃねえか! よ、よし、オレは『鬼』の又左と名乗る」

「ふむ。それでいくと、それがしは鬼五郎左か」

 鬼は強さの象徴でもある。

 満更でもないらしい舎弟どもを、俺はニヤニヤと見守る。

 知り合いの面師に節分の話をしたら、失敗作の面を三つほど譲ってくれたのだ。いやあ、持つべきものは幅広い人脈だな。三つしかないから、俺はつけられない。猿はどう頑張っても猿だし、鬼退治には猿がつきものなので除外だ。

 先に節分の詳細を聞いているため、鬼になれなかった不満はない。

 犬もお供になっているだろうって? 犬はいいんだよ、犬は。

「言っておくが、反撃は禁ずる。ああ、逃げてもいいぞ? 本日限定だからな。武士の情けで、見なかったことにしてやる」

「若様、鬼五郎左を見くびらないでいただきたい。どんな相手であろうとも、退くなどありえませぬ」

「そうだそうだ! 鬼の又左の強さに、三郎様もびっくりさせてやるぜ!」

「ふふん、今のうちに吠えておけ。一番手柄を上げるのは、この鬼松よ」

 ノリがいいな、こいつら。

 しかも完全に何か勘違いしているが、今は言わないでおこう。すぐに分かる。隣で控えている猿が、奇天烈な顔になっているのは忘れよう。たぶん、これは夢に出る。

 俺はおもむろに腕を組んで、ニヤリと笑った。

「その意気やよし! さすが俺の舎弟どもよ。今日の俺は最高に気分がいい。最後まで耐え抜いた者には褒美をとらす。ただし、その面を割るような失態を犯した場合」

 誰かがごくり、と唾を飲み込む。

 すぐに思いつかなかったから言葉を切っただけなんだが、妙なプレッシャーを与えたみたいだな。これでしょーもない罰ゲームだったら拍子抜けするか。

「くくっ、それは後のお楽しみにしておこう」

「そりゃないっすよ、三郎様!」

「見苦しいぞ、犬っころ。大事なお面を割らなきゃいいんだ、簡単なことだろうが」

「お、おう。死守するぜっ」

 妙な連帯感が生まれている犬松コンビはともかく、長秀は鬼に成りきっている。

 じわじわと溢れ出す威圧感は、戦場に立つ武士そのものだ。味方だからいいものの、これと相対する奴には心底同情する。俺なら、戦う前に刀放り出して逃げるぞ。

「信長様、そろそろ」

「ああ、そうだな」

 猿、もとい藤吉郎に促され、障子戸に手をかけた。

 一気に緊張が高まる。その場にいる全員が俺の手に集中しているのが分かった。

 だが、残念だな。注意しなければならなかったのはそっちじゃない。

「放て!!」

 藤吉郎と俺がタイミングを合わせ、障子戸を引き開けた。

 と同時に、古寺の襖や障子の全てが開放される。中には仏像の陰から飛び出してきた者や、梁から落下してきた者もいる。全て子供だ。手に手に何かを握り、それを放つ。

「ぎゃあああっ」

「痛い! なんだこれ痛い!! めっちゃ痛、いてててっ」

「なんのこれしき」

 あっという間に逃げ出す犬松をよそに、長秀が仁王立ちで耐えている。

 声がちょっと震えているぞ、大丈夫か?

「さ、さぶろイタタタ!? なん、で」

「今日は節分だからな。無病息災を願って、豆まきをしている。福は内、鬼だけ《・・》外ってな」

「ふくはーうち! おにだけそと!!」

 やっぱり、ちょっとだけ違和感があるか。

 本当は『鬼は外』が正しいんだが、藤吉郎が「鬼は」が「オニワ」で「お丹羽にわ」とも読めるから止めた方がいいと言い出したのだ。子供たちは豆まきを知らなかったので、単純な掛け声をすんなり覚えてしまった。

 鬼五郎左こと丹羽長秀は俺の兄貴分であり、大事な舎弟だ。

 一人だけ外にやる、なんていう筋の通らないことはしたくない。今も全身に豆をぶつけられながら、必死に耐えている。顔には面があるからいいものの、今日だけ薄着に指定した。しかも体を温める口実で、事前に乾布摩擦を済ませている。

 しっかり刺激を与えた肌は、さぞ敏感になっていることだろう。

「ふくはーうち! おにだけそとっ」

 最初はゆっくり、後は早口で。

「ううっ、これはたまらん!」

「てめえ一人だけ逃げるのか、鬼松」

「お面を守るためだ。逃げるんじゃねえっ」

「あ、そうか」

 二人揃って身を翻す。

 庭に出るつもりだろうが、そんなことは予測済みだ。

「ガキども、鬼が逃げるぞ! 教えた通りに、回り込め。五番隊、出番だ!」

「いけーっ」

「鬼をやっつけろーっ」

「な、なんでこんな所にガキどもが!?」

「いだだだだ! く、口に入っ……あれ、ウマイ」

「立ち止まるな、馬鹿犬! もぐもぐしている場合かっ」

「いや、これウマイ。普通に食える」

「食うな!!」

 とうとうキレた成政が、げしっと利家を蹴り出す。

 そこへ子供たちが群がり、ぐるぐる巻きに縄をかけてしまった。暴れる利家から鬼の面を奪い取り、驚いて立ち止まった成政にも他の子供たちが面を奪い取って、討伐完了である。本堂の中では変わらず長秀が仁王立ちしていた。

「ガキども、作戦終了だ! 今回のMVP鬼は、鬼五郎左で決まりかな」

「あのね、ノブナガ。この鬼さん、全然動かないの」

「……は? おい、五郎左。もういいぞ、終わったから安心して――」

 返事がない。ただのしかばねのようだ。

 つまるところ、長秀は全身の痛みから逃げるために瞑想を試みたらしい。そして、そのまま無の境地へ達した(きぜつした)というわけだ。

 この後、使用した豆は全員で拾い集めてから炒り豆にして食った。

 芽が出て大変なことになると話したおかげで、子供たちは一生懸命拾ってくれた。捕縛された鬼は動けないので、豆拾いは免除である。そして長秀は『弁慶の立ち往生』みたいで格好良かったと人気が急上昇し、筋肉を鍛えたいという希望が殺到した。

 丹羽ブートキャンプの発足も近いかもしれない。


ノブナガ流節分(被害者三名)

今の形に決まったのは江戸期以降ということなので、柊鰯を供してみました。豆を「魔目」と呼んで、鬼払いの呪具にするとか昔の人はあいかーらず発想が凄いですよね。

ちなみに炒り豆は年の数だけ食べるんですが、子供たちは大体の年頃しか分からないので主人公が勘で決めました(一番偉いから、文句も出ない)<

この後どうなったかはご想像にお任せします。

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