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お市日記・序

お市視点の話を書こうと思ったら、幼すぎて無理だった件

 はじめまして、お市様の乳母でございます。

 先日、平安の頃に書かれたという草紙を読ませていただきました。

 姫様に贈られたものですが、まだ三歳になられたばかりの幼い主には荷が重うございます。

 それでもと強請られるので、僭越ながら私が読んでさしあげることになりました。

 さる天皇へ嫁いだ姫に仕える者が書いたものです。

 姫様はまだご幼少であらせられますが、いずれはどこかへ嫁ぐことになりましょう。

 その時、私はどうしているのでしょうか。

 儚き世のことを考えると、不安で胸がつぶれそうになります。

 せめて姫様は幸せな人生を歩んでほしいものです。


 少しばかり話がそれました。

 その草紙を読ませていただきまして、私も日記を書いてみたくなったのです。

 姫様には内容が難しく、ただ聞いているだけのように思われます。

 聞かせられないような単語が出てきた時には、咳でごまかすこともございました。

 まったく、あの方は何を考えていらっしゃるのでしょう。

 誰のことか、ですって?

 まあ、知れたこと。うつけと名高い、あの若様でございます。

 文字を読めない姫様に草紙を贈るなんて、先走るのも大概にしてほしいものです。

 弟君であられる勘十郎様との仲が微妙な分、姫様に依存しているのですわ。

 実に困ったことです。

 うつけめがよく来るために、御前様も姫様を遠ざけるようになってしまいました。

 お可哀想な姫様。

 健気にも、うつけの若様によく懐いておられます。

 少々仲が良すぎな気もしますが、まだ幼い姫様のことです。

 ほとんど会えない父君、御屋形様を重ねておられるのかもしれません。


 しかしながら、御屋形様もお忙しい身の上です。

 あちこちで御子を産ませているという噂も聞きますが、子が多いのはよいことです。

 嫡男があれでは、不安になることもありましょう。

 姫様はいずれ嫁ぐお方ですし、勘十郎様もいらっしゃいます。

 尾張の虎と名高い御屋形様の血は、きっと弾正忠家を守ることと存じます。

 さすがに女として、御前様は面白くないのでしょうか。

 悋気の強い方とは存じませんでしたが、ますます勘十郎様を離さないと聞きます。

 あれも少々行きすぎである気が…………いえ、邪推は止めましょう。

 家中の不穏な空気に、うつけの若様が気付かないとは思えないのですが。




 大変です。

 姫様が例の噂を耳にしてしまいました。

 泣いて、暴れて、とても手が付けられません。

 とても聞き分けがよく、行儀のいい姫様がこのように取り乱されるとは。

 うつけの若様……いいえ、兄君を強く慕っていらっしゃるのです。

 ほとほと困り果てていた頃に、どういうわけか当の本人がいらっしゃいました。

 虫の知らせでもあったのでしょうか。

 ともあれ幸いにして、姫様は泣き止んでくださいました。

 うつけの若様が廃嫡になど、なるわけがございませんのに。

 いいえ、あるいは。

 いみじくも若様が仰ったように、姫様はとても聡明なのかもしれません。

 であればこそ、乳母として一層努めねば。




 またしても大変です。

 若様が美濃の姫を娶られた件を、姫様に知られてしまいました。

 あれから一年が経ち、姫様は四歳になられました。

 全く読めなかった草紙も少しずつ読めるようになり、文字の練習もなさっておいでです。

 早くたくさん書けるようになって、若様に文を贈りたいのだとか。

 そこは御屋形様か、御前様であるべきだと思うのですが。

 皮肉なことに、姫様と最も交流していらっしゃるのは若様一人です。

 いえ、妾腹の子がいましたね。

 いずれ傍仕えにする心積りなのでしょう。

 父を同じくする者であれば、姦通の危惧もありません。

 私めも、御屋形様のお考えに賛同する次第でございます。


 よく話がそれるのは、諦めることにいたしましょう。

 今、姫様は御文をしたためておいでです。

 その前で私もこれを綴っているのですが、姫様はどうにも気が散ってしまうご様子。

 かといって片付けようとすると、たちまち柳眉を怒らせて咎められます。

 ああ、また墨がぼたりと……!

 気が散っているのは私の方などと、話をすり替えないでくださいませ。

 蝮の娘に初めての文を贈るとは、いえ何でもございませんよ。

 うっかりしていました。姫様はもう文字が読めるのです。

 これから先、綴る内容には気をつけねばなりません。

 あっ、姫様(この先は千切れていて読めない)


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