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うつけ殿、偽チョコをつくる(後)

「よーし、やるぞ!」

 ぐつぐつ煮える大釜を前に、腕まくりをする俺。

「ノブナガは、そこでまつ」

「…………若様にあのような口を、若様に無礼な態度で、あの農民は若様が何も言わないのをいいことに傍若無人な振る舞いを、若様の……」

「恒興、ハウス。お前いらん、城へ戻っとけ」

「何故ですか!?」

「怨念が漏れてんだよ! せっかく美味いもん作ろうってのに、怨念混ざったら毒物みたいになるだろうが。俺に毒を食わせる気か、てめえは」

「そ、そんな……っ」

「ノブナガもでていく。オンネンまざる」

 かくして、俺と恒興は追い出されてしまった。

 生まれ変わって学習したことだが、台所に立つ女に逆らってはいけない。男の権利を振りかざし、力任せに言うことを聞かせようとしてはいけない。熱い湯や鉄の反撃を受けたくなかったら、これは絶対に守られるべきである。

「まあ、砂糖と小豆を煮るだけだからな。大丈夫だろ」

「その後はどうするのですか?」

 窓の向こうで幸が、砂糖を大量投下しているのは見なかったことにする。

 和菓子とは、砂糖を多く使うものだ。

「とろとろになるまで混ぜたものが餡。それを小麦粉で練った生地で包むんだ。小麦粉がないから、山芋を使った生地で作る薯藷じょうよう饅頭だな。丸めたら、蒸籠せいろで蒸す」

「なるほど」

「実は意味分かってないだろ」

「若様は、私のことを何だと思っていらっしゃるのですか」

「信長教の熱狂的信者」

 かなり当たっていると思うのだが、恒興には胡乱な目をされた。

 問屋で食べたのは生地に黒糖を使ったため、茶色く染まっていたようだ。砂糖と黒糖はどちらも輸入品で、この時代は作られていないという。そういえば、沖縄――この頃は琉球王国――は後から日本の一部になったんだった。輸入元はもしかすると、その琉球かもしれない。

 ついでにカリントウの存在も知った。

 公家御用達の高級菓子だ。

 これも黒糖を使えば、チョコレートに似ていなくもない。お市は甘いものが好きだから、きっと喜ぶだろう。飴について聞けなかったが、そのうち分かるかもしれない。

「若様」

「なんだ?」

「ときどき若様が『ばれんたいん』と呟いておられますが、それは何なのですか。人の名前のようですが、身元のはっきりしない者と親しくなさるのは危険です」

「ああ、聖ヴァレンタインなら確かに元人間だ」

「は?」

 悲しきかな。憎悪すら抱いていた日に関して詳しくなるのも、人の業ゆえか。

 甘党じゃないのに、砂糖を使った菓子開発に熱中する俺も如何なものだろう。現代では逆チョコも存在し、男から女へチョコレート(あるいは菓子)をプレゼントするパターンもある。舎弟たちはもちろん、幸まで使っている俺は逆チョコを手作りする男である。

 甘い匂いの漂う家から、ひょこっと幸が現れる。

「アンできた」

「よーし、山芋を摩り下ろす担当は犬松コンビだったな」

「見てまいります」

 恒興が意気揚々出て行ったが、しょんぼりして帰ってきた。

 大量の何かを抱えている。山芋で作った生地にしては、包みが丁寧すぎる。

「全て食べてしまったそうです」

「はああぁ!?」

「代わりに団子を買ってきた、と押し付けられました」

「な、んだ……と?」

 輸入品の黒糖に大量の山芋と、大量の団子にかかる費用が瞬時に算出される。

 どう考えても貞勝の激おこポイントだ。奴が甘党であることを祈るしかない。お市の泣き落としで落ちない難攻不落の城だ。苦戦は必至と思われた。

 考えろ、考えるんだ。

 ここには団子と小豆餡がある。導き出される答えは餡団子。しかし餡を乗せただけでは偽チョコらしくない。ここは餡で、団子を包む!

「よし!!」

 俺は団子を抱えた恒興を従え、餡と幸が待つ家に向かう。

 そこでひたすら団子を包んだ。餡を掬い、団子を包む。餡を掬い、団子を包む。餡を掬い、団子を…………家いっぱいに充満する甘ったるい匂いで頭がどうにかなりそうだ。空き家を使って正解だった。住人は匂いが消えるまで、甘いものに苦しめられる。

 ちなみに俺の個人的な趣味で、漉し餡にした。

 見た目がチョコレートっぽくなるからだ。

 黒い塊で溢れる机は、大きめのトリュフチョコが並んでいるようにも見える。チョコレートを知らない人間なら、これをチョコレートだと言ったら信じるだろう。

 繰り返すが、カカオ伝来はまだ先のことである。

「うん、美味い!」

 幸がぱあっと笑顔になったので、思わず頭を撫でた。

 砂糖を入れすぎた小豆餡は、甘みの薄い団子によく合う。とろとろの餡とむっちりした団子、これら二つの食感が一度に味わえるというのも素晴らしい。

 チョコレートで包んだ餅菓子もあった。これは餡団子でなく、餡餅でもない。

「偽チョコ成功だ!」

「あんころもち、じゃないの?」

「偽チョコ」

「に、にせちこ……」

 慣れない言葉で、うまく発音できないらしい。かわいい。

 俺がニヤニヤしている横で、恒興が偽チョコをもぐもぐしながら言う。

「大変美味しいですが、大量に作りすぎましたね。若様、どうしましょうか」

「お濃とお市に渡す分は残して、残りは……そこで涎垂らさんばかりに見つめている奴らにくれてやる。ああ、犬と松は除外するぞ。お前らは一口たりとも食うな」

「えー!!」

「そんな殺生なっ」

「あんだけあった山芋全部食い尽くしておいて、何ぬかす! 賦役として予定していた内容チェックもやらせるから、覚悟しとけ」

 再びダブルで絶叫が上がる。

 今はまだ家督を継いでいないから、自由が利く身分でよかったな? 賦役はいわば、農民たちに課す短期アルバイトだ。力仕事が多いので、基本的に男が従事する。筋力馬鹿の使い道としては、これほど相応しいものはない。

 こうして偽チョコは村人たちで食べつくされ、嫁と妹には絶賛された。

 バレンタインの風習は俺がブツブツ呟いていたのを小姓が書き留めていたため、那古野村における如月の定例行事となっていく。年に一回だけの贅沢ということで、貞勝に了承してもらったのは言うまでもない。

 結論、甘いものは賄賂になる。


長秀と藤吉郎は別任務中で不在。

爺と一益は甘いの苦手なので遠慮しました

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