うつけ殿、偽チョコをつくる(前)
中途半端な知識によるナンチャッテ和菓子作りネタです
ある程度調べた上で書いていますが、ねつ造部分もあることをご了承ください
目が覚めて、俺は激しい落胆に襲われた。
ああ、知っていた。知っていたともさ。
この時代にバレンタインがないことも、チョコレートどころかカカオの伝来もまだだっていうことも知っていた。日本人で初めてチョコレートを食べたのは織田家どころか、伊達家の何某っていう奴だ。伊達政宗はこっそりヨーロッパ行きの船を作り、南蛮貿易を始めようとしていたらしい。
さすが東北の英雄、考えることがデカイ。
まあ、先に海外へ目を向けたのは織田信長ですから?
別に悔しくもなければ、羨ましくもないですよ。そのうち、河童の親戚みたいな宣教師団がやってきて、俺のことを恭しく「王」と呼んじゃうんです。それくらい知っています。
丁寧語だからって、動揺していない。していないったら、していない。
「あー、チョコがほしい」
孤独だった前世の俺とは違うのだ。
存在そのものがチートである信長は、齢16にして嫁がいるリア充。しかも超美人。さすがに美幼女の妹からチョコレートがもらえるとは思っていない。母親にもらっても嬉しくないし、そもそも疎遠になっているので会話すらない。
大前提として、チョコレート自体がない!
「よし、作ろう」
思い立ったが吉日である。
昔の人はイイコト言った。俺もある意味、昔の人か。それなりに前世の記憶が残っているせいで、時代的な話になると混乱してくる。そんなことよりも、チョコレートだ。
「ないなら作ろう、ホトトギス」
「今度は何を企んでおいでですかな?」
「出たな、半介! よし、手伝え」
「承知仕った」
こうして俺は助手をゲットし、意気揚々と問屋へ向かう。
この時代の卸売業を営んでいる店のことだが、個人がここで品物を買い付けることはできない。いわば、一次産業と小売業者の中継点だ。俺も買い付けにきたわけでなく、扱っている品物をチェックしに来た。
「たのもー」
「こ、これは若様! 本日はどんな御用で?」
「ん~、ちょっとな」
番頭が慌てて降りてくるのを横目で確認しつつ、店内を見回す。
今頃、店主を呼びにいっているはずだ。城下町はだいたい歩き回っているので、驚かれても平伏する騒ぎにはならない。今はラフな格好をしているし、お忍びであることはバレバレだ。
供をする信盛も心得たもので、出がけにさっと着替えてしまった。
現代風にいうなら、チンピラ風の若者二人組である。
俺がヤクザを気取るには、迫力に欠けることくらい自覚している。おノブ(女装)だけじゃなく、本格的に変装術について考えてみるか。尾張の外へ出たのは初陣と、蝮の草庵へ行った二回だけだ。交通の便が悪すぎて、ちょっとそこまで~が難しい。
「あー、そうだ。街道の整備もしとかんとなあ」
「若殿」
「おっ、小豆発見。砂糖は高級品だっていうし、さすがに置いてないか。ちょっとあれば十分……でもないな。どれくらい使うんだったか」
「わーかーとーのー」
「んだよ、半介。俺が考えている時に口を挟むんじゃねえ」
文句を言いながら振り向けば、冷汗をダラダラ流している店主がいた。
番頭以下店の者たちは土下座通り越して、五体投地である。どうやら無意識に、凶悪な顔つきになっていたようだ。両手でペタペタいじくり回して、いつもの地味顔へ戻す。
「すまんな、主人」
「い、いえ! 滅相もございませぬっ」
声が裏返っている。
信盛の非難めいた視線が痛い。ついつい思考にハマってしまう癖は治らないので、周りに慣れてもらうしかないのだが。まあいいか、今は優先すべきことがある。
「砂糖はあ」
「ございますうう!! はいっ、いくらでも! ご用意いたしますです」
「これ、若様が驚いておられるではないか」
「し、しししかしっ」
「まことに失礼いたしました。ここではゆっくり話もできませぬ。そろそろ準備も整いましたので、奥へおいでくださいませ」
「うむ、手間をかけさせる」
「いえいえ、若様は上得意様でございます。相応のおもてなしをするのは当然かと」
上得意、ねえ。
奥の間へ案内されながら、俺は思わず苦笑いになる。
貸付額について、貞勝から大目玉をくらったのは記憶に新しい。てっきり踏み倒されると思っていたらしく、きちんと返済されたことによって好感度が上がったというのは皮肉な話だ。つくづく貞勝には頭が上がらない。
だが、褒美を与えようにも固辞するんだよなあ。
過労で倒れても困るから、補佐できる人間を探したいところだ。スカウトマンを各地へ派遣することも考えたが、そのスカウトマンが存在しない。能力があればいい、ってもんでもない。
多少クセがあっても、俺の意図を組んでくれる奴がいい。
性格が面白ければ尚良し。
「ん? これは蒸し饅頭か」
茶菓子として供されたのは、茶色の饅頭だ。
白い酒饅頭が一般的だと思っていたので、普通に驚いた。アポなし訪問なので、前もって用意していたものではない。店主は得たり、と笑みを深めた。
「さすがは若様。お分かりになりますか。その饅頭は、お求めの砂糖が使われております。甘葛や麦芽よりも餡の味が濃くなるのが特徴ですな」
「であるか」
アマヅラとか、バクガってなんだ。
麦芽は聞いたことがある。俺の好きだったビールだ。製法を知っていれば、密かに作らせることも可能なんだが仕方ない。コメの酒もいいものだ。
アマヅラに関しては、後で調べることにして。
毒だなんだと騒ぎそうな長秀と違い、信盛は盛られた饅頭を頬張る。
「酒に合いそうですな」
「おお、これは気付きませんで! 早速用意させましょう」
「構うな、店主。半介の言葉は聞き流していい」
と言いながら、俺脳内では饅頭に合う酒を模索中だ。
半分に割って食べてみると、そんなに甘味は強くない。白い餡は小豆じゃなくて、大豆に似た白い豆で作るそうだ。高価な砂糖を控えめにしてるのかもしれないが、小豆餡の黒さはチョコレートを思い出させる。
甘党じゃない俺も、これなら食べられそうだ。
あなたのためじゃないと言いながら、嫁にプレゼントされたら昇天できる。
「若殿、お顔が崩れてござる」
「うるさい」
「それほど気に入っていただけて光栄でございます。よろしければ、この饅頭を作っている者をご紹介いたしましょう」
「マジでか! いや、まことか。ありがたい」
「いえいえ、こちらも商売ですので。儲け話は大好物でございます」
「おぬしもワルよのう」
「そんな、若様には敵いませぬ」
クックック、と二人で悪企みの演技をする。
甘いものは人を狂わせるものだ。かのバレンタインデーにしても、商人たちの思惑がヒットした良い例である。豆まきの後に生まれた恵方巻も、同じことが言える。
バレンタインにクリスマスなど、リア充と共に滅びろと思っていた俺は死んだ。
是非とも広めよう、バレンタイン! チョコがないなら作ればいいじゃない!!
「チョコはチョコでも、偽チョコだがな……」
カカオの伝来は、宣教師たちの訪れを待つしかない。
南蛮渡来の菓子たちが俺を待っている。早く来い来い、河童の親戚。
主人公が連想しているのはチョコ饅頭ですが、温泉饅頭と混同しています