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VR-Debug 仮想世界と共に生まれる諸問題
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「よくぞここまでやって来た、勇者よ! わざわざ我に殺されにやって来るとは愚かなことよ」
一歩、一歩と、その異形の怪物はこちらにやってくる。縦揺れの地響きと共に。
「フハハハハッ! 貴様ごときが我を滅ぼそうとは片腹痛い! なぁにぃぃ、自分は皆の希望を背負ってやって来ただとぉ? 我のような虚ろなる存在に負けはしない、だとぉ?」
身の丈10mを越える巨体が、俺を真上から見下ろした。
特に感慨はない、ただ無心にその魔王の言葉を頭の中で反芻する。
「なぁにぃがぁ勇気だっ! なにがっ希望だっ! 愛だっ、誇りだっ、理想だっ、そんなものは闘争への言い訳に過ぎぬっ!! 力こそが正義、力こそが真理、力無き種に明日など訪れない!!」
特に問題はない。
多少レトロだが、まあ王道復古ということで熱い。
「さあゆくぞ勇者よ、畏れるがよい、おののくがよい、己が蛮勇を悔いるがよい! 我は大魔王、深淵より来たりて古き種を安らぎへと導く者!! 貧弱なる人類よ、いざ我らの慈悲を受けるがよい!!」
さあ決戦だ、山をも砕く――ということになっている英雄の剣を握り直し、水鏡の盾を正面に身構える。
「死ねっ勇者よっ! ここが貴様のっぁっ……」
二本の魔剣がこちらに向けて十字にふりかぶられる。
が、その時。
バチッと嫌なアナログノイズが視界を揺らした。
壮絶な形相を浮かべた魔王が、奇妙なところで言葉を途切れさせる。
急に世界が静止した。
かと思えばすぐにまた動き出す。
「やくそう一つで5Gになりますがよろしいですか? ありがとうございます、どちらの方にお渡ししましょうか? はい、では009fさんどうぞ」
魔王様の巨体がいきなりごますりを始めて、人の財布から2Gを奪い、代わりにやくそうをここに存在しない仲間に渡してくれた。
「ああ、ガーネルブルグの空が赤く燃えている……。おお勇者よ、ガーネルブルグを早くお救い下さい」
「ここはマーラの村です。温泉にはもう入りましたか? マーラに行くならマ・ラ・屋♪ キャッ、勇者様のエッチっ、こっちは女湯……やだぁっ、ここ男湯じゃなぁぃっっ!!」
隣国の滅亡に涙したかと思えば、巨体がすがるように膝をついて勇者に祈る。
さらには棒立ちになって、虚空を見つめながら村の案内。肩と腰を揺らしながら謎の歌を始めて、恥じらって、お約束を守りつつ、内股になって胸と股間を隠した。
……くっそでけぇ異形の魔王が。
「大魔王の攻撃! 大魔王は逃げ出した! 大魔王はいなくなった! 大魔王が現れた!」
大魔王の奇行は終わらない。
「ようこそ旅の宿へ。オールタイムで250Gになりますがよろしいですか? やだ、勇者様ったら私をこんな場所に連れてくるなんて……。ぽっ……♪」
宿屋の店主の真似をして、10mの巨体を勇者にお姫様抱っこさせた。
「あっダメっ勇者様……そんなっ、ひのきのぼうの子など孕みとぅない……っ!! おはようございます、昨晩はお楽しみだったようですね。いってらっしゃいま――――――」
その後、筆舌しがたいもろもろの事象が発生したのちに、魔王はやっとこさ止まってくれた。
止まったというかフリーズして、耳の痛くなる電子音を牙のある恐ろしい口から鳴らし続けていた、のだが。
(ダメだこりゃ……)
コンソールを呼び出して管理者コマンドを開き、その魔王様ごとこの空間をデリート《削除》した。
ついでに現実時間を確認すれば、なんとずいぶんのめり込んでいたことに気づく。
よし、一度戻って休憩しよう。
・
バグってあるじゃないですか、バグ。
子供の頃はゲームの作り方なんて知らなくて、ゲームカセットのラベルを他のものに張り替えるだけで、別のゲームになると思ってたんです。
魔法のような何かで作っているから、画面がグチャグチャに崩れたり、穴の無いところで落ちて死んだり、理屈に合わない現象が起こる。
だから幼い俺は本気で、ゲーム開発は魔法のようなものだと思い込んでたんですよ。
ところが現実に魔法なんて存在しない。
神秘の固まりだった[バグ]、ソイツはただのソースコードの記述ミス、あるいは設計上の怠慢や勘違い、そのどちらかでしかない。
それが今の時代となれば、例えば無限増殖なんかは見つかるなりただちに修正される。
データ消滅を恐れての多重セーブも意味を失い、復活の呪文を複数個記録してからリセットボタンを押す必要もない。
そんなバグバグな時代は、もはや遙か昔の話だ。
ところが……。
ここ数年になってその愛すべきバグが帰ってきた。
VR関連技術の進歩が、クリエイターの思考イメージをそのままゲームデータに変える、とかいうまさかの魔法を現実のものにしてしまった。
仮想世界は疑似現実ゆえに緻密な設計を要される。生半可なクオリティでは話にならない。なので、これまで開発にコストがかかり過ぎていたのだ。
けれどこのままじゃ売れない。
ただイメージをデータ化させて終わるはずがない。
美味くて簡単な話なんて、この過剰競争のゲーム業界に落ちちゃいない。
当然そこには迷いとか、関係のない雑念とか、ノイズと呼ばれるものが発生する。
そのノイズそのものがゲーム世界を広げる側面もあるのだが、しかし売り物である以上、デバッカーはこのノイズバグを駆除しなくてはならない。
生み出されたVRゲーム世界に、直接俺たちデバッカーが入り込んで不要なデータを削除する。
初めは辺りそこら中、バグと、バグと、バグと、個人情報とバグだらけだ。
つまりこれは、クリエイターの妄想世界にダイブしているのと同義と言える。
作者がいつどんなネタで自慰したとか、実は不倫をしているとか、胸より尻がいいだとか、実はホモだとか、明日はレバニラ定食を食べようと心に決めているだとか。
ギャラに退社予定、諸健康問題、幼少期のトラウマ、家族構成などなど、網に漏れた赤裸々なる全てを、本編から切り離し手動で削除する。
それがVRデバッカー。今もっとも精神を病むと話題の商売だ。
・
(ん、あれ……)
ダイブ前に飲み残していたコーヒー片手に、ぼんやり削除リストに問題ないかと目を向けていた。
すると光沢液晶に、どこかで見覚えのある顔が映り込む。
背後を振り返ると、そこに[作者様]がいらして俺の背中をただ見続けていた。
(なんだ、なに見てるんだこの人……)
一目で判った、どうも様子がおかしいと。
彼は俺のすぐ後ろで立ち尽くしていて、青い顔で何かを思い詰めていたようなのだ。
(なんでエリート様がうちの部署にいるんだろ、しかも俺なんかをなんで……)
彼はうちのお得意さまだ。
つまりデバッグを介して、俺は彼のプライベートを見てしまっている。
一つ一つは断片的なものであるが、知ってはならない部分が混じり込むこともままある。
だから自分には、彼と交友関係を結ぼうとはとても思えない。
もちろん彼の作品は好きだ。
たずさわれることそのものがモチベーションだ。
だからこそ、ファンであり続けるためにも深く接触したくない。
「どうされましたかTさん?」
T氏は俺から目線を外して、今度は食い入るように削除リストを眺めていた。
どうもそれが俺には落ち着かず、うかつにも声をかけてしまっていた。
ハロウィン仕様のレアキャラ下さい
丹家ボイスですごくあざとい子がいいです