今夜は寝かせるつもりはないんだけど?
篠宮楓様作「31日目に君の手を。」の井上君を今回もお借りしました。
この話は、皆で初恋ショコラ企画『今日のお茶菓子』内の「井上達也17歳 カミングアウトしずらい俺の事情』を先に読まれると更に分かります。
前回のドライブデートの約束通り、無事にお泊まり旅行にいくのですが……。
今作品は、篠宮楓様の許可をいただいております。楓姉さんありがとう。
「ねえ、見て。外にも露天風呂があるよ」
俺の高校が自由登校になって、彼女の大学の試験が終わった二月の下旬。
夏休みに約束していたお泊まりだったりする訳だけども……。
付き合い始めても清いお付き合いって言いきれる俺達もそろそろって思っていた……俺のささやかな下心は昨日の夜の彼女の電話で打ち砕かれた。
「達也……ごめん」
「どうした?郁美?行けなくなったのか?」
「違うけど……きちゃったの。あの……女の子の日」
消え入りそうな声で教えてくれた事実は確かにショックだけども、それがないってのもまた大変な話だったりする訳で。
「大丈夫だよ。予定通りに行こうよ。辛かったら部屋で一緒に過ごそうよ」
「いいの?」
「折角のお泊まりだろう?そういう事だけが目的じゃないんだけどな」
「そうだ。始めての東北道ドライブもあるんだ」
無事に俺が免許を取れたので、今回の旅は車で行く事になっている。
行き先は、隣の県の露天風呂付のペンション。しかも奮発して離れにしてみた。
「とりあえず、寒くない様にしないとダメだからな。あの時って冷えは更にきついんだろう?」
なんで、俺がそんな事を知っているか?部活の練習途中に体育館の片隅で他の部のマネージャーたちが集まって女子トークをしている時に聞いてしまった。
あまりにも赤裸々なぶっちゃけトークだったので、俺の記憶にしっかりと残っている。
「気にしてくれてありがとう。でも楽しい旅行になるといいね」
「そうだね。明日もあるからまた明日な」
俺は電話を切って、少しだけ恨めしく手に持ったスマホを見つめる。
俺だって、お年頃な訳で……一晩くらい根に持たせてくれ。
俺が作った昼食を食べてから、自宅を後にした。
郁美の料理の方は上達……したと思う。夏休みに比べたら。
でも、俺が作った方が早いから俺の家でご飯を食べる時は相変わらずだ。
今日のメニューは、ビーフシチューと温野菜のサラダと山型風のパン。
パンはパン焼き機が勝手に作ってくれるから気楽なものだ。
温野菜は、こないだの雪で野菜の値段が高いから冷凍食品を解凍しただけ。
ビーフシチューは朝起きてからゆっくりと煮込んでいった。
それと、彼女が持ってきてくれたプリンが今日のデザートだ。
彼女の料理は偶々デザートだと失敗が少ないのでそっちの方向に特化している。
部活を引退した俺は、自己推薦で自分が通いたい大学に通えるようになった。
彼女の大学の隣町にある大学の社会福祉学部に入学する。将来的にはカウンセラーになりたいのだが、かなり難しいだろうから、祖父の介護で興味を持ったのでそっちの勉強をしながらカウンセラーを目指す事にしたのだ。
「本当に隣の大学にするとは思わなかった」
「ちょうどあの大学なら俺の夢が叶うかなって思ってね。郁美はどこに行くのかと思った?」
「国立大学。何となくだけども」
「合格まで時間をかけたくなかったから。推薦でさっさと決めたからこうやってのんびりと過ごせるんだからさ」
「確かにそうね。部活の皆の方はどうなの?」
「今、国立のラストスパートだろ?のんびり近況を聞く様な状態じゃないさ。そのうち学校に行くからその時に分かるさ」
俺の家は途中で引っ越したから学校が近いわけではない。
だから部活の連中とはメールで連絡を取っているだけだ。
あいつ等の進路の方ももうすぐ分かるとは思うけど。
「それよりも、郁美大丈夫か?顔色悪いけど」
「少し辛いだけ。後で薬飲むよ」
「キャンセルするか?」
「あっちで寝ているから。一緒にずっと過ごせるだけでもいいから行きたい」
本当は無理をさせたくないけど、二人して今日の事を楽しみにしていたから今更キャンセルを選択するつもりもなかった。
「分かったよ。ゆっくり行くから途中で休憩しながら行こうな」
「うん。ありがとう」
俺達は、食事の後片付けをしてから、旅行の最終確認をするのだった。
俺が運転する車での遠出は二回目。最初はちょっと離れた大型ショッピングモールに出かけた。一日で見るには不可能なその店に何度か通って、今では月に一度行く程度に落ち付いている。
「あのね、途中でコンビニに寄って貰ってもいい?」
「構わないけど、何が欲しいの?」
「ケーキが食べたいなあって。何か甘いものが食べたくって」
「分かったよ。少し時間がかかりそうだから寝てていいぞ」
俺は郁美に休むように促して、カーラジオの音量を少しだけ下げた。
暫くすると、郁美の寝息が聞こえてくる。やっぱり体辛いんじゃないだろうか?
こういうのは、自己申告だから男の俺はどうしていいのか分からなくなってしまう。
隣の県の温泉が売り物の観光地のペンションは道路沿いに建っているので思った割に分かり易く、チェックインの前についてしまいそうだった。
そう言えば、ケーキが食べたいって言っていたなと思い出して俺は途中でコンビニに寄る事にした。
夏休みに食べた初恋ショコラは、その後発売された君想いマカロンとコラボして君想いショコラとしてデザートコーナーに並んでいる。
こないだは一つしか買わなかったけど、今日は二つ買う事にする。
それと必要そうなものを買い込んでから俺はペンションに車を走らせた。
「郁美?大丈夫?」
「あれ?達也……ここはどこ?」
「ペンション。ちょっと早く着いてチェックインしたら、部屋が使えるって言われたからそのままチェックインしたんだ。辛いのはどうだ?」
「お昼よりは楽になったよ。一番辛いのは今だけだから。明日は天気になったら何処かに遊びに行こうよ」
「そうだな。それにエッチなしでもお風呂位はいいだろう?」
「うーん、それはやっぱり御免なさいって事で。心配なのは分かるけど乙女心が……」
「はいはい。だったら、今度はラブホでお泊まりでもいいよ……ね?」
「前向きに努力します。達也も辛くない?」
「あのね……俺、そこまで実力行使すると思う?」
「思わない。でも……イタッ」
急に痛がる郁美のお腹にそっと手を当てる。強張っていた郁美の体の力が抜けていく。
「達也の手……暖かい。このまま暫くこうしていたいな」
「いいですよ。でも布団に入った方がいいと思うし、服も皺になるからパジャマになったら?俺もなるからさ。ちょっと遅い昼寝もいいだろう?」
たまには、二人でくっついて昼寝をするのもいいんじゃないか?
それだけ相手に自分を委ねないとそんな事もできないんだし。
「分かった……それじゃあ着替えて来る」
彼女は、洗面所に着替え等を持って行ってしまう。俺もパジャマになるって言ったんだから着替える事にした。
「達也……もう寝たの?」
「まだだよ。おいで」
俺は布団を上げて彼女に入る様に促す。
俺の体にぴったりとくっついてくるその体温がいつもより暖かい。
「いつもより暖かいな。ほらっ、腕枕」
「えへへ」
はにかんだ様に、俺の方を向いてはにかむ。この顔で俺は彼女に落ちたんだよなってちょっと前の事を思い出す。
「もう2年か。早いな」
「そうだね。達也も大学生だし」
「うん、早く一人前になるから料理出来なくてもいいからお嫁においで」
「お料理出来なくてもいいの?」
「今更だろ?母さんだって知っているわけだから、ゆっくり覚えていけばいい」
そう言って、俺は郁美の前髪を少し払って額に唇を押し当てる。押し当てた額はいつもよりやっぱり暖かい。
「目を閉じて。タイマーをセットしてあるから5時まではゆっくりしていよう」
「うん。ありがとう。達也。大好きだよ」
呟くように俺の気持ちを伝えて再び彼女は眠りにつく。
俺はそんな彼女を腕の中に閉じ込めて、彼女の体温と匂いを感じながら眠りについた。
「起きて、達也……もう寝起きが悪いんだから」
タイマーが鳴る少し前に彼女は起きたみたいだ。俺の頬と突っついている。
もう少し彼女に構われたいからそのまま狸寝入りを決め込む。
乙メンかって突っ込まれてもいいから、郁美からキスしてくれないかな。
「困った子にはお仕置きです」
そう言って、郁美は俺の唇にキスをする。俺はそんな郁美をきつく抱き締めた。
「んん!!」
「おはようのキス貰っちゃった。そんなに煽る事しないでよ。したくなるじゃん」
俺が素直に言うと郁美は一気に真っ赤になる。
「達也が起きてくれないのが悪いんでしょう?……するの?」
「避妊具を着用しても、雑菌が入り込んで炎症を起こす恐れがあるのは郁美だよ?それにそんな時に、そんなことしたいと思わないし、それ以前に避妊具持ってきてないから」
「どうして?」
「持っていたらしたくなるから。今回の旅行は絶対にしないって俺の決意。お分かり?」
この旅行でエッチしないって決めた俺のいじらしい決意を褒めてくれないかい?
「確かにそうだよね。ごめんね。私が……」
「始めてのお泊まりで……ってのは、ありがちな話らしいし。俺達は俺達でのんびりと過ごそうよ。こうやってくっついて眠るのも嫌いじゃないし。やりたいだけならとっくにやってるよ。男の俺の方が体力あるんだから」
そこまで実力行使しなかったのは、ヘタレってのもあるし、妊娠させちゃっても今の俺だと責任が取れないってのもあったから。
「俺は好きなものは最後まで取っておく方だから今回も取っておくの。だから郁美はもっと美味しくなってね?」
「美味しくって言われるとちょっと困る」
「そうだね、この柔らかい体を維持していて?この抱き心地が一番いいんだから」
「それって誉めてるの?からかっているの?」
「俺としては最大の褒め言葉なんだけどな」
そんなことを言いながらベッドの中でまどろんでいると時間を伝えるアラームが鳴った。
「今のうちに、お風呂でも入っておくか?ここの温泉は体が温まるっていうから」
「達也は?」
「俺は後でいいからゆっくり入っておいでよ。それに覗いたら、楽しみが減っちゃうし」
「もう!それじゃあ、温まってくるね」
部屋の仕切り越しに郁美が服を脱いでいくのが分かる。それに反応してしまう己の下半身に苦笑するしかない。でも、今回は絶対にしない。
今回しないと死んでしまう訳でもあるまいし。
ただ、さっき見たく、抱き合って一晩過ごせたらいいな位は思っていた。
俺はベッドサイドに置いていたスマホを取り出した。確かこないだダウンロードした電子書籍があったはず……ようやく見つけたそれを俺は寝そべって読んでいた。
郁美が入った後に俺も軽く風呂に入った。低くどんよりとしていた空からパラパラと粉雪が舞い降りて来る。郁美を呼びたいけれども、窓を開けると部屋が冷えてしまうから俺は呼ぶのを止めて、さっさと入浴を切り上げた。
着替え終わった俺達は、部屋から食堂に向かう。今夜はイタリアンのコースだ。メインのステーキが食べ放題なのが売りのこの店は、卒業旅行の男子のグループと女子のグループが多い。カップルなのは……意外と俺達だけだった。
「郁美は座っていて。何か飲みたい?」
「暖かいカフェオレが飲みたいな」
「頼んでくるよ」
俺は指定されたテーブルに郁美を座らせて、側から離れてオーナーさんにカフェオレをお願いすることにした。
ディナーもモーニングもソフトドリンクは飲み放題だ。カフェオレもその中に含まれているという事なので用意して貰った。
俺は、ピッチャーの中のオレンジジュースをコップに注ぐ。
「お待たせ。どうぞ」
「ありがとう。お昼よりは楽になったから」
「そうか。だからって無理はするなよ」
俺達は、微妙に視線を感じながらディナーコースを楽しんだ。
「井上君の方が、年上に見えるわね」
コースのデザートを楽しんでいるとオーナー夫妻がやってきた。
「そうですか?どうする郁美?ピンチだな」
「いいんです。もう慣れましたから」
「二人とも……辛くない?視線が」
オーナーの奥さんが声のトーンを抑えて聞いてくれた。そう、さっきから視線が痛くて仕方ない。俺は男どもから一方的に睨まれている。俺と同年代……それよりも上だよな?
「そうなんです。なんか彼に向って秋波送っている人とか……彼と一緒だとありがちなので慣れましたけど」
郁美はばっさりと切って捨てる。俺と出かけている時も、郁美の存在を無視して逆ナンしてくる女がたまにいるのだ。
「大変ね。イケメンが彼氏だと」
「それだけじゃないですよ。彼はおじい様の介護も手伝ってますし……ね?」
「じいさんの家族だから当たり前だろ。今回の旅行は俺の卒業もあるし、介護疲れを取って来いって親に背中を押されました」
「親も公認なのか、これはまた仲がいいみたいだね」
「彼女の家が祖父の家の隣なんです。介護でこっちに来てから、いろいろとお世話になりましたから」
「そういうことなら、ゆっくりして行ってね」
やがて、オーナー夫妻は俺達のテーブルから離れて行った。
「やっぱり、郁美が可愛いのがいけない」
「何?それ?私のせい?」
「ああ。可愛すぎるのがいけない」
「そんなことしていると、辻君に爆ぜろリア充って罵られるわよ」
一気に俺を現実に叩きつけるのを止めてくれ。
「大丈夫。辻だってそろそろ岸田さんを囲い込んでるだろう?もう八つ当たり要員は卒業さ」
「全く、あなた達はもう」
「さあ、食べ終わったのなら部屋に戻ろうか?時間はいっぱいあるからさ」
「ねえ、分かって周りに見せつけてる?」
「もちろん。言ってみたかったってのもある」
「本当に意地悪さん。でもそんな所も大好きよ。部屋に帰ろう」
俺達は出来るだけ最大限のパカップルを一通り演じてから自分達の部屋に戻って行った。
「ああ、おかしかった」
「本当、あの男達……俺が年下で茫然としてたみたいだな」
「彼女達も親公認って言った時に固まっていたわ」
「平日に堂々と泊まりに来るんだから察すればいいのに」
「本当ね」
部屋に入ってから、部屋の備え付けのソファーに俺は座って郁美を膝の上に横抱きにしている。跨らせるよりもこっちの方がオレ個人は好きなんだよな。
「なあ、ケーキまだ食べれるか?」
俺はコンビニの袋から君想いショコラを取り出す。
「流石に今日は無理。明日の朝食が8時だから、起きたら食べない?」
「ケーキはそれでもいいけど……こっち向いて」
俺は顔を少しだけ傾けて郁美の唇を堪能する事にする。
だって、君想いショコラのキャッチコピーは『想いの分だけキスしてあげる』だろ?だったら、今からたっぷりとキスをしてもいいじゃないか?
互いの唇から、デザートで食べたティラミスの味がする。たまにはいいかそんなのも。啄ばむように、角度を変えて何度も味わう。
「達也……気が早い」
「早くないよ。この位はさせてくれよ。それに今夜はキスだけで寝かせてあげられないかも」
「ちょっと、それどういう意味?」
「だから、俺の気持ちをキスで伝えてあげるってこと。だから今夜はキスしかしない」
「私の事を思ってくれるのは非常に嬉しいけど……嬉しくないって思うのはどうして?」
「さあ?どうしてでしょう?そのうち郁美からもキスしてね?さっきお昼寝したから暫くは眠くないだろう?ほら、キスしようよ」
相当強引だけども、俺は郁美にキスをする。俺の想いが溢れて零れ落ちる前に郁美に伝えたい。
あの夏の日に、俺のキスが好きって言ったんだから、俺のキスを全部受け止めてくれよ?
「郁美、愛してるよ。皆が羨む様なキスをしようか?」
「それって……キス?」
「今日は……こんな感じかな?」
俺は、細かいキスを郁美にしていく。つむじ・髪の毛・指先……最後は唇。
唇に到達した俺はゆっくりと舌を差し込んで、甘い口腔を堪能していく。決して官能を引き出すキスではなく、互いの存在を確認していくようなそんなキス。
「どう?俺の想い伝わった?」
「私欲張りだから、激しくなくてもいいから達也の愛が欲しいわ」
今度は郁美が俺にキスをした。
始めてのお泊まりはちょっとだけ残念だったけど、互いの愛をたっぷりと感じる事ができたらよしとしておこうかな……ねっ?郁美。
交際中の二人の初めてのお泊まり編でした。
しかも、グダグダのラブラブって……ありですか?楓姉さんはありって言ってくれましたけど。
まあ、あの後は郁美が寝付くまでちゅっちゅっしていることでしょう。
うちの井上は有言実行をモットーとしておりますwww