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本日のスイーツ  作者: トムトム
君想いショコラ
8/10

俺の想い・・・・・・教えてあげるよ

女ホイホイといわれる部長と恋愛経験値ゼロの部下の話。

「ただいま帰りました」

時間は、午後8時を示している。繁忙期でここ2週間位定時で自宅に帰れた事はない。

今日も、皆の夕食を近くのコンビニに買い込みに行ってきたところだ。

このコンビニ……イケメンのお兄さんが夕方から多くなるので、私達女子社員は残業する時の調達はこのコンビニと決めている。

今日の調達係は、私と葵ちゃん。私達は営業企画室の事務職担当だ。

「おっかえり。ちゃんと買えたか?」

「もちろんです」

最初に確認するのは企画室の一番の上役の佐々木部長。

まだ32歳で、若手の出世頭らしい。私達は、皆から頼まれたものを打ち合わせコーナーに並べていく。頼まれたものは付箋に一人ずつ書いて行っているから、間違っているという事はない。

「ようし、一度休憩しようか」

部長の一言で、私達はささやかな夕食をすることになった。

営業企画室は佐々木部長と、香山課長と中西主任と渡君と私と葵ちゃんだ。

本社ビルの営業から依頼を受けた新商品を開発して製品にするまでが仕事だ。

今は母の日に向けての開発がラストスパートになったところだ。

私達のオフィスは、本社から少し離れたビルの中だ。どうしてこんな離れ小島なのかというと、社内の情報漏えいを防止する為ってことになっているけど、本当か分からない。

打ち合わせコーナーに、皆が揃って『頂きます』と言ってから食べ始める。

お昼はこんなことはないんだけども、残業してオフィスで食べる時は皆で食べる事になっていた。皆で食べるのも結構楽しい。作業の確認をしながらがメインになるけれども、今の開発が終わったら、打ち上げに行くぞとか、今年こそ花見をするぞとかそんな話が多い。



「悠里、今日はアレが買えて良かったね」

「本当だね。葵ちゃんだって買ったじゃない」

「うん、家に帰ってから彼氏と食べるんだ」

葵ちゃんは、六月に学生時代からの付き合いの彼氏と結婚することになっている。今は一足に新居に引っ越しをして一緒に暮らしている。

「葵ちゃん達は、何を買ってきたんだい?」

中西主任は自称スイーツ男子。メタボが怖いって言いながら、お菓子の開発の時は別人になる位。

「そう言うと思ったから、主任のも買ってありますよ」

「だから、なんだってば」

「「君想いショコラ。イケメンコンビニに一杯あったんです」」

私と葵ちゃんは声をそろえて応えた。イケメンコンビニには、期間限定発売の君想いショコラが今日はたくさん売られていた。同時発売の君想いマカロンも今日は珍しく残っていたっけ。葵ちゃんと二人でマカロンを買い占めちゃったのは内緒です。

にこにこしている私達を見て、香山課長は苦笑いしている。

「二人が仕事をちゃんとしてくれるから僕らも助かるけどさ、今日は何の日?」

渡君も呆れながら私達に質問してくる。

「ああ!!バレンタインだ……それじゃあ売れ残っているね」

「そう、住宅地ではないオフィス街のあの店ならな。で、お前達は店員から寂しいお姉さんって認定された訳だ」

佐々木部長が私達に追い打ちをかけた。酷い、あんまりです。

「まあ、葵ちゃんはほとんど人妻だからいいとして、悠里、お前は大丈夫か?」

「何がです?渡君?」

「俺が知っているだけでも……彼氏いないよな?」

人が見てないふりをしている現実に引き戻すな、こら。分かっていてそんなネタぶりすんなよ。

「仰っている意味が良く分かりませんが?無駄話をする位なら仕事しましょうよ……ね?」

今日、ここで食べたのは納豆巻きとお味噌汁。どんなに遅くても22時にはオフィスを締めて帰宅するのだからそんなに食べる必要性はない。

「悠里ちゃん、そんな量で大丈夫なの?」

「部長、家に帰ったら寝るだけですから。私が自宅が近い事……忘れてませんか?」

「そうだったね。家でご飯があるのかな?それともケーキ食べるの?」

「ケーキは明日の朝です。お先に業務に戻ります」

私は皆より先に席に立って、マグカップにコーヒーを入れ直して席に戻る。

私が今やっているのは、既に発売されている製品のパッケージのリニューアルのデザイン。

大学に通いながら、デザインに興味があったからデザインスクールに通ったおかげでこの仕事が出来る訳で……あの当時の自分を褒めたくなる。

そんな自分だから、この部署でひいひい言っているのもまた事実。

「どこまで終わっている?」

「課長。とりあえず、3パターン考えてみました。もっと必要なら週明けまで頑張ってみます」

「うーん、パターンはいくつかあるのはいいけどね。数が多いとイメージの分散につながるから、こっちで絞り込むけど出せるだけ出してくれるとありがたいよ」

「分かりました。早急にやる事があればそっちに移りますよ」

デザインは、自宅でも出来るから今スグにやらないといけないわけではない。



「だったら、このデーターを入力して、分かりやすくして貰ってもいいかい?それが終わったら今日は上がってもいいよ」

「分かりましたって……量が多くないですか?」

「悠里ちゃんは作業が早いし、確実だからね」

そう言って、葵ちゃんの方を見る。葵ちゃんはまだ打ち合わせコーナーにいる。

葵ちゃんに任せたら、来週の月曜日中に終わる事はまずないだろう。

仕事が出来ない子ではないけど、前倒しで作業をしようってタイプではない。

宿題が終わらないって騒いで、誰かに見せて貰って済ますタイプだ。

事務職とはいえ、その姿勢でいいのかって思ってしまうのは胸に閉まっておこう。

私は開いていたデザインソフトを保存して閉じてから、エクセルを開いて資料を作成していった。

「いくら近いからってもう遅いよ」

「あれ?部長……だけですか?」

「そういうこと。また香山に押し付けられたんだ。これ今日には終わらないよ」

「分かっていますけど。これを最初に葵ちゃんに回さないだけ修羅場は回避されていますよ」

「彼女もね。もう少し前向きに仕事をしてくれたらいいんだけどね。でも彼女……6月末で退職するんだよ」

部長がそう言って、外を眺める。成程、寿退社で夏のボーナスを貰うということですか。

「7月以降はどうするんですか?」

「大変かもしれないけど、補充はしないつもりだ。機密性の高い仕事だからね。それに彼女には業務メインというより庶務メインにシフトして貰って今後の開発には係らないでもらおうと思うんだ」

「これからの開発は父の日はいいとして、それ以降は問題かもしれないですね」

「そういうこと。かと言って部署移動して貰うのもどうかと思うから、今までの資料の整理とか……いろいろあるだろう?」

「成程。別にいいですよ。それでも」

葵ちゃんが私に迷惑をかける事なんて直接的にはない。間接的にはたくさんあったし、これからもあるけれども……彼女には理解できない事だろう。

「そうすると、自分達の事は自分達で行うってことですか?」

「そうだね。そうすれば自分の事も客観的に見れるだろう」

そう言うと、私の入力していた資料を取りあげてしまった。

「今日の仕事はお終い。それに後1時間で今日も終わってしまうよ」

「そうですね。部長は帰らなくてもいいんですか?」

「うーん、ちょっと気になってね」

何か気になる事があるのだろうか?確かに部長は皆を管理する上に仕事でも忙しいから。

本当に大変だよね。

「お疲れですか?コーヒー飲みませんか?」

「だって、さっき今日のは終わったって言っていたよね?」

確かに渡君が最後のコーヒーを飲み終わった時に、席を立って片づけたのは私だ。

ポットのお湯はまだ捨てていない。

「まあ、いいですから。受け付けコーナーで座ってて下さい」

私は席を立ってコーヒーを入れる準備をする。

一人分のドリップコーヒーも少しは置いてあるからそれを一つ取り出した。

かなり疲れているみたいだから、少し甘いものを食べて貰った方がいい様な気がする。

冷蔵庫を開けると、私の分の君想いショコラがあった。明日絶対に食べたいって訳じゃないから差し入れとして渡してもいいかな。

気が付かないふりをしていたけど、今日がバレンタインデーって事位分かっている。

葵ちゃんは渡さないって宣言していたけれども、私は出社の時に皆に気持ちとして生チョコを作って渡している。慣れると簡単なんだよね。買いに行く暇がないから作ったともいえるんだけども。

コーヒーの香りが立ち込めてきたので、冷蔵庫から君想いショコラを取り出して部長の元に戻った。



「どうぞ、差し入れです。お疲れですよ」

「これは……君が買ったんだろう?」

「今週も頑張っている部長に差し入れです」

部長は二人きりになると、私の名前を呼ばない。どうしてなのかと聞いた事があるけれども決して教えてくれない。

「ありがとう?このコーヒー何か淹れた?」

「はい、香りづけにブランデーを少しだけ」

元々は、ブランデーケーキを作るつもりで買っておいたものだったけど、持って帰るのを忘れてそのままだったから、少しだけサービスだ」

「酒を飲むわけじゃないからいいか。ありがとう」

部長はそう言うと、コーヒーを一口飲む。そして、君想いショコラのパッケージを開けた。

私も同じタイミングで淹れたほうじ茶を飲んでいる。

「ここにいていいのかい?今日は……その……」

部長が言いたい事は分かる。それは私だけじゃないと思う。

「そんな部長はいいんですか?部下とのんびりお茶をしていて……」

「そうだね。ここ数年、個人的に親しくしている女性はいないからね」

「意外ですね。部長だったら女ホイホイだと思ってましたから」

「女ホイホイって……。その言われ方はどうかな?」

部長は私の言った事が気になったのか、こめかみに手を当てた。

でもね、本社自体は本当に有名だったんだよ。女ホイホイって。

だからって、部長はついて行かないから部長が選ぶ人は誰だろうって凄く噂になっていた。

「悪い意味ではないですよ。女性が付いて行くってだけの意味ですから」

「だとしてもね……気分は複雑だな」

「部長の元に異動が決まった時に凄く睨まれましたよ。私。お姉さま方に」

葵ちゃんは分からないけど、私はかなり陰口を叩かれた。そんな事があって今では必要最低限以外は本社ビルに行く事はしていない。もうあの日々はうんざりなのだ。

「ふうん。そうだったんだ。知らぬは本人ばかりってね」

部長はそう言うと、私の方に右手を乗せた。

「ねえ?俺を意識している?それとも……」

「どうしてですか?」

「想いの分だけキスしてあげる……だろ?」

部長に言われた事で思い出した。君想いショコラのキャッチコピー。

確かに仰る通りです。主任にあげる感覚であげてはいけなかったらしい。

確かに仕事のできる部長は憧れの存在ではある。けれどもそこまでの関係……に志願したつもりはなかった。

「悠里、どうして答えてくれないの?」

「憧れはあります。でも……」

「そうか。だったら俺の気持ちを教えてやるよ。こっちを向けよ」

なんか……今の部長ってキャラが違う。でもそこを指摘すると更に状況が悪化しそうだ。

言われた通りに部長の方を向くと、頤に手を添えられて顔が近付いて掠めるように部長の唇が触れた。

「オフィスでこんなことしているといけない事をしている気になるな」

私の顔を見てニヤリと笑う。

「悠里、俺の気持ちが分かったか?」

「私が想っている事が正解なのか分かりません。その行動だけじゃ」

「駆け引きを楽しんでいる訳じゃなくて、分かっていなかったって事か」

「すみません……そう言う事に疎くって」

昔から、恋に対して疎かった。だからこういう状況になると咄嗟の対応が出来なくなる。

「そんな初な悠里が好きだよ。好きだから独占したくてここに引っ張ったのに、俺の事を全く見てくれないから」

「それは、申し訳ありません」

「折角の、バレンタインデーだし。こんなに積極的なアイテムを貰ったんだから、俺も少しは頑張ろうかなって思ってね」

「はあ、そうですか」

やっぱり現実離れした状況についていけない自分がいる。



「で、返事は?俺の事嫌い?」

「嫌いじゃありません」

「だったら……俺の事を知って?もっと気になって?」

「はい、前向きに努力します」

これって、お付き合いするってことなのかな?こんなに恋の始まりはカジュアルなものなのかな?

「さあ、さっさと帰ろう。今夜は帰さないよ」

「えっ?今何と言いました?」

「今夜は俺を知って貰うから悠里は朝帰りをするんです」

にこやかに私に朝帰り宣言をする男性を私は始めてみました。

「安心して?いきなり引っぺがして食うなんて事はしないよ。そうだね、一緒に君想いショコラを食べながら想いを伝えながらキスして抱き締めて寝る位?」

何気なく言ってますね。付き合ってその晩にお泊まりって……お泊まり道具ないし。

「ほらっ、行くよ。イケメンコンビニにはお泊まりセットもあるだろう?悠里?」

まさか、イケメンコンビニでお泊まりセットを買う事になると3時間前の私にそんな事が分かっていただろうか?私の逃げ道は完全に断たれているのだけは明確だ。



「約束ですよ」

「ん?何が?」

「引っぺがして取って食わないでくださいね。お恥ずかしいんですが……経験値はゼロに等しいので」

「そこまでとは知らなかったよ。じゃあ大事に扱いますよ。悠里こっちにおいで」

私の鞄を持ってくれた部長が私を引き寄せる。

完全に試されているなあ。経験値ほとんどゼロって……やっぱり恥ずかしい事なのかな。

「やっぱり絶滅危惧種ですか?」

「どうして?」

「多分、キスは親としていると思うので、ファーストキスは終わっていると思うんですが」

「それは、ファーストキスだけど、カウントなしだな。俺は嬉しいぞ」

「そんなものなのですか?」

「まあ、男のロマンと言ったところですかね」

「あの……ミニスカのニーハイみたいなもんですか?」

たまに、飲み会で酔った男性が騒いでいた事を思い出した。

「そこは極端だけど、まあ、間違っていないよ。悠里、俺とゆっくりと大人の恋愛をしてみない?」

「ゆっくりでいいんですか?」

「そこを確認されると理性が試されている気がするけど……悠里よりは十分大人なので善処しましょう」

オフィスの戸締りをして、手を繋いで廊下を歩く。普段の私だったらありえない。

「誰もいませんし、警備員もそこまで言いませんよ」

やがてエレベーターがやってきて乗り込んだ途端にきつく抱き締められた。

「好きだ。もう俺のものだから」

「部長……キャラが違います」

「嫌か?でも慣れて貰わないとな」

そう言うと、部長が額にキスをした。

「さあ、ホテルの部屋は取ってあるから、俺を想いとたっぷりと教えてあげる」

エレベーターが開くと私の手を引いて足早に歩き始めた。



「早いです。もう少しゆっくり歩いて下さい」

「コンビニ寄って、24時までに部屋にいたいからな」

「なんでですか?そこは重要ですか?」

「シンデレラは24時に逃げ出したからな。あっ、俺は逃がさないけど」

やっぱり、逃げ道がありません。これから起こる事に少し恐怖心が芽生えた瞬間でした。

ちょっと強引でスマートな部長のはずが……まあ、気にしない。

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