好きすぎて辛いの
In other words……の倫子&とも君。
原作の時間枠は思い切り違いますが、本編の流れを踏まえた上での進行です。
とも君の卒業式前日に私に会いたいと連絡してきて自宅で会う事になり……。
「卒業式が終わったら、謝恩会でしょう?その後来るのなら来てもいいよ」
卒業式の前日。高校の定期テストが終わった翌日で学校が休みという彼女の家に放課後立ち寄った時に言われた。
「いいの?」
「うん。折角だから最後の制服姿撮ってあげようか?」
私は学校の鞄の中から、お手軽に撮れるインスタントカメラを取り出した。
ちゃんとした写真はカメラが一番だけども、気軽なスナップ写真ならコレで十分だ。
「そろそろ、現像に回したいからさ。私が撮るのは嫌?」
「嫌じゃないよ。それよりさ、去年の入学前の実力テストってどんなのが出たの?」
「言うと思っていたわ。待っていてね」
私は部屋から、同じ時期になお君から貰った過去問題を手渡した。
「はい、どうぞ。私なりに書き込んであるからね」
「ありがとう。相変わらず綺麗に使ってあるね」
ノートに問題を貼って書き込んだものだ。かなり時間をかけて作った記憶がある。
「一度は全部解いて、後は苦手な部分を中心に進めた方がいいよ」
「分かった。そうしたらまた教えてくれる?」
「私で分かるの?」
「兄貴から聞いたよ。この一年で成績が凄く上がったんだって?」
「みたいね。ほらっ、基本的に趣味らしい事がないからその分勉強していただけよ」
「ちいちゃんは、勉強嫌いじゃないものね」
「うん。テストは嫌いだけどね」
今日の天気があまりにも暖かくて気持ちがいいから、私達は庭に面した廊下を開けてそこに腰掛けてお茶をしている。
「今日、これからは?」
「うーん、勉強。暫くは進む事はないけど、来年の分の予習をしておかないと」
「もう?」
「うん、数学と英語の教科書はもう二冊目に入っているわよ。能力別で一番上のクラスだから進みがとにかく早いのよ。ボーっとなんてしていられないわ」
「そのノートって俺貰えるの?」
「あげる訳にはいかないけど、どうにかしてあげるわ。実力テストが終わったら取りに来るといいわ」
「本当に助かるよ。そういえば俺……特待生になるかもしれないんだ」
「そうなんだ。でもそうすると、大学の指定校推薦貰えないよ」
「そうなの?」
兄からはそこまでの内部事情を聞いていないようだ。
「文系選択した私はそんなに行きたい大学がないから来年度から特待生って言われて受けたけど、とも君は理系の方ができるんだもの。お金的には違うかもしれないけど進路を決める時に楽が出来ないから特待生にならない方がいいと思う」
「分かった。兄貴に確認して、もう一度だけ親と話し合ってみるよ」
「そうね、同じ学校に兄弟が通うんだものね。まさか本当に来るとは思わなかったわよ」
「だから、待っていてねって……俺言ったのに」
確かに一年前の卒業式の日に彼に言われた事はある。でも本当に実行したとは思わなかった。潜在的な学力は私より多分上だったはずだから、私よりも学校は選び放題だったはずなのに。
「ところで、お茶が空っぽね。もう一杯飲む?それとも早いけどおやつにする?」
「何かあるの?」
「手抜きだけども、作ったのがあるから、今食べるのならいいわよ」
「貰えるものは何でも貰うよ」
「はいはい。だったらコーヒーと一緒がいいんだけど……インスタントでもいい?」
「構わないよ」
このまま彼とおやつタイムに突入する事になった。午前中に焼いたクッキーを食べる事にした。元々は明日、学校で食べるのを目的として作ってあるからかなりの量だ。
自分の分として取り置いたクッキーが入っている瓶と、二人分のマグカップとインスタントコーヒーの瓶と粉ミルクの瓶を持って行く。彼は甘いのが苦手だから砂糖はスティックシュガーで十分だ。
「お待たせ。ねっ?手抜きでしょう?」
私は瓶に入っているクッキーを見せた。小さなクッキー型で抜いたシンプルなクッキーだ。
「午前中に作ったんだろう?十分だと思うけど」
「まあ、一番時間がかかったのは、型を抜く時だけどね」
「小さいだから当然でしょう?コーヒーは自分で入れる」
「どうぞ」
私は彼にインスタントの瓶を手渡した。午後二時。暖かくて庭の梅の花が綻んでいて白梅も紅梅も綺麗に咲いている。
「いつ来ても凄い庭だね。管理は誰がしているの?」
「業者さんに月に一度お願いしているの。私の家だから私がするのは当然だわ」
「全部一人で?」
「まあ、庭師さんとかは本家と同じ所にしているからやっぱり手抜きよ」
自分から探すとなると、足元を見られてしまうからそういうことは本家と同じ業者に頼んでいる。
「アルバイトは?」
「それなりにおもしろいけど、私が行く日は本来、事務所はお休みなのよ」
「それなのに?」
「お休みだから、片づけが進むのよ」
私の主な仕事は資料をまとめて、整理したりする事。倉庫の掃除も含まれている。
「大変?」
「それなりに。でも仕事ってそういうものでしょう?」
いろいろあるけれども、そこまで彼に話す事ではない。
「ちいちゃん、俺さ……渡したいものがあるんだ」
「ん?何?」
「バレンタイン当日に俺は貰ったけど、ホワイトデーに会えるか分からないからちょっと早いけれども、今日渡してもいい?」
「いいわよ。当日じゃないと嫌なんて言わないわ」
私がそう言うと、彼は鞄の中から紙袋を取り出した。
「はい、どうぞ」
そう言って彼が手渡してくれる。私はそれを受け取って中身を取り出した。
紙袋の中には、数種類の君想いマカロンが入っていた。
「大変だったでしょう?」
「そんなことないよ。ちょっとだけ苦労しただけさ」
「食べてもいい?」
「その為に買ったんだからどうぞ」
私は手に取った一つを取り出して、パッケージのリボンシールを剥がす。
ホワイトデー限定のせいだろうか?いつもは金のシールと銀のシールのものが、パステルブルーとパステルピンクになっている。
半透明のプラスチックケースを開けて中身を取り出すと、中にはレア物のハートマカロンがコロンと入っていた。
「これって、レアものじゃない。大変だったでしょう?一緒に食べようよ」
「いいの?」
「うん。これに願いをかけて食べると、想っている人との距離が縮まるって噂があるよね?」
学校でもその噂でもちきりで、誰が食べたかなんて事も知られている状態だ。
「そうなんだ。でもいいの?俺が食べても」
「好きな人がいるんでしょう?夏休みに言っていたでしょう?その恋は終わってしまったの?」
夏休みの頃に気になる人がいるから、その人と同じ学校に行きたいって言っていた。
でも、その結果は同じ学校だ。その人とはどうなってしまったのだろう?
「終わっていないよ。だったら、そのマカロンにあやかってみますか?ちいちゃんは?」
「何が?」
「今でも……あの人の事が?」
そう言うと彼は言葉を発する事が出来ないでいた。彼も去年の私の事を知っているから。
でも、今の私は去年の私ではない。皆がいることで私も少しだけ前を進み始めている。
その道がなぜか棘だらけな気がしなくもないけど、一人ぽっちで小さくなっているだけの私はもうやめた。けれども、私の恋心だけは……まだ誰にも悟られてはいけない。
「彼?去年の四月にパーティーで見かけてからは会ってもいないのよ。あの頃は私なりに必死だったの。彼が好き過ぎて、彼に依存していたかもしれない」
「会ってないんだ」
「会ってどうするの?同じ道を歩かないって決めたのに」
「でも友達からってのもあるじゃん」
「そんなのは、私には無理。彼が戻ってくると期待してしまうわ。アレから一年よ。私だって前に進みたいの」
「前に?誰か好きな人はいるの?」
「うーん、今は傍で見られるだけでいいよ。私にもやる事一杯あるから。恋は時々でいい」
「ふうん。でももう恋なんてしないってまだ言うかと思ったよ」
「あっ、表向きはそう言っているけど?学校では」
私は、あっけらかんと答えた。学校ではたまに告白される事はあるけれども、恋愛よりも勉強ってキャラを前面に出している。部活の男子と仲がいいとか噂されるけれども、彼らの事は何とも思っていない。気になる人がいる程度には答えているけれども、それが誰であるのかというのは一度も答えた事はない。
「それって、俺なら教えてくれるの?」
彼は無邪気に私に聞いてくる。片想いの相手に教えてって言われてもどうしたらいいものか?この想いはまだ表面に出してしまう訳にはいかない。少なくても今の関係のまま……後、一年九カ月は維持していたいのだ。そうでないと……またあいつに同じ事を仕掛けられてしまう……そんな気がした。
「ダメ。本来、恋って秘め事であると思うの」
「エッチな事?」
「それもそうだけども、そうじゃなくて。相手に伝えられるだけの距離間とか、関係になるまでは自分の心の中で暖めておくべきだと思う」
「ふうん、結構古風な考え方だね。ちょっと意外」
「そう?私そんなに積極的に見える?自分からは何かした事はないんだけどなあ」
私はポツリと呟く。いつも、私が告白している訳ではない。恋が成就した回数が皆よりも少しだけ多いだけなのに。自分から告白なんて……今の私には到底無理だ。
「だったら、このCMのキャッチコピーみたいに想っているの?」
とも君が、マカロンと一つ摘まんでCMの様に唇に当てている。
「そこまではしないけど……でも、あまりに会いたくて涙が出た事もあるよ」
「えっ?それは……今好きな人で」
「うん、多分……好きになり過ぎちゃんだよ。だからそうなると辛いの。そんな自分を表に出せるのは一人きりの時間の時だけ。今は誰が好きなのか、絶対に知られてはいけないの。そうしないと、私はまた同じ過ちを犯してしまう気がするから」
「ちいちゃん。そんなに好きなの?」
「うん。それだけ好きなの。私が淡々としているから意外みたいだね」
「うん。恋のパワーで乗り切ろうとすると思ってた」
「そんな恋はもうしないの。もう何も失いたくないから。そういう意味では本当に私、欲張りになって来たの。失いたくないのなら鍵のついた箱にしまう。箱から出せるその時まで大事にしまっておきたいの」
私はオレンジ色のマカロンを大事に掌に乗せた。仄かに暖かそうなその色が私を安心させてくれる。
「じゃあ、いずれはその恋が成就するようにってお祈りしながら食べたら?」
「うん。でも勿体無いから、後でゆっくりと食べる。とも君の気持ちも凄く嬉しかったよ」
「喜んでくれて良かったよ」
「とも君の恋も成就できますように。気になる人との距離は縮まった?」
「それなりに、でもその人は誰も自分のテリトリーに入れてくれない」
「それも辛いね。それは時間が……時間が解決するよ。彼女の事を想って、彼女の為に出来る事をとも君が見つけたら……きっと想いは通じるよ」
「そうだね。ちょっとハードルが高い恋みたいだけども、それはそれでいいかなって思えるようになってきたよ」
彼はそう言うと、座っていた廊下から立ちあがる。
「そろそろココも冷えて来るから帰るよ」
「うん。明日の答辞間違えないでね。今は部活も活動していないから、生徒会がなければ早く帰って来れるわ。そうそう、入学予定者の実力テストの時は、私達も学校にいるから一緒に帰ろうか?」
「いいの?」
「なお君いるけどね」
「そりゃそうだよな。あいつちゃんと仕事しているのか?」
「していますよ。会長さんだしね。本当だ。風が冷たくなってきたわ。またそのうちね」
「うん」
私は彼が自転車を置いている門の傍までやってくる。
「そういえば、俺達の学年から制服ちがうんだっけ?」
「うん。学生服とセーラー服がブレーザーに代わるんだって」
「ちいちゃんは?新しい制服を買ったの?」
「うん。在校生は、修学旅行と卒業式だけ前の制服の着用義務が出ただけだもの」
「そうなんだ。セーラー服姿見れなくなる?」
「そうでもないわよ。役員としての行事参加は旧制服って決めてあるから」
「そうなんだ。ここでいいよ。資料ありがとうね」
「いいえ。私も元はなお君から貰ったものだもの」
「それじゃあ、俺もまた誰か後輩に渡せるようになればいい訳か」
「そうだね」
「分かった。それじゃあまた」
そう言うと彼は自転車を漕いで自宅に戻って行った。
今までの私だったら、彼に気持ちを伝えていただろう。
けれども、今の私にはそれが許されない。隠れて付き合ったとしても同じ学校にいればいずれは分かってしまって、前の様に引き裂かれてしまうだろう。
それだけは避けたい。彼を傷つけたくはない。私が傷付くのはもう怖くない。
廊下を片づけていると、トレーに乗ったままのマカロンがあった。
私も両手で大切に抱えて、頬にそっとくっつける。
「君が好き。でもまだその時じゃないの。でもこれからは今までよりは会えるから」
もっと彼と過ごせる時間を望んでマカロンを口にする。オレンジの甘酸っぱさが口に広がる。
一番最後のCMを思い出す。女の子が男の子を振り返った後に一筋の涙を零すシーンが印象的だ。少しずつ食べて、全て食べ終わった後に私も彼女と同様に私も涙を零していた。
「好きなの。彼が好きなのに……」
どうしてこうなったのだろう?私が何をしたのだろう?そこの真相は何も分からない。
けれども、彼女が私の事を嫌って恨んでくれているのは分かる。
「折角だから、無関心になって欲しいのにね。そうしたら気にしなくなるのに」
自分に降りかかってきた事がかなり理不尽過ぎて、自分もどこか感覚がおかしくなってしまったのだろうかと考えるしかなかった。
全く、本編が進んでおりません。今年の目標はこれを勧めることです。
君想いマカロン編はここでいったん終了です。
次は君想いショコラ編です。