あなたに会いたくて 3
高等部に行こうとしたら、捕まっちゃいました。
「ごめん、先に帰っていて」
「美月、どこに行くの?」
「分からないけど、探したい人がいるの」
私はそう言うと、廊下をダッシュで走り出す。すうちゃん先輩達に起こった事が気になったから。それがたとえ自己満足でも構わないと思っていた。
「こらっ、廊下は走らないって美月ちゃんか」
「薫先生。すうちゃん先輩は?」
「美月ちゃんは相変わらずだね。いいよ。ここで話そうか?」
私達は相談室を使う事にした。
「まずは、どこから話そうか?今回の事件は、菫達がランドセルを背負っていた時から始まっていたんだ」
悔しそうに顔を歪ませながら、薫は淡々と事実を教えてくれる。
六年前に一度すうちゃん先輩が薫先生に告白した事があること。
その時に、素敵な大人になったら考えるよって薫先生が答えた事。
その答えに近付くように、すうちゃん先輩はずっと努力をしていること。
そんなすうちゃん先輩の事を愛おしく、誰にも渡せない位の存在になっていた事。
「薫先生とすうちゃん先輩の関係はわかりました。それじゃあ徹先輩は」
「徹ねぇ……美月ちゃん、君に任せてもいい?」
いきなり薫先生に言われて私は戸惑う。
「私?ですか?どうして?」
「兄貴の俺から言わせて貰うと、何をしても薫の弟な訳だ。そろそろその鎖と断ち切らせてやりたくてな。今までは、徹のままでいいって行ったのは菫だけ。その事が徹の勘違いの恋の始まりだったんだ。言った本人は何とも思っていないのだから……困ったものだろう?」
「うん、でも……どうして……私が」
「それは簡単。美月ちゃんが徹に恋心を持っていそうだから。違う?」
言い当てられた私はみるみる顔が赤くなる。
「それって、今の状況を利用するって事ですか?」
「そこは違うよ。恋ってドキドキするんだって徹に分かって欲しいんだ。徹は優しいだけの人なせいか、安定志向が極端なんだ。それを壊せるのは、多分君だと思う」
「難しくないですか?私の扱いは妹ですよね?」
「そう思っているのは本人だけだと思うよ。基本的にクラスの女の子以外の話題で出るのは君だけなのだから。これは本当だよ」
「もう、あいつには菫のお守をして貰う必要はないから。今度は君が徹のお守をしてくれないかい?ちょっと面倒くさいけど、決して不幸にはならないと思うよ」
「あいつが、愛称で呼んでいたのは、君と菫だけ。それだけでもあいつのテリトリーに入っていると思わないかい?じゃあ、菫のお迎えの時間だから」
そう言って、薫先生は相談室を出ていった。私は一人残されて今聞いた事をもう一度自分の中で反芻する。
結局、徹先輩はないものねだりをしたってことなのかな?
それをすうちゃん先輩は見抜いていたから、側にいるだけという態度だったんだ。
辛くなかったのかな?報われない想いを抱えたままって。
私だけが徹先輩に出来る事って何があるんだろう?
また、夏休みが終わると学園祭実行委員会から招聘されるだろう。
二年前に本部に参加してから、ずっと本部での仕事をメインに受け持つことになった。
先生に誘われるままに生徒会役員に立候補して、徹先輩達と一緒にお仕事して、今では副会長だ。会長はいるけれども、部活動に専念しているので、決済までは全て私と後輩役員で運営している。
今の徹先輩達は実行委員には招聘されるだろう。国文科との交流事業には今では欠かせない存在だ。
薫先生は中等部での簡単だけどもびっくりする実験の企画をメインにしている。
中等部が文部省の研究校に来年度からなるということで、お試しの企画なのだろうだ。
今のすうちゃん先輩は、教室に入る事ができないという。
それだけショッキングな出来事だと思う。自宅でも一人でいるのを怖がる状態だともいう。
事件をきっかけに想いが通じた薫先生と一緒に過ごすのが一番自然な形だろうという事で、双方の親の了解のもと二人は婚約をしたという。事件が起こるまですうちゃん先輩があの大きな洋館の家で一人で暮らしていた事をさっき教えて貰った。
家を戻している間は、理事長先生の家にいたとか。すうちゃん先輩のおじさんって理事長先生なんだって。そっちの方がびっくりだよね。でも、婚約した事が悪影響にならない為にすうちゃん先輩には、いろんな制約があるんだって。
私だったら絶対不可能って思ったのは、卒業するまで学年主席を目指すこと。
英語ならできるけど、全教科を差しているらしい……。それをこなそうとしているすうちゃん先輩も凄いわあ。やっぱり、私はすうちゃん先輩見たくなりたいけど、私には不可能だと思うから、私なりに努力してみよう。
夜、宿題を解いていたら、自宅の電話がなっていた。
「スミレカラ」
ようやく片言で会話するようになったママから受話器を受け取る。
今のママは日本語で一日過ごす事が楽しくて仕方ないみたいだ。
「美月です」
「うん、ごめんね。薫君から放課後の事を聞いたんだ」
多分すうちゃん先輩なら連絡をくれると思っていた。
「大体の状況は分かりました。どうです?」
「どうもこうも。私が全てを受け入れて、消化して行くしかないの。今は食べ過ぎって所?」
すうちゃん先輩らしい分かりやすい説明だ。
「美月、徹君好き?」
「好きです」
「良かった。徹君が頭を撫でている時、いつも凄く嬉しそうだったから。二人とも」
サラリとすうちゃん先輩は驚く事を言ってきた。
二人とも嬉しそう……私はともかく、徹先輩も?
「それって、いい様に解釈していいのかしら?」
「いいんじゃない。最近ミッキーからメールが来ないって言っているし。私とは別にちゃんと女の子として存在しているよ」
「怖くって。女の子として見てくれるかどうかって」
「徹君だって馬鹿じゃないわ。私には妹と同じ扱いだっただろうけど、美月は違うから。自分に自信を持ちなさい。徹君は簡単に自分のテリトリーに他人を入れないから」
「どうして?あんなに優しいのに」
「優しいだけで利用される事が多いから表面的は付き合いしかできないのよ」
徹先輩の闇の部分を知ってしまっていいのだろうか?
「そんな彼が先生から頼まれたと言って交流手段が英語が楽な女の子の日本語の勉強を見ると思う?美月の事を気にいっているから、今でもミッキーで呼ぶのよ。ミッキーって呼ぶの徹君だけでしょう?」
「そう言えば、そうかも」
確かに、私の友達はミッキーとは呼ばない。高等部の交換留学生は私の事をミッキーと呼んでいる。
「それはね、かなり前に、ミッキーって呼んでいいのは俺の特権みたいなことを言ったのよ。徹君。恋の自覚もないままに。それが始めてだったから誰もミッキーって呼べないのよ」
ミッキーと呼ばれる事の種明かしをされて、電話越しなんだけども私の顔は真っ赤になる。
「だから、美月は自分の気持ちに自信を持って。徹君の私への感情はね……大好きな女の子というよりも、お気に入りの玩具の一つ……そんな所よ。薫君が私を選ぶって分かって焦っただけの、勘違いの恋。だから、美月は私に気にしなくていいのよ」
「菫……いいの?私で?」
「うん。徹君を振りまわして、その視界に美月だけを映していればいいのよ。優しくするのは美月だけにしてなんて言ったら、徹君でも分かるわよ」
「うん。分かった。でもね、今年の実行委員会本部に招聘されるまで少し自分磨きしたいんだけど……」
「いいんじゃない?徹君にもそれは話してあげて。徐々に距離を置かれた事はかなり傷ついたみたいだから」
あれ?徐々に距離を置いていったはずなのに……バレテいたんだ。意外に女心には敏感なのかもしれない。敵も案外強敵かもしれない。
「分かった。徹先輩にそれらしいメールを送っておきます。私なりに頑張るね」
そう言ってから私は受話器を置いた。