3話 私と私が召喚されてから進んだ世界の距離
勇者たちが町中を馬に乗って練り歩いていくのでそれに合わせて街の人たちが移動していく。そのために王宮には最低限の門兵や衛兵しかいない。
門兵に言うと私のことを覚えていたのか簡単に王宮へ通してくれた。
「……リーノ殿?」
王様がいそうな謁見の間みたいなところに行こうとしたら後ろから声をかけられた。振り返ると都合よく王様がいるわけはなく、前に王宮から出るとき最後に会った上品そうな人だ。
「ああ、私はアレクシ・クロードと言います。覚えていますか?」
「ええ」
「陛下にご用事でしょうか?」
「はい、大丈夫でしょうか?」
アポイントメントとってないんですがね? 王様って忙しいんでしょ?
「……ええ、大丈夫ですよ。私がお連れしましょう」
アレクシさんの後ろについて歩いているが、何故だか王宮の奥の方へと歩いていく。普通謁見の間とか執務室とかにいるものなんじゃないのかな。
そう思っていると、アレクシさんが一つの扉の前で止まった。
「こちらです」
「ありがとうございます」
扉の脇には前のように兵士が立っている。しかしなんとなく悲しそうな顔をしていた。
扉をノックしようとしたら、呼びとめられた。
「リーノ殿」
「はい?」
「やはり……私もご一緒してよろしいでしょうか」
なんだコイツ、私が王様を殺そうと企んでるとか思ってるのか?
いくら邪魔者扱いされたからといってもさすがにそこまで悪人じゃないよ、むしろ聖女様ですし。
「ええ」
私が返事をするとアレクシさんが扉をノックした。
するとしばらく間があったのち、扉が開かれた。
何故か白衣を着たおじいさんが出てきた。
「陛下のご容体は……」
アレクシさんが医者に尋ねると無言で首を振る。
「そろそろ最期です」
「……そうですか」
医者はため息をつき俯く。
空気が重い、私ここにいていいのかな?
「リーノ殿、お入りください」
アレクシさんに促されて部屋の中に入る。
そこは王様の寝室らしい、天蓋付きの大きなベッドがそこにあった。
しかしカーテンが窓から入る光を遮り昼間なのに薄暗い。
「……王様?」
扉が閉まり、静まり返った室内でぽつりと尋ねた。
ベッドに近づいていいのだろうか。アレクシさんを振り返るとゆっくりと頷かれた。
傍まで寄ると、王様が横になっていた。
前に会った時よりも明らかに衰弱している。
「……王様」
今度は聞こえたようで王様が瞼を上げる。
「…………おお、リーノ殿」
目だけを動かして私を確かめ、弱弱しい声音だが嬉しそうにそう言った。
「お久しぶりです」
「そうですね……」
本当はあの勇者たちについて聞きだしたかったけれどこれは聞ける雰囲気ではない。
「リーノ殿……ご安心ください……」
「……」
「新たに5人の勇者を呼びました……これで、リーノ殿が危ない目に遭わなくてすむ……」
どういうことだろう。
よく分からないけれど王様は心底安心したようにうっすらと微笑んでいる。
「リーノ殿は勇者として呼ばれました。しかし戦闘力を持たない聖女、戦えるはずがありません。ですがそれで納得する者はいません、なんとしてでもリーノ殿を魔王と戦わせるか、あるいは――――生贄にされていたでしょう」
王様があまり話すことができないため、詳しい説明をアレクシさんが補足してくれた。
「いけにえ……」
「魔王が最も恐れるのは勇者ですから」
私は今でも勇者なのだろうか。
もともと間違いで呼ばれただけなのに、魔王と戦わされるのは嫌。
けれど生贄として死ぬのも嫌。
これはただの我がままなのかな――
「ですから陛下はリーノ殿を生かすため、すぐにまた勇者を呼びだしました。それがあの5人です」
思わず窓の方を見る。
カーテンに遮られて何も見えないが隙間から洩れる光が筋となって室内に刺さっている。外の音は一切聞こえない。
「しかし陛下は5人を呼ぶのに魔力、体力はおろか命まで削ってしまったのです」
「……それって」
じゃああの時の医者が言っていたのは、王様がもうすぐ死ぬってこと?
「こんな姿を……リーノ殿には見せたく、なかったが……」
「な、治せないんですか? 私、まだヒールしか使えないんですが……ほら、教会とかにいる霊験あらたかな聖女とか……」
「気に、しないで……ください……もう、いいのです……」
「そんな」
「それより……リーノ殿……」
弱々しい言葉で遮られてしまい、ぐっと言葉を飲み込むことしかできない。
「あなたを、元の世界に、返すことが出来ず……申し訳ありません……」
「……」
「ですが……他の国々に、手紙を書いておきました……」
「……手紙?」
「リーノ殿を、元の世界に返す……方法がないか、と……」
「……」
「返事は、まだ来ていませんが……もし、かしたら……」
「……」
「――この世界の、どこかに……帰る方法が、ある、でしょう……」
顔が白く、今にも瞼が閉じてしまいそうな王様。
けれどその顔はとても慈愛に溢れ、そして――――悲しそうに顔を歪めている。
私をこの世界に呼んでしまった罪悪感がそうさせているのかと思うと、的外れもいいところだと言ってあげたい。
死にかけなのに、それでも必死で私の身を案じている。
私の帰り道と引き換えに人が死ぬとか……ただの馬鹿だ。
「そんなこと」
「陛下の、お言葉を無駄にしないでください……」
アレクシさんが私の言葉を遮り、懇願するように呟く。
私なんかに会わなくてよかったのに。
私のためにそんなことしてくれなくていいのに。
……そんなこと、今この時に言わなくてもいいのに。
「…………ありがとうございます。ダグラス王様」
王様は安らかな表情をして眠りについた。
私とアレクシさんは寝室から出た。
私達と入れ替わるように医者が部屋に入っていった。
私は何をすればいいか分からず扉の傍に立ったまま動けない。アレクシさんは門番にこれからのことを指示していた。
「リーノ殿、少しお話があるのですが」
「はい」
アレクシさんは近場の部屋へと私を招いた。
近場にあった椅子に腰をかけ、様子をうかがう。
アレクシさんは元からこうなることを知っていたかのように冷静だ。
「少し、この国のことをお話ししましょう」
「はぁ」
王様のことを話すのかと思っていたから少し拍子抜けした。
「この国は80年前に出来ました」
え、100年も経ってないの?
意外だな、家並みがレンガ調だから古めかしく見えるだけなのかな。
「リグナスという一人の聖職者の命と引き換えに」
「え?」
「リグナスという青年も、この世界に呼ばれた勇者だったのです」
つまり80年前にも聖職者の勇者が呼ばれて……
「その人を魔族に差し出したの?」
「……魔族が提案してきたのです。リグナスを渡せば広大な土地を人間に渡すと」
それでリグナスって人の命を捧げたってことね。
……ってあれ? それってつまり、足手まといでいらないから売り飛ばされたってことじゃないの?
「そしてリグナスは人間達に追われ、捕まり、魔族に引き渡されました」
「……」
言い方的にリグナスは逃げたけれど土地が欲しい人たち、というかこの世界の人たちに捕まってムリヤリ引き渡されたって感じにしか聞こえない。この世界は土地より人の命の方が安いらしい。ああ、人の命と言っても『この世界ではない人間の命』が安いだけなのかもしれない、戦えない者は特に。
「そしてこの国が出来ました。英雄リグナスの尊い犠牲を忘れないようにとリグナス国となったのですが、批判が飛び交いました」
「批判?」
「『生贄の名前をつけるとは気持ちの悪い国だ』と言われました」
まあ言いようによっては縁起が悪いかもしれない。
「なのでリグナスの話を改変して世間に伝えたのです。『リグナスという異世界の勇者が魔族から土地を取り戻し、リグナス国に眠っている』という体裁の良い話です。一般人はその話を信じて英雄リグナスを後世に語り継いでいます。現在リグナスについて知るものは既に死んでいるか老齢の者、そして私くらい地位の高い人たちしか知りません」
「……」
「どうしました?」
「何故そのような話を?」
可哀そうな話だとは思うけれど、そんな重要そうな話を私なんかに話していいの?
秘密にしたいから誰もその話をしないように隠しているのに。
何を考えているのか全く分からない。
「リーノ殿はリグナスに似ているので聞いてもらいたかったのです」
「似てますか?」
「すでにあなたの存在は王宮内では知れ渡っていたので……もし陛下が他の勇者たちを召喚しなければ、同じ道を辿っていたでしょう」
ぞくりと背筋が凍りついた。
可哀そうだと思った境遇がもしかしたら自分の身に降りかかるかもしれなかっただなんて。
私に今この国について教えてくれているアレクシさんさえ敵のように見えてしまう。
「怖がらせてしまってすみません、陛下はリーノ殿をそのような目に合わせないように勇者たちを呼んだのです」
「……私のために?」
「はい、ただでさえ難しい召喚術で一人を呼ぶのですら精一杯なのですが、リーノ殿を見て陛下はもう一度召喚術をしようと決めました」
「……なんで?」
「なにがですか?」
「なんで王様は私を助けるような行動をとったの? それに、召喚が難しいなら死ぬかもしれないって…………分かってたんじゃないの?」
「この国の王ですから、リグナスのおかげでこの国が成り立っているということを知っています。なので陛下はリグナスに感謝していました。そして魔族の動きが活発になり、人手が足りなく勇者召喚をし、リーノ殿が来られた……」
「……」
「陛下は死を覚悟なさっていました。リグナスのような悲劇が生まれるくらいなら、と仰っていました」
「……」
「そして、ここからが本題です」
「え?」
「――なるべく早く、この国から去って下さい」