2話 殺傷禁止は常識
私は今城下町から外に出る門を眺めている。
門からはちらほらと商人らしき人や剣を携えた厳つい人が出入りしている。魔族に備えてだろう、完全防備している門番は通行証を確認して通している。
この国は比較的魔族のレベルが低く、現存する国の中で魔王の住処から一番遠い。まさに用意されたような勇者旅立ちの街って感じ。
私は門番へと近づき王様からもらった特別な通行証を見せる。なんでも王様直筆だそうだ。読めないけど。王様は私をとても気にしてくれている。なので私が宿で暮らしたいと言ったら変な方向に勘違いして嫌われていると思ったらしい。王宮から出るときに上品な服装を来た人からそう言われて通行証を渡された。この国から出たければこれを使いなさいって。
そして私は今城下町から出ようとしている。
門番は一人で門に来た私を不思議そうに見ていたけれど、通行証を見せた瞬間頭を深く下げた。清々しい反応だ。
私は一人だということで周りからチラチラ見られていたがあえて気にせず森の中を歩く。ほとんどの人は村や町に行くので横道にそれたら誰もいない。
RPGとかではモンスターがよくいるけど、勇者が初めて外に出るときは絶対に弱いモンスターばかり出てくる。そして徐々に勇者のレベルに合わせて強くなっていく。つまりこの世界でも同じはず。一応勇者のつもりとして呼ばれたのだからここら辺にはレベルの低い魔獣とかがいるはず。私頭いい。
がさっ
斜めの茂みから音がした。
大丈夫、相手は弱いんだから。
茂みの音が大きくなって何かが出てきた。
「きゅうきゅう」
ウサギの姿をした動物だった。
ただ普通のウサギの泣き声とは違う。それに姿も変わっていて目が大きくて潤んでいる。毛も長く耳が横に長い。
そしてなにより――
「かっわいー!」
弱いモンスター程何故か可愛い容姿をしているんだよね。
ウサギの魔獣が私をうるうるとした瞳で見つめる。
すごく愛くるしい。そして死ね。
私は杖の尖った部分でウサギの魔獣を刺した。逃げようとしたところを一突き、とても簡単に倒すことができた。
「これがグロかわいいってやつかな」
本来ならば剣とか弓とか使って倒したかったがそれは聖職者では出来ないそうだ。武器屋に行ったら変な物を見るような目をされながら説明された。ちなみに聖職者は回復専門、僧侶とかシスターとかもっと分かりやすくいってくれたら簡単に理解したのに、人を馬鹿にし過ぎ。しかも王様も私のこと何も言ってなかったし……ああ、聖職者だから見込みがないってことか。
でもこうして魔獣を一匹倒すことができた。やればできるのよ、人間ってものは。
ただ埋めるのめんどいし、ここは自然の摂理に従おう。世の中は弱肉強食……あ、これ焼いてみそ汁と白米があれば焼肉定食になりそう。気持ち悪いけど。
けれどそんなヒモジイ旅人みたいな真似はしない。なぜなら街に戻ればちゃんと血抜きされて加工済みの美味しい料理が食べられるから。
死骸よりアイテム欲しいんだけどレベル低い奴からはまだ出ないよね。よく毛皮とか肉とか手に入れられるけれど、なんにも出ないなー。死骸弄るのも気持ち悪いし経験値だけ搾取出来れば用済みだよね。
なんだかお腹すいてきたけど、今日中にレベルを3~5くらいまで上げたい。目標を達成したらビフテキ食べよっと。
……おかしい。
さっきのを合わせて5匹は倒した。ウサギの魔獣を3匹、蛇に足がついている蛇足の魔獣を1匹、手足が胴体よりもでかい変なネズミの魔獣を1匹。それなのにレベルが一向に上がらない。それだけじゃない、せっかく買ったばかりの服がところどころ破けてしまった。マジ痛いしもうこの服着ることできない。
そしてなんだかだるい、日頃あんまり動いていないのが祟ったのかもしれない。ってかホント後いくつくらいの経験値でレベル上がるの……経験値がみたい。
名前:リーノ・キリシマ
クラス:聖職者
Lv:1
HP:4/10
MP;17/17
経験値は見たいと思っても絶対に見せてくれないのか……傷があるからか体力減ってるし、疲労も含まれてるのかな。こういうのって普通自然回復していくものだけどなかなか治らないなー。
「ヒール」
杖の上についている水晶から淡い光が溢れた。すごい、8:30によくやってるようなアニメの女の子向けのおもちゃより精度が高い。スイッチが無いところとか。
光が収まると傷口はなくなっていた。
「わあ……初めて役に立った」
名前:リーノ・キリシマ
クラス:聖職者
Lv:1
HP:10/10
MP:11/17
一回でMP6の消費か……今のレベルだとギリギリ連続2回だけしか使えない。レベルが上がったらMP1でもいいから上がってほしいな、というかいつになったらレベルが上がってくれるのか……。
今日はもう帰ろう、精神的に疲れてしまった。
宿に帰ってご飯を食べた後、私はベッドに倒れるようにして寝込んだ。
――それから二日後
「だるい……」
起きたら女将さんに心配された。
ずっと寝込んでいたらしい、久しぶりに動いたからにしては寝過ぎだ。
でももうちょっと、もうちょっとでレベルが上がりそうな気がするんだ。
私は女将さんに大丈夫だといい、ご飯を食べてから街を出た。
通行証を見せて門を出る。次からは顔パスできないかな。
森に入ってうろうろするが今日はなかなかいないな、ここに来るのまだ2回目だけど。
その時、木陰が動いた。何かがいる。
ちょうどこっちからは死角になってる。
チャンス、獲物はでかい!
「う゛っ」
……あ。
私の杖は木の裏側にいた男性のわき腹に刺さった。思いっきり人の肉に刺さった、刺さってしまった……これは逃げるべきかな。
「ぅお、いだだだだ」
杖を抜こうとしたら男性が喚く。うるさいなぁ。
思ったより深く刺さっていたらしい、やっと抜けた。
男性はわき腹をおさえて木にもたれかかっている。
……逃げよう。そして王様に保護してもらおう、完璧。
「いきなり刺すことないだろ?」
うっ、杖を握られてしまった。現状この武器しか持ってない私はこれが無いと門まで安全に帰れない。
「すみません、離してくれません?」
「……せめて傷治してくんない? 君って聖女でしょ?」
え、なんでこの人私が聖職者だって分かったんだろう、見分けるコツとかあるのかな?
そう言えば王様も私を見た瞬間聖女かよー的な発言してたっけ。
なんかコイツ傷治すまで離してくれないっぽい、しょうがないなー。
「ヒール」
スペルを唱えると傷が治った。良かった自分で練習しておいて。
「どうも……って俺が言うことじゃないけど」
あーあ、傷が治っちゃったら今さら逃げられないよね、あっちの方が体力ありそうだし背中に剣背負ってるし、斬られる前に刺しておいてよかった。
「すみませんでした、まさか人がいると思わなくて……」
言い訳付きで謝る。こんなところにいるお前が悪いんじゃないですか? って意味で。
「ま、カワイイから許すけど」
これは頭カラカラですわ、あんまり関わらないようにしよう。
「それはありがとうございますさようならお元気で」
「ちょっと待ってよ」
「……何か」
「なんでこんなところにいるの?」
まあ普通の質問だよね、普通こんなところに聖職者がいるわけないし。
この世界ではレベル上げって言って通用するのかな?
「……あなたは?」
「俺? 俺はモンスターを倒して毛皮や肉を街で売ろうとしてた、ほら」
木と木に紐をつなげて毛皮を乾かしていた。やっぱり倒した瞬間に毛皮ゲット! ってわけにはいかないんだね……いや、なんとなく分かってたけど……何匹倒しても毛皮とかアイテムとかお金とか出てこなかったし……
それより、こいつ今モンスターって言った?
私魔族がどうたらって聞いてたから魔族の獣で魔獣だと思ってたのに普通にモンスターでいいのか、言ってて損した気分。
でも人前でうっかり魔獣とか言って変な顔される前でよかった、経験したことがあるかのように光景が目に浮かぶわ。
「で、君……そうだ、自己紹介がまだだった。俺ディーノ、君は?」
「……私は理衣乃」
「へえ、リーノって言うんだ。偶然だね、俺ら名前似てない?」
う、それに気付いてちゃんと発音したのに……。
考えてることが一緒だったとか私まで頭空っぽみたい……。
でもこれは話を逸らすチャンス!
「そうね、私お腹がすいてきたから街に戻るわ」
「偶然だね、俺も今から街に行こうとしてたんだ」
絶対嘘でしょーまだ毛皮乾いてないくせにー。
「……そう」
「それで、さっき聞きそびれたけどなんで街の外にいたの?」
通行証を見せて門を通るとディーノが話を戻してきた。やっぱり気になるよね……
「えっと、街の外に出てみたかったの。ほら、ここって外に出ても比較的弱いモンスターしかいないから大丈夫かと思って」
よし、これでいこう。
私はこの国の教会に使える聖女だけどずっと教会にいて祈る毎日に飽きて外に出たいと常日頃思い教会を抜けだし外に出た。こんな感じで。
「だから刺したってこと?」
うっ、まあそう思われても仕方ないか。
「けど聖女が人刺して大丈夫?」
それは神に仕える者が犯罪を犯して大丈夫かってことかな?
神様の方が悪魔より人間殺してるって前に見たことが……いや、ただの言い訳だけど。
「おとぎ話で司祭が魔族と杖で戦って勝ったけど衰弱死したって話があるよね」
「え……」
ちょ、今絶対に私の顔色悪くなった自覚ある。
衰弱死? ナニソレホントヤメテ。
そう言えば朝体調悪かった……いや、モンスターを倒してからどんどん体調が悪くなっていってたんだ……
あれ、私のデータに状態異常とかって出ないのかな。
名前:リーノ・キリシマ
クラス:聖職者
Lv:1
HP:9/9
MP:15/17
状態:正常
「……え?!」
「どうかした?」
「私のHP1桁になってる! なんで?!」
「どこか怪我した? 回復したらいいんじゃない?」
「違うの! HPの上限が1桁になってるの! 前は15位あったのに!!」
「何それ」
「分からないから聞いてるの! なんで?! アンタ刺したから?!」
「そうかもな、聖職に関わっている者は殺傷禁止だし」
ああなんとなく分かるけどもっと早く、この世界に来た時にそのことを知りたかった。なんで王様は教えてくれなかったんだろうって私はただの戦力外だった。
「知らなかった……」
「常識だけど」
「あー、今日は人が多い気がするね」
無理な話題逸らし。
この世界の人間じゃないって知られたら必然的に勇者ってことになるからね。
けれど大通りを歩くにつれて人が多くなっていく。
それに出店みたいな料理とか売ってる店が並んでいる。お腹すいてきたな。
「それはダグラス王が魔王討伐のために異世界から呼んだ勇者たちのお披露目があるからだろ?」
え、王様が異世界から呼んだ勇者のお披露目ぇ~?
ナニソレ私のこと? 私魔王討伐しないよ、ちゃんとノーと言える日本人を意思表示できたはずなのに。
「私魔王倒さないよ?!」
「何いきなり、倒すつもりだった?」
「倒さないってば!」
ってディーノに言っても意味ないか。
でも私も勇者だって知られたらなんで魔王倒しに行かないの? とか聞かれそうで嫌だな。
「それより、勇者のお披露目なんて初めて聞いたんだけど」
「え? 数日前から話題になってたけど」
「二日前から?」
「そうそう、すごい勢いで世界中に知れ渡ったし」
私が寝込んでいる間の犯行か……
「ほら、勇者たちが来た」
「え?」
ディーノが指す方を見ると、5人の男女がひきつった笑みをして街の人たちに手を振っていた。私のところからは人だかりがあり遠目から見るだけだが5人は衛兵に引かれている馬に乗っているためよく見えた。
「誰あの人たち」
「魔王を倒してくれる勇者、だろ? 名前を聞いてるなら知らないけど」
私じゃなかったのか、っていうかこのこと知らなかったんだけど。なんで教えてくれなかったんだろうって元から私は魔王討伐とは関係ないんだった。
「あれでパーティ決まりかな? バランス取れてんじゃん」
「誰が何だか全く分からないんだけど」
「剣士に槍使いに弓兵、それに魔法使いと聖女。前衛2人に後衛3人ってけっこういいんじゃない」
ディーノは人物を指でさしながら教えてくれた。
よく見るとちゃんと武器持って馬に乗ってた。分かって当然だった。
けれど私はショックを受けてそれどころではなかった。
「あれ聖女?」
「そうだけど……大丈夫、俺はリーノの方が好みだよ」
黒髪でいかにも大和撫子のような優しさに包まれているような女性が私と同じ聖女らしい。
こういうのってなんて言うんだっけ、顔面格差? 違った高嶺の花かな、でも馬に乗ってるから高い感じがしてるだけで高嶺というより白百合の花って感じ……つまり私が高嶺の花ってことね。顔面だけなら私が100歩であっちが50歩のはずだし。
でもなんて言うか、いかにも聖女様ですって感じ。これは王様も本格的に私なんかいらないね! 失敗の次に呼び出したのがバランスの取れている、聖女もいる5人パーティとか。だから教えてもらえなかったのかも。あの魔法使い役の女性も元気がよさそうで何より、美男美女でいいんじゃないの、顔は良く見えないけど、どうせみんな美形でしょ。
王様から捨てられたにしても私にこのこと知らせてくれてもいいんじゃないのかなって私が寝てたからか、なんか私が知らないところで世界が動いてるなー。
「私用事出来た。またね」
「え、ご飯一緒に食べないの? 奢るよ」
「明日奢って。じゃあね」
そう言い残し私は勇者たちの進行方向とは反対側の王宮へと歩みを進めた。