たまごから生まれたのは
俺は、今、ゆで卵を作ろうとして卵を割ったはずだよな……?
そんな疑問を頭に浮かべながら、目の前の物体を見つめる。
「なぜそんな顔をしてるんです?」
「しゃっ、喋った……?」
「喋ったからなんだというのです」
「いやいや……」
俺は、なにが起きているのか事態を飲み込めていなかった。俺の目の前では、割れた卵の殻を頭に引っかけた鳥のような生き物が、日本語を喋っている。
「ところで、ここはどこですか?」
「どこって……どこから説明すればいいんだ……?」
「日本という国であることは間違いないですか?」
「あ、あぁ、そうだよ、ここは日本の、東京だ」
「そうですか。日本であるならば、まあよいでしょう」
「……なにがいいんだよ?」
「日本に行けと言われていたので」
「……誰に?」
「我の主様に」
「……あるじさま、ってのは、なんだ?」
「主様は、主様ですよ」
要領を得ない答えだが、それ以上の答えは出てこなさそうだった。質問を変えることにする。
「お前は、なんなんだ?」
「主様の命令により、日本の人間たちを幸せにするために遣わされた、幸せの鳥です」
「幸せの、鳥……?」
そう言われて、俺は改めて目の前にいる生き物をまじまじと見つめた。鳥、と言われれば鳥ではあるんだろうが、見たことのない風貌だ。地球上のどこを探しても、こんな鳥はいないのではないかと思う。
「幸せの鳥、ってのは、なにができるんだ?」
「人間を幸せにするのです」
「どうやって?」
「それは……」
「それは?」
「方法は主様から聞いていませんでしたね……」
「そんなことあるのか?」
「あるんですから、仕方ありません」
「それで、どうするんだ?」
「とりあえず、貴方を幸せにしてみせましょう。貴方にとって幸せとはなんですか?」
「そんなこと、いきなり言われても……」
「願い事の一つや二つ、あるでしょう」
「叶えられるのか?」
「さて、どうでしょう」
「どっちだよ」
「貴方次第です」
「どういう意味だよ?」
「貴方の願いの規模と、信じる力、それから、これまで積んできた人生の徳、色んな要素によって、願いを叶えられるかどうかが決まります」
「……つまり、規模の大きい願い事を叶えたかったら、これまでの人生でめいっぱい徳を積んでなくちゃいけないってことか?」
「そういうことになりますね」
幸せの鳥とやらの言うことを、どこまで信じていいものか、わからない。ただ、信じれば叶うという。規模にもよるらしいが。それなら、信じてみるべきだろう。
「どれくらいの規模の願い事なら叶えられるんだ?」
「それを先に教えることはできません。貴方の今までの人生を振り返って、考えてみてください」
「そんなこと言われてもな……」
少し困ったけど、考えてみるしかないようだった。振り返ると言われても、幼少期の頃なんて記憶が怪しいし、どこからのことをどう数えてみればいいんだろうか。
そもそも徳ってなんだ? 善行を積んだってことか? でも、じゃあ、悪行を積んだ時はどうなるんだ? 些細な悪事なら、心当たりがありすぎる。
どれくらいの規模感なら、叶えられるのか……。自分は正直、そこまで良い人間でもないと思ってしまうが、善行をまったく積んでないってこともない気はする。そこそこ人並みの人生のはずだ。
その程度の徳ポイントで、一体なにを叶えられるのか。
「ささ、そろそろ願い事は決まりましたかな?」
「……そうだな。じゃあ、今日はグッスリと熟睡して、明日の朝にスッキリ目覚めたい」
「ふむ、かしこまりました。お調べしたところ、不眠が続いているようですね。その願い、叶えましょう。ただし、願い事を一つ叶えたら徳ポイントはその分を消費します。残りがあればまた少しのことなら願いを叶えられるかもしれませんが、大きな願いを叶えるには時間がかかるでしょう」
「いいよ、それで」
「では、こちらをどうぞ」
そう言って鳥が差し出してきたのは、一枚の羽だった。
「そちらの羽を、枕元に置いて今夜は寝てください。それで、願い事が叶いますよ」
「へぇ……ありがとな」
「お礼は、願い事が叶ってからで構いませんよ」
「……ところで、鳥は今夜はどこで眠るんだ?」
「我は、この台所で構いません」
「そっか。巣とかなんか必要か?」
「お気遣いなく」
鳥がそう言うと、鳥の頭に引っかかっていた卵の殻が光って、変形し始めた。それは、鳥かごのような形に変化していく。
「我は、この鳥かごで眠りますゆえ」
「そっか。じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
俺は自分のベッドに入って、言われた通りに、枕元に羽を置いた。いつもなら、寝つくまでになかなか時間がかかるのに、すんなり眠りに着くことができた……。
翌朝、目覚ましが鳴る前にスッキリと目が覚めた。本当に、驚くほど体がスッキリとしている。肩こりも、倦怠感もない。
「おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「すごい、スッキリしてるよ。本当に願いが叶ったんだな」
「それは何よりです」
「ありがとうな」
「その言葉をお待ちしておりました」
鳥が言うと、枕元に置いていた羽が光って、形状が変化し始めた。小さな球体になったそれは、まるでビー玉のようだった。
「これは、願いが叶って幸せになった証でございます。我はこれを集め、主様に献上するよう言われているのです」
「そうなのか……。ちなみに、いくつくらい集めるんだ?」
「ざっと千は超えるまで、帰ってくるなと命じられております」
「千?! そんなにたくさんの人間の願いを叶えていくのか?」
「そうですね。なので、貴方様とはこれでお別れでございます」
「え……?」
「我は他の人間の願いを叶えに行かなければなりません。貴方様の願いばかり叶えるわけにはいきませんからね」
「それは、そうか。じゃあ……お別れなのか」
「はい。サヨナラでございます」
「……また会えるかな?」
「それは、どうでしょう」
言いながら、鳥は勝手に俺の部屋の窓を開けていた。
「貴方にとって、これからも良き日が続くように、祈っておりますよ。それでは、お達者で」
「あぁ……元気でな」
そう挨拶を交わして、鳥は外へ飛び立っていった。すぐに姿が見えなくなる。
喉が渇いたので台所へ行くと、鳥かごがそこに残っていた。いつか、またここに帰ってくるかもしれない。そう思って、その鳥かごは部屋の中の安全そうなところに置いておくことにした。
一晩しっかり熟睡できただけで、こんなに回復するものだろうか。不思議になるくらい、体の調子が良く感じられた。名前くらい、聞いておけばよかったな、と思う。幸せの鳥、という名前なのかもしれないが。
また会えればいいな、なんて思いながら、マグカップにコーヒーを用意した。
〈了〉
善行を積むことで願いが叶うシステムがあればいいのにね、なんて、理想。




