第8話:その「必殺の一撃」は、ただの躯体解体(はつり)作業です
凛はやればできる子!
「……うわぁ。絵に描いたような地獄絵図だな」
天井付近。
配管と金網でできたキャットウォークにしゃがみ込み、俺は眼下の惨状を見下ろして呟いた。
そこは、ダンジョン表ルートの大広間。
かつては壮麗なレリーフで飾られていた壁面は、爆発魔法の煤で真っ黒。
床には瓦礫が散乱し、換気不全による硝煙と、パニックを起こした人間特有の酸っぱい汗の臭いが充満している。
「ひっ、ひいいい! 来るな! 来るなぁぁぁ!」
「魔法が……出ない! ガス欠だ!」
Aランクの田中たちが、へたり込んで悲鳴を上げている。
自慢のミスリル鎧は泥と煤で汚れ、見る影もない。
そして、その中心で腰を抜かしているのが、引率責任者のロイド教諭だ。
「な、なぜだ……! なぜ私の極大爆裂が効かんのだ!?」
彼が震える杖を向ける先には、絶望そのものが鎮座していた。
全長5メートル超。
全身が鋼鉄のような岩盤質の皮膚で覆われた、巨大なモグラ――『ギガント・モール』。
本来なら深層にいるはずのボス級個体だ。
ロイドの発破工事が呼び寄せてしまったのだろう。
「グルルルル……!!」
ギガント・モールが、巨大な爪を振り上げる。
その爪先からは、ダイヤモンドすら砕く高周波の振動音が響いている。
俺は眼を細め、その威容を『保全管理の眼』で捉えた。
視界に、無機質な警告ログが滝のように流れる。
> [WARNING] 敵対性生物検知:ギガント・モール
> [STATUS] 外皮硬度:モース硬度10相当
> [MAGIC RESIST] 魔法耐性:極大
> [DANGER LEVEL] 推定討伐ランク:AA
「……なるほど。爆発魔法を食って成長するタイプか。ロイドの野郎、餌付けしてどうするんだ」
完全に詰みだ。
「……航。どうする? このまま見捨てても、報告書は書けるけど」
隣でカイが、冷めた声で尋ねてきた。
凛もまた、青ざめた顔で俺を見ている。だが、その瞳には「あなたならどうするの?」という、かすかな期待が宿っていた。
俺はため息をつき、ヘルメットの顎紐を締め直した。
「……見捨てるわけにはいかん。ここで学園初の大規模死亡事故なんて起きてみろ。来週から学園は閉鎖、俺たちの授業も吹っ飛ぶぞ」
俺の目的は、あくまで平穏な卒業とホワイト就職だ。
その経歴に傷がつくことだけは避けなければならない。
それに――。俺は腕時計を一瞥した。
「業務時間終了まで、あと20分。……残業手当は高くつくぞ」
俺は腰袋から、愛用の道具を取り出した。
「よし、ReKYを行うぞ」
緊迫した状況だが、手順は飛ばさない。俺は二人にハンドサインを送る。
「状況は変化だ。3Hの基本通り、手順を見直す。……最大のリスクは二次災害だ」
「二次災害?」
凛が首を傾げる。
「あいつらの魔法で、この広間の天井と床はボロボロだ。下手に暴れれば、生き埋めになる」
俺は再び『保全管理の眼』を起動し、広間の構造データを解析する。
視界に浮かぶワイヤーフレームを指でなぞると、ある一点に致命的なエラー表示が浮かび上がった。
> [STRUCTURAL ANALYSIS] 床面耐荷重:限界突破
> [ERROR] 座標X-12, Y-08:要石破損
> [PREDICTION] 崩落危険度:98.2%(衝撃により連鎖崩壊の恐れあり)
広間の中央床部分に、真っ赤な亀裂のマーカーが点滅していた。
さっきの爆発で、床を支える要石にヒビが入っているのだ。
「……見つけたぞ。あいつの墓穴だ」
「作戦はこうだ。解体工事を行う」
「解体……?」
「カイ、お前は音響手榴弾で敵のヘイトを買え。誘導ポイントは、座標X-12、Y-08。……あのひび割れた床の上だ」
「了解。音響誘導で、あのデカブツを処刑台に乗せればいいんだね」
「凛。お前は俺の指示に合わせて、最大火力の貫通魔法を撃て。標的は敵じゃない。……足元の床だ」
「えっ!? 敵を攻撃しなくていいのですか?」
「あの装甲を正面から抜くには時間がかかりすぎる。狙うのは構造的弱点だ。……できるな?」
俺の問いかけに、凛の琥珀色の瞳が鋭く光った。
技術屋としてのプライドに火がついた顔だ。
「……愚問ですわね。あなたの指示通り、マイクロメートル単位で穿ってみせますわ!」
(……本当はナノオーダーを要求したいところだが、まあ合格点だ)
「よし、いい返事だ」
俺は腰の安全帯を確認し、手すりの支柱にフックをかけた。
「墜落制止用器具、フック確認ヨシ! ……行くぞ!」
◇
広間では、いよいよギガント・モールの爪が、ロイド教諭の頭上に振り下ろされようとしていた。
「あ、ああっ……! 終わった……!」
ロイドが目を閉じ、生徒たちが絶叫した――その瞬間。
ヒュンッ!!
天井の闇から、3つの影が落下してきた。
俺は手すりから飛び降り、重力に身を任せる。
背中のランヤードが伸びきり、衝撃吸収ショックアブソーバが作動。
ガクンッ!
落下エネルギーが殺され、俺の体は支点を中心とした振り子運動へと変わる。
狙うは、瓦礫の山で腰を抜かしているロイドの横っ腹。
「――どけッ!!」
ドガァッ!!
俺は振り子の遠心力を乗せた安全靴のソールで、ロイドを思い切り蹴り飛ばした。
「ぐべぇッ!?」
カエルが潰れたような声を上げて、ロイドが瓦礫の中に転がる。
そのコンマ1秒後、彼がいた場所に、モグラの巨大な爪が突き刺さった。
ズドオオオオン!!
轟音と共に岩盤が砕け散る。
俺の体はランヤードに吊られ、宙でブラブラと揺れている。
高さ2メートル。降りるには半端な高さだ。
俺は迷わず腰のニッパーを抜き、張り詰めたランヤードの繊維に刃を当てた。
パチンッ。
「おっと」
自ら命綱を切断し、俺はスタッと瓦礫の上に着地した。
使い捨ての道具に未練はない。
「な、なんだ……!? 空から……!」
「作業着……? 佐藤たちか!?」
土煙の中、俺はゆっくりと立ち上がった。
紺色のつなぎ、黄色いヘルメット、そして腰に下げた無骨な工具類。
この場違いな現場作業員の登場に、エリートたちはポカンと口を開けている。
「……状況確認。負傷者は?」
俺は事務的に問いかけた。
「あ、え……? さ、佐藤……?」
「質問に答えろ。動けるのか、動けないのか」
冷徹な俺の声に、田中が我に返ったように頷く。
「う、動ける……! でも、魔力が……!」
「なら、部屋の隅、安全地帯まで下がってろ。邪魔だ」
俺は彼らを背に庇い、巨大なモグラと対峙した。
ギガント・モールが、新たな獲物の出現に鼻をひくつかせ、殺気立った咆哮を上げる。
「グルルルル……!」
その威圧感は、確かにAランク相当。普通の冒険者なら足がすくむだろう。
だが、俺には納期に遅れそうな現場のほうがよっぽど恐ろしい。
「……カイ、始めろ」
「了解!」
カイが素早く動き、手にした筒を放り投げた。
カァァァァン!!
甲高い破裂音が広間に響く。
聴覚の発達したモグラにとって、それは脳を直接殴られるような不快音だ。
「ギャッ!?」
モグラが怯み、音の発生源――すなわち、俺たちが指定した「ひび割れた床」の上へとタタタッと移動する。
「今だ! 凛!」
「はいっ! ……穿て、《超高圧水流》!!」
凛が詠唱と共に杖を突き出す。
放たれたのは、拡散する爆炎ではない。極限まで加圧され、一点に収束された、まるでレーザーのような超高圧の水流だ。
ズバァッ!!
水流はモグラの足元、床の亀裂一点に吸い込まれた。
岩盤が深く抉られ、強度が劇的に低下する。
「!? 足元を……!?」
モグラが異変に気づいた時には、もう遅い。
「仕上げだ」
俺は走り出し、抉られた床に向かって跳躍した。
手にしたのは、剣でも杖でもない。
先端を鋭く研ぎ澄ませた、鋼鉄製のツルハシだ。
俺の視界には、床を支える力のベクトルが、はっきりと見えている。
全ての重さが集中する、たった一点の「急所」。
> [TARGET LOCK] 座標X-12, Y-08:応力集中点
> [ACTION] 打撃推奨:垂直方向へ 3500N
> [RESULT] 崩落確率:100%(確定)
「そこだッ!!」
ガギィィィン!!
俺のツルハシが、凛の魔法で脆くなった一点に突き刺さる。
それは攻撃ではない。構造計算に基づいた、精密な解体だ。
ピキッ。
小さな亀裂音が響く。次の瞬間。
ドォォォォォ……!!
広間の中央、直径5メートルほどの床が、まるで底が抜けたように崩落した。
「ギャアアアア!?」
足場を失った『ギガント・モール』が、宙でもがく。
どれほど硬い装甲を持っていても、重力には逆らえない。
「――ご安全に」
俺は落下していくモグラに向かって、軽く敬礼を送った。
ズズズズズ……ドスンッ!!
遥か下層から、重い着地音が響いてくる。もう這い上がっては来られないだろう。
静寂が戻った。残されたのは、床にぽっかりと開いた大穴と、呆然と立ち尽くすエリートたちだけだ。
「……う、嘘だろ……」
誰かが呟いた。
「魔法を一発も当てずに……あの化け物を葬った……?」
「床を……抜いたのか? 狙って……?」
彼らの常識では、魔法はぶつけて倒すものだ。
環境を利用し、物理法則で殺すという発想そのものが、理解の範疇を超えている。
俺はツルハシを肩に担ぎ、埃を払った。
「……ふぅ。これでよし」
そして、懐から時計を取り出し、確認する。
「16時58分。……ギリギリだな」
俺は振り返り、凛とカイに向かって親指を立てた。
「お疲れ。作業終了だ。撤収するぞ」
「ふふっ、鮮やかでしたわね。……さすがは私の見込んだ『監督』ですわ」
凛が、うっとりとした表情で俺を見つめている。
いや、そういう目で見ないでほしい。ただの解体作業だ。
俺たちは呆然とするロイドたちを尻目に、来た道へと戻り始めた。
「あ、待て! 貴様ら!」
ロイドが震える声で呼び止めるが、俺は振り返らずに手を振った。
「報告書はそっちで書いといてください。……じゃ、お先に失礼しまーす」
俺たちの背中は、夕闇迫るダンジョンの闇に消えていった。
後に残されたのは、プライドを粉々に砕かれたエリートたちと、底知れぬ穴だけだった。
この後、シレっとモグラの戦利品は回収されています。
本日も一日お疲れ様でした!




