第5話:その「攻略会議」は、ただの工程検討会(キックオフ)です
「ご安全に!」が言えないようなら現場の出禁も覚悟しないといけません…。
「……地獄だな」
俺は頬杖をつきながら、眼下で繰り広げられる狂騒を冷めた目で見つめていた。
特進クラスの教室は今、欲望と保身が渦巻く人材市場と化している。
「おい、回復役が足りないぞ! 誰か確保しろ!」
「Bランクの前衛なら空いてるぞ! 今なら魔石の配分率40%で契約してやる!」
怒号、懇願、そして露骨な足の引っ張り合い。
汗の臭いと、焦燥が生み出す微量な魔力ノイズが空気を濁らせている。エリートと呼ばれる彼らも、皮を剥げばただの必死な学生だ。
「……佐藤航。いつまで他人事のような顔をしていますの?」
俺の机の横に立つ北条凛が、不満げに腕を組んだ。
彼女の周囲だけ、清浄な空気が保たれている。さすがは深窓の令嬢、あるいは高性能な空気清浄機だ。
「パーティは3人一組よ。あと一枠、誰を入れるつもり?」
「誰でもいいわけじゃない。俺の指示を1ミリの誤差もなく実行できる手足が必要だ」
「……言い方が悪党のそれですわね。まあいいわ、私がAクラスから優秀な火力担当を引き抜いて……」
「却下だ」
俺は即答し、席を立った。
凛が「は?」と声を上げるのを無視して、教室の隅へと歩き出す。
俺が目指すその男は、狂乱するクラスメイトたちから離れ、窓際で一人、静かにタブレット端末を操作していた。
周囲の騒音など存在しないかのように、その指先だけが正確無比なリズムで画面を叩いている。
東条カイ。
目立たない眼鏡の少年。筆記試験の成績は優秀だが、実技では派手な魔法を使わず、常に支援や解析に徹するため、クラス内での評価は「地味なCランク」止まりだ。
だが、俺は知っている。
彼がこの学園で唯一、俺と同じ言語を話せる男であることを。
「……よう、カイ」
「ん? ……ああ、航か」
カイは顔を上げず、タブレットの画面――複雑な六角形のマス目が並ぶ戦略シミュレーションゲーム――を見つめたまま応じた。
「来週の実習、空いてるか?」
「航がリーダーなら空いてるよ。……他の連中は火力ばかり求めて、僕みたいな盤面整理係には興味がないみたいだしね」
彼は自嘲気味に笑い、ようやく俺を見た。
その眼鏡の奥にある瞳は、驚くほど冷静で、理知的だ。
「条件を聞こうか、現場監督」
「条件は三つだ」
俺は指を立てた。
「一つ、『敵との交戦回数ゼロ』」
「二つ、『指定素材の回収率120%』」
「三つ、『定時退勤(1700)』」
一瞬の沈黙。
普通の生徒なら「臆病風に吹かれたか」と笑うところだ。
だが、カイの反応は違った。彼の口角が、微かに吊り上がったのだ。
「……なるほど。ハイスコア狙いの平和主義ランってわけだね。了解、乗った」
「交渉成立だな」
俺たちは短く拳を突き合わせた。言葉はいらない。互いに最適解を共有できる安心感。これこそが、俺が求めていた人材だ。
「ちょっと待ちなさい!」
その背後から、我慢の限界を迎えた凛が割り込んできた。
「挨拶もなしに何を勝手に決めていますの!? 東条君の魔力値はクラス平均ギリギリ……私の背中を預けるには不安が残りますわ!」
凛の剣幕に、カイは肩をすくめた。
彼は眼鏡の位置を直しながら、涼しい顔で凛を見返す。
「北条さん。認識が間違っているよ」
「え?」
「僕の仕事は、君の背中を守ることじゃない。君が背中を気にしなくて済むように、安全なルートを作ることだ」
「……っ」
凛が言葉に詰まる。
カイはタブレットを閉じ、俺に向かってウィンクした。
「じゃあ、詳細な詰めは放課後、いつもの場所で」
◇
放課後。学園都市のメインストリートから一本入った、薄暗い路地裏。
そこにひっそりと佇む『ボードゲームカフェ・六角堂』。
カイの実家が経営するこの店は、木の温もりと、深煎りコーヒーの香ばしい匂いに満ちていた。
「いらっしゃい。……おや、今日は珍しいお客さんも一緒かい?」
カウンターのマスターが、凛を見て目を丸くする。無理もない。学園の制服を着た、明らかに浮世離れした美少女が、こんなマニアックな店にいるのだから。
「さあ、始めようか」
俺たちは奥のテーブル席に陣取った。
俺は鞄から、分厚いクリアファイルを取り出した。
バサリ、とテーブルに広げられたのは、A3用紙で数十枚に及ぶ図面の束――施工計画書だ。
「これが今回の現場だ。初級ダンジョン『翡翠の洞窟』。平面図、断面図、配管ルート図まで揃えてある」
「……わざわざ製図したのですか? 学校で配られた地図で十分では……」
凛が呆れたように言うが、俺は無視して赤ペンを取り出した。
「北条、お前の提案するプランは?」
「決まっていますわ。最短距離を進行し、遭遇する魔物を私の魔法で殲滅。最深部のボスを倒して、魔石を回収して帰還。……これが王道でしょう?」
「それに、実戦経験のためにも、多くの魔物と戦うべきですわ!」
凛が胸を張って主張する。敵を倒せば強くなる。この世界の住人が信じて疑わない常識だ。
だが。
「却下だ」
俺は即座にバツ印を書き込んだ。
「なっ……!? なぜですの!?」
「コストパフォーマンスが悪すぎるからだ」
俺はコンコンとテーブルを叩いた。
「いいか北条。今回の実習は魔石の納品が目的の業務だ。RPGのレベル上げじゃない」
「で、でも……」
「このダンジョンに出るゴブリン・ワーカー一匹を倒して得られる魔石の市場価格は、約500円だ」
俺は電卓を叩く。
「対して、お前が魔法を一発撃つのに消費する魔力回復薬のコストは? 装備の摩耗修繕費は? 被服のクリーニング代は?」
「う……それは……」
「計算するまでもない。赤字だ。戦えば戦うほど、俺たちの利益は減っていく」
凛が言葉に詰まる。俺はさらに追い打ちをかけた。
「それに、お前らは勘違いしているが、雑魚を虐殺して得られる経験値なんてたかが知れている。本当の成長ってのは、限界ギリギリの『修羅場』か、適切な『負荷トレーニング』でしか得られない」
「だ、だからこそ、実戦を……」
「今回の相手は初級だぞ? アリの巣を突っついて強くなった気になれるか? そんな暇があったら、基礎体力をつけたほうがマシだ」
ぐうの音も出ない、という顔で凛が黙り込む。
俺は地図上の数箇所に丸印をつけた。
「カイの事前情報によれば、敵の湧きポイントはここだ。そして、ここの壁……構造図を見る限り、古い通気ダクトが通っている」
俺は地図の上に、指で複雑な線を描いた。
「プランはこうだ。
1.カイの索敵で、敵の視界外を移動する。
2.接敵不可避なルートは、通気ダクトの鍵をピッキングして迂回する。
3.ボス部屋には入らず、その手前にある資源保管庫の壁を物理的に穴あけして、中身だけ頂いてトンズラする」
凛がポカンと口を開けた。彼女の美しい顔が、理解不能なものを見る表情に歪んでいく。
「……それは、冒険ではありませんわ。ただの……泥棒です」
「人聞きが悪いな。ステルス・マイニングと言ってくれ」
「実習の評価基準を見てみろ」
カイが補足するように口を開いた。
「評価項目は『生存』と『獲得魔石量』が8割を占める。討伐数はあくまで加点対象だ。つまり、経費ゼロで大量の魔石を持ち帰るのが、理論上の最高効率なんだよ」
「ぐっ……け、計算上はそうかもしれませんけれど……プライドというものが……」
凛は悔しそうに唇を噛んだ。彼女のエリートとしての矜持が、俺たちの効率至上主義を拒絶している。
だが、同時に彼女の中の研究者としての好奇心が、この異常な作戦への興味を捨てきれずにいるのも分かっていた。
赤字を垂れ流すだけの無謀な勇気より、利益を出す賢い臆病さのほうが、遥かに高度な技術を要するからだ。
俺はダメ押しの一手を打つ。
「北条。お前は言ったよな。『俺の安全管理を見極める』と」
「ええ、言いましたわ」
「なら、黙って従え。俺が一度でもお前に怪我をさせたら、俺の負けでいい。……だが、俺の指示通りに動けば、泥一つ付けずに帰してやる」
俺は真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。
そこに嘘偽りはない。これはプロの現場監督としての約束だ。
「……ッ」
凛が息を呑む。
琥珀色の瞳が揺れ、やがて観念したように閉じられた。
「……分かりましたわ。そのステルス・マイニングとやら……一度だけ、試してあげます」
「よし、言質取ったぞ」
俺は満足げに頷き、席を立った。
これで「人員」「計画」「合意」の全てが揃った。
「では、施工計画検討会を終了する」
俺は右手を前に出した。カイが慣れた手つきでその上に手を重ねる。
凛は戸惑いながらも、恐る恐るその上に白く華奢な手を乗せた。
「我々チーム・定時退勤(仮)の目標は、全員無傷での帰還だ。不安全行動は厳禁。何かあれば即報告。……いいな?」
「了解」
「……は、はい」
「よし。明日も一日、ご安全に!」
「ご安全に」
俺とカイの声が重なる。
凛だけが、「……ご、ごあんぜんに?」と、聞いたこともない挨拶を蚊の鳴くような声で復唱した。
(『ゴ・アンゼン・ニ』……? いったい何の呪文ですの? チームを魔から守る古代の加護……?)
コーヒーの香りが漂う店内で、俺たちの「現場」が動き出した。
本日も一日ご安全に!




