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第4話:その「銀の聖遺物」は、ただの粘着テープ(398円)です

厄介な案件が向こうからやってくる事ありますよね?

「魔力を完全に反射し、内部の奔流を物理的に封じ込めるなんて……。まさか、伝説のミスリル繊維を編み込んだ封印布なの?」


(……いいえ、ポリエチレンとアルミ箔です)


俺は心の中で即答する。

この世界の人間は、魔力で物質を強化することには長けているが、素材そのものの化学的特性には驚くほど疎い。

耐熱・耐水・高強度。ホームセンターの資材売り場に行けば、ミスリルより便利なものが山ほど売っている。


「……398(サン・キュ・パ)」


俺は小さく呟いた。当時の購入価格だ。税抜きで。


「ッ!?」


凛がビクリと肩を震わせ、バッと俺の方を振り向いた。


「サン・キュ・パ……? 古代語のコードネーム? それとも、神聖数秘術による封印等級クラスのこと?」


彼女の脳内で、凄まじい速度で誤った解釈が構築されていく。

これ以上は危険だ。

俺は接触を避けるべく、無言で教室へと足を速めた。



教室へ向かう廊下。

俺の背後3メートルには、依然として監査を自称する凛がついてきている。


「……佐藤航。貴方の歩き方、奇妙ね」


凛が探るような視線を、俺の背中に投げかけてくる。


「上半身が全くブレない。足音もさせず、まるで重力を無視しているかのよう。……武術の歩法?」

「ただの巡回だ」


俺は淡々と答えた。

不安定な足場を長時間歩き続けるために身につけた、極限までエネルギー消費を抑える歩き方。我が社の安全マスコットキャラの名を冠した『現場モグラ歩き』……もとい、省エネ歩行だ。

別に気配を消しているわけではない。無駄な動作を削ぎ落とすと、結果として忍者のようになってしまうだけの話だ。


「ふん……とぼけるのね」


凛は納得していない様子だ。

だが、廊下ですれ違う生徒たちの反応は違った。

ぎょっとした顔で、道を開けていく。


「おい見ろよ、あの北条凛だ」

「なんで無能(Fランク)と同じ教室に向かってるんだ?」

「ああ、あいつ特進クラスの恥晒しだよな。なんで昨日、モノリスを壊しただけで退学にならないんだ?」


ひそひそとした嘲笑が、さざ波のように広がる。

本来なら精神をごっそり削られる場面だが、俺の心はなぎのように静かだった。

他人の評価で給料スコアは変わらない。

俺は心の耳栓を起動し、特進クラスの重厚な扉を開けた。



教室の空気は、澱んでいた。

特進クラス――選ばれしエリートのみが座ることを許されるこの場所で、俺の最後列の窓際という指定席は、ある種の聖域(あるいは隔離施設)と化している。

教壇には、魔法理論のロイド教諭が立っていた。

その顔には、隠しきれないサディスティックな笑みが浮かんでいる。


「――静粛に。来週の特別実習について通達する」


ロイドが黒板に大書したのは、『初級ダンジョン実習』の文字。

教室中がどよめいた。

ダンジョン。それは、かつて文明を滅ぼしかけた魔素の吹き溜まりであり、現在は国家が管理する資源採掘場だ。

だが、どれほど管理されていても、そこが死地であることに変わりはない。


「今回の実習は、君たちの生存能力を評価する。実戦形式だ。魔物モンスターも出るし、トラップもある。……当然、怪我だけでは済まない可能性もある」


生徒たちが息を呑む。


「実力のない者は、未来の戦場(現場)では足手まといだ。ここで選別(スクリーニング)するのは慈悲だと思いたまえ。……さあ、3人1組のパーティを組め。時間は10分だ」


その瞬間、教室内はエリートたちの醜い椅子取りゲームの場と化した。

「Aランクの田中、組もうぜ!」「回復役ヒーラーはどこだ!?」

露骨なまでの強者の囲い込み。そして、俺のような弱者の切り捨て。

俺は頬杖をつき、その光景を眺めていた。


Fランクの俺に声をかけてくる物好きはいない。いわゆる余り物確定だ。

(まあ、余り物同士で適当に組んで、入り口付近でザコを狩って、定時で撤収すればいいか)


だがその時。

教室中の視線が、一点に集中した。

俺の机の前に、一人の少女が立っていたのだ。


学園の至宝、北条凛。

彼女は、獲物を追い詰める捕食者のようなギラギラとした瞳で、俺を見下ろしていた。


「――私と組みなさい。佐藤航」


教室中から、「はあぁぁぁぁ!?」という絶叫が上がった。

特進クラスのトップが、最底辺のFランクを指名したのだ。


「おいおい、北条さん正気か?」

荷物持ち(パシリ)が必要なんだろ? あんなゴミ、囮くらいにしかならねえよ」


外野の声を聞き流し、俺は深いため息をついた。

よりによって、一番面倒な特級案件(デスマーチ確定)が来た。


「……断る」


俺の返答に、再び教室が凍りついた。

凛の眉がピクリと跳ねる。


「……今、なんと?」

「断ると言ったんだ。俺は定時で帰りたい。お前みたいなエリートと組んだら、日が暮れるまでダンジョンに居残りさせられそうだ」


凛はドンッ! と俺の机に両手をつき、顔を近づけてきた。

琥珀色の瞳が、至近距離で俺を射抜く。


「謙遜は不要よ。さっきの廊下でのアレ……あの異常な手際を見せられて、貴方を野放しになんてできない」


彼女の声のトーンが落ちる。本気だ。


「貴方の安全管理とやら。その真髄を、最前線(ダンジョン)で見極めさせてもらうわ。……拒否権はないと思って」


彼女の瞳の奥で、数式と魔術回路が走っている。

ああ、これはダメだ。彼女は今、俺という未解決バグをデバッグしたくてたまらないのだ。


「……はぁ。分かったよ」


俺は降参のポーズで両手を上げた。これ以上拒否すれば、力づくで連行されかねない。


「ただし、条件がある。指揮権(現場監督)は俺が持つ。そして、17時完全撤収だ」

「……いいわ。貴方の指揮、お手並み拝見といきましょう」


凛は不敵に微笑むと、満足げに髪を払った。

その笑顔は美しかったが、俺の目にはサービス残業の赤文字にしか見えなかった。

こうして、学園最強の天才美少女と、最底辺の施工管理技士。

最悪にして最強のパーティが、ここに爆誕した。


俺は机に突っ伏し、来週のスケジュール帳(脳内)にトラブル対応の予定を書き込んだ。


今日も一日お疲れ様でした!

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