第35話:強制アップデートと年齢詐称 ~乙女の秘密(生年月日)を書き換えるのは重罪ですか?~
本日は一話のみです。
「同意確認。――システム・ハック、開始」
俺は黒い魔石を、一条葵の背中にある接続ポートへと突き立てた。
ジュウウゥゥ……!
まるで焼き鏝を押し当てたような音が響く。
固形だった魔石がドロリと液状化し、彼女の制服ごと皮膚の奥へと浸透していく。
「あ……ぁああっ……!」
葵が背中を反らせ、声を漏らす。
それは痛みではない。もっと異質で、根源的な感覚。
自分の魂の深層領域に、他人の指が入り込んでくるような、熱く、甘く、そして恐ろしい浸食感。
「暴れないで。今、ファイアウォールを突破してます」
俺は彼女の背中を押さえつけながら、淡々と作業を進める。
視界には、彼女の生体情報を数値化したウィンドウが重なって見えている。
> [WARNING] Unauthorized Access Detected
> [TARGET] Soul Core: Aoi_Ichijo
> [ACTION] Bypassing Security Level: High...
> [RESULT] Access Granted (Admin Mode)
「んっ……あぅ……! 嘘、奥まで……書き換えられちゃう……!」
「声を抑えてください。変な誤解を招くと、後でコンプライアンス委員会に呼ばれるのは僕なんです」
俺はテスターの画面を睨みながら、魔力で構成された仮想キーボードを高速で叩く。
やっていることは、ただの設定ファイルの書き換えだ。
だが、対象が生身の人間である以上、そのフィードバックは強烈な快楽となって脳を揺さぶるらしい。
◇
一方、結界の外では、カイと凛が決死の防衛戦を繰り広げていた。
「くっ、キリがないよ……! 航、まだか!?」
カイが音響デコイを投げながら悲鳴を上げる。亀の群れは、まるでゾンビのように湧き続けている。
その時だった。
「ひぁっ……! そこ、熱いっ……! すごいの、入ってくる……!」
結界の中から、艶めかしい悲鳴が響き渡った。
戦場には不釣り合いな、あまりにも色っぽい声。
「ちょ、航!? 中で何をしてますの!?」
凛が真っ赤な顔で振り返り、叫んだ。
「声が……その、破廉恥ですわよ! 治療って言いましたわよね!? まさか、どさくさに紛れて……!」
「……はは、きっと『大人の治療』なんだろうね」
カイは乾いた笑いを浮かべながら、迫りくる亀の首を剣で切り飛ばした。
「僕らはお邪魔虫に徹しようか。……航のことだから、きっとロクでもない理屈があるんだろうけど」
そんな二人の会話がインカム越しに聞こえ、俺は眉間の皺を深くした。
「……お前ら、勘違いするな」
俺は作業の手を止めずに、インカムへ向かって冷静に言い放つ。
「ただのファームウェア・アップデートだ。再起動中はファンが唸るもんだろ」
◇
俺の意識は、葵の魂のソースコードへと潜していた。
そこには、彼女という存在を定義する膨大な文字列が並んでいる。
そして、赤く点滅する一行を見つけた。
> `Target_ID: Aoi_Ichijo`
> `User_Age: 18 (Heavy Usage - Connection Throttled)`
「見つけた。こいつが諸悪の根源だ」
ここにある18という数字と過剰使用の履歴が、サーバー(神)に「コイツは端末を酷使しすぎだ」と告げ口している。
結果、サーバー側から拒絶信号が送られ、魔法の発動が阻害されているのだ。
「なら、騙してやればいい」
俺はパッチ・プログラムを展開し、この行にマスク処理を施す。
サーバーへ送信するパケットのヘッダ情報だけを、偽装するのだ。
> `Running Patch: Anti-Aging_v1.0`
> `Overwrite: User_Age: 15 (New Device)`
> `Spoofing Server Response... OK`
エンターキー(実行)を叩く。
「はい、あなたは今日からピチピチの15歳です。……サーバーもそう認識しました」
> `Update Complete.`
> `Rebooting System...`
書き換えが完了した瞬間。
ボシュゥゥゥ……ッ!!
葵の全身から、黒い霧が噴き出した。
それは、長年の酷使によって体内に蓄積していた不純物であり、不完全燃焼の証である煤だ。
「はぁっ……!?」
葵が大きく息を吸い込む。
今まで詰まっていたパイプが一気に開通し、新鮮な魔力が全身の細胞に行き渡る。
ドクン、ドクン。
心臓の鼓動が力強い。重かった体が、嘘のように軽い。
まるで、泥だらけだった窓ガラスを拭き上げた後のように、世界が鮮明に見える。
彼女の肌は内側から発光するように輝きを取り戻し、瞳の濁りは完全に消え去っていた。
「パッチ適用完了。これよりシステムを互換モードで再起動します」
俺はテスターをしまい、汗を拭った。
「おめでとうございます先輩。今のあなたはシステム上、永遠の15歳(仮)です」
ピシッ……!
その時、凛の展開していた多重物理結界に亀裂が入った。
「もう限界ですわ! 結界が割れます!」
バリィィン!!
光の壁が砕け散る。
雪崩れ込んでくるアーマード・タートルの群れ。鋭い牙が、無防備な俺たちに迫る――。
だが、俺は動かなかった。動く必要がなかったからだ。
「――下がってて」
凛とした声と共に、俺の前に一人の少女が立った。
一条葵。彼女は今、戦場に似つかわしくないほど穏やかな微笑みを浮かべていた。
彼女がゆっくりと右手を上げる。その動作に、以前のような気負いや焦りは一切ない。
ただ、呼吸をするように自然に、指を鳴らした。
パチン。
乾いた音が響く。
その瞬間。
ドォォン!! ……ではない。
シュボッ。
そんな、ガスバーナーに着火したような短い音がしただけだった。
しかし、結果は劇的だった。
「「「ギャッ……!?」」」
最前列にいた十数体の亀たちが、一瞬にして消失したのだ。
爆発も、衝撃波もない。
ただ、そこに存在していたはずの質量が、青白い炎に包まれたかと思うと、一瞬で炭化し、塵となって崩れ落ちた。
音も出さないほどの、超高温・完全燃焼。エネルギー変換効率 99.9%。
『蒼炎』。
「う、嘘……」
凛が目を見開いて絶句する。カイも口をポカンと開けている。
以前の葵の魔法は、派手な爆音と黒煙を撒き散らす暴走トラックだった。
だが今は、静寂の中で全てを焼き尽くす最新鋭のレーザー兵器だ。
「よし」
俺はテスターの数値を確認し、満足げに頷いた。
> [STATUS] 魔力燃焼効率:99.9%(完全燃焼)
> [TEMP] 炎温度:3000℃以上(青色火炎)
> [NOISE] 排気ガス(スス):ゼロ
「アイドリング安定。空燃比正常。……燃調、バッチリだな」
現場監督として、これ以上の施工結果はない。
俺は静かに、完了報告書の下書きを脳内で始めた。
また明日、ご安全に!




