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第2話: その「魔法暴走」は、ただの配線ミス(短絡)です

ロイド教授は一般的には優秀です。

「……うるさい。耳鳴りがする」


教室の窓際、最後列の席。

俺、佐藤航(精神年齢35歳)は、こめかみを指で押さえながら深いため息を漏らした。

さっきから、鼓膜の奥で『キーン』という高周波のノイズが鳴り止まない。


教室の中は、独特の熱気と埃っぽさが充満している。

チョークの粉が舞う乾いた匂い。

思春期の若者たちが発する制汗剤や香油の入り混じった甘ったるい香り。


そして何より不快なのが、教壇の方から断続的に聞こえてくる『ジジジ……』という不穏な漏電音だ。


「おい見ろよ、あいつだろ? 昨日の石ころ」

「ああ、魔力測定エラーの無能ゼロな。なんでこの特進クラスに紛れ込んでるんだか」

「まぐれで合格した平民が。空気も読まずに一番後ろの席(特等席)で寝てるぞ」


周囲から突き刺さる嘲笑と視線。

本来なら針のむしろだろうが、俺にとっては心地よいBGMでしかなかった。


(素晴らしい。期待値ゼロ、関心ゼロ。これぞ窓際族ウィンドウ・サイドの特権だ)


俺の評価はF()()()()。学園最底辺の補習対象者だ。

昨日の入学式で、暴走しかけたモノリスを叩いて直した結果、測定器が俺の魔力を検知できずにエラーを吐いたせいだ。


おかげで魔力ゼロの落ちこぼれというレッテルを貼られたわけだが、訂正する気は毛頭ない。

エリートとして期待されれば、面倒な残業(クエスト)が降ってくる。

無能として放置されるなら、定時で帰って寮の大浴場を独占できる。

どちらが勝ち組かは、火を見るよりも明らかだ。


「――静粛に! 授業を始める!」


教室の扉が勢いよく開かれ、神経質そうな痩せ型の男が入ってきた。

ロイド教諭。この学園でも屈指の魔法理論の権威らしいが、俺の目には現場を知らない設計屋にしか見えない。


「今日は魔導回路の基礎について講義する。……が、言葉で説明するよりも、見るのが早かろう」


ロイドは勿体ぶった手つきで、教卓の上に置かれた物体にかかっていた布を取り払った。


「おおっ……!」


生徒たちがどよめく。

そこに現れたのは、複雑な幾何学模様が刻まれた水晶の多面体――小型魔導ジェネレータだ。

空気中の魔素(マナ)を取り込み、増幅して出力する、いわばこの世界の可搬型発電機である。


「見よ、この美しい輝きを! 私の魔力を注入することで、このジェネレータは神の息吹のごとき出力を発揮する!」


ロイドが水晶に手をかざす。


ブウンッ!


重低音と共に、ジェネレータが紫色の光を放ち始めた。


「すごい……! なんて魔力圧だ!」

「空間が震えてるわ! これがロイド先生の高位魔術……!」


最前列に座る艶やかな黒髪のポニーテール――北条凛も、真剣な眼差しでメモを取っている。

誰もがその光景に感動し、酔いしれている。


だが。


(……酔いしれてる場合かよ。今すぐ退避エスケープしろ)


俺の目だけは、まったく別の現実を捉えていた。


保全管理の眼(システム・デバッグ)』起動。

視界が一瞬でモノクロームのワイヤーフレームに切り替わる。

ジェネレータの周囲に、真っ赤な警告タグ(AR表示)が乱舞し始めた。


[WARNING] 絶縁破壊:アーク放電発生中

[ALERT] 接地(アース)未接続:電位差拡大

[CRITICAL] 筐体破断(ブレイク)まで:残り15秒


「神の息吹? ……寝言は寝て言え。ただの過負荷による絶縁破壊だ」


俺には聞こえていた。

生徒たちが力の奔流と崇めるその振動音が、実は内部パーツが摩耗して悲鳴を上げている異常振動チャタリングであることを。

そして、彼らが高貴な紫光と呼ぶその輝きが、回路が焼き切れる寸前の危険なアーク放電であることを。


ガガガガガッ!! ドガガガガッ!!


異音が暴走する。

ジェネレータが教卓の上で激しく跳ね回り、今にも固定金具を引きちぎらんばかりに暴れ始めた。


「す、素晴らしい! 見たまえ、魔力が溢れ出しすぎて器が耐えきれないのだ!」

「キャーッ! 先生、凄すぎて稲妻(スパーク)が!」


(バカかこいつら!?)


俺は戦慄した。

あれは「溢れている」んじゃない。「漏れている」んだ。

このままだと、あと十数秒で内部の高圧チャンバーが破裂し、水晶の破片が最前列にいる生徒の顔面に散弾銃のように降り注ぐことになる。


ヒヤリハットなんてレベルじゃない。

重篤災害(死亡事故)だ。


本来なら「非常停止エマージェンシー!」と叫んで、電源を落とすべき場面だ。

だが――。


(……チッ。最前列にいるのは北条凛か。あいつ、真面目すぎて逃げる気配がない)


このまま見過ごせば、彼女の整った顔に一生消えない傷が残る。

それは、俺の管理責任者としての矜持に反する。

それに、ここで死人が出れば、現場検証で今日の定時退勤が消滅する。


「……はぁ。仕方ない」


俺は気だるげに席を立った。


「おい、落ちこぼれ! どこへ行くんだ!」

「トイレか? 先生の神聖な儀式の最中だぞ!」


同級生の罵声を無視して、俺は通路を歩く。

その歩調は速くもなく、遅くもなく。工場現場を巡回する時と同じ、一定のリズム(ペース)


「き、貴様! 近づくな! 今、高密度の魔力が渦巻いて……」


ロイド教諭が制止しようとするが、俺はその横を無言ですり抜けた。

鼻をつくオゾン臭。肌を刺すような静電気のピリピリとした痛み。

普通の人間なら足がすくむ状況だが、俺はポケットから取り出したあるものを構えた。


昨日、学園の購買で買った1本100円のボールペンだ。

導電性の金属クリップが付いているやつを選んでおいて正解だった。


(視界確保。……原因調査トラブル・シューティング完了。主回路短絡)


俺の視界の中で、暴れ回るジェネレータの右下、配線カバーの隙間に青いマーカーが点灯した。

施工不良による端子の緩みと、そこから発生したアーク熱による被覆溶解。そして、アース線が繋がれていないことによる異常電圧の滞留。


処置にかかる時間は――3秒。


「……失礼。一度切りますよ」


バチィッ!!


俺は左手で、スパークを散らす魔力供給ケーブル(配線)を、根元から強引に引き抜いた。

絶縁用のゴム手袋と革手袋の二重装備越しに、高熱が伝わる。

ケーブルの先端はアーク放電で真っ黒に焦げ付いている。これでは電気が通るはずもない。


「接点研磨……よし」


俺は引き抜いたケーブルの先端を、教卓の角でガリッ! と擦り付け、炭化した被覆を一瞬で削ぎ落とす。露出した銀色の導線(生きた接点)

それを――。


接続(コネクト)


ドスッ!!


俺はケーブルを、緩んでいた元の端子ではなく、その奥にある予備端子サブ・ターミナルへ突き刺した。

そして右手でペンを逆手に持ち替え、金属クリップ部分を指で触れながら――その先端を、ジェネレータの接地端子アースポイントと、教卓の金属フレーム《グラウンド》へ同時に押し当てる。


(本来なら感電(労災)確実の不安全行動だが、ペンのプラスチック部分の絶縁耐性を信じるしかない。緊急避難措置だ!)


バシッ!!


青白い火花がペンを通じて逃げていく。

強制接地アース。残留電荷とノイズを物理的に地面へと逃がす処置だ。


そして仕上げに――。


ガンッ!!


俺はジェネレータの筐体側面を、掌底で鋭く叩いた。

怒りを込めた一撃ではない。内部の噛み合わせを正し、水平レベルを出すための、計算され尽くした衝撃。


その瞬間。


「――――」


世界から音が消えた。


耳障りなノイズも、ガガガガという破壊音も、紫色の不気味な放電も。

すべてが嘘のように消失した。

その代わりに聞こえてきたのは、「スゥー……」という、極めて微細な吸気音だけ。

ジェネレータの中央にある水晶が、これまでの倍以上の輝きを放ちながら、しかし全く振動することなく、静謐に回転している。


[SYSTEM] 異常振動:解消

[STATUS] 稼働効率:98.5%(正常)

[CHECK] 保全完了(メンテ・コンプリート)……ヨシ。


「ふぅ。……よし、静かになった」


俺は額の汗を拭い、満足げに頷いた。

やはり機械は、こうでなくてはならない。無駄な音も熱も出さず、ただ淡々と仕事をこなす。それが「機能美」というものだ。


教室は、水を打ったように静まり返っていた。


「……え? 消えた?」

「音がしない……止まったのか?」

「いや、見ろよ! さっきより明るいぞ!?」


ざわめきが広がる中、ロイド教諭が腰を抜かした状態から、ハッとして自分の両手を見た。


「そ、そうか……! 止まった! 私の無意識下の防御魔力が、暴走を完全に封じ込めたのだ! ハハハ、さすがは私! 魔法理論の権威である私にかかれば、この程度の暴走など造作もない!」


(いや、俺が物理的に直したんだけど)


俺は歓喜する彼を一瞥し、淡々と言い捨てた。


「先生。これ、ただの接触不良でしたよ」

「は……? 何を言っているのだ、落ちこぼれが。私の偉大な魔力制御を前にして……」

「あと、アース線くらい繋いでください。感電しますよ」


それだけ言い残して、俺は踵を返した。

やるべきことは終わった。あとは席に戻って、午後の実習までの時間を寝て過ごすだけだ。


「あいつ……また何かしたんじゃないのか?」

「でも、ロイド先生が止めたんだろ……? わけわかんねえ」


生徒たちの困惑した声が背中に当たる。

やはり彼らには、俺が修理したことさえ理解できていないらしい。


だが。

ただ一人、最前列で俺を見上げる少女――北条凛の瞳だけは、違っていた。


彼女の手元のメモ帳には、複雑な数式がびっしりと書き込まれている。

だが、彼女の手は震えて止まっていた。


(……嘘。私の計算だと、あの暴走オーバーフローを収束させるには、最低でも第三階梯の魔力相殺呪文が必要なはず……)


彼女の琥珀色の瞳が、俺の背中を射抜くように凝視している。


(それを、彼は……ただのペンとデコピンだけで、完璧な整流ラミナー・フローに変えてしまった。……魔力を使わずに、物理現象として魔法を書き換えたの……?)


戦慄と、理解不能なものを見る恐怖。

そして、それ以上に――知りたいという強烈な知的好奇心の光。


俺は背筋に冷たいものを感じながら、自分の席へと戻った。


(……なんか、妙なフラグが立った気がするな)


まあいい。

俺の目的はあくまで平穏無事な学園生活と、ホワイト企業への就職だ。無能の仮面が剥がれなければ、それでいい。

俺は再び頬杖をつき、今度こそ静かになった教室で、ゆっくりと目を閉じた。


さあ、二度寝の時間だ。


端子はオスです。

今日も一日お疲れ様でした!

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