EP 4
公園の歌姫と、パンの耳
ビルの掃除を終えた俺たちは、夕食の買い出しのために商店街へ繰り出していた。
この世界――特にこの街には、隣国の『太郎国』から流入した文化のおかげで、スーパーマーケットやコンビニが存在する。
俺のような現代日本人にとって、これほどありがたい環境はない。
「へぇ、ケチャップにマヨネーズ、パックご飯まであるのか。すごいな」
「でしょー! 太郎国の食品は安くて美味しいんだよ! あ、この『タロウ・チキン』も買おう!」
キャルルがカゴにどんどん食材を放り込んでいく。
リベラは少し離れた場所で、「私は添加物が嫌いですの」と言いつつ、高級茶葉のコーナーを物色していた。
買い物を終え、重い荷物(俺が全部持ち)を抱えての帰り道。
とある公園の横を通りかかった時だった。
「――♪ ごえーん! ごえーん! ごえーん! ハイッ!」
奇妙な歌声が聞こえてきた。
あまりにも耳に残る、電波……いや、キャッチーなメロディ。
「なんだ、今の?」
「あ、あれは……またやってる」
キャルルが苦笑いをして指差した先。
公園の片隅に置かれたミカン箱の上に、一人の少女が立っていた。
透き通るような青い髪。耳の代わりにヒレのような突起があり、首筋にはエラが見える。
儚げで、守ってあげたくなるような美少女だ。
だが、その現実はあまりにも厳しかった。
「絶対無敵の~スパチャアイドル~♪ 穴の数だけ~幸せあげる~♪」
彼女は一生懸命歌い、踊っていた。
しかし、観客はベンチで寝ている酔っ払いのおっさん一人と、野良猫が一匹だけ。
彼女の足元に置かれた「お賽銭箱(空き缶)」には、銅貨の一枚も入っていない。
「……ありがとうございましたぁ……」
歌い終わった少女は、誰もいない空間に向かって深々と頭を下げた。
そして、ため息をつきながらミカン箱から降りる。
「今日も収益ゼロ……。うぅ、お腹すいたなぁ」
彼女はボロボロのポシェットから、カサカサと音を立てるビニール袋を取り出した。
中に入っていたのは――パンの耳だ。
しかも、どう見ても数日前の、カチカチに乾いたやつ。
「大丈夫、噛めば甘いもん。私は親善大使だもん……ひぐっ」
少女はパンの耳を齧ろうとして、ボロボロと涙をこぼした。
「……ダメだ」
俺の足が勝手に動いていた。
過労死した社畜として、空腹と孤独の辛さは痛いほど分かる。
あんな小さな子が、パンの耳を涙でふやかして食べるなんて、見過ごせるわけがない!
「君! ちょっと待って!」
「ひゃいっ!?」
俺が声をかけると、少女はビクッと体を震わせ、パンの耳を背中に隠した。
「わ、私は怪しいものじゃありません! シーラン国の親善大使、リーザです! こ、これはその、えっと、伝統的な硬焼き菓子で……!」
「無理しなくていい。……腹、減ってるんだろ?」
俺は買い物袋を地面に置いた。
この公園にはベンチはあるが、当然キッチンなんてない。
だが、今の俺には最強の相棒がいる。
(雷霆、頼むぞ!)
『おい主、まさかとは思うが……』
(お前は「万能」なんだろ? なら、調理器具にだってなれるはずだ!)
「いくぞ! 形状変化!」
「【雷霆】――万能ホットプレート・モード!!」
『貴様ぁぁぁ! 我をフライパンにするなぁぁぁ!!』
雷霆の怒りの咆哮(脳内)とともに、孫の手が平たく広がり、魔法陣が輝く「魔導ホットプレート」へと変形した。
俺はそれをベンチに置き、さっき買ったパックご飯、卵、ケチャップ、鶏肉を取り出す。
「え、え? 魔法? ここでお料理?」
リーザが目を白黒させている間に、俺は雷霆の熱源を利用して手早く調理を始めた。
鶏肉を炒め、ご飯を投入し、ケチャップライスを作る。
一度皿(紙皿)に移し、今度は溶き卵を流し込む。
雷霆の表面温度は完璧だ。ふわとろの半熟卵が一瞬で焼き上がる。
「よしっ!」
ケチャップライスの上に、半熟卵を乗せ、最後にケチャップでハートマークを描く。
【特製ふわとろオムライス】の完成だ。
「さあ、食べて」
「こ、これ……私に?」
「ああ。パンの耳よりは栄養があるはずだ」
リーザは震える手でスプーンを受け取り、オムライスを一口食べた。
瞬間、彼女の瞳孔が開いた。
「ん……っ!!」
モグモグと咀嚼し、飲み込んだ途端、彼女の大きな瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「おいひぃ……おいひぃよぉぉ……!」
「ゆっくり食えよ。喉詰まらせるぞ」
「だってぇ……温かいご飯なんて……太郎国に来てから初めてでぇ……うわぁぁぁん!!」
リーザは人目もはばからず号泣しながら、オムライスをかきこんだ。
その様子を後ろで見ていたキャルルが、もらい泣きしながら俺の袖を引っ張った。
「陽太君……この子も、連れて行ってあげようよぉ」
「ああ、そのつもりだ」
俺は完食して皿を舐めているリーザに視線を合わせ、言った。
「リーザちゃん、だったな。俺たち、近くのビルでシェアハウスを始めるんだ。部屋は余ってるし、キッチンもある」
「え……?」
「俺が毎日、美味い飯を作る。だから――家に来ないか?」
リーザは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、俺と、キャルルと、後ろで「やれやれ」と肩をすくめるリベラを見た。
そして、今までで一番輝く笑顔を見せた。
「はいっ! 行きます! お兄ちゃん……じゃなくて、プロデューサーさん!」
「……プロデューサー?」
なぜそうなったかは分からないが、こうして俺たちのシェアハウスに、新たな(貧乏な)住人が加わることになった。
『……おい主よ。我の背中(プレート面)が焦げ臭いのだが、早く洗ってくれぬか』
(へいへい、帰ったらピカピカにしてやるよ)
俺は熱くなった雷霆を冷ましながら、賑やかになりそうな予感に胸を躍らせた。




