EP 3
神殺しの武具、高圧洗浄機になる
ブォォォン……!
俺の手の中で、伝説の武具【雷霆】が唸りを上げた。
その姿は、もはや剣でも槍でもない。
黄色と黒のツートンカラーに輝くボディ。太いホース。そして先端のガンノズル。
ホームセンターの清掃用品売り場でよく見る、業務用の高圧洗浄機そのものだ。
ただし、タンク部分には神々しい魔法陣が浮かび上がり、神聖なオーラを放っているが。
『……殺す。この屈辱、万死に値するぞ主よ』
「いいから! ほら、そこの水道管にホース繋いで!」
『我を雑巾のように使いおって……!』
雷霆は文句を垂れながらも、触手のようにホースを伸ばし、俺が点検した水道の蛇口に自ら接続した。なんて素直なツンデレ武器なんだ。
「準備完了。――いくぞ、汚物消毒だ!」
俺はビルの壁、何十年もの泥とスライムの粘液がへばりついた「黒い壁面」にノズルを向け、トリガーを引いた。
――バシュゥゥゥゥゥゥッ!!
爆音と共に、超高圧の水流が噴射された。
それはただの水ではない。雷霆の魔力が乗った、帯電した聖水だ。
「おおっ!?」
俺は思わず声を上げた。
水流が当たった瞬間、タールのようにこびりついていた汚れが、まるで消しゴムで消すように弾け飛んだのだ。
黒い壁が剥がれ落ち、その下から新品同様の白い魔導コンクリートが現れる。
「す、すごーい! 見てリベラ! 汚れが溶けてくよ!」
「なっ……!?」
キャルルがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ横で、リベラが眼鏡をずり落としていた。
「嘘でしょう……? あれは『ヘドロスライム』の溶解液跡ですのよ? 専門の浄化魔法使い(クリーン・メイジ)が三人がかりで一日かけても落ちなかった汚れが、一瞬で!?」
『ふん! 当たり前だ! 我が放つ水圧は、ドラゴンの鱗すら貫通するウォーター・カッターと同義! たかがカビ風情、原子レベルで消し飛ばしてくれるわ!』
雷霆が得意げに脳内で叫ぶ。
俺はさらに畳み掛けた。
「雷霆、出力30%アップ! ワイド噴射モード!」
『承知した! 喰らえ、神罰の飛沫!』
バシュバシュバシュッ!!
俺はノズルを左右に振り、床、天井、窓ガラスを一気に洗い流していく。
こびりついた巨大な蜘蛛の巣も、水の刃に触れた瞬間に霧散した。
カビ臭かった空気が、マイナスイオンを含んだ清浄な空気に入れ替わっていく。
まさに、浄化。
見ていて最高に気持ちいい。これぞ高圧洗浄動画のリアル版だ。
作業開始からわずか10分。
地獄絵図だった1階フロアは、新築物件のようにピカピカに輝いていた。
「……ふぅ。一丁あがり」
俺はトリガーから指を離し、汗を拭った。
雷霆がシュゥゥ……と蒸気を上げて、元の孫の手サイズ(今回は電動ドライバー型にしておいた)に戻る。
「ど、どうですか、リベラさん」
俺が振り返ると、リベラは呆然と真っ白になった壁を撫でていた。
そして、指先に塵一つ付かないことを確認すると、震える声で言った。
「信じられませんわ……。魔法使いギルドに依頼すれば、金貨50枚はかかる作業を、たった一人で……」
「これなら、住んでもいいですよね?」
リベラはハッとして、すぐに「敏腕弁護士」の顔を取り繕った。コホン、と咳払いをする。
「……認めましょう。あなたの技術(と、その奇妙な武器)は本物ですわ」
「じゃあ、家賃タダで!?」
「ええ。ただし! 契約書には『管理業務』として、2階から5階までの清掃と修繕も含めます。それが条件です」
「望むところです!」
俺はガッツポーズをした。
これで寝床確保だ。雨風をしのげる拠点が手に入った!
「やったね陽太君! あ、ねえねえリベラ! ここが綺麗になるなら、私も住んでいい?」
キャルルが俺の背中に抱きつきながら(柔らかい感触が当たる!)、リベラに言った。
「キャルルさんが? まあ、部屋は余っていますけれど……」
「やったー! 今の宿屋、壁薄くて隣のイビキうるさかったんだよねー。今日からここが私の家! よろしくね、管理人さん♪」
キャルルが至近距離でニコッと微笑む。
長いウサギ耳が、嬉しそうにパタパタと動いている。
……破壊力が高すぎる。
過労死してよかったとは言わないが、転生してよかったとは心の底から思った。
「あ、そうだ陽太君。お祝いにこれあげる!」
「え?」
キャルルはポケットから、金貨を一枚取り出して俺に握らせた。
「高圧洗浄のお代! これからよろしくの挨拶代わりだよ」
「い、いや、こんな大金悪いよ!」
「いいのいいの! 私、貯金いっぱいあるし!」
彼女はそう言って笑ったが、俺はまだ知らなかった。
このビルの2階以上には、掃除だけではどうにもならない「設備不足(ライフライン問題)」が山積みであることを。
そして、この金貨1枚が、俺たちの「最初の食卓」を作るための重要な資金になることを。
『ぐぅぅ……腹減ったなぁ、主よ』
雷霆が、場違いなほど情けない音を鳴らした。
そういえば、俺も転生してから何も食べていない。
「……まずは、買い出しか」
俺たちはピカピカになったビルを出て、夕暮れの街へと繰り出すことにした。
そこでまた、運命の出会いが待っているとも知らずに。




