EP 13
泥酔(糖分)! ドリンクバーと結婚する女
カラン……。
グラスの中で氷が溶ける音がした。
俺、月田陽太は、虚ろな目で窓の外を見ていた。
入店した時は爽やかな朝日が差し込んでいたはずだ。
だが今、窓の外は漆黒の闇に包まれている。
街灯が灯り、月が昇っている。
「……なぁ、そろそろ帰らないか?」
俺が声をかけるのは、これで5回目だ。
しかし、対面のボックス席に座る美女たち(キャルル、リベラ、ルナ)の耳には届かない。
「でねでね! その靴屋の店員さんがイケメンだったの!」
「あら、どこのお店ですの? 私も今度チェックしに行きますわ」
「私も新しい杖が欲しいですわ~。金色に光るやつ」
「ルナは金ピカ趣味やめなよー!」
ガールズトークは終わらない。
話題がループし、飛躍し、また戻る。
彼女たちのスタミナは無尽蔵だ。
時計を見る。
現在時刻、午後8時。
入店してから12時間が経過していた。
店員さんも3回くらいシフトが入れ替わっている。もはや俺たちは店の主だ。
だが、一番の問題は、この空間に漂う異様なテンションの原因――リーザだ。
「うひひ……うひひひ……」
リーザはテーブルに突っ伏し、不気味な笑い声を上げていた。
彼女の目の前には、空になったグラスが20杯……いや、30杯は並んでいる。
メロンソーダ、コーラ、カルピス、オレンジ、ミックスジュース……。
致死量レベルの糖分と炭酸を摂取した結果、彼女は完全に「キマって」いた。
「おいリーザちゃん、生きてるか?」
「よぉたさぁぁん……」
リーザがゆらりと顔を上げた。
目が据わっている。頬は紅潮し、口元には緑色の泡がついている。
完全に泥酔状態だ。アルコールは一滴も入っていないのに。
「あたち……きめまちた……」
「ん? 何を?」
「けっこん……ちます……!」
リーザはフラフラと立ち上がると、ドリンクバーの機械の方へよろめきながら歩き出した。
そして、機械にガバッと抱きついた。
「ドリン・クバーさぁぁぁん!! 愛してましゅぅぅぅ!!」
「「「!?」」」
店内が静まり返った。
キャルルたちの会話もピタリと止まる。
「リ、リーザ!? 何やってんの!?」
「あの方、ついに機械と婚約を……?」
リーザは機械の冷たいボディに頬ずりしながら、店中に響く声で絶叫した。
「あなたとなら……一生生きていけるぅ! 甘い蜜月を送れるのぉぉ! 私をぉぉ! お嫁にちてくださぁぁぁい!!」
「やめろ馬鹿!!」
俺は席を蹴って走り出した。
一国の王女がファミレスのドリンクバーに求婚している図なんて、国際問題どころの話じゃない。末代までの恥だ!
「離れろリーザ! それは機械だ!」
「いやぁぁ! 離さないでぇ! この人(機械)は私に無償の愛をくれたのぉぉ!」
リーザは火事場の馬鹿力で機械にしがみついている。
引き剥がせない。
このままでは店員に通報される!
「キャルル! 頼む!」
「了解! ……ごめんねリーザ!」
キャルルが瞬時に間合いを詰めた。
手刀を構え、狙い澄ます。
「月影流――峰打ち(おやすみチョップ)ッ!!」
スパーン!!
乾いた音が響いた。
リーザの動きがピタリと止まる。
「あ……メロン……ソーダ……」
ガクッ。
リーザは白目を剥いて、その場に崩れ落ちた。
幸せそうな顔で、気絶していた。
◇
――帰り道。
俺の背中には、ずっしりとした重みがあった。
「すいません、陽太君。私が背負いましょうか?」
「いや、いいよキャルル。俺が言い出したことだしな」
俺は気絶して爆睡しているリーザをおんぶして、夜道を歩いていた。
リベラが「まったく、王族としての品位がありませんわね」と呆れつつも、リーザの垂れ下がった靴を直してくれている。
ルナは「夜風が気持ちいいですわ~」と杖を光らせて足元を照らしてくれていた。
「……うぅ……おかわりぃ……」
背中でリーザが寝言を漏らす。
俺の首筋に、温かい吐息がかかる。
甘いメロンソーダの匂いがした。
「お前なぁ……。次はちゃんと飯を食えよ」
「んふふ……オムライスも……たべりゅ……」
俺は苦笑いをして、背中の重みを背負い直した。
重いけれど、不思議と嫌じゃなかった。
こうして誰かを背負って歩くなんて、社畜時代にはなかった温もりだ。
「よし、帰ろう。俺たちの家に」
月明かりの下、凸凹だらけの4人の影が、シェアハウスへと伸びていた。
ファミレスでの12時間は長かったが、なんだかんだで楽しかった気がする。
……まあ、明日の朝、リーザが二日酔い(糖分)で頭痛に苦しむのは確定だが。




